フレデリカ・グリーンヒルお勧め、イゼルローンの「電気羊亭」で食事をたらふくいただいた
二人は昔のようにカウンターバーで少しのお酒を引っ掛けることにした。
出会ってまもなくポプランは彼女をこの店に誘った。
ここは彼の秘密の居場所だということだ。
コーネフは当然知らない。男を誘う店ではないと言う。
「じゃあ、お前さんの恋人たちと来る場所なんだろう。遠慮するよ。」
当時の女性提督はそばかすが魅力的な笑顔で言った。
「実は女も誘わないで飲む店です。」
はるか昔の西部劇とやらに出てくるような頑丈な木材のテーブル。
素朴な木の椅子。「指名手配」のポスターが壁に貼ってあり、
馬のくらや、蹄鉄などまさしく「マカロニ・ウェスタン」がテーマらしい。
店内は相手の顔がほのあかるく見える、暖かい色みの照明。
幌馬車の模型や昔のウィンチェスター銃のレプリカ・・・・・・。
そんな思い出の店にふらりと2人立ち寄った。
男はウィスキーのダブルをロックで。
女はウィスキーのシングルを水割りで。
「どうして右手を上げただけで的に当たるんだろ。」
女性提督は店の出口に近い隣の男に言った。彼女は一番奥のカウンターに座っている。
「うーん。ま、そういう訓練は受けたからな。おれは情報収集して次の戦端はどこで切られるのか
そういうのはあんまりわからんし。得手不得手ってもんでしょ。ブラスターには自動照準もついているし
あんまり外れない仕組みになっている。それをよくあれだけ見事にはずすよなって逆に思うけれど。」
女は男の頬をつねる。
「すごい嫌味だ。」
「残念だがコーネフもあの程度のまねはできる。じゃなきゃおれと撃墜王なんていわれないでしょ。
もとからターゲットを捕らえて角度や距離を測って撃つことはなれてるんだな。ライフルも訓練は受けてるし。
同盟の陸戦部隊の連中よりは使えるんじゃないかな。おれたちは。もっとも、陸戦は嫌いだ。」
「どうして?」
「斧なんて持って野蛮じゃないか。おれはいみじくも空の男だぞ。」
彼女は小さく笑った。
グラスの中の氷を見つめる。
確かにここは女と一緒に来る店じゃない。ウィスキーとバーボンとビールしかない。
女性はもっと小じゃれたものが好きだ。甘い、酔いの回るカクテル。
男が女を誘う店というのはそういう店だ。酔わせてあとは・・・・・・・という昔からの
決まりごと。
「今日のお前は少しかっこよかったな。」
えー。
「いつもはかっこよくないのか?」
そこがかっこよくないんだよ。
新兵の補充は空戦隊だけではない。
偵察機、巡航艦、戦艦の通信士から迎撃手、前線から後方勤務まですべてにおいて
イゼルローンに送られた兵士は新兵だった。
ヤンが統括する艦隊のベテランをハイネセンへ引き抜き軍備を増強するかわり、最前線に位置する
イゼルローンの艦隊には数あわせで新人が送られている。
コーネフが頭を悩ませるのは当然のことであるし、それに対して有効な手を打てないような気がする
女性提督は国力の弱さを痛感する。アムリッツァのことをいまさら嘆いても仕方がないが、クーデターも
痛かった。
でも隣の男はできることを考えて前を向いていた。
実はそこに彼女は惹かれた。
単純に男を見て惹かれた。
「ちゃんと飲める?氷いれてもらうか?」
彼女はウィスキーより口当たりのよい酒のほうがすきなのであるがこの男と飲む分は
とても気持ちよくのめるのでよかった。大丈夫といって少しずつ飲む。この男にかかると
女性提督ですら深窓の令嬢扱いである。
「あんまりお嬢さん扱いしないでくれ。そうおしとやかじゃないんだから。」
男は酒を飲みながら女を見るわけでなく、
「おれからみればお前さんは深窓のご令嬢さ。」
と呟く。
悪い意味で言ったんじゃないんだけれど。そういって彼女に微笑んだ。
「令嬢で思い出した。今年のクリスマスはみんなキャゼルヌ家で夫人の焼く七面鳥を
食べて過ごすんだって。お前は七面鳥好きか?」
「・・・・・・今年はちゃんとおれのために時間をとってくれるんだ。」
おどけたように男は言い、女はお前がいるから誰もクリスマスに誘ってくれないとぼやいてみた。
「26日は何歳になるんだっけ?オリビエ。」
「まだ若いよ。」
誰が年寄りか言ってもらおうかと女は思う。二つ違いだから・・・・・・彼女が28歳。
「そっか。案外お前も中堅だな。まるきり若いわけでもない。でも・・・・・・。」
でもなんだよと男は女のほほを指でなぞる。肌が白いからそばかすがかわいく
見えるなと思う。
「今後は「私のぼうや」ではなく「私の男」と呼ぼうかなと。今までかわいいかわいいと思ってきたけれど」
今日はかっこよかったな。
彼女は昨日の昼休みを返上して男に誕生日のプレゼントを買ってきていた。
喜ばれるのかがっかりされるかわからないが・・・・・・。
「かわいいと思わないわけ?」
うん。
「クールだった。」
彼女が微笑むので、男はそれを見ているのが心地よい。2人して一杯だけウィスキーを飲んで、
いつもの部屋に帰る。12月。
会いたいとき、側にいれるときだから。
2人は一緒のベッドで眠る・・・・・・。
クリスマスには2人でシャンパンを。
翌26日。
1700時に仕事を終えて女性提督は焼きたてのケーキに生クリームでデコレートをする。
「ここはイチゴが手に入るからよかった。」
たくさんのイチゴを使った三段のバースデーケーキを用意した。
「うわ。おれもう大人だからそんなに甘いケーキ食えるかな。」
「そういってケーキに指を突っ込んでクリームをなめるな。ローソクを立てるんだ。26歳だからな。」
あれ18本じゃないのと男は言う。ずうずうしいと女はぶすぶすとローソクを立てそうな勢いだったが。
普通のちいさなローソクよりもちょっと長い細いローソクを2本。小さなローソクを6本立てた。
「まじで吹き消すの?おれ。大人なんだけど・・・・・・。」
「当然だ。今朝早くから作ったケーキだぞ。宇宙で食べれるのはお前だけ。ローソクを吹き消せ。
手伝おうか?」
と彼女が言うと
「そういうことに口を使わずに別の有意義なことで口を使ってほしいよな。」
男の頭に拳骨をめり込ませて。
「今は勤務時間じゃないから上官の体罰には入らんぞ。恋人からの愛のむち。」
全く誕生日に拳骨食らうのは割に合わないなと男はふっと8本のローソクを吹き消した。
「おめでとう。オリビエ。26歳おめでとう。」
年齢は余計だなと男は女にキスをする。彼女の腰に腕を回すと。
「お。背中に何か隠してる。プレゼントだな。なんだろ。ランジェリーかな。ガーターベルトかな。
使用済みの・・・・・・」
拳骨。
「あんまり気に入らないかもだけど。いらなかったら頂戴。」
なんだろと男は包みを開ける。贈ることが圧倒的に多い男は今日も2人の記念日だから
彼女に白の薔薇の花束と彼女のご愛用の香水を贈った。包まれた箱を開けるのも悪くないなと
思っていると。
「へえ・・・・・・。こりゃ明かりを消したほうがきれいに見えるかもな。」
「・・・・・・どう?うれしいかな・・・・・・少しは。」
ほの暗い部屋の中でホログラフの星雲がきらきらと輝く。男は夢中でそれを見ている。
「宇宙なんてお前の庭だろうけれど、私もたまに・・・・・・・みたいなと思って。お前と2人で。」
スイッチを切り替えると銀河のさまざまな星雲、天体が3Dのホログラムとして
柔らかな光をかもし出す。プラネタリウムとは違うのであるが宇宙のオブジェ。
星雲も天体もホログラフで浮かんで見える。
それを見つめる男の目は輝いているかのようで。
「意外だったな。一年程度じゃまだまだお前のことはわかってないらしい。おれはてっきり
日常品かと思ってた。」
「おもちゃだけどきれいだろ。・・・・・・やっぱり子供だましかな。」
ホログラフの明かりに白く浮かぶ女の顔をこちらに向けて、やさしいキス。
「この部屋で2人で宇宙を見るなんて悪くないな。おれは好きだぜ。お前、存外ロマンチストなんだな。」
肩を抱き寄せて。女は男に体を預けて。
「モデルガンじゃないけどね。」
「よほど気が利いてる。ありがとうな。ダスティ。」
彼女は男の肩に頭をもたげた。指を絡めて。
何度、2人でいとしい男の生まれた日をともに過ごせるだろう。
一緒に過ごせる間は彼女は彼からはなれたくないなと思う。
この一年でこの男にものすごいスピードで惹かれて、恋に落ちる自分を自覚して。
少年の眸を持った彼女の、恋人。
男の鼓動を感じながら。
いつまでも、お前と一緒にいたいよ。でも、言わない。私だって秘密のひとつはほしいじゃないか。
心の傷を抱いたまま男は生きて。
そんな彼のこともどうしようもなく彼女は好きだった。
だから、
誕生日おめでとう。
お前が生まれた、本当にうれしい。
じっと自分を見つめる孔雀石の眸に吸い込まれて。
雪は少年の心の傷を隠してくれなかった。流した涙の上に雪が舞い、解けていく。
男の12月26日をできるだけ毎年、心癒される思い出の日に
懐かしく思い、愛せる日々に変えることができれば・・・・・・その手伝いができれば
彼女は幸せに感じるのだった。
そんな彼女の心までもわかっているかのように男は彼女の髪に顔を寄せて、
静かに星星が流れるさまを2人で見つめていた・・・・・・。
by りょう
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