アッテンボロー提督は、砲艦を10隻、偵察母艦5隻、駆逐艦4隻を率いて3日間の演習で
要塞を後にした。ヤンがイゼルローンに着任して初めての艦隊演習になる。
オリビエ・ポプランは彼女が艦に乗り込むときに駆け寄って艦隊の出発を見送る軍部幹部連中の
目の前で彼女に濃厚なキスをして、
「ごちそうさまでした。提督」
と、敬礼した。
アッテンボローはさすがに今回のようなときは男を平手打ちでもしたかったようであるが
ハートの撃墜王の反射神経のよさは見事で、するりとかわして逃走した。
居並ぶ関係者は僅かに茫然自失になった後、頭を抱えた。
「やれやれ、何とか無事に出発できたけれども。今後はアッテンボローが要塞を留守するときは
ポプランを同行させたほうが騒ぎにならないでいいかも知れないな。ムライ参謀長もそう思って
いるかも知れない。キャゼルヌ少将がきたら相談しよう」
ヤンがプライベート・ルームでため息をつく。
「ヤン提督、グリーンヒル大尉、お茶をお持ちしました」
ユリアンは、こういうときのヤンにはとりあえずまず一杯の紅茶を入れるのが効果的だと思っている。
ちょっとだけならブランデーをたらしてもいい。
午前中だけれど今日は提督はお疲れのようだからと少年は思った。
「あぁ、ありがとう、ユリアン。大尉もお茶を飲まないかね?」
彼の声に健気で優秀な副官は穏やかな声で答えた。
「はい。ありがとうございます。閣下。ありがとう。ユリアン」
ユリアンはアッテンボローをさっそうとして格好いい女性だとあこがれている。
そして、フレデリカの優しさや美しさにもほのかな恋心を抱いていた。
「いえ、どうぞ。グリーンヒル大尉」
ユリアンは思った。
『アッテンボロー提督が戦いの女神だとしたら、フレデリカさんは可憐な天使だな。』
「ところで大尉、今は何の書類を作成してくれているのかな?随分忙しそうだけれど。」
ヤンは才媛である副官の事務能力の高さをかっているので先ほどから手元を端末に走らせ
かなり忙しそうにしているのが不思議だった。
『おかしいなぁ。今緊急に回さないといけない書類がまだあったのかな?うむ、これはどうも
私に落ち度でもあったのかも知れない・・・』
ヤンはそう考えて、フレデリカに尋ねたのだった。
「いえ、閣下。これは副官の仕事ですわ。調査しているんです」
彼女は疲れも見せず鈴の音のような美しい声で答えた。
「何の調査だい?」
ヤンは聞いた。ユリアンも同席していた。
「南極2号は、どうも暗号のようですわね。アッテンボロー提督が緊急に調べるとおっしゃったのですが
演習がお有りでしたので小官が仕事をおえて調べているんです。恥ずかしながらあまり
はかどっていないので申し訳がないのですが閣下、必ず近日中には資料作成して提出いたします」
ヤンとユリアンは一瞬にして、石になった。
お互い顔を見ないようにした。
ヤンはユリアンにはまだ聞かないでいてほしい言葉だったし、
ユリアンはきっと興味を持ってはいけない言葉なのであろうと察した。
大人の話なんだろうなとユリアン少年は沈黙を守った。
『あの、アッテンボローの悪魔め!』
『・・・・・・僕はやっぱり、フレデリカさんが好きだな』
ユリアンはちょっとアッテンボローにはついていけそうもない自分を感じていた。
ヤンが清廉で妙齢な女性の副官に『より、緊急の業務』を命じたのはいうまでもない。
オリビエ君は逃走後、
空戦シュミレーションをしたり、部下のパイロットに訓練したり、整備班ともめたり、空戦シュミレーションをしたり、
部下のパイロットに訓練したり、整備班ともめたり、空戦シュミレーションをしたり、部下のパイロットに
訓練したり、整備班ともめたり・・・ともかく時間を潰した。
主に費やすのは整備班ともめること。
いまだに照準を狂わされた過去を根に持っている。12度も射程角度を狂わされて撃墜王殿は
噴飯やるかたない。メカニックのトダをみつけてはけんかを吹っかける。それをコーネフは
とめない。
しばらくメカともめるとポプランは少年兵に訓練をつけるのである。
むやみに間にはいってポプランのペースに飲まれるのは得策じゃないと
イワン・コーネフは骨の髄まで知り尽くしている。
「ポプランは、案外、アッテンボローがいないほうがよく働くかもしれないな。」
ヤンはちょっと投げやりにいった。
「しかし閣下・・・。あのセリフは何とかしなくてはならないと思いになりませんか?」
ムライがいった。
オリビエ君は35秒に一度、
「おれの提督」
と、あちこちで叫んでいる。
でも、かろうじて真面目に仕事はしているようではあった。
多分。
「私が判断を誤ったかも知れません。随行を許せば混乱をきたさなかったのではないかと・・・。」
参謀長殿もやはり、これだけうるさいならば昨日アッテンボローに同行したいといった
ポプランの申請を受け容れていたほうがまだましだったかも知れない、と憂慮していた。
「参謀長の責任というより、やはり普段からの私からのアッテンボロー提督への訓戒が
いかされていないだけだと思うよ。上級士官の自覚がもうひとつ彼女にも、足りないね。」
ヤンは十分、自分も足りていないと反省する。
ともかく声が大きくよく通るオリビエ君。
せっせと懸命に仕事をしながら35秒に一度
「おれの提督」
と、叫び散らした。
これでオリビエ君は自分のほんのわずかな理性を確保していたようであった。
ヤンはいった。
「今後はアッテンボローとポプランはセットにしておこう。参謀長」
いればいたで、いなければいなくても、アッテンボローの悪魔は台風の目なのだと
ヤンはしみじみ思った。
キャゼルヌ少将がきたらしっかりお説教をしてもらおうと来る前からキャゼルヌを
やたらにあてにしているヤン・ウェンリーであった。
オリビエ君は、何とか彼女のいない生活の一日目をクリアした。
「あーあ。つまらんつまらん。一人っきりで夜を過ごすなんて、こんなくだらんことはない。
不愉快だ。おれの提督。早く帰ってきてください。おれの提督」
それを聞いたコーネフは
「酒も飲まないで、それだけ理性を失えるお前さんがうらやましいよ」
と言い残してさっさと自室に帰った。
今日は別のよいことを行っていたのでコーネフは特に他称・友達になにも
援助はしなかった。
オリビエ君も、一人寂しく自分の部屋に帰ってどっとベッドになだれ込んだ。
当然女性はいない。一人きりである。
「あーあ。こんなことなら、無理やり、夕べ13ラウンドしておくんだった。つまらんつまらん」
ありえないです。相当の早漏としか思えないので却下します。
(却下されそうな一行だな)
オリビエ君はなかなか寝つけなかった。
by りょう
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