クリスマス・ラブ-なみだのあとにはしろいゆきがふる-・3




ある日の1700時。ちょっとすぎに。

空戦隊の訓練室に顔を出した女性提督。







「お疲れさん。もうひとりの素行の悪い飛行隊長はどこにいったんだ?コーネフ隊長。」

新兵たちのシュミレーションを終えて書類を整理し、もう一人の飛行隊長は残務整理をしていた。

「1600時に訓練を終えてかえりましたよ。」

柔らかめの金髪の青年は書類から顔を上げて座ったままだが敬礼をした。

「訓練は1700時までと聞いていたが。」

「訓練は1700時までです。今日は。」



アッテンボローは腑に落ちぬ顔をしている。コーネフが言う。



「訓練しすぎると勘が狂うらしいですよ。第一飛行隊長殿は。」

そういうとまた彼は書類に目を落として、右手を動かした。新兵の訓練の進攻程度を書き残しているのだろう。

「ふうん。天才ともなると言うことが違うよな。」

「でしょう。」

まったく。

あの男は。新兵の訓練は天才も凡庸もないだろうがとアッテンボローは思う。

「仕上がりはどういう感じだ?」

彼はその問いに首を振る。

「提督だから言いますが無茶です。シュミレーションだけで失神するものや、艦載機に乗る資格はあっても

素地のない少年兵が多い。この世界素質は大きな問題です。運動能力や反射神経、そして判断力。そういう

ものをすっとばしてハイネセンの上層部はひよっこをスパルタニアンにのせろというが。今のままでは死人が

増えるだけです。何とかなりませんか。」

あまり不平を言わぬ男が言うのだから大事な問題だとアッテンボローは考える。

「ひとつ説明を補足してくれ。私ら士官学校卒業組は飛行学校での流れを知らん。

それほど個人の素養に左右される世界なのか。とはいえ今から新兵の数を減らすわけにもいかない。

艦隊の航行、通信、迎撃手あらゆるところでこっちも新兵だ。ふるい顔は幹部だけ。ひどい話なんだが

人を入れ替えて問題が解消できるレベルに我が軍はない。」

ひどいはなしですよねとコーネフは言った。



「艦載機、いわゆるスパルタニアンは対ワルキューレ作戦で出されることが多いですが、

ワルキューレの性能がやや上なんです。帝国の科学力を同盟が追っているというのは

お分かりですよね。」

「ああ。こんな要塞を同盟はつくれんだろうな。ゼッフル粒子なんかもあっちが考えた代物だ。」

そうですと、コーネフ。

「勿論スパルタニアンの性能も悪いものではないです。ずいぶんパイロットの個人資質によらずとも

ある水準の人間が搭乗すればそれなりに動かせはします。でもそれなりで戦場をしのげないです。

パイロットに求められるのはまず素養です。素地なんです。あとは努力と体力と精神力。こういったものは

数日の訓練で培われるものではありません。」

アッテンボローは額に手を当ててたったまま考える。

「すみません。これはヤン司令官にいう筋の話でした。椅子もお勧めしないで申し訳ありません。

おかけになりますか?」

彼女はすまないといって腰をかけた。

「シビアだな。私もヤン司令官に進言はする。艦載機の出動は最低限に抑える戦略を使うことも

考慮せねばな。」



彼女の背後から陽気と洒脱の成分を含んだ男の声がする。

「そのために三機一隊の戦術を使うんだろ。政治背景からしても残存軍事力にせよ同盟は

勝てるほうが不思議なのさ。ヤン・ウェンリーがどう策を練るかだけが頼みなんだよ。

ね。おれの提督。」

第一飛行隊長であった。

「現状を申告したまでだ。」

ハートの撃墜王殿は女性提督の長い髪を一房とってその流れるさまをみていた。

「ヤン・ウェンリーだってもっと船がほしい、艦隊がほしい、用兵家がほしいと思ってるだろうさ。

おれらは現場である程度はひよこちゃんのフォローをする。ひよこちゃんでもつかわねばならんときも

来るだろう。国自体が疲弊しているんだ。申告するだけ無駄な気もするぜ。」

「・・・・・・そりゃお前が言うことはもっともだけれど現実どこまでフォローできる?」

「する。それがおれの仕事だからな。」

「お前さんは美人が目の前にいるとかっこいいこと言うよな。お前の尻は誰が拭くんだ。

失礼しました。アッテンボロー提督。」

コーネフらしくない発言も含まれていたが、彼女は手をわずかにふって2人の空戦隊長の

貴重な話を聞きたいと思った。

「この際、現場の意見を聞きたい。できるものとできないものを考えたい。」



「三機一隊で敵機を迎撃するにせよ加速にすら耐えれない少年兵を、スパルタニアンに乗せれるか?」

コーネフが言えば

「加速に耐えれる体をつくってもらうしかないな。勿論パイロットには天分が大きく左右する部分があるが

今そんな贅沢もいえない。重力調整室で長時間過ごさせようと思っている。」

「無茶言うな。」

「軽い重力からなれさせることだな。ふだんの生活でも足と腕に負荷をかける。基礎代謝をあげる

訓練も加えよう。持続力と体力はつく。提督、次におれたちが入用になるのはいつごろか

見当がつきますか?」





いつにないポプラン少佐の言葉にアッテンボローは考えて答えた。





「・・・・・・。さしあたり私がイゼルローン要塞を出るあたり。銀河帝国側に突出すれば

あちらの偵察隊に引っかかる可能性がかなり低いが、あるにはある。

もっともそこまで突出しないことが前提で哨戒と警備と、新兵の訓練をするんだがね。」

「じゃ、1月か。逆算してこっちはまず体力をつけさせることだな。反射とおつむの動き方までは

無理だろ。それをおれたちが補うしかなさそうだ。コーネフさん。」

「・・・・・・仕方がないな。お国の事情が事情だからな。1月、新兵を使うのか。たまらんな。」

2人の会話に女性提督は口を挟んだ。

「1月の出動で必ずしも敵と対決ってことにはならんと思う。」

ポプランは首を振る。

「楽観的であることは人生で必要なファクターですが準備は怠りなくってことで。

いずれ役にも立つでしょうからね。」





やれやれ。






艦載機をつかわないわけにはいかないが安易に出せる様子でもなさそうだ。

アッテンボローは長いまつげを伏せて思う。

どこもかしこも人不足。



確かに上官に申告してもないものはないのであろう。



「おれの提督。そんなに悩んでも仕方ないですよ。提督のせいじゃないし。

こっちはこっちでやりくりするように多分、これも給料のうちなんでしょう。」


いつもの能天気なハートの撃墜王殿が彼女の顔を覗き込んでいう。




さっきまでの真剣さはどこに隠してあるのだろう。

「ともかくヤン司令官には上申しておく。結果としては哨戒時突出しすぎないことを

言われると思うけれど。今はまだ敵さんと会いたくないだろ。」

「ま、時間がゆるせばね。」



ハートの撃墜王はにっこりと微笑み。

クラブの撃墜王殿は一言言った。

「せめて半人前のひよこにしないといけないだろうな。」







女性提督は今日1730時から個人レッスンを恋人にしてもらうことになっていた。

あまりに射撃が下手すぎるので一度見てみたいと、男が言う。



「笑ったら一回につき赤ワインだぞ。」

「笑わない。」

まいったなーとアッテンボローはますますへっぴり腰になる。





彼女は戦場をうまく撤退することで兵士の生命を守った。

艦長を務めたエルムIII号も死者を出していない。

けれどヤンのようにはかりごとに長けている知将ではないし、勇猛果敢な

猛将でもない。

ただはったりをかけている間に時間を稼いだり、相手の出方の情報を綿密に集め、

敵の出方を分析してより正確な指揮するので、ヤンは彼女を評価するのである。

だが、彼女自身は平凡な士官であると思っている。

ただ、ハイネセンの戦争支持派議員からするとアッテンボローの見た目の

硬質な美しさと「攻撃と防御の妙」をおおいに「政治利用」したい。

ゆえに彼女は分艦隊司令官となったと思っているし、あながちそれは間違いではない。

ヤンが違うと弁護してもあまり慰めにはならない。



士官学校時代、そもそも勉強もせず準優等生の成績を維持できたし、実技も

射撃はあまりうまくないがそれ以外はさすが喧嘩が好きなだけあってそこそこ

よい成績だった。学生時代は先輩をからかい、有害図書を影で回し読むをする

・・・・・・手はずを整えることに暗躍した。本を読む時間はさほどなかった

ていたらくである。



在学中。

確かにヤンの参謀役をシュミレーションでしたとき4戦全勝だったからヤンは評価を

高くしてくれているだけ。

当人はまじめに軍人になるつもりはなく、いつやめることができるか思案する日々であった。



いつのまにやら「閣下」とよばれる人間になってしまった。



それなのに苦手な射撃を一番見られたくない相手に見せるとは。



「集中してないでしょ。提督。すでに銃口が下がってますよ。手首の角度をあげてみて

くださいな。」

「うん。・・・・・・撃っていいのかな?」

いいですよーと男は後ろから見ている。

的は今回初級者用のもので中央に当たればよいというごく単純なしろものである。

彼女は発砲した。数発、撃った中で的に当たったものが3発。

中央から、そこそこ遠い。



「・・・・・・笑わないのか?」

振り向いて言うとポプランは笑わないといい、

「ま、これでおれが提督をお守りすることに決定だなと。エネルギーパックがもったいない。

訓練しないほうがいいと思いますね。」

だから下手だって言ったじゃないかとアッテンボローは頷く。

「なんかこういうのもつとだめなんだな。私に射撃の訓練は無駄だろ。しゃくだけど

どうもこつがわからん。」

男は女性提督にキスした。

「き、勤務中だろ。2人だけだからってやめろよな。」

「いやいや、あまりにかわいくて。提督は別にブラスターなど使えなくていい。

十分かわいいから。俺が守って差し上げます。」

馬鹿にされているのではないが、赤面してアッテンボローはブラスターを男に渡した。

「かわいいは余計だよ。で、お前さんの腕はどうなんだよ。みたことない。手本しめしてみてよ。」

「えー。びっくりするよ?ハニー。惚れ直しちゃうかも。」

男は笑い、女は男を小突く。

「えらそうに言ってて口だけだったら赦さないからな。ポプラン。」

じゃあ。

「ターゲットの中央に1発あたり、今夜しような。」

にっこりポプランは笑い。

バカいうなと女。的を交換して。

「何発撃つつもり?」

「5ってことで。きりがいいでしょ。中央に当たったら一回につき一回の・・・・・・」

わかったから全部言うなとアッテンボローは男の尻を叩いた。



「ひどいな。おれ提督のお尻は撫でても叩いたことはないですよ。」

そういうと男は右手を上げ銃声が5回、訓練場に響いた。

的には。



「真ん中に一発は当たってるけれど。・・・・・・他の4発はどこへとんだんだろうな。

オリビエ・ポプラン。かっこつけて片手で撃つからこんなざまになるんじゃないか。」

アッテンボローはにんまりと男に微笑んだ。

「かわいい笑顔だな。ハニー。的をこっちに寄せてみろ。他の4発がどこにいったのかわかるぜ。」

居座から25メートル離れたターゲットがモーターで近づいてくる。

「やっぱり中央に一発だけじゃないか・・・・・・。」

女性提督はだんだん近づく的の中央にあいた穴が不思議な形に射抜かれていることに気づき・・・・・・。





「・・・・・・うそでしょ。」

中央の穴は大きくてその上下左右にも弾が貫通したあとがかすかにある。

つまり5発とも撃墜王殿は中央を射抜いた、ということになる。





「今夜は5回かあ・・・・・・。何かうまいものでも食いにいく?力つけないと。な。

おれの提督。くんずほぐれつだな。たのしみな夜だな。」

「あの姿勢で狙ったの?右腕伸ばしただけじゃないか。」

ちちちと、ポプランさんは言う。

「あのね。敵がどこから撃つかわからんときがあるでしょ。いちいち両手で

構えてられるわけないじゃん。これがおれの最低限のスキルなわけ。

少しは驚いた?」

うんとアッテンボローは首を縦に振って頷いた。

「惚れ直した?」






「・・・・・・うん。というか今日はちょっと、お前かっこよすぎ。」

「じゃあキスして。」

「あとでね。」

エース殿はずるいというがずるいのは男ではないかと思う。

確かこの男は射撃はそれほど悪くないといった。

でもこの神業のような腕は何なんだと、呆然とする女性提督であった。





「今日はなんかお前、ほんと。かっこよすぎ。」

「恋に落ちた?」

「落ちたよ。ちくしょ。」



そういうと男は銃からエネルギーパックを取り出し。

彼女の頭を撫でる。

「おれ、いつもあんたに恋してばっかりだよ。」





by りょう






LadyAdmiral