いとしのビリーボーイ・3



後日。

シェーンコップはもうさすがに、アッテンボローには食指が湧かなくなったと見えて、

黒髪の美人と、堂々と街中でキスしていた。






事情を知っているコーネフは、シェーンコップに今回ばかりは同情した。

ゴム越しに女性とキス。

ガラス越しにキス、というのとは情緒や情感が違う。

彼の華麗なる女性履歴に、そのような悪趣味な出来事はなかったのではないかと思われる。

あれではもう女性提督を落そうなどという気持ちには、とてもじゃないがならないだろう。

普段から、コーネフは見なかったふりが得意であったので、そういうことは見ないふりをする。

向かいの路上でシェーンコップにウィンクされた。

あのことは秘密、と暗に因果を含まれたようだ。

彼も一応軽く敬礼をした。









あれは言いたくてもお気の毒でいえない・・・。同じ男としてコーネフは思う。











さて、噂の彼女は、書類の山を次々片づけ、精力的に働いた。もとはワーカホリックな彼女。

けんかも祭りも好きだが、作戦立案や艦隊編成を組むのもかなり好きである。

航路図を見てはテンションが上がる彼女を抑えに回るのが、分艦隊主任参謀長ラオ中佐の

ここ数年の務めであった。

「まだまだ烏合の集だな。ワインやウイスキーと同じだ、いい味が出るまで時間がかかる。」

第13艦隊に新兵を合わせたイゼルローンの艦隊だから、この時期、ヤンにしてみればアッテンボローの

手並みに任せるしかないと思っている。




その点ではヤンはアッテンボローに多く期待をしている。




27歳という若さで分艦隊司令官であるダスティ・アッテンボローはただの美しいお人形さんではない。

性格は本来は安定した気質を持ち、快活にして剛と柔を兼ね備えた人物。ゲリラ的な作戦をさせると

見識と柔軟な発想で類を見ない能力を発揮する。

部下にも彼女は威厳は保ちつつも信頼をされており、「常勝提督」のヤンを縮小したような人物であると

いう評価を得ている。

「不死身の女神」とささやかれることもある。

美しさと、自分が最前線に立つことをいとわない勇ましさが兵士の士気を高めるようだ。

「彼女のもとでは、死なない」といういささかジンクスがひそかに下士官から支持を受けている。

事実彼女はけんかは好きであるが、負けるけんかは大嫌いである。

負けない算段をつけるのが上手なのだ。





そして見た目の、これまた完膚なきまでの美しさ。男であればそれほど美点ではなかっただろうが華麗なる

陣頭指揮は兵士の士気を鼓舞する力がある。

イゼルローン要塞司令官ヤン・ウェンリーの「軍人になりそこなった青年」ぶりとまた対照的である。

その華麗な彼女の得意技が




「逃げろ」




なものであるから、軍上層部からは批難こそ受けるが、味方の兵士が生き残ればよいというヤンの考えに

追随している彼女は上からどうのこうの言われてもなんとも思わないのである。華麗な指揮官であはあるが

潔く、まずい戦いはしない、兵を無駄に殺さない指揮官として後々まで語り継がれる。












要塞内では敵が多いわけではなかったが、女性提督ということでアッテンボローの指揮に従うのを

よしと思わぬものもいる。けれどそういう気持ちも彼女はわかるので、黙認している。

目に余るものはラオが火消しを勤めるのであるが・・・。





「閣下、コーヒーをお持ちしましょうか?」

「いや、ちょっと仕事をしすぎたな。歩いてくる。体がなまる」

かれこれ15時間ほど彼女は編成表を作成するデータを自ら作成して、吟味していた。

これがヤン・ウェンリーだと、データ作成は当然優秀なフレデリカ・グリーンヒル大尉がするのであるが

アッテンボローはデータ抽出から作成まで人には任さない。アレックス・キャゼルヌには及ばないが、

事務処理能力は持っている。しかし独断にならぬためにそういう作業はラオとともにすることを

旨としている。




「ラオ、食事を取ってこい。こんなに仕事をしたって、給料が上がるわけじゃない。」

そうは言ってもいったん仕事に入るとラオは10時間はかの提督の側で仕事をする。

十分給料以上の仕事を2人とも果たしている。









女性提督は意図してそのブロックに足を向けたわけではなく、士官がよく集まるカフェまで

散歩した。オープンカフェで、勿論士官以外の民間人も利用している。展望台のようになっており、

ガラスの大窓には宇宙の星星が映り、趣がある。カフェといっても座っているものもいれば

その窓近くで一人たたずみながら宇宙に思いをはせるものもいて、自由な空間である。




そこで。

珍しく、一人でぼんやりコーヒーを飲んでいる空戦隊のエースをみつけた。

彼女もコーヒーを注文し、一人で、隣に誰も女性がいないエースのとなりにたった。

エース殿はなにやら考え事をしているようで彼女の気配に気づかない。










ここでよく2人は話したな。

そんなことを彼女は思い出した。









「思ったとおり軟弱者なんだな。」

ひさびさに聞いたアッテンボローの声だった。内容はともかくポプランは耳を疑い彼女の横顔を見た。

「・・・小官とはもう、話はしないのではなかったんですか。提督」

近くで見れば、見るほど美しい女だよなと、ポプランは素直に心で賞賛する。

胸も、尻も、大きさといい、あがりっぷりが見事で、その横顔がまったく男を寄せ付けぬ

鮮やかな美しさを誇っている・・・ポプランはせっかくだからじっくり鑑賞しようと思う。

お友達でいましょうねといわれても、こんなに魅惑的な女に恋せぬほうがいかれているぜと

ついでに考えた。




「聞いているのか。私はお前のあまりの情けなさに呆れているんだよ」

レディ・アドミラルは冷ややかな視線をポプランに投げた。

この眸が実にいい。

翡翠色なんだが、時折、濃いブルーに見えるときがある。

唇の厚さもいい。




「結局、貴官も愛の告白っていうのは、評判どおり軽佻浮薄だったわけだ。」

ポプランは、女性提督を見つめていった。

「提督、何がおっしゃりたいので。」

「貴官のいうところの愛してます、は、私がシェーンコップが無理やりキスしてきたときでも

止めにはいりもしないでとっとと他の女にはしる、その程度の愛情だということさ。」





彼女は宇宙空間を見つめていった。ちらりともポプランを見ない。





「でも、されっぱなしで抵抗していなかったでしょう?提督。その気になればシェーンコップの不良を

はじくらい、あなたにはなんてことないでしょうが。得意の足蹴りもあるし。これでも小官は

相思相愛のカップルに茶々を入れるほど節操なしではありませんよ。

黙って抱かれているあなたが悪いです」

ポプランはやや息巻いていったが、アッテンボローの冷たい顔は変わらない。

彼女のやや青みを帯びた眸は、はるかに広がる星たちを見つめている。




司令官とまでなるとこうも表情がでないものかなとポプランは思った。表情が読めない。

普通の女なら、怒っているのか、かまってほしいのか、ポプランは見逃さないのであるが

まだ、この女性提督の場合に関してはわからぬことが多い。ときどき灰色に近い翡翠色の眸が

濃いブルーに変わる。そこまでしか彼女の変化が読み取れない。







「ま、お前にくどかれて、本気に受け取らなくてよかったってことだ」

「提督、あのね・・・」









ポプランは困ったような、怒ったような顔になった。実際怒ってもいるし、困ってもいる。

くどけば怒るし、くどかないと怒る。どういうことなんですかといいたい。





「卑怯で軟弱な男に撃墜されるのはごめんだ。邪魔をしたな。本当にこれきりだ」

そういうと、アッテンボローはつまらないことをいったと思ったのかその場から去った。





残されたエースはつぶやいた。

「勝手なことばかりいうな。かわいくないんだから。結局、おれはなんなんだよ」

レディ・キラーは面白くない顔をした。実際、ほかの男と彼女が堂々とキスしていた。彼としては

まったくもって、面白くない。おまけに八つ当たりのような彼女の態度もまったく・・・。




「それでも、いい女だな」

こりないレディ・キラーは思うのであった。
















「どうなさいました。閣下」

分艦隊主任参謀長のラオにいわれるまでアッテンボローは、うすらぼんやりとしていた。

「いや、なんでもないよ。気にしないでくれ」





彼女は自分でも自分はかわいげのない女だと、十分自覚している。

さっきのポプランとの会話でもそれを思わずにいられなかった。あの男と話すと

ペースを乱してしまうから、もう二度と口を利かないほうがお互いの任務遂行にもよいだろう。
















一目見て好きになったわけではない。






撃墜王の実績も、女性関係の派手さも、聞いていた。イゼルローンに着任して以来、

やたら話しかけてくる。






実はアッテンボローはそれが愉快だった。いい仲間になれるだろう、ちと悪趣味かなと思いつつ

ポプランと親しく会話するようになった。

酒を飲みながら朝まで話をしたり、冗談でたくさん笑わされた。

いい友人になれそうな気がした。

軍部では異例の女性提督には、心を許して話が忌憚なくできる士官の友人は得がたい。

男たちは大体、彼女を性の対象としてみるか、嫉妬するかで、ヤンやキャゼルヌたち以外の仲間は

彼女にはいない。

だから、多少の下心は目をつむっても、オリビエ・ポプランは得がたい仲間だと思った。



何度か口説かれているのかどうなのかわからぬときがあったので、口説くつもりかと聞くと

そのときは薔薇の花束を抱えて参上するという。冗談だったら、まぁいいやとアッテンボローも

極上のシャンペンをつけてほしいとジョークをいっておいた。



ポプランはけして頭の回転が鈍い男でもなく、なにかと一緒にいると彼女の思考の

活性剤になった。

アッテンボローとは視点が違っていて、そこがよかった。

そして発想豊かな男であった。



それはワルター・フォン・シェーンコップにも通じるのだが、あの御仁はアッテンボローをからかうことはしても

忌憚なく話せる間柄ではなかった。この時点では。

件の男はやや強引なところもあるし気楽な会話を愉しむのにはオリビエ・ポプランが

彼女はよかった。

なかなか信じられぬであろうがオリビエ・ポプランはある部分ではそれなりにインテリであり、

彼女の知的欲求を時折満たす。そんなやり取りも心地がよかった。








そのうち、自分がこの度し難い女たらしにひかれていることに気づいた。








まずは錯覚だと思うことにした。

確かにきらめく緑色の眸は魅力的だし、案外服の上ではわからぬが程よく鍛え上げられた体や腕も、

彼女は好ましく感じた。淡い金褐色の髪は生気に溢れ、なつかしい故郷の夏の太陽を思い出す。





そこまでは認めよう。

オリビエ・ポプランは魅力がある。キュートな男だ。彼女より3センチ高いだけで一見そう膂力など

なさそうなのに。あるとき酒場で2人でしこたま飲んでけんか沙汰になった。アッテンボローは7人のうち

4人は片付けるつもりだったが、

「あなたにはそんなことはさせられませんから」

といって、あっという間に7人を最小限の攻撃で気絶させている。

「私が女だからなのか」

と彼女はあとで抗議をしたが、そうではないという。

「司令官たる人が下士官とけんかなんてことは、あまりうまくありませんな。

今後の指揮にかかわるでしょう」

自分は命令を出されるほうですからとしれっと答えた。









時折遠くを見つめる視線の先が彼女の心に、何かを生み出した。すぐに快活な

レディ・キラーに戻るのであるが。その視線の先にはいったいなにが見えるのであろうかと

彼女は気にかけている自分に唖然とする。

姿が見えないと、落着かない気持ちまで出てくると、つくづく自分が女であることを思い知った。




だめだ。これはエンドにしなくては。



こんな惑星ごとに女がいる男に恋をしても不毛だ。17歳で初めての女を知ってそれからは

打ち落としたワルキューレの数と落とした女の数が三桁に上るような男。

彼女のような潔癖な女性には向かない。

アッテンボローは自分でそれを悟っていた。




今なら、まだまだ普通の仲間に戻れる。魅力的な年下の男と酒を酌み交わすだけ。

それで十分だ。自分は職場に恋愛を持ち込みたいと思わない。

アッテンボローとて男に恋をしたことはある。過去に。

彼女は一人の男を愛するとその男の足の指のつめまで切らないとすまぬ女でもあった。

こういう彼女を知っている人間は少ない。

彼女はとても情愛が強く、愛した男のことを彼女の力と心が及ぶ限り、尽くす女性である。

オルタンス・キャゼルヌだけはそういう彼女の傾向を見て

「アッテンボローさんが尽くすだけの男性がこの宇宙に存在するとは思えないのだけれど」

と、厳しい。けれど彼女しかそういうことは知らない。

「男は従うふりをして、従わせるものですよ。アッテンボローさんほどの才気溢れる女性が、

男の世話を焼くことに時間をかけるのは効率的ではないわね。どんなにふりきってもふりきっても

ついてこれるしつこいくらいアッテンボローさんを、愛してくれる男の方を選べばよろしいのよ。」

マダム・オルタンスの言うことはおそらく正しい。



でも、世話焼きアッテンボローなのである。




その矢先にポプランから告白された。白い薔薇の花束を抱えて、確かによいシャンペンを持ってきた。

極上のドンペリを持ってきた。

しかも愛してるとまで言われては、かわいい仲間どころではない。

キュートな下士官では終わらない。

友達で終わりたくないようなので、






『これきりだ』





彼女は自分のペースが彼によって乱されるのが、自分の職務に影響が出るのではと

逃げた。





時折見せた遠くを見つめる目で、もしも見つめられたら、きっと彼女は困ると思った。





彼女が独身主義でいるのも自分が情に厚い人間であることをよく知っているからである。

仕事に影響が出れば、ヤンたちに迷惑がかかるし、戦場に出す兵士にも示しがつかない。

彼女も実は逃げるのが得意なので、私生活でも実は逃げた。





魅力的な彼は、女性一人では足らぬ男。

そんな男とは、無理だ。振り回されてしまう。それではいけない。







ニゲロ。







あれ以来ポプランから話しかけられることもなく、中途半端な恋とも情ともいえぬ交流を終えたと

思ったころに迷惑な噂が流れた。どこから出た噂か知らないがニュースソースを見つけたら

まさに足蹴にしたいアッテンボローであった。






『大体、愛してるっていうんなら、シェーンコップに襲われている私を助けないか?

軟弱なやつめ!フライングボールの反則王?エース?聞いて呆れる。

ただのドンファンじゃないか』






彼女はそこまで考えて、結論を考えた。ほんの少しだけ、何かを期待していた自分が

情けない。もしも、もう一度あの男が「あなただけ」と一言言えば、自分は・・・。

自分は何かを乗り越えたであろうか。







『本気じゃなかったってことだな・・・』






結局男は、体目当てか、冷やかしだけだ。本気で私を口説こうと身辺整理した男などいない。

そんな程度の女であることも彼女は少しコンプレックスを持っている。

フレデリカ・グリーンヒルを応援するのも、ヤン・ウェンリーなら時期さえ来れば彼女一人に

愛を誓うであろう。けれどそういう男はアッテンボローはほとんど知らない。

それにヤン・ウェンリーに恋慕をいだいたこともない。

同盟きっての女性提督は美しさゆえに、あるところでは性的シンボルと成り果てている自分が

たまらなく、嫌だと思っている。





結局、恋をしたのは、彼女だけ。

男は彼女以外の女性とロマンスを愉しんでいる。





これ以上考えると情けなくなるので、彼女は思考を切り替えた。男よりも、仕事!

独身主義に乾杯だ!





これを世間では、自棄という。

珈琲を運んできたラオが少し心配もしてしまう。従卒でもないが彼のいれた珈琲はおいしいので

ついつい頼んでしまう女性提督であるが。

ラオ中佐は空気を読むのがうまい。












「何疲れたかおしてる?女にでも振られたか」

コーネフが、他称・相棒に言った。



「女は一人じゃないさ。より取り見取りじゃないか。おれ」

なにがあったか知らないが、いつもの精彩がないことは確かだなとコーネフは思う。





彼はしっているのだ。

あの「軟弱者」といったicedollとよばれるレディ・アドミラルが本当は誰が好きなのか。

いくら恋愛に疎い男といわれてもそれは比べる相手が悪いだけで人並みに恋はしてきた。

女の顔を見れば誰にご執心なのかわかる。

ポプランを見つめるときの女性提督の瞳の色が翡翠色からなんともいえぬ美しい青い色に

変わるのを見れば。




これを恋といわずしてなんという。





そして、レディ・キラーと呼ばれる相棒が毎日女性を変えて夜を過ごすのも、実は一人の女性に

こだわっているからであるということを。勿論イゼルローンに来る前から相棒は女が好きだったが、

少なくとも恋をしていた。今のように恋もしないうちにランデヴーという無茶はしていない。













あまりに二人とも、子供じみているじゃないか。






ところで、コーネフはできれば一日に一度はよい行いをしようと勤めている。

本当は男同士の約束なんだが、准将、許してくださいね。コーネフは心でシェーンコップにわびた。














「耳寄り情報をやろう。一生感謝してくれてかまわんよ。ポプランさん。

提督はシェーンコップ准将とキスなんかしていなかったんだぞ」



















准将、ごめんなさい。

女子供に、やさしきイワン・コーネフであった。















by りょう





LadyAdmiral