司令官の執務室でキャゼルヌは嫌な報告をコーネフとユリアンから聞いた。
そして大きなため息をついた。
ため息をつくと貧乏神にとりつかれると彼の夫人は嫌うのでなるべくため息をつくのは
避けているキャゼルヌ少将であったが不本意な知らせを耳にして、さらに目でも確認をした
ため脱力した。
「・・・・・・アッテンボローがどうこうではないがどうもあいつは人目につきやすい。
士官候補生時代から目立つ女だった。それを軍部が「女性提督」にまつりり上げた
ものだから、同盟の軍人のピンナップガールのように扱うやからもいる。
あいつがまれに見る美人なのはわかるし肉枠的な女だとも認める。
独り者の軍人で戦場で女がいなければ、あいつをねたにして飢えた男がすることも察しがつく。
同性だしメカニズムは理解できるからな。でもおれは10年以上個人的にあいつを見てるんでね。
こうまでされると・・・・・・妹分を陵辱されている気がしてたまらんな。」
少年はうつむき、クラブの撃墜王殿は黙って上官の言うことを聞いていた。
イワン・コーネフ少佐はキャゼルヌが言う言葉はもっともであると思った。
ヤンがいないときでよかったかも知れない・・・・・・。キャゼルヌは思った。
ヤンは思想の自由や表現の自由を尊重する立場である。
民主主義とは、自由な思想と言論・宗教を約束しておりそれは「大前提」である。
特にヤンはそれを重く見る傾向が大きい。
それは彼の美点でもある。
しかし今回のように身内の後輩に被害が及ぶと当然、困る。
たしかに表現の自由はある。
だが、名誉棄損でもある。
そしてヤンはジレンマに陥る。
そして困ってどうせキャゼルヌに言ってくる。
どうしたらいいものかごてごてになったころ持ち込んでくる。今回は直接キャゼルヌが
司令官代理というより、要塞事務監として対処できる。手間が省けていい。
ヤンがこねくり回したあとの処理よりも楽だしヤンには別課題で頭を使ってほしいと願っていた。
戦術、戦略構想こそヤン・ウェンリーが悩むべきことで、このような下世話な問題の処理は
自分のほうが適していると事務監は思っている。
しかもキャゼルヌは逡巡する性質ではない。
表現の自由にも限度がある。
自分に娘がいるから彼はその点敏感だったかも知れない。
いくら表現の自由とはいえどいずれ成熟する自分の娘が同じような目に合わされでもしたら
怖気がふるうアレックス・キャゼルヌであった。
「で、この映像のことをアッテンボローは知っているのかな。コーネフ少佐。」
「いいえ。ご存知でないとポプラン少佐からきいています。」
キャゼルヌは証拠品であるディスクの映像を見ている。
証拠品であるので仕方がない。
自分は成人者であり軍部の責任者の一人でもある。猥雑な映像であろうが軍部の一提督に似せた
ポルノ映像があれば証拠改めもする。確かに内容の映像を一見すれば女性提督とその恋人の
情交映像とでも見える。
彼女の髪の色が特殊であるので女のほうはまさに女性提督であったし、長身の女優を
使っているので似てないとはいわない。
男のほうはよくわからないがその恋人に見える。
だがキャゼルヌはアッテンボローとは14年ほどの付き合いで顔かたちをよく知っている。
勿論彼女の裸体までは知らないが、顔の表情や何かが違うと見受けられた。
だがそれは女性提督の顔をよく知らぬものが見れば「盗撮映像」に見えただろう。
普通の清純派の女優でさえ脱げば話題になる。
軍のピンナップガールの一面を持つ彼女の濡れ場とあればこの映像を喜んで
大枚を惜しまず買う人間もでてくる。現にイゼルローン要塞内で話題に上がっている
というならその映像が「複写・自由転載」されるのは時間の問題だ。それは表の世界で
出回るということである。
ひいてはハイネセンへ。絶対避けたいことである。
キャゼルヌの人情としてはアッテンボローは彼の妹分であったからまず許せない。
そしてあきらかに軍部を貶めるわいせつな映像であり、看過できない。
女優と俳優を彼女とその恋人に似せているところに大きな問題がある。
この配信元の責任者と製造者には取調べを受けさせて場合によっては罰も与えることに
なるだろう。
当然この配信元のインターネットサイトは即効削除させることになる。
けれど・・・・・・。
よりによってポプランは映像を入手してコーネフに見せたまではいいが白昼堂々と
ユリアンという「未成年」にみせていたとは。
「コーネフ少佐。ミンツ曹長にまで見せる必要はあったのかな。」
私情論だが、ヤンにユリアンを紹介して養子として引き取らせたのはキャゼルヌだし、
ユリアンの少年としての素養や性質の穏やかさ、賢さを彼も日ごろかわいがっている。
ヤンがもし結婚すればキャゼルヌは少年を自分の家に下宿させるつもりでいた。
妻も娘もそれを望んでいるし喜んでもいる。
いわば彼にとっても少年は「我が子」に近い存在だった。
「それについてはコーネフ少佐には非はありません。コーネフ少佐は止めてくださったんですが
ポプラン少佐の身体的特徴を僕は艦載機搭乗訓練後に、何度も浴室で見ているんで、証人に
なってほしいとポプラン少佐に頼まれたんです。もっと僕がはっきりお断りをしていれば
よかったんですが・・・・・・。すみません。キャゼルヌ少将。」
亜麻色の髪の少年は頭を下げた。
「いや、ユリアン。お前さんはまだ未成年だし成人の監督下にある。まして上官であるポプランに
一緒に見てくれといわれれば断るに断れない。軍ではそれは好ましいことじゃないんだよ。
ポプラン少佐にはすこし話をせねばなるまいな。コーネフ少佐も今後はもっと未成年扱いに
留意してほしい。」
コーネフも頭を下げた。
「その点深く反省しています。その場に乗じてふざけが過ぎました。以後は気をつけます。」
そうあってほしいねとキャゼルヌは言った。
「で、この配信元サイトは誰もが自由に閲覧できるものではないんだな。現段階。」
手元の端末のいかがわしいサイトをねめつけて、キャゼルヌはコーネフに確認した。
「このサイトは会員制で住所、名前、性別、電話番号、クレジットカードの番号などが必要で
しかも割合いわゆるアダルトサイトの中では比較すれば高い金額をとる男性専用のページです。
アンダー・グラウンドなページですから見ている人間はそれほど多くないでしょう。
ただ、こういう配信映像はいくらでもコピーできますから少将がお考えのことは今手を打たねば
以降起きると思います。」
コーネフが言った。要するにこの映像はいずれ放置しておけば流出していかなる目にさらされるか
彼は注意したのだ。
「取りつぶし決定だ。・・・・・・・まったくうちの女性提督を何だと思っている。司令部の威信にも
軍部の威信までかかってくる。早速憲兵に取締りをさせる。」
ユリアンはほっとした様子でキャゼルヌの顔とコーネフの顔を見た。
「会員には咎はないでしょう。これを入手してきた人間はポプランに泣きつかれた小官に変わって
しぶしぶそのサイトの会員になったんです。その人物のことは明るみに出さない約束ですし。」
わかってるさとキャゼルヌは手を振る。
「あくまで摘発は映像を流している出所だけだ。それにしてもムライ参謀長じゃないが秩序どころか
イゼルローン要塞は風紀が目茶苦茶だな。アッテンボローの目に触れる前でよかった。
個人の名誉毀損だけじゃない。不当な軍部批判にもあたる。表現の自由とかの次元じゃない。
明らかに意図してアッテンボローを貶める映像だ。よく似た女優だがアッテンボローではない。
でもそれは身近にいる人間しかわからないことだし、たちがよくない。早急に手を打とう。」
キャゼルヌはそういいおえて、言った。
「アッテンボローにはこういう嫌がらせは多いんだ。あれは若くして閣下呼ばわりだし女だろ。目立つからな。
暇人めらが。」
彼はそういうとコーネフにわかりきったことを尋ねた。
「で、あんまり聞きたくないのだがポプランはどうしてここにいない?」
コーネフはいいわけがましいところもなく上官に報告した。
「善処しましたがポプランは姿をくらませました。」
これだ。
秀才とうたわれる司令官代理は考えた。
余り面倒なことが起こらないといいがと思うが実際は起こるだろうし、
尻拭いはしたくないがきっと自分は尻拭いもするんだろうと開き直った。
開き直りの早さがキャゼルヌのよいところでもある。すぐに憲兵隊長を呼びつけて
捜査と逮捕に当たらせた。証拠も添えて。
結局この日オリビエ・ポプランがどこにいったのか、なにをしていたのか
わからずじまいである。
1900時。女性提督のお部屋にて。
お二人の愛の巣とでも言いましょうか。
「なあハニー。今までお前にまだ明かしていない秘密ってのがある。」
男はうきうきした口調で彼女に話している。
「そりゃ多いにあるだろ。長年連れ添った仲じゃない。」
彼女はシャワーを浴びてひとごこちついている。ローブを羽織って髪を乾かしている。
早速、彼は彼女の髪を乾かす手伝いをする。そして耳元で言った。
「今までおれは多くの奥義をおまえに伝授したつもりだがうっかり忘れていた技がある。」
「永遠に忘れてていいんだよ。」
「思い出したんだってば」
半がわきのまま彼女を抱き上げてベッドへ難なく運んで男はいった。
「今夜はちょっと目新しいセックスもいいかなと思って。」
「別に目新しいものでなくていいよ。私はオーソドックスが好きなんだ。しってるだろ?
愛情があればそれほど凝ったものでなくていいんだ。そうだろ?」
それはそうだけれど。
たまにはいいじゃんと男。
勝手にしろと女。
ことが一段楽すると彼女は男にしがみついて平静さを取り戻すように務めた。
「ね。わるくなかっただろ。」
「・・・・・・なんかいや。やっぱり普通がいいな。」
男は嬉しそうに彼女にキスして言う。
「かわいい声でないていたのにな。たまにはいいかも。」
女は男に背を向けて抱かれたまま目を閉じた。
「お前、今夜意地悪だから口をきかないからね。」
すねた女の背中に男は唇を沿わせて。女の背中が弓のようにしなる。
美しいな。
そんな彼女を惚れ惚れと男は眺める。
でもあまりいたずらを過ぎると本当に女は口をきいてくれなくなるので彼女の頭をゆっくり撫でて。
「のど渇かないか。何か飲み物を持ってくるけど何がいい?お姫様。」
「・・・・・・氷水。グラスに一杯。」
「かしこ参りました。」
といって彼女の裸の肩にキスをひとつ。これくらいは赦されるだろう。
キッチンで自分用にウィスキーのロックを。彼女には氷の入った冷たい水と赤ワインを
一杯ずつ。トレイにのせてベッドサイドのテーブルに男は運んだ。
「ワインはいかがかな。ハニー。」
「・・・・・・もらおうか。気はきくんだよな。お前は。ただ普通の男よりも助平なんだ。」
ひどいいわれようだと男は思わずほほえむ。
もっともっと自分色に染まってくれればこの先楽しくて仕方がないと男は思う。
女は胸までシーツを上げて体を起こしてワイングラスを受け取った。
「あ。いけない。私の端末をとってくれないか。デスクにあるんだがデータを保存しようと
忘れてた。」
男はローブを羽織って彼女の仕事部屋の小型端末をベッドまで運んできた。
「悪いね。お前を使って。」
「なんの。お前がいうことくらいかわいいものさ。」
小型の端末を使うようになったのはまずベッドでも仕事ができるからであった。
彼女の部屋にいると必ず男がいるし時には仕事を持ち帰る。わざわざ大型の
備え付けの端末を使うより小型のそれを使えば部屋の中の移動も自由だ。
彼女はすばやく端末に指を走らせている。男は彼女の仕事の機密も考え勝手に
その作業をのぞきはしない。白いシーツを胸の辺りにまきながらも目は翡翠色の
輝きをした彼女。
男はそんな女を隣で見て、やはり何をさせても美しいなと思う。
そんな彼女が一言。
「オリビエ。おまえにもみせてやろう。近頃巷で出回っている怪しい映像だ。うちのオフィスに匿名で
データが送られてきた。」
・・・・・・。
あれだ。
ようするに。と女。
「お前この映像をどこかで見たな。そして今夜この体位。度し難いにもほどがあるんじゃないか。
ん?」
男は呆然として女は彼のあごに指を添えて少し上に向かせた。
「どうしてお前の執務室にこの映像が送られてきたんだ?おれだって手に入れるのに
手間隙かかったんだぜ。」
女はワインを口に含んでいう。
「単なる嫌がらせだよ。こういう下世話な嫌がらせはしょっちゅう受けているから別段なにも
思わないが軍部で問題になったらことだから、キャゼルヌ先輩にでも持ち込んで何か
封じ込めにでれないかと思ってね。でもこうやって配信された映像がデータとして私の元に
送られているわけだから今頃封じ込めるにしても遅いかもしれないな。またひとのおかずに
されたわけだ。それはもうなれているからいいとして。・・・・・・ところでオリビエ。」
彼女は温和だった顔にいささか不敵な笑みを浮かべた。
「私によく似た女がいるよな。でもあれは私じゃない。盗撮映像といわれているらしいけれど私だってお前と
情を交わすときには盗聴器や盗察カメラなんぞないうえで及んでいる。したがってこの女優は私に似せた
女優だろうな。女はそうだろう。でも男はお前かも知れないよな・・・・・・。」
違うということを彼女に納得させるのに、10分はかかった。
女は笑った。
「足のほくろね。ちょんちょんちょんと消せばいいじゃないか。長い映像でもないし。
簡単な話だ。」
などと彼女が言うものだから後20分、かかった。
結果彼女は言った。
「愛しているよ。オリビエ。かわいいお前がたとえ他の女と寝ても私はやっぱりお前が好きだな。」
その言葉自体は男にはうれしいものであるが全くの事実無根であるので必死に弁解を試みる
撃墜王殿である。
「いいか。ハニー。おれはお前だけなんだぞ。いくらでも他の女と寝る機会はあったけれど
ものが役に立たないんだ。普通今まではきれいな女を見ればそれなりに元気になったのに
いつからか艶っぽい女を見てもおっ立たない。」
そういわれるとちょと気になる女性提督。
「じゃあインポテンツになったから私だけにしたのか。そういう理屈か。
それはうれしくもなんともないぞ。」
彼女はデータをディスクに移して端末をテーブルに載せた。だがご機嫌は斜めである。
男は女を抱きしめてあれこれ言い訳をするのであるが・・・・・・。
「精神的であれ肉体的であれ私でしか反応しないから私と寝るんだったら興ざめだな。」
とすねられてしまう。女は背中を向けたまま。白くて細い背中。
いや、それだけでなくて・・・・・・。
「たのむぜ。ハニー。お前にほれてるんだってば。そんなことはお前もよくわかってるだろ。
あんまりいじめないでくれよ。な。機嫌直して。お前を愛してるんだってば。」
上の言葉に準じたせりふを30回以上言ってやっと男のほうを向いた女。
腕の中で彼女はうつむいて。男の顔を覗き込むようにやっと顔を上げたとき。
「本当に愛してる?」
上目遣いの少し涙目で愛しているかときかれれば。
愛の言葉くらい何万回でも唱えましょう。男はハートにテクニカル・ノックアウトをくらって。
「本当に、愛してる。お前しか女は要らない。」
やっとご機嫌斜めだった女から雨がまだ上がりきらぬうちに陽の光がきらきら
輝いたような笑みがこぼれた。
涙目の彼女の涙が氷砂糖のように甘くて綺麗だったのが印象的で、ますます彼女が
好きになった撃墜王さんでした。
by りょう
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