ここに来て、くだんの噂が自棄を起こしたらしく。
いや、自棄を起こしたのはイゼルローンの男性士官諸氏である。
「ダスティ・アッテンボローはオリビエポプランに撃墜されるか?」
と、そこかしこで、賭博行為が行われるようになった。
これにはヤンも困ってしまう。これでは軍上層部の威信もかかわるし風紀上、
賭博はやはりよくない。犯罪につながればさらに悪い。
「困ったことになったね。アッテンボロー」
ヤンが口火を切った。本当は彼女の男性関係にまでは言及したいとは思わない。
むしろ自分のかわいい後輩であるアッテンボローが本当に、誰かと恋愛して幸せになれば
彼はうれしく思う。
彼女は女性ながら分艦隊司令官。それゆえに風当たりも強い。しかしやはりアッテンボローの艦隊運動や
作戦は老練なフィッシャーにはかなわぬが27歳の若さでは見事である。いずれ、彼女の下で働くことにも
なるかもしれないとヤンなどは期待するのであるが・・・。
黒髪の司令官は後の責任を後輩に押し付けたい気持ちとそれは過酷で、気の毒だなと
思う気持ちとであった。
軍人をやめたいと思うヤンと、嫌だが軍人になることを強いられた彼女。
彼女の指令のもとで働くより、できれば家庭を持って、普通の女性のように幸せになってほしいと
兄のような気持ちになるヤン・ウェンリーである。
ただ、今、アッテンボローは上層部の人間で、戦闘時には指揮権を持つ。そのような立場にあると
やはり、当人の責任ではないわけだが、ヤンは野暮を承知で苦言を呈したのだ。
「こんなのセクハラですよ。全く。人を玩具やおかずにしている連中め。変な噂を大きくしやがって」
後輩の女性士官に活気があるのは結構なことだが、若い未婚女性が上官の部屋で
自称・おかず宣言するのは、あまりよいことではないと、彼女の先輩は思う。
ユリアンの耳も考えて欲しい。まだ思春期を迎えたばかりの子供である。
同じ軍隊で育っていながら、グリーンヒル大尉との差はいったい何なんだろうとヤンは考える。
「かといって、司令部から公式発表するような内容でもない。まぁ、かりにお前たちが婚約でもしたら
話は別だけれどね。」
「あ・り・え・ま・せ・ん。」
icedollとあだ名はされていても、ヤンなどの旧知の間柄では、どちらかといえば情熱家の
アッテンボロー。恋愛は大いに結構だとは思う。彼女に魅力があるのは一応ヤンだって
認める。しかしそういう目では見たことはないし、今後もありえない。
あと少しだけの品格を後輩に望んだところで、先輩であるキャゼルヌの薫陶のよろしからぬことの
責任が大きいのはいなめないなぁ、と自分のことは棚上げする。
ヤンにしてもアッテンボローにろくろく軍人としてのあり方などといたことなどない。
彼もそうであるが結局若くして、将官になってしまったことが運のつきであった。
やれやれと持っているベレー帽を握ってみるけれど、艦隊や戦術、戦略以外ではあまり有能とはいえない
彼は、妙案が出ない。
その上ヤンは午前中、弱いし、頭がさえない。
司令部の威信など本来の彼にはどうでもよいことなのであるが、軍部に属する以上命令を出す
側であるわけであるので、兵が思うように動いてくれないと困る。兵士を動かそうと思えば清廉潔白な人格で
なければならぬことはないが、悪辣である必要はない。
多少ゴシップがあるのはご愛嬌だが、賭博行為は犯罪だし、そこは何とかしないといけないと
ヤンは考えた。
「まぁ、賭博行為は憲兵に手を打つとして、いささか大騒ぎになりすぎたね。・・・で、あの坊やとは
全く口を利いていないのかい?せっかく仲良くやっていたのに。楽しそうだったじゃないか」
ヤンが言った。
「ルール違反をしたのは奴ですよ。男女関係はごめんです・・・そうだ」
アッテンボローはぽんと手をたたいた。
名案でも思いついたらしい。
・・・しかし過去の経験からヤンはアッテンボローの名案というものも
怪しげであることを察知する。
「でも、ヤン先輩は楽できますよ」
その一言に、ヤンは弱い。
ユリアンは賢い子供なので、大人同士の話はこの際聞かないふりをしている。
「ぼく、お茶を入れなおしてきます」
少年は律動的な動きで部屋をいったん辞した。
「先輩の家で、クリスマスを過ごすってことにすれば問題ないと思いませんか」
彼女の言葉に、ヤンは半拍おいて、ノーといった。
「考えてごらん。アッテンボロー。今度は私が噂の的になってしまうじゃないか。『司令官と女性提督の
ただれた関係。』なんてタブロイド誌に報道されてごらん。そういうのを、元の木阿弥っていうのだよ」
「ユリアンと、グリーンヒル大尉を混ぜれば、健全じゃないですか。この4人で過ごせば楽しいし。
実をもかねる名案ですよ。それとも、先輩はもう、クリスマスはどなたかと約束しておいでですか」
童顔の司令官は髪をくしゃっとして、ぶっちょうずらでないよ、と面白くなさそうに呟いた。
アッテンボローはしたりと笑った。打算的な女である。
「これって、いいアイディアではありません?私はグリーンヒル大尉は好きです。
頭がいいし、優しい女性ですからね。私が男なら、絶対彼女を陥落します。
イゼルローン要塞を落とすことより熱心に考えることではないでしょうかね」
ヤンは困った顔をした。
こういうデリケートな問題を、ずけずけと口にできるのは若さなんだろうかと彼は考える。
2歳だけの差ではあるがヤンは自分の色恋沙汰はできるだけ口にしない。
それでなくても彼は彼で美しい副官と妙な噂が立たぬように、つねに気をつけている。
彼女が嫌いだとかそういう問題ではなく、ヤンは人に心を読まれるのが嫌いなのであった。
人の心は割りと読めるほうなのであるが・・・。
「もしかして、先輩とグリーンヒル大尉がプライベートで会うと、噂を立てられるかもと
お考えですか。私が間にいますから、大丈夫ですよ。公私混同というより私が大尉をお誘いしますから。
どうです。私と大尉はランチを一緒にするほどの仲のよさですからね。不自然ではないですよ」
そういわれて、ヤンは考えてみた。不承不承ではあるが、この提案なら無難であり、
結局、イゼルローンのアイドルは、アイドルのままであり・・・。ヤン達と内輪で、一緒にいたところで、
士官も意気消沈しない・・・かなと彼は思う。
あぁ、われらが提督は、まだ誰のものにもなっていない、昔馴染みの仲間とクリスマスを
過ごした、万歳・・・という、いささかこっけいな予想図をえがいた。
「そういうことにしてしまおうか。・・・確かに、楽そうでいい。細かいことはユリアンと決めてくれるかい。
イベントは大好きだろう?アッテンボロー」
司令官はため息をついた。
噂はこれだから困る。
得をしたのは誰か?
フレデリカ・グリーンヒル大尉、ということになるかも知れない。
おいしい紅茶を入れなおしてきたユリアンは、2人の大好きな提督の話し合いが
無事に、そして平穏に済んだことを内心ほっとしていた。
「ユリアン、準備だよ。君の大好きなクリスマスのパーティだ」
祭りやけんかが三度の飯よりも大好きなアッテンボローが、一般の人には見せぬ
朗らかな微笑を見せている。
「で、なんなんだ?ワルター・フォン・シェーンコップ准将」
「何って、クリスマスをいっしょにいかがと、小官はお誘いしているんです。
今回で9回目。よく粘る。」
「粘っているのは貴官だろうに。却下だといってるだろう。お断りだ。今後も永久に、却下。
話がそれだけならそこを通せ。貴官は図体がでかいのだから、そこを通れないじゃないか。
9回も断られて、まだくらいつくってのも、いささかしつこいとは思わんのか?色事の達人?」
20代にして閣下と呼ばれる女は、なかなか手ごわい。
しかし、色事の達人と呼ばれた男も、それで引き下がる男ではない。
ため息をひとつこぼすと、
「力ずくっていうのは好みじゃないんですが。あんまり聞き分けのないお嬢さんには、
ときには有効かもしれん」
そういうと、ここが要塞内の廊下で、公然な場所であることも無視して、シェーンコップは
アッテンボローの腰を抱き寄せた。
「貴官。むつ言はもっと粋にやってくれ。私以外の女性とな」
薔薇の騎士連隊の13代隊長は陸戦の勇士でもあり、名うての恋愛の達人といわれている。
事実、彼の容姿は見事に整っていて、軟弱なそれではなく、精悍なもの。
彼が望めば喜んで足を開く女性も多い。と、アッテンボローも聞いている。やはり女性の生理的本能で
この男とは私的な付き合いはできそうもないと彼女は思う。彼女は潔癖な部分を持っているし、
それを隠さない。
この男こそ醜聞ではないかと長い腕に抱き寄せられた彼女は、いっぺんの理性も失わず、考える。
友人としてつきあうのは面白みがある。仕事でも、使える。
ただ、あまりのご乱行に女性としては生理的に、眉をひそめたくもなる。
だいたい本気で男女の仲になれる相手ではないのだ。この強引さもちょっと腹が立つ。
だが膂力の差があるし、これだから男は嫌いだとアッテンボローは相当頭にきた。
「ともかく、まずはそのうるさい口を閉じてもらう・・・」
そう。シェーンコップの膂力に敵うわけはなく、アッテンボローは彼の網の中・・・。
そして、まるで、まぬけな三文小説のように、ポプランがその現場を直視した。
コーネフも現場にいた。
他称・相棒の顔を見ると、明らかに、怒っているのがありありとわかる。
修羅場か?と思いつつ、これは一人の女性をめぐっての痴情であり、仮に友人だからといって、
喧嘩になっても加担しなくてもよかろうと考えた。恋愛沙汰のけんかに巻き込まれるのは主義じゃない。
あっけなく、そんなコーネフの思惑は外れた。
2人の濃厚なシーンを見て、180度きびすを返した自称レディ・キラーは携帯電話をとりだして、
「おれ、うん。OK。じゃぁ今からいくよ。」
と、どうやら誰か女性を、一瞬のうちに確保したらしい。さっさと逃亡してしまった。
呆れたやつだ、とコーネフは思った。これだから女性提督を手に入れられないんだと
いってやりたい気もするが、無駄なことはしないコーネフだった。
すると、問題の二人の間に、妙な会話が飛び出してきた。
「お前、なんでこんなものをつかうんだ?しかもこんなときに」
コーネフが目撃したのは、なんとも情けない色事師の顛末であった。
「スキン。レディのたしなみだよ。すきでもない男とのキス防止にも役に立つ。
格好悪いぞシェーンコップ。このざまを言触らされたくなければ、今後一切
私には無粋なまねはやめるんだな」
「お前さんは、なかなかご立派な気骨を持っているな。いい性格をしておいでだ」
「今後よい仕事をお互いするには、貴官との恋愛沙汰は気が進まんのだ。私はお前さん向きの女じゃないよ。
任務ではよろしくな」
彼女はウィンクを准将に贈って微笑んだ。
男は、さっきのため息よりも深いそれを吐き出した。さぞゼリーの気持ち悪い味を
堪能しているであろう。アッテンボローは避妊具など持ち合わせない女であったが、
街頭キャンペーンで「SAFE SEX」をしていて配られたものをポケットに忍ばせていた。
つまり、悲壮なことにかの色事の達人シェーンコップは避妊具越しにアッテンボローとキスしたことになる。
情緒もへったくれもない。さすがの彼でも、萎える。多分かなり萎えたであろう。しぼんだだろうな。
100年の恋も冷める・・・。
アッテンボローは何事もなかったように、するりと色事師をあとにして、颯爽と歩きだした。涼しい面持ちで。
そして、コーネフにいった。
「コーネフ少佐。君の付録のエース殿は逃走か?」
しれっといってのけるアッテンボロー。コンドームで男を退治してしまう怖い女性。
「どこぞのレディのもとに、はしって逃げました。逃げ足の速いやつですから」
アッテンボローは、ふん、と鼻で笑った。
「軟弱者。」
コーネフは不思議な気持ちで、その場をあとにするレディ・アドミラルを見送ったが、
シェーンコップ准将に八つ当たりされぬよう回避する機会も見逃さず、速やかに逃走した。
「怖いヒトだ・・・」
敵に絶対回せない人物だと彼は思った。
by りょう
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