シーソー・ゲーム・1


寧日、安寧のイゼルローン要塞。

嵐の前の静けさなのか。ここのところ穏やかな日々がつづいている。




いや、実はとんでもない「しろもの」がイゼルローン要塞の裏社会でまわっている。











『ダスティ・アッテンボロー提督のいけない映像』

彼女の情交の映像であるという。



男は顔は見えないが同盟きっての撃墜王殿のうちの一人。彼女の恋人のオリビエ・ポプランらしい。



らしい、というのは裏事情に詳しいはずのハートの撃墜王殿でもいまだに入手できないでいる。

いや彼が当人だからこそ手に入りにくかったらしい。

幸い、彼女はその闇情報は知らない・・・・・・。



しかし、不埒なことを。

撃墜殿は普段ならゴシップ大好きなのだが彼の提督の「いけない映像」がインターネットで

出回っていることにかなり憤慨している。

彼女のそういう「おいしい」姿は、彼だけのものと決めているのだそうだ。



不承不承クラブの撃墜王殿のコーネフ少佐とユリアン曹長が使いっぱにはしらされ

やっと入手できた。

その映像はインターネット配信されているもので会員制。それなりに高い金額を支払って

会員にならねばストリーミング映像を見ることができない。



「金は払うから手に入れてきてくれ。おれが提督の恋人だと知っているから絶対におれには

誰もがそんな映像は知らんというんだ。」



そう泣きつかれた。

放置もできないのでコーネフさんの「独自ルート」をたぐって

やっと入手したものをディスクに落とした。映像データをディスクに落としただけでコーネフさんは

見たくないものは見ない人であった。ユリアン少年にも見せたくはない。



だからディスクをポプランに封をしたまま渡した。



彼女一人だけでうつっている映像なら見る価値は大いにある。

コーネフにしてもいまさらポルノ程度でのぼせ上がりはしない。

少年の場合は・・・・・・デビューがいささか遅いだけで健全な成長を遂げればいずれは

そちらの方面にも足を突っ込むようになるであろう。



けれど男がくっついている。



セックスをしているときの男の格好は美しくないからなとコーネフは思う。

少年も見たいですとはいわない。

けれどもポプランは彼の自室にコーネフ少佐とミンツ曹長を引っ張り込んで映像再生をするという。

「気が進まない。それ以上はお前さん一人でやってくれよ。入手しただけでもウィスキー2本の貸しになる。」

コーネフは本当に気が進まぬらしい。

空戦隊は別に清教徒(ピューリタン)の集団ではないのでこんな代物はまさに彼の頭上を日々、

飛び交っている。

コーネフ少佐は見はしても、それがどうというわけもなく。

すぐにそれを投げ返してクロスワードとアナグラムの世界に没入する。



ポプランに言わせるとそれは至極、不健全なのだそうだ。



「まぁまぁ三人で昼から「いけない映像」ってのを酒でも飲みながら見ようぜ。」

少年は思う。

はるかにそちらが不健全だと。

どこの軍人が勤務中真昼からポルノを見ながら飲酒するのだろう・・・・・・。

「ぼく、遠慮します。」

「なんだユリアン、協調性がないな。それでは立派な「宙(そら)の男」にはなれんぞ。」

「だって普通の軍人はお昼間からそういうものは見ませんよ。お酒も僕はまだだめなんです。」

「じゃあサイダーでも買ってやろう。こういうことも男の勉強だぜ。」

コーネフ少佐、何とか言ってくださいと少年はもう一人の撃墜王殿を見た。

「やはりまだミンツ曹長には早いんじゃないかな。無理強いはよくないぞ。ポプラン」

バカいうなとポプランはいう。

「あのな、これをみてうはうはしたけりゃお前らなぞ部屋に呼ばないで、

おれの提督と一緒に見るけど証拠物件の調査がしたいわけ。

けしてやましい気持ちはないぞ。」



そうなるとしかたがないなとコーネフは思う。

「でもやっぱりミンツ曹長には見せなくてもいと思うけれどな。本人も見たいと思っていないようだし。

ちゃんといっておくけれどおれだって見たくはないんだぞ。男の裸は。」

はいはいとコーネフさんをいなして。ポプランさんは少年に言う。

「ユリアン、お前な。もう15だろ。いまだに女の一人もいないのはお前さんにも何かよくよく

深い考えがあってのことだろうがな。」

とくにありません、とユリアンはいう。

「ことをいたすときに「あれ?どこになにをいれればいいんだろう」てなことになったら目も当てられんぞ。

食器棚に皿を入れるのとは要領が違う。」

それくらいはしってますよと少年は苦言を呈した。

「そういう性教育は学校で習いますよ。それで十分じゃないですか。」

いかんいかんとポプランは指を顔の前で振った。ちちち。

「将来のお前の恋人のためにも勉強しておけ。はじめでつまづくとあとあと女から

文句を言われるんだからな。いいか。年上の美人がすべて導いてくれるなんて幻想は、あきらめろ。

おれだって初めてのときは相手はまだ・・・・・・」

そんなことはききたくないとコーネフがいう。



「それにしても証人がいるんだよ。これはおれが断言するがえせだと思うぜ。それを証明してもらうには

・・・・・・。」

なんでおれたちなんだとコーネフはいいたかったが・・・・・・。



これは女性に頼める問題ではない。

シェーンコップらを巻き込むと何やかやと騒ぎが大きくなる。



「・・・・・・ようするにほかに証人がいないからだな。」

「そうなんだよな。」

ハートの撃墜王殿はにへへと意味不明の笑みをこぼして頭をかいた。

「お前らならシャワーを浴びているおれを見てるもんな。ばっちりと。」

確かに訓練や戦闘のあとシャワーを浴びるが・・・・・・。

「見たくて見てるんじゃない。お前が見せるんだろ。露出狂。」

クラブの撃墜王殿が言うと少年は苦々しい顔をして頷く。

ともかく、サイダーと酒を買ってこっそり部屋で映写会をしようぜと一人陽気なポプラン少佐。



自分はともかく少年は被害者だなとコーネフ少佐は思うわけであった。






相変らず家具のない部屋だが、端末は一応軍人なのでポプランも部屋においている。

ディスクをいれて映像が映し出される。

ポプランはライトビアをあおり、コーネフはウィスキーの小瓶を手にして少年はアップルサイダーを

持たされていた。

「どうして部屋の電気を消す必要があるんだ。ポプランさん。」

まあまあ、と男は他称「友達」をいさめた。

「やっぱりポルノは暗い中で見るのがいいよな。」



鑑賞が目的じゃなかったはずなんだがな・・・・・・。どんな事態にあっても楽しめる他称「友達」が

うらやましく思わないでもない。

画面ではくんずほぐれつの裸体の男女。まぎれもないポルノである。



「やはり、おれたちじゃないな。」

鋭い一声が静かに放たれた。少年はあんまり画面を見ないようにしてポプランを見ていう。

「どうしてでしょうか?何か証拠が見つかりましたか?」

「おれたちはこういう体位でまだファックしてない。おれの提督はシャイだからあんまり

アクロバティックなセックスはお嫌いなんだ。あえぎ声も違うしな。おれの提督の声はもっとかわいい・・・・・・。」

コーネフは説明はいらんという。ユリアンはめまいがした。



「やはりえせなのか。ポプラン」

コーネフが聞いた。

「よく似た女優だが、この女顔いじってるぜ。鼻にシリコンでも入れてるな。それに体が違う。

実物の乳はもっとお椀型でもう1サイズおおきいな。おれの提督は着やせをするからよくわからんだろうが

尻もきゅっとあがってる。むっちり型なんだよな。美尻なんだよ。でもただボリュームがあるんじゃない。

締まるとこは締まってるんだけれど尻が・・・・・・。」

「尻、尻いわなくていいよ。詳しい解説はいらない。にせものなんだな。」

ポプランは語り足りないという顔をするし、コーネフはこれ以上ききたくないという顔をする。

ユリアンは賢い少年なので心、ここにあらずというような気持ちになっていた。





今夜はヤン提督がお留守なので夕食は何にしようかな・・・・・・。

冷蔵庫にある残り物をなべにいれてごった煮でもつくろうかな。

この時期、ヤン・ウェンリーは政府から呼び出しをくらって首都星ハイネセンへ赴いている。

大事にならないために今回はユリアンは同行できなかった。副官のフレデリカ・グリーンヒル大尉と

護衛のルイ・マシュンゴ准尉の三人だけで今朝イゼルローン要塞をたっている。

提督は言質を取られることはお嫌いだけれど、フレデリカさんのことを思ってらっしゃるのは

周りから見ればよくわかるな・・・・・・。

淡い恋心と憧れを彼女にいだく少年は、ヤンがフレデリカに思いを寄せるならそれが一番だと思う。

フレデリカがヤンを思っていることは少年が見るに「ヤン以外の人物」はしっているだろう。

それでいてなんともいえぬ感慨をいだく。

彼女があこがれの女性であるにはかわらない。

ヤンが彼にとって尊敬する人物であるのもかわらない。

その2人の間に「愛情」が育っているならば本当はめでたいし、手放しで喜ぶべきだと

少年は自分に言い聞かせる。

それでも、いくらか何か言い切れぬものを感じることもある。そんな感情を彼は

ややもてあましていた。

勿論その感情を吐露するようなことはない。

シェーンコップはそういう少年の気持ちを知っていてからかうが・・・・・・。



「ヤン提督とフレデリカさんがご結婚されたらどんなにすばらしいだろう。」

少年はそう思うように努めている・・・・・・。

そんな美しい思いに浸っているユリアンに容赦ない「現実の声」がふりかかってきた。





おい、少年よ。レッスンの序章だぞとポプランが言う声でわれに返った。

「おれはこうみえてかなり慎重な男でな。盗聴器だの盗察カメラだのあるかないかを調べてことに

及んでる。じゃないとレディに失礼だろ。

いいか、お前も彼女ができたらそういうところにも十分気を配ってやれよ。それで女の名誉は守れる。

お安い御用じゃないか。かんがえてみろ。そのために俺たちは軍人になって日々たゆまぬ訓練を

してるんじゃないか。なんのために機器(メカ)の扱いを覚えると思う。こういうときのためだぞ。」

ぼ、僕はそんなつもりで軍人になったんではありませんとユリアンは言いたかった。

「・・・・・・・不健全なお前と違って前途明るいミンツ曹長の軍人志望動機は違うみたいだ。

ポプラン。」

コーネフはいった。

「恋愛は人生において大事なファクターだろ。」

ポプランは口を尖らせて文句を言う。



話がそれるのでユリアンが言った。

「つまり女性はアッテンボロー提督じゃないんですね。そういう専門の女優を変装させて

使っているということでしょうか。」

「女性は違うけれど男はポプランだろ。」

コーネフはしれっといった。

「お前ら。いったいおれの体のどこを見てたんだ。おれはこいつのように貧弱な体はしていないし

筋肉のつき方が違うだろう。それにおれには右もも外側にほくろが3つある。この男優にはないだろうが。」

別に普段から見たくて見ているのではない。

シャワー室から出てもいつまでも服を着ないでうろうろしているだけじゃないかとコーネフがいった。

「サウナにしろ下半身にタオルを巻かないでうろうろしているのはお前だけだ。」

とクラブの撃墜王殿が言いました。

「おれは中途半端に隠すのはいやなんだ。主義じゃないんだ。」

とハートの撃墜王殿は言いました。



主義の問題・・・・・・・ではないと少年は思いました。



「よし。右ふともも内側のおれのほくろを今ここで見せてやる。」

ポプランはさっと立ち上がりベルトに手をかけた。

「やめろ。見たくない。猥褻物陳列罪で訴えるぞ。ポプラン。」





・・・・・・ユリアンもやっぱり、見たくない。

「ともかくこれは作り物なわけですね。僕はほくろを見なくてもポプラン少佐の言い分を信じます。」

お、さすがユリアン。ポプランは亜麻色の髪をくしゃくしゃと撫でていう。

「おれの提督はいわば同盟軍の「アイドル」なのは認める。で、アイドルゆえにこういう偽もの映像が

おれの提督には付き物だと思っていた・・・・・・。だが実際目にすると不愉快だな。

面白くないじゃないか。・・・・・・いっちょやってやろうじゃないの。」

「やめろ」

コーネフはすかさずポプランを止めた。間髪なし。

「なんで止める?コーネフ」

「お前が動くとろくなことがない。」

「じゃあおれが何しようとしていいるかわかっていうんだな。コーネフ。」





「周りの迷惑になることと騒ぎを大きくすることだろ。」

否定しなかったところを見るとコーネフは正しかったんだとユリアンは感心する。

よくぞ天はオリビエ・ポプランに最良の友人・イワン・コーネフと示し合わせたもうた。エイメン。

などキリスト教徒でもないのに心の中で呟いた。



「でもこの阿呆のことはともかく、アッテンボロー提督はお気の毒だな。ねたもとを洗って配信を防ぐ

手立てを考えねばならんな。」

コーネフの意見にポプランが言った。

「でもこういう連中は煽られれば煽られるほど喜ぶからたちが悪い。」

「そうだよな。最近、自分のことが見えてきたじゃないか。ポプラン」

「ちっ。ありがとうよ。コーネフさん」

「いやいや、謙虚でいいね。ポプランさん」

少年は笑った。



ヤンがいない間の司令官代理はアレックス・キャゼルヌ少将。

「司令官代理に相談しなくていいでしょうか。ことは司令部の威信にもかかわりませんか。」

ユリアンも言ってみて、考えた。

「何だか事態が大きくなりそうだね。司令官代理まで出すと・・・・・・。でもな。司令部の威信となれば

いたし方がないかもしれないね。」

コーネフは言った。

そうなのだ。

本当のアイドル(芸能人)なら所属事務所が警察機関イゼルローンで言えばMP(憲兵隊)に、

わいせつ映像配信元サイトを削除する権限がある。

だがアッテンボローは軍人で所属事務所は当然ついていない。

軍人であるアッテンボローの身を引き受けてくれるのは要塞では一応ヤン・ウェンリーにあたる。



だが彼は査問会で不適切な出頭をもとめられた。現在船の上の人である。

ヤン司令官に替わって代理を務めるキャゼルヌに押し付けるのはどうだろう・・・・・・。



「提督のマネージャーはおれだ。」

ポプランの言葉にコーネフが言った。

「お前は恋人だろ。飼い犬だっけ。ワンと鳴いてごらん。」

ほざけとポプランはいって。

「恋人がマネージャーをするケースは山ほどあるだろう。」

「破綻したケースも山ほどあるよ。数百例はくだらないね。」




コーネフとユリアンは仕方がないからキャゼルヌ少将に相談しようと決めた。




by りょう



LadyAdmiral



あふぉ話は早いよね。かくのも・・・・・・。