4月も下旬に差し掛かろうとしていた。
こちらもあちらも戦端は開いたものの決定打にかける戦いとなった。
「あなたはこれを望んでいたんでしょ。こっちは補給の心配もないし時間稼ぎができますもんね。
ん。あっちも補給の心配はないのか。要塞ごとこっちに出張って来るんだし。ともかくなんですな。
ヤン・ウェンリーがいないとどうもこうもならないって言うのも面白みにかけるが事実ではありますね。」
中央司令部につめていた女性提督に耳打ちする撃墜王殿である。
「私は凡才だからね。手がないんだよ。お前は天才じゃないか。何かいい考えはないのか。
こうも臨戦態勢のまま膠着状態ってのもまこと、つまらないよな。」
女性提督はムライににらまれた。
最後の「つまらない」のくだりが不謹慎であったのであろうと頭をかいた。
膠着状態とは言えど60万キロの距離に依然ガイエスブルグ要塞は位置している。
いつでも「ガイエス・ハーケン」を砲撃できる距離である。
位置的にじつはイゼルローン要塞の「雷神のハンマー」は若干不利なのであった。
ガイエスブルグ要塞はその質量をもって引力の作用で流体金属層の装甲を厚くし
「ガイエス・ハーケン」を撃ってくる。イゼルローン要塞のほうでは逆に流体金属層が
薄くなりもとはガイエスブルグ要塞よりも熱い装甲を誇っていたはずであったが
あちらにしてやられたのである。
大砲同士の撃ち合いは避けたい。こちらには多くの死傷者がでている。
それだけではなく執拗な艦隊攻撃も繰り返されている。
「こっちはともかくあちらも手がないのか。いったいガイエスブルグ要塞をこの時期にイゼルローン回廊に
運んできたのはなんだったんだろう。意味があるのかな。」
中央指令室にはミンツ曹長の座席はまだなく、彼はシェーンコップに呼ばれれば彼のコーヒーを入れたり
キャゼルヌに呼ばれれば彼の家庭の様子を見に行く。キャゼルヌはこんな前線から家族を無事な
本国へ返すこともできたし要塞の中のもっとも安全なブロックへ家族を住まわせることだってできた。
がそれをしなかった。
この程度の公私混同はよいと少年は思っている。
そして中央指令室に座席がないのはオリビエ・ポプラン少佐も同じ。
しかし彼はもっぱら「彼の提督」のそばに立っている。副官より側にいる。ムライ参謀長は苦々しく
黙認している。どうやら彼も朱に交わり・・・・・・と言うやつであろう。こちらの公私混同は
あまり赦される種類ではないが仕方なくみな無視している。
「金髪の坊やは戦いがよほど好きなんですね。帝国はやっと貴族との内戦が終わって、これから
お国造りってところでしょ。」
そうなんだよなとポプランが言った言葉にアッテンボローは返事をした。
「やっこさんは今回高見の見物。さてこの出兵自体になんの意味があるのか私にはわからんのだ。
ワープの実験でもしたかったのか。要塞の。あほらしい。」
「意味ないんじゃないの。」
ポプランは呟いた。
彼女は男の顔をこのときはじめて見た。
「そう思うか。」
「なんです。なんとなくそう思っただけですよ。特に深い根拠はないですよ。」
彼女が思いのほか熱心な色を瞳に浮かべたので彼は少したじろいだ。
女は考えていることを自分の頭の白い紙にメモしていく。
実際に紙に書くと弊害が出るような種類のことであった。
帝国が4月10日にイゼルローン回廊にイゼルローン要塞と規模をほぼ同じとする
ガイエスブルグ要塞をワープアウトさせてきた。
イゼルローン要塞はそもそもなぜこれほど重要視され過去7回もの攻略戦を
必要とされてきたのか。
同盟首都星ハイネセンと帝国首都星オーディンとの間には危険宙域がある。
その宙域を避けるには「イゼルローン回廊」と「フェザーン回廊」のいずれかを
通らねば相手の領土を進攻できない。
そのイゼルローン回廊に軍事拠点として造られた要塞だからこそ同盟は固執し
攻略しようとしてきた。
イゼルローン要塞は過去、破壊することが目的ではない。
そこに気がついたのはヤン・ウェンリーだけだった。
だからこそ艦隊戦には固執せず要塞を奪取し同盟軍の軍事拠点にした・・・・・・。
制宙権の確保としてイゼルローン要塞は必要だった。
軍事拠点としての要塞が必要だったのだ。
だが帝国にはまだガイエスブルグがある。しかもイゼルローン回廊にまで移動できる。
これを拠点としてイゼルローン要塞の破壊に専念されたらこちらは手が出ないし
犠牲もこんなものではない。ケンプという男の考えではあくまでヤン・ウェンリーを艦隊で
うちたいと言うところにあるような気もする。
イゼルローン要塞に代わるガイエスブルグ要塞があれば帝国はその気になれば
イゼルローン要塞を徹底的に破壊できる。
それはまだない・・・・・・。
破壊を試みるならもっと苛烈きわまる攻撃があっただろう。
アッテンボローはそこまでは整理ができた。
おそらくヤン・ウェンリーはこのようなことはもうとっくに考えているであろう。
彼女が思いつくのであるから。
「提督。珈琲いかがです。」
陽気な成分を含んだグリーンアイズがきらめいた。ポプランは2人分の珈琲をトレイに
乗せて運んできた。
「美人は得だな。アッテンボロー。うちの艦隊きっての撃墜王が珈琲を入れてくれるとは。」
シェーンコップがちゃちゃを入れる。
気にしていられないとアッテンボローは恋人に声をかけた。
「悪いね。ポプラン少佐。つまらぬことをさせて。」
「いえいえ。やや薄めの珈琲にミルク2つ。シュガー1つ。どうぞ。」
キャゼルヌはそんな2人を見てあきれた。
「なんだ。シェーンコップだけじゃなくてアッテンボローもこんな状況でも珈琲の味に
妥協はしないんだな。」
まったくうちの幕僚はとキャゼルヌは肩をすくめた。
「だいぶ頭の中が整理できた。お前は私のいい活性剤だよ。ポプラン少佐。」
「お礼はキスひとつ。」
おいポプラン。ここではするなよとキャゼルヌがまた振り返る。
「おれは風紀委員か。」
そんな気苦労の多い司令官代理殿の言葉に女性提督も撃墜王殿も笑った。
キャゼルヌ少将は中央指令室に幕僚を再三集め会議を繰り返した。
ここにいたって帝国軍のあれだけ執拗な艦隊攻撃がおさまり後退していくのだ。
これはどういう状況を示すのであろうか。
「援軍か、それとも罠か。」
彼女は自分ならどうするかを考えてみた。
仮に自分が帝国軍の今回の作戦司令官であればイゼルローン要塞にガイエスブルグ要塞を
衝突させてイゼルローン要塞の機能を停止させることを選ぶと考えていた。
同盟政府には資金はないが帝国ならばもう一つ必要なら両要塞を破壊したあとに
別の要塞を建設なりすればよいと彼女は思っていた。彼女が金がほしいといっていたのは
そういう理屈であった。
この策の長所は手っ取り早いことと艦隊を減らさずにすむこと。
こんな奇策を考える人間はヤン・ウェンリーくらいなものだろうと思う。
いや、ラインハルト・フォン・ローエングラムはむしろそれをケンプに期待していた
のではないか。しかしケンプという男はそのような奇策を用いる男ではないと
同盟の彼女でも思うのに・・・・・・上官であるローエングラム公は部下の人となりや能力は
把握しているはずなのだ。なのにこの人事は不当ではないか・・・・・・。
この出兵には意味はなさそうだ。金髪の奴さんは勝ちに来たということでも
ないらしい。
敵の古武士は捨て駒扱いになるのか。ひどい人事をする坊やだと
彼女は考えた。
もしイゼルローンが落ちれば勿怪の幸いでローエングラム公はあえて
この作戦には関心もないように見受けられる・・・・・・。
帝国はなぜこの時期に出兵をしなければならないのだ。それはヤン・ウェンリーが
不在だからか・・・・・・。何らかの蠢動がやはり思われる。
陰の力の作用・・・・・・。
いや、それはおかしい。
ヤンがいないと知っているなら攻撃はこの程度ではすまない。
帝国はやはりなにもはかりごとは行っている様子はない。
彼女はヤンとは色の違う提督ではあるが「ヤンの相似形」でもあった。
言い換えれば「小ヤン」は女性提督だったのかもしれない。
大いに彼の考えを彼女は受け入れ感化されているのである。
軍事も勿論のこと政治的にも彼女はこの戦いを見ていた。
それは軍人に不要な脳の作業かもしれないのであるが・・・・・・。
幸いケンプという男は常道ともいうべき戦いを強いてきた。威風堂々とした戦い。
艦隊戦では要塞は落ちない。
これはヤンが前に漏らした言葉であったと彼女は記憶している。そうすると妙な
艦隊運動は何か。今後退する理由は何にある。援軍がきたから後退してそれを
撃つつもりか。それとも罠なのか。どちらもなのであろうか。確証足りえる根拠がないと
女性提督は思っていた。
その答えはユリアン・ミンツ曹長が出した。
「両方かも知れません。」
援軍は確かにきていると思うと少年はいった。
尋ねたシェーンコップも興味深げに亜麻色の髪の少年の話を聞いている。
キャゼルヌに促されユリアンはのべた。
援軍が来たことをしっている帝国軍は挟撃を狙っているのではないかと少年は
聡明な面持ちで言った。
「敵が後退をしている。これは援軍が来たからだといってイゼルローン要塞側の艦隊が
出撃すれば敵はそれを見越して反転し前面攻勢をかけるでしょう。
するとこちらはやっぱり罠であると要塞に逃げ込み防御に徹しますよね。その心理状態を利用して
こちらの艦隊を要塞に封じ込めるのが帝国には有益だと思います。こちらの艦隊を封じ込めれば
援軍を帝国は悠々と叩けます。その機会到来だと思っていると思うんです。」
司令官代理にその根拠を尋ねられて少年は帝国軍の動きが不自然であることを指摘した。
キャゼルヌそれだけではまだ納得できないといわれユリアンは補足説明をした。
もしも純粋な罠だとすれば帝国の目的は「伏兵をしいて艦隊をおびき出すか要塞内部へ侵入」
ではないかと少年はいった。
「防御に徹するほうが確率としては高いと敵は見ているでしょう。そうすればその心理を
敵は利用できます。こちらの心理としては要塞から遠くには出れないのは事実ですし
あちらがそれを利用しないとは思えないんですが・・・・・・。」
少年は珈琲を配りながらいった。まだあどけない様子を残しながらもミンツ曹長は
思いつくことを言って見せた。
シェーンコップはため息をついた。
ユリアン・ミンツはシェーンコップやポプランの弟子である前にヤン・ウェンリーの一番弟子
であることを痛感したようである。
女性提督もユリアンに同意したしそれなら話はより簡単になる。
ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ提督は
「その心理をこちらも大いに利用できる。」と発言した。
早速、もう一度艦隊出動が決まった。
イゼルローン艦隊は封じ込まれたフリをすればいい。そう敵に思わせ敵が援軍に
目を奪われている間に出撃をすればタイミングさえ合えば挟撃戦に持ち込むことも
できるであろうと「客員提督」は静かにいった。
ようは流体金属層に逃げ込むすぐに再出撃できるような体勢をしけばよい。
敵の作戦を看破した少年はメルカッツ提督とともにヒューベリオンの艦橋に
乗船することになる。ユリアンはキャゼルヌに許しを得られるのか彼を見たが
司令官代理は黙って頷いた。
ユリアン・ミンツ曹長の表情が明るくなった。
普段、ヤンは少年を軍人にはしたくないと思っているのだがその聡明な眸を見ると
さまざまな構想を彼にかたらずにはいられない。
この時期、ヤンは5000程度の船をひきいてハイネセンから要塞の近くまで戻って
きているのだが援軍にしては絶対的な数が足りていないことが心配の種である。
こちらの策を読み取り挟撃に出てくれる頭脳が果たしてイゼルローン要塞にあるのか。
メルカッツ提督ならばおそらく看破してくれているであろう。
ヤンは思う。
軍人にさせたくはないがあの明晰な少年がヤンの「援軍」の意義をうまく利用してくれないかと
期待しているのであった。
『ヤン先輩、ユリアンは実に感性がゆたかな子です。いやもう子供扱いはできない。
立派な青年です。見事な洞察力です。』
アッテンボローも「トリグラフ」に戻ろうとした。
「頼みましたよ。おれの提督。」
オリビエ・ポプランは女性提督にウィンクして見せた。
「ハンサムに頼まれればいやとはいえないね。いってくるよ。」
「無事戦いが終わったらデートですよ。」
「わかってるよ。」
軍用ベレーをかぶり直し大きなストライドで歩く壮麗な女性提督を、恋人は見送った。
by りょう
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