眠レナイ夜ハ、眠ラナイ夢ヲ・2



「ポプラン少佐、どうしておいでですか。」








ユリアンはちょっと心配だった。

いや、ちょっとどころではない。



アッテンボローは昔からはっきりとものを言う女性だとわかっていたしそういう彼女は好きだけれど、

恋人に「軍法会議」とは穏やかじゃない。

そう感じていた。

ポプランはイゼルローンをたつときにうるさい上官がいなくていいとアッテンボローに毒づいたが

やはり「軍法会議」という言葉はショックではなかったのかなと少年は思う。

ユリアンはハイネセンへむかう船団(コンボイ)のなかでコーネフ少佐を見つけつい話しかけた。

話しかけたとしても何も口出しできないのであるがそんな少年をわかってくれるのは

現在はイワン・コーネフ少佐だった。

ポプランはユリアンにとって兄のようであった。

コーネフのこともユリアンは、同様に慕っていた。



ポプランと並んでいると好対照で、コーネフは女性に声をかけられるとあまりいい顔をしない。

一方のポプランはその女性を追いかけて姿を消すなんてことはしばしばだった。

そこでコーネフは残されユリアンとコーヒーやミルクシェークを飲んで話をすることが多かった。

コーネフもユリアンを「前途有望な少年」とかわいがっていた。






「やあ、ミンツ君。ポプランなら自分の部屋でアドレスのチェックしているよ」






この人はいつも穏やかだなとユリアンは感心する。

やわらかめの金髪にやさしげな青い目をしている。

実はポプランが目立つだけでコーネフだって相当なハンサムである。

女性にもてないのではなく、一人で本を読んだりクロスワードパズルを解くほうが好きらしい。



ユリアンもどちらかといえば女の子と遊ぶのは好きじゃない。

同年代の女の子はなんだか騒々しくて苦手なのだ。

キャゼルヌ家の令嬢2人は妹のような気持ちがしてかわいいと思うけれど。

フライングボールの年間得点王だった彼は告白もされてきたし手紙もたくさんもらっているが

どうもユリアンはそういうことは好きじゃない。

というかまだ落ち着かないのであった.。

フレデリカやアッテンボローと話をするのは光栄だと思っているが。

彼女らのような美女を見てしまうと・・・少年の恋は難しくなる。



だから色事に関していえばユリアンはポプランの弟子でもシェーンコップの弟子でもなく。

コーネフが一人で本を読みたい気持ちはよくわかるような気がする・・・・・・。



でもコーネフが人格者だとはヤンは認めていない。

それはヤンいわくコーネフがポプランの行動云々を口にしても、それをとめた事例がないから

らしい。なるほど。

ユリアンをポプランのキス攻撃から守ってくれたのはめったにない珍例だったのだろう。



「アドレス・・・・・・ですか?」

「ハイネセンにいる、自称あいつの女達に不義理をかかないためにスケジュールをくんでいる。

変わった嗜好だと思うが、あいつは惑星ごとに女のアドレスを分類して整理してるんだよ。

邪魔をすると怖いよ。ひまならおれと三次元チェスでもするかい。」

ユリアンは驚いたがコーネフは普通だった。

やっぱり場数が違うのであろう。

相棒の行動にいちいち反応しておられないようである。

「じゃあ、その・・・やっぱり他の女性とデートのご予定をたててらっしゃるんですね。」

「そうみたいだね。全員と会う算段をつけているようだ。すごいと思うよ。あのまめさはね。

勤勉というか執念とでもいおうか。うちにはハイネセンに弟が2人妹が2人いるけれど

妹の土産は奴が考えてくれたよ。15歳と11歳の女の子のほしがるものなんて正直俺には

わからないからな。」

15歳の妹にはガラスの小物入れに銀のかわいらしいネックレス。

11歳の妹には大きなくまのぬいぐるみ。

ポプラン少佐が嫌いなチョコボンボンではないらしい。

コーネフがさらりというので、ユリアンは自分の幼さを感じた。

しかし、今相談できるのはコーネフ少佐しかいなかった。

いや相談という建設的なことではなくユリアンがもてあましている不安を解消する手立てを

教示してくれる人・・・。




ユリアンは自分が甘えていることを自覚していた。

コーネフはそういうことは別にいいんだよと笑う。




「・・・アッテンボロー提督は浮気はお嫌いでしょうね・・・。」

「うん。あの人は一本気な人だから浮気は嫌いだろうな。もともと浮気をしないことが前提で始まった

交際だし。」





ユリアンは困った。






別に困ることはないのだが、アッテンボローとポプランが一緒にいる雰囲気は

ユリアンにとってもよい空気だった。

2人は恋人でもありよい仲間、親友みたいにも思えたのでそれがその浮気のせいで失われるのは

まだ自分でもわかっている幼い彼にとってはなんとなく淋しい気がする。

その気持ちがわかったのかコーネフが穏やかにいった。

「恋愛の事情は当人同士の問題だからね。あの二人の組み合わせは悪くなかったけれど、

アッテンボロー少将は立場があるから。今までの責任を感じておられるんじゃないかな。つまり

あまりに公私混同になったことで騒ぎも起こったんだし・・・。」

「はい。わかるんです。頭では」

「ポプランという男と付き合うということがどういうことか考える時間があっていいのかも知れないよ。

少しばかり離れる時間があってよかったんだ。」

コーネフのいうことは正しい。

だから、ユリアンはそれ以上何も言わなかった。







「元気をおだし。あの2人が最悪男女の仲を解消しても、腐れ縁は続くと思うよ。

コーヒーでも飲もうか。」

腐れ縁か・・・。それはありうるかもしれないなと少年は考えた。







「そうですね・・・。お二人が決められることですよね。」

これ以上は自分のような未熟な子供が口を挟んでいい問題ではないとユリアンは思った。

当人のアッテンボロー少将が決めたことだしポプラン少佐も何か腹を決めたみたいであったから

ユリアンでなくても口を挟めない。

子供でなくても口を挟めないのだ。














ヤンは船団(コンボイ)のサロンでフレデリカと対話をしていた。

ユリアンがさっき紅茶を入れてきてくれたのである。フレデリカにはコーヒーを用意してくれた。






「そこまでアッテンボロー提督、考えていらっしゃるんですね」

フレデリカにしてみれば地位の違いはあれアッテンボローは貴重な友人だ。

そして彼女はその友人が話す恋人の話を、よく耳にする。

赤面することも多いが


それはアッテンボローの確信的犯行なのであるけれどかわいいフレデリカは気がついていない。



くだんの二人が仲が良いのは良いことだと思っていた。

あのアッテンボローがなんとも幸せそうに恋人のことをランチのときに語るのである。

けなすけれど、それすらもかわいくて仕方がないように、

いとしくて仕方がないように彼女は顔をほころばせて話す。

それは女性として幸せそうで、フレデリカはうれしくなったものである。






「アッテンボローは口が悪いからね。穏便に話せばそうたいして問題でもなかったんだが。

あいつは・・・恋愛が下手なんだな。別な言いがあったと思うんだけれど・・・彼女は不器用なんだ。

異性にもてることと恋愛が上手であることはさすがに一致しないみたいだね。」






フレデリカにすればヤンも恋愛に聡いようには見えないが、実はヤンはフレデリカと出会ったとき、

正確には再会したときからこの美しき副官の恋慕を看破している。



しかし、立場や、状況などを配慮してヤンは、なんの言質も取られぬようにしている。

彼女は彼の上官の令嬢であることは間違いないし、妙齢の女性でもある。

キャゼルヌが押し付けてきたとはいえど推薦者はドワイト・グリーンヒル大将。

過分に大将はヤンを贔屓目で見ている気もする。

もっともご令嬢の思い人がヤン・ウェンリーだということまでは知らない。

ともかくもヤンにはまだ心の整理がつかないのである。




ジェシカ・エドワーズ。




彼女を嫌ったことは一度としてない。

むしろいつまでもであったときの彼女の清廉な美しさや、真摯な眸を忘れられない。

彼女の潔癖すぎる心もヤンには尊く大事なもののように思う・・・・・・。

親友が彼女を愛して、彼女もそれに従ったのでそれでよいと思っていた。

しかし、親友が亡くなってしまい彼女が平和主義運動の指導者になった以上いくらヤンが思ったところで、

軍人である以上は彼女とは大きな隔たりがあるのも否めない。

だからといってすぐに美しく優秀な副官に気持ちのスイッチを変えれるのかといえば、ノーである。

恋慕とはそんな単純な代物ではないとヤンは考えていた。

それゆえにいくらフレデリカの思いが募ったとしてもヤンは何も応えることができない。

まして戦争犯罪人である自分が一般の人のように家庭を持つことが人道的に許されるか・・・。

許されていいと彼は思わない。

彼は恋愛に関しては、鈍感を装うことにした。

フレデリカ・グリーンヒルという女性は若く美しい才媛だ。気立てもよい。だからといって

ジェシカからすぐに乗り換えようというのはあまりに2人の女性に失礼な気もする。

まだフレデリカのことをたくさん知っているわけではないヤンは「恋愛音痴」のレッテル歓迎で

今に至っている。







「でも、そのことを少佐はご存知だと思われますの。閣下」

フレデリカはこの航海のために用意したシロン葉茶葉が無駄になるだろうとは

思ったがそなえあれば憂いなしと1ダースだけ持ってきていた。

ユリアンに聞いていて、アルーシャとシロンならヤンが好きな種類なので多く持っていくにしても

かさばるものではないから内緒で持参してきた。どうせ旅が終わってもユリアンに贈呈すれば

ヤンがのむことになるのだし・・・。

彼女は思っていた。

「それなんだ。かといって、私が話していい問題だと思うかい。大尉」

金褐色の美しい髪を振ってフレデリカは口を開いた。

「いいえ。第三者が介入しないほうが得策に思えます。仕方がありませんわ。これはご当人で話し合いを

されたほうがやはりよいと思います。」

間に人が入れば、ややこしいことこの上ない恋愛。

フレデリカは自分がそういう方面で秀でているとも思わないしまして目の前で学者のなりそこないの

ような風貌の「学生さん」提督にはまず無理な話であると思った。




ヤンが間にはいってポプランに話そうとしたこととは。

実はアッテンボローは今回のハイネセン行きのメンバーにコーネフ、ポプランが加わっていることを

キャゼルヌから聞いていた。






キャゼルヌはあの当時のばか騒動を知らないし、無理もない。

ヤンがその人事、どうだろうとキャゼルヌに先日の騒動を打ち明けた。

そこにいたアッテンボローはこれはもう潮時だと悟りヤンとキャゼルヌにはことのお粗末な顛末をすべて

告白したのだ。



当然彼女の二人の先輩は呆れた。

「あれはポプランの狂言だったのか・・・。なんてこった。」

ヤンは頭をかいた。

あれだけの騒動がポプラン一人の芝居だったとは。

いうなればそれだけオリビエ・ポプランの普段のひととなりがあの狂言に真実味を与えたともいえる。

ヤンはひそかに地団太を踏んだ。そしておかしくもあった。

「それなら、ポプランをメンバーに加えても問題ない。うるさいしな。司令官殿。

ハイネセンへつれていってくれ」

殿、といいながら命令形である。

これはキャゼルヌの愛すべき資質だ。

「まぁ、要塞内の人事はキャゼルヌ少将に任せたのだから・・・問題がないというのであれば、

それで・・・」

ヤンはアッテンボローの顔を見て心配そうに言った。






「ムライ参謀長や先輩方の仰せのとおりで確かに私は公私混同をしすぎました。

これはポプランだけの責任でなく容認した私の責任が大きいと言えます。

軍人である以上指令がでればあの男も従います。心配しないでください。ヤン提督」





ヤンは髪をいじっておずおずと尋ねた。

「でも、ポプランはきっと、その、ハイネセンへ行けば、その、えっと」










「まちがいなく、浮気をしてくるぞと言いたいようだ」










キャゼルヌははっきり言った。

もとから言葉に思慮がない秀才官僚。

未来の後方勤務本部長。

「それは仕方がありません。たとえば私があの男と結婚をしていて妻であれば、問題はあるでしょうが・・・。

私には縛る権利はありません。それに、これは仕事ですからね。浮気だの恋だのそんなことで軍務の

人事に差し障れば司令部の威信を欠きます。もうこんなばからしいことはやめます。私もいみじくも

兵を率いる立場ですから。」



彼女はおどけた笑顔を見せた。

たまり兼ねてヤンはいった。



「じゃあ、浮気をされていいのかい。アッテンボロー」

アッテンボローは穏やかに言った。

「面と向かって浮気を容認する気はありませんよ」

そりゃそうだろうと、キャゼルヌは思う。





「でも、オリビエ・ポプランを選んだのは私ですしその浮気が我慢できないのであれば

交際をご破産するしかないと思います」

ご破算と聞き、ヤンは戸惑う。

「自棄になっているのか。別に交際を禁じてるわけじゃないよ。アッテンボロー」

穏やかなヤンの声だがこういう話ではあわててしまう。

「勿論、私があの男の浮気性に辛抱できたら交際を続けますよ。でもこれは一人では決められません。」






彼女の言葉に、二人の先輩は困った顔をした。










by りょう





LadyAdmiral