寧日、安寧のイゼルローン要塞。
といいたいが、今回はちと違う。
「グリーンヒル大尉がいない。ついでにお前の男もいない。彼女がいないのはいささか光景に
精彩を欠くが奴がいないのは静かでいい。そうだろ。」
目の前にはイゼルローン要塞のディフェンスコマンダーがもりもり食事を平らげていく。
分厚いサーロインを礼儀正しく、食べている。
シェーンコップは下品な男ではない。
テーブルマナーにうるさい。特に淑女の前だと。
「大尉がいないのはつまらないな。彼女とランチをとるのが私の趣味なんだ」
事実、フレデリカはアッテンボローの、おやつだ。
同盟きってのいきのいい美人提督が同じくもりもりとトレイの料理を片づけていく。
彼女と准将と同じメニューを食べている。
アッテンボローはとてもよく食べる。
快食である。
「しかしよくまあ、言い切ったもんだ。」
「当たり前だろ。軍務だ。そしてわたしは軍人だ。司令官の役にたたない男など
この要塞にはいらない」
今現在この要塞には司令官がいない。
過日、帝国軍からの申し出で200万人の捕虜交換の式典が執り行われた。
本来は戦時下で捕虜交換はありえないのであるが表向きはエルウィン・ヨーゼフ2世の
即位特赦として、ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥が同盟政府に申し出た。
あくまで表向きだとヤンは思っていたし、金髪の奴さんがなにを企てているかも看破していた。
ローエングラム侯は「お国づくり」の真っ最中である。
貴族を敵に回して銀河帝国の至尊の冠を手に入れるためには邪魔な同盟政府にはクーデターでも
起こさせて同盟軍部の手出しを抑えようとしている。
そういうことだろう。勿論これは彼の心の中にとどめている。ユリアンは聞く耳を持ちそうだが
悪辣極まりない奇策であるから信じるものは少ないと思われた。
ここまで見えていればヤンとしてはイエスといいたくない。
で、あるが民主政治の元の軍部である以上最高評議会で決められた捕虜交換は受諾せざるをえない。
近く、選挙もある。
ローエングラム侯がなにを企てようとも、ヤンの身の上では後手に回らざるをえない。
最高評議会にすれば、200万人の捕虜には選挙権はないが、帰還兵には票がある。
家族も入れれば500万票。
これをみすみす逃すわけがない。
これでもひと悶着。
その200万の帰還兵の票を当てにした議員たちの名前入り時計、万年筆、タオル、靴下などの
「選挙活動品」を怒ったアッテンボローは、まるまる全部帝国へ帰る捕虜たちに部下を使って分配して
「贈呈」した。
その手の選挙運動は明らかに違法であるしアッテンボローとしてはポケットマネーでもなく国の税金で
それらを用意して議員の名前を入れるものたちの恥知らずな行動に立腹したのである。
あまりにご立腹した彼女は、いきり立つ議員たちにおじることなく、
「文句があるならでるところに出てもこちらは何も問題はない。あなた方が行ったことは
同盟の公職選挙法4条に違反している行為だ。そしてあなたがたがその行為を行った場所は
このイゼルローン要塞。ここは公的軍事施設。司法権はMPにある。さて。かかってくるかい?」
と挑発的に言い放った。
実のところ、ヤンもいい気持ちがしたわけではないからアッテンボローのいうこともやったことも
本当はお見事といいたいところでひとつ頭を使った。後日この気持ちのよい後輩に議員の圧力が
かからぬように、帝国軍捕虜の代表に贈呈品の感謝状を同盟政府議員諸氏に当てて書いてもらった。
こうなると議員は何もいえない。
シェーンコップは詰めが甘いとアッテンボローにいったがキャゼルヌはこんな奴らの権利を守るために
戦場に出て、捕虜となり、帰還する兵士がさぞ情けなく思うであろうといった。アッテンボローとて情けない。
しかし頭に血が上って後々のことまで考えていなかった彼女。
ヤンのフォローに感謝して、お礼をユリアンに託している。
「先輩によろしくな。」
「どうしてこういうときのお礼って、お酒なんでしょう」
ユリアン少年はため息をつくのであった。
そんなこんなでもめにもめながら、捕虜交換式典の日。
式典には、帝国軍からはジークフリード・キルヒアイス上級大将が代表として表敬。
21歳のキルヒアイス上級大将は礼節を重んじ、しかし冗漫さはなく、ヤンはこの人物に好感をいだいた。
それはキルヒアイスも同じだったようである・・・。
ユリアンはこのときキルヒアイスに語りかけられている。
落ち着いた物言いにユリアンが圧倒されているとアッテンボローが、
「文句なしの美青年だな。帝国に寝返ろうかな」
などととんでもないことをいっている。
そんなことをいっているから、毎晩ハートの撃墜王に撃墜されてしまうんですよとユリアンはいいそうになった。
キルヒアイス上級大将は式典のパーティの乾杯までは滞在したが、それが終われば早々にイゼルローンを
たった。
式典そのものは無事に、人道的に行われていざ帰還兵をハイネセンへつれて帰る旅団にヤンはユリアンを
連れて行った。ほかに、グリーンヒル大尉、リンツ中佐が乗り込んだ。
ヤンはハイネセンでどうしても手を打ちたいことがあったし、会わねばならぬ人物もいた。
アレクサンドル・ビュコック大将だ。
大将ならばヤンが考えた帝国の仕組む内戦を理解してくださるだろうと彼は思っていた。
そして、なぜかコーネフ少佐とポプラン少佐もそのメンバーに入れられた。
当人たちはなぜ自分たちまで?と仰天した。
決まっているのにいまだに小首をかしげている。
「あの面子はキャゼルヌ少将がきめたのか?」
彼女は頷いた。
「キャゼルヌ少将に人事権があるからね」
おやまぁ、とシェーンコップ准将は肩をそびやかした。
くだんの3日間アッテンボローが演習で要塞を不在にしたときポプランはこっそりこそくな芝居を打った。
困ったのは騙された幹部達である。
准将は、芝居のできが悪いことを見抜いていた。
「お前の男からもらった酒はもう飲んだからな」
美しい眸だが不敵さをにじませた男の視線をアッテンボローは無視した。
「かまわない。そういう裏取引まで知るか。」
この男帝国の子弟だというし、帝国騎士の称号のある家の出らしく貴公子のような
整った顔つきをしているが、不遜で倣岸な要素が面立ちにでるところが
この男を精悍な面持ちにさせるんだろうなとちらりと男を見た。
けれどすぐに興味をなくしたように食事に集中した。
「冷たい女だな」
「あのな。敵陣にいって死ににいけといっているわけじゃない。正当な命令だ。従うのが当然じゃないか」
ディフェンスコマンダーは、美人提督のポーカーフェイスを見て思う。
表情は変わらないが彼女の翡翠色の眸が怜悧に光っている。きっと見返した強気な
光が気味のよい女だと男は思う。
『かわいげのないところが、また魅力だな。』
そしてこの間の、騒動を思い出した。
「どうしておれもハイネセンへいくんですか?」
陽気な悪魔の手下は不機嫌にいった。
「司令官命令だ」
アッテンボローは公然と言い放った。
「で、アッテンボロー提督は?」
おいおい、情けないぞポプラン。
「アッテンボローは分艦隊司令官だから司令官の留守を守ってもらわんといかん」
そういったのはキャゼルヌ少将。
全く公私混同もいいところだと言いたげな顔をしている。
あと6秒沈黙が続けば言ってのけたであろう。
「そういうことだよ。しっかり司令官を護衛してくれ」
アッテンボローはいった。
「し、しかし・・・・・・この間のようなことが起こると問題がありませんか?閣下」
そうムライはいった。
そう。この間の問題。
わからないわ、というお嬢さんはこちらへ。(リンク)
「大丈夫です。ムライ参謀長。ポプラン少佐も軍人です。命令に背くほど分別のない人間では
ありません。そうだな。少佐。」
ポプランは情けない顔をしているが、アッテンボローはムライに言い切った。
「少佐、この間の猿芝居はもう全て閣下にお話ししたからな」
猿芝居?そう、幹部はどよめいた。
「あの事件に関しては私にも責任があるようですが今後そのような不祥事は起こさぬよう務めます。
参謀長」
りりしい面持ちの美人提督がムライ参謀長をはじめヤンの幕僚にはっきりと姿勢を示した。
これは、当のポプランにも厳しい言葉として発せられた。
「軍人でいる以上、軍務に習うのは責務だ。それができないなら退職するんだな。
ポプラン少佐。ここまでいわれてまだぐずるんなら好きにしろ。
軍法会議にかけてやる」
それを聞いたヤンは穏やかじゃないなぁと冷や冷やした。
こともあろうに軍法会議とは。しかも彼女はそれを必要なら辞さないだけの
行動力があるのだ。
こうして一行はイゼルローンを旅立った。
「もう少し言い様があるだろうに。かわいい男といってるわりに随分あっさり手放したもんだ。
まぁ、今度こそ本当にハイネセンで、女たちとランデブーだな」
「そうだろうな」
これだけ豪快に食事をする女をシェーンコップ准将もあまり見たことがない。
残さずに平らげる姿は悪くはない。
太らないのが女性の羨望の的であろうなと思う。
「ほう?浮気公認か。」
「ハイネセンの女とよろしくやるならそれもいいだろう」
彼女はとうとうかなりの量のステーキを平らげた。
「責任を感じたんだよ。私はね」
ナプキンをとりだして、唇を拭いた。
「准将のいう通りポプランという男の性癖を考えれば私はあの男との関係を考えないといけないと思う。
悪いが、先にランチを済ましたので仕事に戻らせてもらうよ。」
席を立ってトレイを片付け歩く彼女の後姿。
悪くないな。
美しい後姿を眺め、シェーンコップはそのまましっかり食事を取った。
彼はテーブルマナーにうるさい男なのである。
by りょう
|