ギリギリchop・1



寧日、安寧のイゼルローン要塞。


いつもの日常。



愛らしいフレデリカ・グリーンヒル大尉は、目の前でランチをかきこんでいる

活気あふれるダスティ・アッテンボロー少将に語りかけた。

「明日ですわね、艦隊演習。アッテンボロー提督、お気を付けていってきてくださいね」

「ああ、ありがとう。ただの宇宙海賊捜査と艦隊運動の訓練だ。そんなに心配はいらないよ。

途中でキャゼルヌ少将を拾ってくる」



アムリッツァ会戦で補給失敗の責任を取って、左遷されていたアレックス・キャゼルヌ少将。

ヤンやアッテンボローは、士官学校時代事務次長として兄のように慕っていた男が

補給云々で手抜かりをするはずがないと知っていた。

キャゼルヌは多くの民間企業からもその事務処理能力の優秀さを評価され、入社を望まれていた

ほどの人物であった。



本人の「一生の不覚」のひとつ、経営管理大学の入学日時を間違えていなければ軍人ではなく

間違いなく財界、経済人としてひとかどの人物になったであろうといわれている。

ヤンやユリアンたちがいくらつついてももうひとつの「一生の不覚」は

マダム・キャゼルヌにすらいえない秘密らしい・・・。



アッテンボローよりわずか8歳年が上なだけであったが、後方勤務で将官という出世の速さは

事例がない。秀才官僚にありがちないやみがない実にさっぱりした人間である。

ひどく性質の悪い毒舌家ではあったが。





ただ悲しいかな作戦が失敗すれば誰かが責任を負わなければいけない。

軍人が処罰されるのは処罰をされないより正しいことだとヤン・ウェンリーは言っていた。

実際は見送りに言った折にキャゼルヌが「後輩」たちに言った言葉でもある。




その責任を負って、キャゼルヌ少将は最前線補給基地に妻子とともに赴任した。奥方は引越しや、家事の

達人ではあったが、ほとんどの家財道具はハイネセンの宇宙空港トランクルームに預けておいたらしい。

マダム・オルタンスは、いずれすぐに家族でイゼルローンへいくことになることを予測していたので、荷物に

ウィスキーグラスひとつも入れなかったそうである。

おかげでアレックス・キャゼルヌ少将は前線補給基地においていみじくも、紙コップでウィスキーを

なめる日々。秀才官僚とは思えぬ、酒飲みの執念を見せたとか・・・。





ところで。

アムリッツァ会戦は完膚なきまでの敗戦だった。ヤンが率いた第13艦隊だけが生存者8割。

ラインハルト・フォン・ローエングラム伯の怒りはそのヤン・ウェンリーの戦いぶりに

集中していることなど、とうのヤンはあまり気にしていない。帝国でジークフリード・キルヒアイスは

ラインハルトの動向を常に心砕いていた。圧倒的勝利をしても彼はヤン・ウェンリーを無視できない

でいるのである・・・・・・。






当然、ヤンはイゼルローン要塞の司令官におさまったとき。

この優秀な「先輩」を時が来れば必ず自分の司令部に入れて本来、仲のよいキャゼルヌ一家が

みなつつがなく暮らせるように国防委員会に手配を怠らなかった。

彼にしては熱心に要求した。

ようやく、キャゼルヌをイゼルローンへ招くことができるとわかるとヤンは小躍りした。

勿論下心には、後方の管理をキャゼルヌに任せられるからである。

当然、左遷された「先輩」を慮って(おもんばかって)いたのは事実であるが。




とはいえど年を越さねばキャゼルヌは赴任してこないので、しかたがなくヤンは

精励していた。

といいつつも。

実際はフレデリカ・グリーンヒルが顔色一つ変えず優秀な事務処理能力を

発揮していたに過ぎない。




「キャゼルヌ少将がきてくださればヤン提督も随分と悩みが減るでしょうね。嬉しいことですわ。」

「あのひとはデスクワークの達人だからね。たまった宿題を片づけるのをなりわいにしてらっしゃる。

ヤン提督が1の事務処理をしている間に170ほどの処理はこなすだろうねぇ。でも

実際は先輩よりもあなたがずいぶん楽になるだろうね。面倒なことは司令官はすべてあなたに

任せるのだし。」

フレデリカは微笑んだ。

「そうでもないですよ。閣下はご自分のお仕事にとても熱心です。私は補佐だけです。」

「相変らずミス・グリーンヒルはやさしく優秀であらせられる。」

「お褒めいただき、光栄ですわ。提督。」

2人の女性はお互い顔を見合わせて笑った。

歓談のひと時。

「そうそう、大尉、先日の南極2号の講釈を閣下はしてくださったかい?」

(フレデリカが天使であれば、アッテンボローはまちがいなく、悪魔だ)

天使は首を振った。

「それが、閣下がおっしゃるには、アッテンボロー提督はなにか思い違いをしているのではないかと」

愉快でしかたがない、この悪魔は、表情だけは穏やかな微笑みで、天使の言葉を促した。

「アッテンボロー提督の方が、よくご存じなはずだと。閣下がおっしゃるのです」





ほほう。

ローングラム侯を「より完全な勝利者」にさせない魔術師ヤンがそんな陳腐な回答をしたのか。

悪魔の胸のうちは、腹を抱えてげらげら笑っている。

が、つねにクールビューティである。

美しい悪魔はそれとなく、思わせぶりに回りに人がいないことを確かめ小さな声で呟いた。




「そうか。これは・・・困ったぞ」

悪魔は美しい唇に指を当てて考えるふりをした。








ふりだけ。





天使は不安な面持ちになる。

「いや、これはね、どうも暗号ではないかと最近いわれている。南極2号。

事によると閣下がご存知でないというのは・・・ふむ・・・厄介だな」

「そんなに重要なのですか?南極2号」















デリカ、君はアッテンボローのおやつだ。

賢明なフロイラインたちは間違っても知人に真相を聞かないようにしよう。

インターネットで検索をしたら履歴もけしておきましょう。

















「いや、グリーンヒル大尉。これは私の杞憂かも知れない。忘れてくれていい。

ふむ、私が調べるか・・・しかしこうなると早急に手を打たないとよくないな・・・」

アッテンボロー、君はすでにペテン師だ。

「いえ、提督。私が調べます。そして閣下に資料を作成して提出しますわ。

私は副官ですからこれは当然です」







あぁ、デリカよ。なんてかわいい人だろう。

「アッテンボロー提督は無事に演習を終えることに集中していただかないといけませんもの。

私が責任をもって、対処します」

アッテンボローはフレデリカが大好きだ。

素直で、かわいい女性と時間を過ごすのが、この悪魔は大好きであった。













「お前、参謀長に、コーネフと、ユリアンをつれてうちの艦隊演習に乗り込もうとして却下されたんだって?

あははは。ムライ参謀長が許すとでも、思ったのかい?バカだな。」

アッテンボローの部屋。

今夜、男は9ラウンド要求した。(その数字がもうおかしい)

女は、明日から演習なので、4ラウンドまでと、男の意見を却下した。

それでも十分です。

そして、2回目の合体(違)、もといセックスをおえて、男の腕をまくらに彼女は笑っている。








「当たり前だろうが。おれの女がおれのそばを離れる。こんなに愛しあっているのに。

不条理きわまる。荒唐無稽でかつ悲劇的でたわけた話が宇宙にあってたまるか!」

男は女の髪をなで、まじめな顔で言い切った。






おれの女ねぇ。






このあいだまでぷりぷり嫉妬していたくせに。よくいうよ。

アッテンボローは愉快だった。

「たがか3日じゃないか。かわいいこといってくれて嬉しいけれどお前、大げさだよ?

いざ戦端が開かれればこんなもんじゃない。下手すれば永久の別れさ。」

「でも、いやだ。戦闘でもないのに三日もお前なしでここにいるのはいやだ。」





子供か・・・。





彼女はポプランの頭を胸に抱きしめて淡い金褐色の髪を撫でた。

「すぐかえるさ。心配するな。私は浮気はしないよ。安心しろ。オリビエ」

「浮気なんて、許さない」

アッテンボローは胸中で、ガッツポーズをとった。







「じゃ、お前もするなよ。オリビエ。う・わ・き」

勝ち誇った女と、顔面の血の気がさーっとひく男。

女は男の顔に両手を沿わせて、じっと彼の緑の目を見ていった。

「ベロニカ、マチルデ、イブ、シャーリー、カロリーン。レディ・キラーは、いまだ健在なのかな?

それとも彼女達の一方的のお前への恋慕かな?」







オリビエ・ポプラン、固まる。







「私は、かなりお前の女達に、憎まれているようでね。まぁいろいろな形で警告されているんだ。

オリビエと私はまだ別れてなんかないんですからねとさ」

「ダスティ、誤解だ!おれはあの夜からお前一人だ。

彼女達とは綺麗にお別れしたんだ。浮気なぞしてないぞ」

女は笑い、男は焦った。

「浮気なんかしてないって。そんな暇があるならお前をくどいてるってば。

お前が一番いいんだってばさ」



彼女はくすくすと笑みをこぼした。



「ま、留守の間、彼女達を何とかしておいてくれ。100人以上の女性からかわいい王子様を

奪ったようなものだからな。

無言電話も多いんでちとばかり困っている。仕方がないこととは言えど

電話回線がパンクしては困るし。せいぜいうまく別れるんだな。

精励せよ。ハニー。」

女は男にキスをした。








「しかしな、オリビエ」

女は3ラウンドの鐘が鳴ったと同時にいった。






「浮気したら、もう口はきかないからな。永遠の別れと思えよ。これっきりさ。

一人でおねんね、がんばっておくれ。愛してるよ。」






オリビエ・ポプラン君の3日間戦争が開戦された。







by りょう



作中「ローエングラム伯」と「ローエングラム侯」と二つの名前が出ますが皇帝崩御の後

この時期幼帝が立ちました。リヒテンラーデ公がラインハルトを傀儡にするため爵位を

すすめたとあり、りょうの誤字ではありません。オハルさんは傀儡というようなかわいい

存在ではないはずですが。




LadyAdmiral