ギリギリchop・3



2日目。







アッテンボロー提督が艦隊演習でイゼルローンをはなれて2日目である。

なにせ一人で寝る習慣がないオリビエ君は眠れない夜を悶々とすごしすっかりやつれている。



いとあはれ。











ユリアン少年が心配し、ポプランに美味しい朝食を用意して彼の部屋まで差し入れにいった。

亜麻色の髪を持ち、ダークブラウンの澄んだ眸の利発な少年はヤン・ウェンリーの保護下にあり、

ヤンの軍属という立場にあった。給料ももらえるのであるが実際はユリアンが給料をもらえど

ヤンの家計が助かるものではない。それでも初めて給料が出たときにはヤンにちょっと上質な

ティーカップを贈っている。

指ではじくと、いい音がでるティーカップ。

ヤンはもっぱらこのカップを愛用してくれユリアン少年は少し誇らしげな気持ちになる。



ユリアン少年はポプラン少佐が好きだった。

快活で瀟洒で口達者だがやはり訓練のときは目が幾分厳しくなる。

ほんの少しだけ。

口調はそう変わらないけれど・・・。

クリスマスの夜にアッテンボローを部屋まで送ったとき。

すでに施錠したあったはずの彼女の部屋に侵入していたがアッテンボローと

その後恋愛関係にあって・・・。

それだけでもユリアンには大きな驚きなのに、あれだけ多くの浮名を流した少佐が彼女一人と

交際をしていることをとてもいいことに思っていた。




アッテンボローは破天荒なところもあるけれどポプラン少佐との息のあった会話を耳にすると

やはり彼はうれしくなる。

少年にしてみれば女は姉のような存在だし、男は兄のようだった。








そして、今朝は保護者のヤンをいつもの時間に起こして三人分の朝食を用意した。

「そのバスケットをどこへ持っていくつもりだい?ユリアン」

「美人の提督がいなくて朝食に不自由しているかもしれないエース殿のお部屋ですよ。」

「お前はいい子だね。やはり家庭環境のよさだろうか。」

「ええ。そうだと思います。たぶん。」

少年はこう答えると彼のもっとも尊敬する人物がにこやかになるのを心得ている。

あまりに露骨に認めればヤンに媚びているようだしそういうことはユリアンは読める・・・

と思う。

たぶんという「遊び」をもたせれば、愉快な会話が成立する。

「でもユリアン、ポプランに襲われないようにするんだよ」

「どうして少佐が僕を襲うのでしょうか」

ヤンは少し考えた。起きてすぐのことだからあまり頭は働かないみたいであった。

黒髪をいじって紅茶を一口飲んだ。





「ちょっとだけ嫌な予感がしただけだよ。こういうのを杞憂というのだ。覚えておきなさい」

アイアイサーと少年は軽い足取りでバスケットを抱えて出かけた。

心配しすぎるというのを杞憂というのかと、何となく会話のなかで習得した単語を頭で

反芻しながら。






幸い、イゼルローン要塞には帝国軍が残した物資がかなりあってハイネセンにいたころより

食糧事情がよいように少年は感じている。

自家栽培の大きなシステムがあるので要塞で野菜や果物を作れる。

つまり少年が調理に使う食糧はまずまずの値段で手にはいる。

彼の大好きなヤン提督お好みの紅茶茶葉は、残念ながらハイネセンのほうが2割安い。

といってもハイネセンで大量に買ったとして送料、手数料を考えれば余計高くなるし、

家計を預かる生活戦士ユリアン・ミンツは仕方がないなと思うのであった。

苦労性な14歳である。






でも豊かな物資はいわゆる横流しされているとユリアンは聞いていた。

もしも早くにキャゼルヌ少将がイゼルローンへきていて、物資の管理を請け負っていたら

またも嫌な醜聞が立つだろうし人事の不思議さを幼いながらユリアンは感じる。

幸運だったのだろうか、と考える。

たった一日でイゼルローン要塞に残されていた軍需物資の細かい在庫表を作成したフレデリカは

ヤンが軍部にこんな瑣末のことで意地悪をしてきては赦せないとユリアンに言った。

見事な仕事振りをみてユリアンはもっとヤンがフレデリカを大事にすればいいのにと

思ってしまうのであった。

新年のパーティ準備の合間にそんなリストを作ってくれる副官なんているだろうか。

グリーンヒル大尉は優秀な人だと少年は感心した。

少年は新年の企画を大尉に指示されながら手伝ったいただけである。



キャゼルヌ少将の今回の人事はハイネセンでビュコック大将が国防委員会に働きかけてくれた

たまものでもあって、ずいぶん助かったとヤンがいっていたことを思い出した。

イゼルローンにあの「官僚だけれど官僚くさくない」キャゼルヌ少将が来てくれればユリアンとて

うれしいに決まっている。

ヤン・ウェンリーのもとに差し向けてくれたのは、なにあろう当事准将だったアレックス・キャゼルヌであった。

ユリアンの人生でこれほど幸せなことはなかった。

今後だってこんな幸せなことはないであろう。

今、イゼルローンにいるヤンを通じて知った人に嫌な人物はいない少年はこの人事に満足していた。

もちろんその色眼鏡はヤン・ウェンリーを通してみているものだから軍部にも少年が理解できない

人種もいるということも踏まえている。

だがこと現在のヤンの幕僚に関してはムライ少将は秩序を重んじる難しい人ではあるが

それでもそれは悪いことではないとユリアンは理解している。組織にはああいうひともいなければ

いけないのだ。みんながみんな、自由闊達なアッテンボローやシェーンコップ、ポプランの

ような人物ばかりでは本当にまとまるものもまとまらない。

でもやはりシェーンコップやポプランのような「口は達者だけれど腕も達者」なひとは

洒脱でかっこいいなと少年は思う。

実際おふたりとも女性提督を口説いていらしたけれど何が決定打だったのだろうか・・・

などと少年は大好きな人々のことを考え出すと、その思いがあふれ出して

心の翼の羽ばたきは止まらなくなる。

ポプランの部屋についてドアをノックした。









「少佐。おきていらっしゃいますか?僕、ユリアンです。朝食をお持ちしたんですが

召し上がりませんか」

びっくりするような音を立てて部屋のドアが開くと、










「提督!」










もはやオリビエ君に理性はなかった。

オリビエ君はユリアン少年をぎゅうと抱きしめキスしようとした。

それを見ていたコーネフはすばやく他称・友達からユリアンを引き剥がし、背中に隠した。

今日の善行。

「こら。前途有望な少年に心の傷を残す気か?ポプラン」






「なんだ。おれの提督じゃないのか」






その言葉を残してふらふらとどこかへ行ってしまった。

残されたユリアンは、オムレツやコーンブレッドが形を崩れているのも忘れてバスケットを何とか抱え込み

『怖かった・・・』

と、コーネフの背中に隠されて呆然と立ち尽くした。




体勢と呼吸を整えた少年はクラブの撃墜王に尋ねた。

「いったい、なにがおこっているのでしょう。コーネフ少佐」

「君の事をアッテンボロー提督だと錯覚していたんだ。でももう大丈夫だよ」

コーネフはため息混じりに、いった。

「毎回、こんなことになるのですか?ポプラン少佐は」

「それがわからないんだよ。なにしろ、おれが知っているポプランは女性と夜をともにしなかった日

なんて戦闘中しかなかったからね。しばらくは君はポプランに近寄ってはいけないよ」











オリビエ君は、「おれの提督」と呪文のように今日は更に20秒に一度呟いている。













こうなると、怖い。





しかも第二のユリアンのような犠牲者が出ると困る。

ヤンが感じた杞憂は実際のものに変わってしまった。





ヤンは、間違ってもキスされないようにガス防御マスクをした。

こんなものは士官学校の訓練以降使ったことがないからフレデリカ・グリーンヒル大尉が

つけるのを手伝ってくれた。

「私より、大尉、早くマスクをつけなさい。君が一番危ないと思う。もしものことがあっては、困る」

奇跡のヤンの提案でなければこのマスク装着も異様に思うはずの才媛であるフレデリカ・グリーンヒルは

「はい。閣下」

と、すぐに言われたとおりにマスクをした。





集団パニックをヤン・ウェンリーが引き起こしたようである。






「今日は特別休暇だよ。ポプラン。これは要塞司令官の命令だ。部屋で寝てなさい」

幹部はみな、マスクをしている。

ユリアンには90%冗談で言ったことが実現したのでヤンとしては徹底防御を敢行した。







マスクをした、シェーンコップがいった。

「お前も地に落ちたな。ポプラン。アッテンボロー1人に振り回されて。いいから適当な女を

抱いてしまえ。箝口令を敷いて、お前の提督には秘密にしてやる」

ヤンと、ユリアンはマスクをしたまま目を合わせた。

そして、さり気なくフレデリカの前にたった。






ヤンには膂力はなかったしユリアンは子供であったけれどフレデリカを犠牲者にはなにがあろうと

できない。







「大体、アッテンボローもオリビエ・ポプランという男の性癖を知らない。こいつが3日間も女なしで夜を

過ごせるはずがない。浮気をするなというのは無茶な言い分だ。なんならおれが提供してもいいぞ。

全く情けないがな」

無茶なことを言っているなとヤンは思うけれども後ろにフレデリカがいなければ、彼も「浮気精励」を

認めたであろう。

アッテンボローがいないポプランは危険すぎる。

よりによって普段かわいがっているユリアンに抱きつこうなんて実に恐ろしいことであるとヤンは思う。

ユリアンの様子を見ていると別段マスクをかぶっている以外はいつもの少年に戻っているので、

安心するがコーネフ少佐がいなければユリアンがどうなっていたかを考えると帝国軍艦隊に

囲まれるよりも、怖い。

二次被害にフレデリカ・グリーンヒルが被害者に加わってはさらに恐ろしい。




「悪い話じゃないだろう。俺の女の趣味はお前さんを満足させれると思うぞ。情事のことは司令官が

緘口令をしくだろうしそれで秘密が保たれるわけだ。」



「俺の提督がいない」

オリビエ君は悲しそうな顔をして、その場を後にした。


















「やれやれ。ひとつ間違うと全てが狂うんだなぁ」

ヤンがマスクをはずし、疲れたようにいった。

司令部のみんなもマスクをはずした。

そこに去っていったポプランの様子を見に行ったコーネフが戻ってきた。





「どうだい?ポプランは?」

「酒屋でしこたま酒を買い、結局一人でろう城しました」

「そうか。その方が健全だし安全だろうな。それは一安心だ」

「みはりましょうか?風紀が乱れても困るでしょう。司令官」

コーネフがヤンに言った。

風紀ならもう十分乱れている。

多少の乱れに神経質にはならないヤンだがやはりユリアンが第一被害者であったことが

動揺を生んでいる。

「あの思考状態で暴飲です。表に出たら今度は見境なく、誰にでもあいつは節操のないことをします」

イワン・コーネフは紳士だったので口調は丁寧だった。

しかしいっている内容は

「ポプランは、泥酔し錯乱し男でも女でも押し倒し濃厚極まるキス&それ以上の行為をしまくる可能性

300%」

ということだ。




立派な犯罪だ・・・。













「でも、コーネフ少佐だけであいつの暴走を止められるかい?」

コーネフは困った顔をした。

「無理ですね。小官は残念ですがあの男の事態を収拾できたためしがないのです」

「困ったね。」

ヤンはベレーをひねって考えた。

たった一人の左官がとちぐるってしまうとこんなにもパニックを起こしてしまうようでは

まったくもって安寧ではないと。





「どうです?不本意ではありますが小官にお任せいただけますか?司令官殿」

その場にいたシェーンコップ准将がいった。

ヤンは、このディフェンスコマンダーを信頼してはいたので一任するといった。

実はヤンも、やや自棄になっていた。

面倒なことは「薔薇の騎士連隊」に任せてもいいやと思う。

こういう鎮圧はMPよりもシェーンコップのほうがうまいはずだと考えた。

過日、MPでも手が出せなかった事件をシェーンコップ一人で解決している。

人質(MPのコリンズ大佐)をとられたのを交渉して。

武器を犯人の要求どおり放棄したはずのシェーンコップの腕に、

荷電粒子ライフルが上のフロアから降ってきて

突如握られた。そしてその武器は犯人をしたたかに殴打した。

ユリアンがシェーンコップにいわれたとおり、彼の手におさまるように

吹き抜けの上のフロアからライフルを速やかに、正確に落下させたのであった。

ユリアンのコントロールも勿論であるが、鎮圧をさせれば准将にかなう人物をヤンは

思い浮かべられなかった。





「准将」

黒髪のとっぽい司令官に呼び止められ、彼は振り向いた。









「まぁ、これ以上、騒ぎが起こらないように願うよ」

シェーンコップは、怜悧な唇の端をあげて不敵に笑った。

きれいな敬礼して早速、行動に移した。






「はぁ。アッテンボローが帰ってきたら、もう絶対にたんまり説教してやろう」

ヤンは散々もみくちゃにしたベレーをかぶり直し、仕事に戻った。





by りょう






LadyAdmiral