「さすがヤン・ウェンリーが迎えた賓客だ。見事で無駄もなければ隙もない。
用兵とはかくありきを教示してくれている。老練だよな。」
同盟軍イゼルローン要塞分艦隊司令官であるダスティ・アッテンボロー少将は、
旗艦「トリグラフ」のブリッジで分艦隊主任参謀長官のラオ中佐に呟いた。
イゼルローン要塞司令官顧問であるウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ中将の作戦で
帝国軍・ミュラー艦隊の攻撃を逆手にとることができた。
不利を有利までには持ち込めなくとも、この場は凌げた。
さんざん痛めつけられたあとでしか「客員提督」のご意見を伺わなかったことが悔やまれはする。
だが帝国からこの間亡命してきたメルカッツ提督に艦隊を預けるのは、要塞に残っている司令官代理
アレックス・キャゼルヌ少将にしても、要塞防御指揮官ワルター・フォン・シェーンコップ少将に
してもヤン・ウェンリーが「不在」だからといってすぐにはできなかったのだ。
防御体制を崩さぬイゼルローン要塞に帝国軍のワープアウトしてきたガイエスブルグ要塞は
「ガイエス・ハーケン」なる大砲をもって攻撃を仕掛けてきた。
イゼルローン要塞は難攻不落の要塞とされるがその砲撃で4000人もの兵士がつめている
ブロックが大破。兵士は死亡した。
後方勤務のひとアレックス・キャゼルヌをはじめ幕僚たちは声を失うが、シェーンコップ
だけは
「雷神のハンマーを撃ちなさい。」と司令官代理に激しい口調で即座に指示を出した。
お互いが「殺戮兵器」の撃ち合いをするなど考えられぬとキャゼルヌはいい、
お互いが「殺戮兵器」の撃ち合いをすることで、敵にも損害を大きく与え共倒れの恐怖を
悟らせるべきだとシェーンコップは言った。
キャゼルヌは従った。
去る、4月10日。
イゼルローン要塞司令部は回廊にワープアウトした物体を確認した。
「兆だと。」
司令官代理アレックス・キャゼルヌ少将は普段は沈着な男だがこのときばかりは声高になった。
その物量の大きさに彼は畏怖した。物量は天体クラスのそれであり、まさに天体が
イゼルローン要塞の前に出現したといってよい。
ガイエスブルグ要塞である。
ヤンが同盟政府の召喚で首都星ハイネセンへ赴きイゼルローン要塞不在の絶妙な時期、
帝国軍は「イゼルローン要塞の従弟」といえるガイエスブルグ要塞をもって来襲を仕掛けてきた。
もっともこの時期に帝国が来襲してきたタイミングより、この帝国軍が来襲してきた時期に政府が
ヤン・ウェンリーを召喚したことのほうが悪辣であると幕僚たちは思っていた。
帝国の新技術を恐ろしく思うムライがいれば、新技術ではなくいささかスケールを大きくしたあきれた
作戦だとシェーンコップは辛辣に言った。しかし意表を突かれた上、危急な事態には変わりないため
至急ハイネセンへ超光速通信で「敵、要塞をもってイゼルローン要塞を攻撃」との旨をおくった。
「司令官不在を敵に看破されるべからず。」
これが今回の戦いにおいて重要な指針となる。
作戦立案はムライ参謀長、ワルター・フォン・シェーンコップ要塞防御指揮官。
だが艦隊戦に関しての有効な策は見つからず、それでも「客員提督」の意見を
受け入れるまでまだ時間はかかった。
メルカッツ提督は礼節を重んじ、副官ベルンハルト・フォン・シュナイダーすら歯がゆくなるほど
静かに状況を見ているだけである。
ヤンの幕僚が「ガイエスブルグ要塞」の説明をこうたので副官に促しただけで戦術に関しては
いささかのくちばしも入れていない。
シュナイダーはガイエスブルグ要塞の性能を幕僚会議で数値をあげて説明した。
メルカッツ提督をヤンの元に亡命させたのは安穏とした余生を提供するためではなかった。
この宿将たる彼の上官にはまだ前線で指揮をとってもらいたかったのである。
しかしながらヤンはともかくも、ムライなどは警戒の念をいまだ持っているので、まだ控えねば
ならなかったのである。
帝国軍は艦載機ワルキューレをだし、歩兵部隊も降下してきた。こうなるとシェーンコップは
体を動かしてくると言い残し陸戦部隊の指揮を自らがとった。
要塞防御指令官が白兵戦とはとキャゼルヌは渋るのであるが、陣頭指揮が好きな御仁である。
帝国上級大将ウォルフガング・ミッターマイヤー、オスカー・フォン・ロイエンタールと並びこの時代、
ワルター・フォン・シェーンコップほど華麗かつ、豪胆なる陸戦の英雄はいないであろう。
彼が行っているのは野蛮な殺人であるのだが、炭素クリスタルの戦斧(トマホーク)を両の手で
自在に操り、敵を葬り去る無情な美を誇る姿は「芸術」と人は錯覚をする。
流体金属層の黒い海をすべり圧倒的な強さで敵陸戦部隊を血祭りにあげる男。
しかしながら一時間半の装甲服着用の戦いは限界に来ており、「薔薇の騎士連隊」は勝利を
ものにしながらも撤退を決めた。
シェーンコップはブルームハルトに信号弾を上げさせた。
要塞に下りた敵陸戦部隊は死者か薔薇の騎士連隊の「捕虜」となった。
こちらも捕虜を抑えたが向こうにも捕虜を取られている。キャゼルヌ、ムライそしてシェーンコップも
恐れたのは「司令官不在」を相手に知られることである。
まさか捕虜になるくらいなら死ねと兵士にいえない。しかし今後も捕虜は出るであろう。
だがそれを逆手にとって作戦を練るのも躊躇された。女性提督はこの時期、出番なしであった。
三日ほど膠着状態がつづく。
ミュラー艦隊から2000機のワルキューレが出撃。
「行ってきます。おれの提督。」
司令部につめていたアッテンボロー少将の唇を掠め取ったオリビエ・ポプラン少佐は
6個中隊を引き連れ宙(そら)へ飛び立った。
まあ、それくらいのことは勘弁してやろうとキャゼルヌは思い、ムライは頭を抱えシェーンコップは
幼稚な恋人たちめと笑みを漏らした。残された女性提督は赤面した。
制空権は帝国が抑えられると思っていたのであるがヤン艦隊には2大撃墜王が存在する。
「三機一隊」でワルキューレを追撃するスパルタニアンは卑怯だと帝国の人間は言っているであろうが
それを指示している「悪魔的天才オリビエ・ポプラン」は敵と必ず一騎打ちをし、堂々と勝利している。
彼はアトロポスの息子であり、天才であった。
生命の糸を切る鋏を持つ女神、アトロポスの息子。
ユリアン・ミンツ曹長も宙(そら)を飛翔し、先日の初陣より危うくない戦いをしていた。
制空権こそ簡単に明け渡しはしなかったが依然艦隊は要塞に封じ込められたままであり、
グエン、フィッシャー、そしてアッテンボローにしても出れないままじれている。
ここにきてウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ提督が口を開いた。
自分に艦隊を預けてくれれば少しばかり戦況をよくできると思うと。
キャゼルヌはもうこれが今の同盟軍の限界に来ていることを悟り、メルカッツ提督は
「ヒューベリオン」に司令官として迎えられた。ここに艦隊司令部が開かれたのである。
このとき諸提督は「客員提督」の作戦に従い、要塞メインポートにつけこもうとしていた
ミュラー提督を浮遊砲台と艦隊運動の妙で一時撤退せしめた。
ミュラー艦隊は「徹底防御にでているイゼルローン艦隊」を封じ込むため6隻の無人の駆逐艦を
要塞メインポート前に布陣した。制空権が思いのほか取れぬゆえにとった大胆な作戦であった。
しかし、要塞の主砲が発射開始しミュラーの無人駆逐艦は破壊された。
要塞から突如として同盟軍の艦隊が出撃し要塞球体面に沿って運動をし始めた。ミュラーはこれを
先回りして前方から殲滅しようともくろんだがこれはメルカッツの巧妙な撒き餌であった。
先回りしようとしたミュラー艦隊は、イゼルローン要塞の対空砲塔群にさらされることになる。
これに気づき即効後退を命じたミュラーであったが、メルカッツ率いる艦隊にしたたかに攻撃を受け、
さらに要塞の砲台との挟撃にあった。これがメルカッツの罠であった。
「今は徹底的にたたけ。増援が来るまでがリミットだ。敵さんをいたぶってやれ。」
女性提督もこの「メルカッツ提督の罠」に便乗して楽な戦いに身をおくことができた。
「なかなか粘る敵だな。これだけ攻撃を仕掛けても陣形がむやみには崩れない。見事だが帝国ばかり人材が
多いのは確かに癪にさわるよな。ラオ。」
彼女は副官のラオにいった。彼は同意し言った。
「まさしく。しかし「客員提督」の作戦には無理がありませんね。増援がくればこっちは損害を出さないで
引けばいいのですから。」
彼女は頷いた。
「敵艦隊増援来ました。」
メルカッツから撤退指令がでて彼女の艦隊もそれに習う。
「よし、一時ひくぞ。お遊びはいったん中断だ。速やかにさがれ。」
女性提督は一息つく。司令官の妙で楽な戦いができた。ヤン・ウェンリーが喜んで二の句もなく
メルカッツ提督の身を引き受けた理由がわかる。
「空戦隊も引き上げるようです。敵艦載機は結局制空権を取れなかったですね。」
ラオ中佐が彼女に言った。
こちらには悪魔に愛された男がいるからなと、女性提督は薄い笑みを浮かべる。
ユリアン・ミンツ曹長も3機のワルキューレを落として帰還した。初陣の武勲はけしてビギナーズラック
ではなかった。
つくづくヤン提督の手のひらで自分は随分楽をさせてもらったのだと彼女は思い、
要塞に帰還した。
圧倒的な劣勢をゲスト・アドミラルの指揮で楽にしてもらったわけだ。
艦隊は第一級待機を一旦解除。
兵士達を交代で休憩させて提督である彼女は次の指令まで待つ。
それにしても。
イゼルローン要塞はヤン・ウェンリーが留守をしているジャストタイムに帝国の
来襲にさらされた・・・・・。その事実は彼女に疑問を沸き立たせた。
それまではこんなときにヤンを査問にかける同盟政府を呪った。彼が同盟軍の要であることは
誰しも理解せねばならないのに。帝国が襲ってくるそのときによりにもよって査問会で召喚とは
自分の属する政府の能無しぶりに辟易する。
しかし見る位置を変えると。
なぜヤン・ウェンリーがハイネセンへ呼ばれている間にこんな大掛かりな作戦を帝国は思い立ったのか。
これは偶然だろうか。にしては神とやらはこちらにちっとも味方をしてくれない。
不公平だよなと唇を尖らせる。やっぱり神なんてあてにはするまい。
すると帰結するに帝国の情報網が優れていたのだろうか。
それとも陰謀・・・・・・とか。
アッテンボローはその言葉が頭に浮かんだ。
彼女は自分がその手の思考パターンに陥る癖があるのを思い出し首を振った。
あぶないあぶない。第一帝国の誰が陰謀をめぐらす?こうも真正面から戦いに来ている
のに陰謀もへったくれもない。こういう考えがヤンから言わせると「学生気分」なのだろう。
「もっと現実を見ないといけないよな。私は。」
「どうなさいました。閣下。」
「いや私ごときが考えても埒があかんな。もやもやするだけだ。気にせんでくれ。」
ラオは尋ねた。
「間に合いますかね。司令官閣下は・・・・・・。」
アッテンボローは言った。
「間に合ってくれないと困るよ。持ちこたえるまではできる。できるかもしれないんだが・・・・・・。
同盟にも金と科学力がもっとほしいよな。特に金と資源はほしいよ。そうすれば私なんぞの小者が
せこせこと船を出さないでもガイエスブルグ要塞を無力化することはできるんだよ。だが同盟は
なにせ疲弊しているからな。金がないんだよ。まったく。アムリッツァにはたたられる。あの会戦の
宿題がまだたんと残っているらしい。国力も兵力も衰えた軍はやりくりが難しいよ。
・・・・・・せんなきことを言ったな。なんでもないよ。ラオ中佐。」
ガイエスブルグ要塞を無力化できる。
この女性提督はそう言った。なんだかいろんな不平も口にしたが、ガイエスブルグ要塞を
無力化できるとこの女性提督は言った。
だがそれ以上分艦隊主任参謀長は口をださなかった。
上官が口にしないことは言葉にするには何かまだいえぬ事情があるらしい。
アッテンボロー提督は慎重なところが十分ある。彼女の気質を一番しっているのは彼であった。
この提督は負ける戦いはしないし兵士に無用な気遣いもさせない。
何かを考えているとしてもまだその案は彼女の脳内で混沌とし口に出せる段階ではないということだろう。
必要があればすぐ能力相応の仕事を部下に与えるのが実にうまいひとだからとラオは思い、黙った。
彼女なりにもう一度整理して考える。
敵は一気に要塞を無力化するすべはあった。機会も策もあった。自分ならそうするだろうと
アッテンボローは一人考えた。
宣戦布告を言い渡したカール・グスタフ・ケンプ提督という男は古武士たる趣の男で、
まさしく正統派の武人であった。それはシェーンコップの評価であったが女性提督も
そう思う。正統派であったことがもしや幸いしているのかも知れぬともいえる。
あちらにはヤン・ウェンリーのような「傑出しすぎた用兵家」はいないのであろう。
ラインハルト・フォン・ローエングラム公はべつとしても。
こういうのは悪いがジークフリード・キルヒアイスという男もいなくてよかった。
好男子であったがおそらくはかなりの智謀を持っていたであろう。
そんな人間がイゼルローン要塞を襲ってきたら、もう今ヤンがいない段階で
降伏するしかない。そう女性提督は考えていた。
要塞攻略において艦隊を用いるケンプ提督の戦い方は見事ではあるのだが。
この要塞は艦隊戦では、おとせない。
アッテンボローは目にかかる前髪を指で払った。
彼女の考えた策はひどく悪辣であった。
要塞を無力化する奇策。
これは彼女がたまたまヤン・ウェンリーの後輩であり同じく提督として艦隊を率いる身になって
いるために、思い浮かんだ策である。
とんでもなく単純だが有効な策であった。
もっともこんなことを考えるのは「魔術師ヤン」くらいだろうし、彼女とてこんな考えは
馬鹿げていると思う・・・・・・。
彼女は頭の中で思考をめぐらせた。
帝国軍がイゼルローン要塞を落とすのなら何も艦隊戦でなくてよい。
なにせあちらには金がある。
科学力もある・・・・・・。
できれば帝国の提督達がこの「奇策」に気がつかないままでいてほしいと女性提督はベレーを
かぶりなおして思った。
ぜひとも最後まで敵には艦隊戦で要塞を陥落する手をとってほしいと思う。
敵が艦隊戦に執着すればするほどヤン・ウェンリーが帰る時間稼ぎになるし、助かるのだ。
どうせ艦隊戦にもつれ込めば混戦、乱戦になる。こちらも無傷とはいかぬとしてもあちらも
手をこまねくに決まっている。時間が稼げるのはそういうことだ。
できればこっちにこれ以上の損害は出したくないな・・・・・・。アッテンボローは
自分の額に人差指を当てて、そう思っていた。
そこに中央指令部から彼女に招集がかかった。
キャゼルヌ司令官代理からのお呼びである。
次の作戦がでるのだろうか。
そうとは限らない。
手に詰まって頭を突きあわせ、ない知恵を絞るってところだろうと悪趣味な考えが彼女を占領した。
なんとも憂鬱な会議であろうか。
「私にしたって何の策もないんだよな。やれやれ。ともかく中央指令部に出頭するよ。
しばらくはまだ船を出すこともなかろう。及第点の出るような答案をだせる自信もないし。
ああ、金と頭脳がほしいな。金がほしい。金・・・・・・・。」
女性提督はしなやかな体を翻してブリッジをあとにした。
最後のフレーズだけはラオ中佐にはいまだまだ不明であった。
金と頭脳が今何に関係するのかつながらない分艦隊主任参謀長殿であった。
士官候補生時代。
門限破りをして塀を乗り越えさて寮に戻ろうとしたとき彼女は上級生に見つかった。
そもそも見つかるへまを犯したことがなかったもので彼女は面食らったが、その上級生も
塀を軽々と乗り越えた女性士官候補生をみておなじく面食らった。
結局ヤン・ウェンリーという上級生はダスティ・アッテンボローという下級生を見逃してくれた。
そんな出会いをしたときから。
常に彼女はヤン・ウェンリーの背中を見てきた。肩を並べたのではない。彼の後ろを
ついてきたのだ。
彼の智謀がほしいと思う。
今、その知略があればもう少し楽な状況にできる。敵がどう出るか戦々恐々とせずに
手が打てる。しかし、それはやはり「せんなきこと」なのであった。
彼女は勝てる算段を組もうと考えるのであるが結局またも時間稼ぎが必要になったわけである。
ヤン・ウェンリーは還ってくる。それまでの時間稼ぎ。
うちは司令官一人に頼りすぎているなと不甲斐なさにさいなまれるものの。
頼れるのは彼だけなのであった。
今頃、敵には司令官不在は情報として知られているだろう。
けれどその情報をどう扱うかはケンプという男しだいのようである。
シェーンコップは兵士に「ヤン・ウェンリーはイゼルローン要塞にいない」と捕虜になった場合
言えといっている。これを素直にとられれば困るけれどここでもヤンの名前は悩ましい。
「要塞にヤンがいないと思わせる策」ととってくれればこちらは少しらくだと彼女は思う。
せこい策であっても時間稼ぎにはよい。相手をたばかるしかこちらの勝機はない。
こうしてイゼルローン回廊に突如として現れたケンプ、ミュラー提督との攻防戦は4月の下旬に
もつれ込んだ。
by りょう
メルカッツ提督は帝国上級大将でしたが亡命し自由惑星同盟では中将待遇にされました。
同盟に上級大将という階級がなかったこと、迎えたヤンが大将であったことから中将に。
シュナイダーさんはたしか・・・・・・大尉のはず^^;;;
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