クリスマス・ラブ-なみだのあとにはしろいゆきがふる-・




2人の情事の幕間に。

女は男のネックレスをそっと触る。

『プラチナのボールドチェーン・・・・・・か。いつもあるんだよね。これ。』

「なんだ?」

男はあの親しみのある微笑みで腕の中の彼女に言った。

「今気がついたわけじゃないが肌身離さずってやつだな。」

上目遣いに女がいう。

あぁ、これかと男はいい・・・・・・。

「お前が想像しているもんじゃないぜ。女にもらったには違いないがな。」

「別に昔の女からのプレゼント、気に入っているならいいんじゃないか。」

彼女の物言いがかわいらしくて、男は額に接吻た。結局彼女が何を言っても

彼にはかわいく思えるのが恋。

「これは、母親からもらった。誕生日の祝いに。母親は父親からもらったそうだ」

女は尋ねた。

「お前、誕生日、いつ?」

「15月36日」












・・・・・・女はいった。

「答えたくないってことだ。せっかく私が祝ってやろうと考えているのに。」

彼女の腕と、足は細い。正確には足首が細く、ふくらはぎに程よく筋肉がつき太腿は

女性らしく細いなりに肉付きがよい。運動らしい運動をしているわけではないが

腕も二の腕がしまって白い手首が体の割に華奢なのである。

驚くべきは胸も尻も28歳の女性とは思えない高さと、はりがある。実際は過日28歳になったばかり。

それにしたって美しい。大きさも見事。背中や脇に肉がつかないところも女優並みである。



そう彼女は28歳になった。

でもこんな美しい28歳ならポプランは自分の女性の好みの年齢の幅を考え直さねばならない。

男は服の上から見るだけで、女性のスリーサイズがわかる。

手を握れば、薬指のリングのサイズもわかる。

答えをすかされたことで、女は男の腕に抱かれたまま背中を向けた。

実に美しい背中である。長い髪がすとんと落ちていて趣がある。



男は、十分自分の女の体を眺めたあと彼女のうなじにキスした。



「愛してるよ。ダスティ・アッテンボロー」

軽々と彼女の体を自分に向けて男はウィンクした。



別に、隠すことでもない。

幕間に話すには気は利かないが・・・・・・丁度よかろう。

ついこの女には自分のことを話してしまう。ほれてるんだろうなと男は思う。



「オリビエ?」

目の前の、彼女の男はときに遠い目をする。

彼女は彼の手に指をからませた。彼女は指が長いので男の手とそう大きさは

変わらない。

もっと華奢な手がよかったと彼女は思っている。



「どうした?」

男は急に女が寂しいような表情をしたことにほんの少し驚いた。



お前が、どこかへ行きそうだったから不安だった・・・・・・。

彼女はそうは言わない。



そう言えない。

「いや、なんでもないよ・・・・・・。」

穏やかに、女は言った。彼の首に手を回して肌を重ねる。

オリビエ。おまえはときどきとても遠くを見つめるね。そこには私はいないし

いる必要はないのだろう。

ただそんな眸を見ると、心の何かがうずくんだ・・・・・・。

彼女は黙って男を抱きしめていた。






「・・・・・・おれさ。自分の誕生日を祝う気にはならないんだ。どうもな」



男はチェーンをふといじって言った。

つまんない話だぞと前置きを男はした。

「いいから話せよ。いやなら言うな。」



女の長い髪は、何色・・・・・・。

さらさらと指で漉く感触がたまらない。

スモーキーな淡い、グリーン?

Grigio Steelースティールグレイ。鉄灰色。

そのまんまの鉄の色と訳すらしいが、銀に淡い緑の穏やかな光がさしているとでも

言ったほうがしっくりくる。

男はそう思う。

「昔話は、えてして面白くないだろ」

男の言葉に女は言う。

「さぁね。私は幸せな人生を送ってきたほうだと思うからわからん。ひとさまの過去云々をいえないよ。」

そうだよな。

男はつぶやく。



「好きにしろ。私は寝たふりをする。独り言を言ってもよし眠っているところを襲ってもいいさ。

お前なら、許す。」

そういうと、彼女は目を閉じた。

しばらく女の髪の感触を楽しんで、男はぽつりぽつりと話しだした。







母親がテロで死んだってことは話したよな・・・・・・。

あれっておれの誕生日の翌日で。

んでもって母親はおれのバースディを一緒に過ごすために仕事を休んだから、

翌日の朝早くでていった。

母親は職場の友人にシフトを交代してもらったから、翌27日、出勤だった。



10歳の誕生日にこのネックレスをもらった。

母親も父親にもらったんだと。

代々のポプラン夫人が身につけてるというが、このおれのおやじの言うことだし、

信憑性はない。

おやじはばあさんからもらったと言っていたらしいがどうだかね。

おれはモデルガンがほしかったんだ。

10歳のガキだぜ?

プラチナと銀の区別だってつかねぇのに。



クリスマス・シーズンでプレゼントが買えなかったって言ってた。

彼女の事務所が忙しくてやすみをとるのがやっとだったんだ。

12月26日に生まれた子供はバースディもクリスマスも一緒。

売れ残りのケーキしかないから、いつも母親が焼いてくれた。



雪が降ってた。

27日、爆破された事務所のビルの前で泣き叫んだガキの頭にも雪が降ってた。

いつまでも降ってるくせに現場を綺麗に白く埋め尽くさなかった。

すぐ溶けていく。

そのわりにいつまでも降るんだ。

だから・・・・・・

だから、どうも誕生日は好きじゃない。

昔からクリスマスと一緒にされるからな。



「15月36日なら、いつでも誕生日でかといって誕生日でもないし歳もとらないってわけ。」

やっぱり、面白くない話だろ?

男は、女の頭を撫でて目を閉じた。



小さな男の子の涙に濡れたほほにも雪は降っていた・・・・・・。



彼女は男のまぶたに接吻しささやいた。



「私たちが恋人になったのも12月26日だよ。」

男は言った。

「だから12月26日に恨みはない」

なんとなく、彼女はわかった気持ちがした。

錯覚かも知れないが。

ポプラン夫人はクリスマスと愛する一人息子を同列に並べるひとではない。

16年前の12月26日。

それはまちがいなく、オリビエ・ポプランの生誕を心から喜んだ日であったのだろう。



だから、この男は悔やんでいるのだ。

少年の彼が誕生日を母親と過ごさせるために無理に休みをとらせ、

結果として母親は27日の朝出勤して事務所を破壊され事故で亡くなった。

一緒にいてとせがまなければ母親は26日に出勤し27日休日だったはず。

でも、子供が母親と誕生日に過ごしたいと願う気持ちに何の罪があるのだ。

それでもこの男は悔やんでいる。



「26日は私がケーキでも焼こう。で、青年よ。モデルガンがほしいわけかな。」

「・・・・・・モデルガンより綺麗なお姉さんがほしい。」

彼女は恋人の鼻をつまんで不機嫌な口調で言った。

「綺麗なお姉さんね。悪かったね。荒っぽいお姉さんで。」

「いや荒っぽい綺麗なお姉さんがいいってば。今おれに馬乗りになっているお姉さんが

一緒に過ごしてくれれば、幸せ。」

何かプレゼントを考えなくちゃと荒っぽい綺麗なお姉さんは考えた。






「僕ではポプラン少佐が何がほしいと思ってらっしゃるのかわからないですよ。」

捕まえたユリアン少年をアッテンボローはミルクシェイクでつってイゼルローンの

カフェにいる。



ユリアンはヤン・ウェンリーの被保護者であるゆえに新兵のなかでもねたまれ

難しいところもあるのだが、うまくそれを消化している。



少年の忙しい訓練の合間に、女性提督は手を合わせてプレゼントを

選ぶ手伝いをしてくれと頼んだ。



「そういうなよ。だからといってヤン先輩を買い物につき合わせても何にもならないだろう。

グリーンヒル大尉は・・・・・・まだすこし元気がないし。キャゼルヌ先輩に頼めばお小言が

付録についてくるじゃないか。頼りになる男はユリアンだけなんだ。ポプランのクリスマスプレゼントは

何がいいか一緒に考えておくれ。」



誕生日のことは伏せておいた。

きっとあの男は自分にだけ話しをしたのであろうと思うから。



「そりゃ、僕でも美人に頼られれば善処しますけれど・・・・・・。基本的に思うことを言えば

ポプラン少佐はアッテンボロー提督が選ぶものなら何でも喜ぶと思いますよ。」

アッテンボローは腕を組んだ。

「そこはそうなんだけれど・・・・・・。男の人って何をもらえばうれしいかなとか思うわけだ。

ヤン先輩もキャゼルヌ先輩もものにこだわる人じゃないし、参考にできないんだよな。

かといってシェーンコップに近づくとポプランがうるさいし。」

「シェーンコップ少将に近づくと、だめなんですか?」

「うん。半径1メートルは近寄るなといわれている。あいつ眉間にしわを寄せて怒るんだぜ。」

・・・・・・。

しあわせそうだなぁと少年は思う。



「コーネフ少佐はなんと?いつも一緒におられるから僕より適任ではないですか?」

「コーネフもポプランにはものより私だというんだ。ユリアン、あんまり意地悪いうとお前さんが

彼女を作ったときには倍返しでからかってやる。からかい方を今から150通り考えておくぞ。」



意地悪のつもりではないですってばと少年は言う。

でも事実はコーネフの意見だと少年は考えた。



「ユリアンは今年クリスマスにヤン先輩に何か贈るのかい?」

「ヤン提督にというより、今年はキャゼルヌ少将がお招きくださったんです。

グリーンヒル大尉も一緒に。だからプレゼント交換ですね。」

ずるいとアッテンボローは文句を言う。

「いいなぁ。マダム・オルタンスのロースト七面鳥(ターキー)が食べたいな。私には

なんにも声がかからない。私ははみ出されたんだな。キャゼルヌめ。」

少年はぷっとふきだした。

「誰がどう見ても今年のクリスマスはアッテンボロー提督はポプラン少佐とご一緒です。

誘うだけ野暮ですよ。お二人で過ごされるんでしょう?」

うん。まぁと彼女は言葉を濁す。

「だから今年はヤン提督からキャゼルヌ家のご令嬢にまで手に渡っても喜ばれる

贈り物でしょう。ちょっと難しいクイズのようです。逆に何がいいんでしょうね。」



じゃぁ。

「今日はユリアン・ミンツ軍曹と作戦だ。獲物はクリスマスプレゼント。いいかな?」

勿論です。

少年はにっこりと微笑んだ。



2人はショッピングモールに足を運んだ。

並んで歩くとまだ少しだけアッテンボローのほうが高い。

「去年のせっけん、よかったですよ。グリーンヒル大尉がおいしそうな香りねって

言ってくれました。」

正確には空腹時にユリアンのそばを通るとおなかの音が鳴りそうだわといわれたようだ。

「そう?そういえば私もコインケースを愛用している。シンプルだったから仕事で持ってても

そう違和感はないだろう?便利だよ。先輩にしてはうまいなって思ったな。」



去年のクリスマスでは



ヤンからアッテンボローに皮のコインケース。

フレデリカからヤンへチャコールグレイのカシミヤのマフラー。

ユリアンからフレデリカへミニ観葉植物。

アッテンボローからユリアンにアロマソープ。



というプレゼント交換となった。

「キャゼルヌ家のレディたちとヤン先輩がプレゼント交換することに作戦上無理がないかな。」

雑貨屋などをみてアッテンボローは呟く。

「でもヤン提督をはじくとグリーンヒル大尉のお楽しみがなくなるじゃないですか。」

ユリアンのいうことはよくわかる。

「いいこだね。ユリアン。気持ちはわかるよ。そうだ。お菓子ならいいと思わないか?

季節柄いろんな菓子が出るだろう。先輩はまったく甘いものが嫌いでもないし。」

少年はそれは考えたんですよと言う。

「でももしプレゼント交換をするメンバー全員がお菓子を持ってきたら。ちょっと・・・・・・。」

「・・・・・・遠足だな。いかんいかん。」

そうでしょうと、少年は苦心している。

「きっとポプラン少佐への贈り物のほうが決めやすいですよ。」

「君なら何がほしい?」



上から目線で言われてもアッテンボローにだったらぜんぜんユリアンはうれしく思う。

さて。自分なら何がほしいか。

「・・・・・・何をいただいてもうれしい気がします。きっと好きな女性からだったら。」

答えにならんなとアッテンボローは思う。そろいもそろってみな同じことを言う。



シェーンコップも似たことを言うだろうか?

でも近づくと彼女の恋人の眉間にしわがよる。

職場ではムライが眉間にしわをよせ。

私生活ではポプランが眉間にしわ。

現実逃避しちゃおうかなと思う彼女である。



「あいつのプレゼントに関しては何か考えよう。そっちのほうが深刻だな。ユリアン。

この際、女性に光を当てて考えてみよう。ヤン先輩のプレゼントはフレデリカ・グリーンヒルに

任せればいいよ。」



でもフレデリカが必ずしもヤンがほしいものを選ぶかなぞである。ユリアンのことも

キャゼルヌ家の2人のレディのことも考えているだろう。



重なってもらっても困らないのは確かに食べ物や、花、植物、うせものだ。



「でもさ、よくよく考えてごらん。一番クリスマスパーティで忙しくなる、労働をするのは

マダム・オルタンスだよ。横暴な亭主がほいほい友人を気安く家に呼ぶんだ。

料理をつくるのも夫人だろう。なら最大の功労者が喜ぶ贈り物がよくないかな。

でもそれだとレディたちが楽しむクリスマスではないから・・・・・・。」

「ご令嬢のお二人に喜んでもらえるプレゼントってところですね。」

「うん。大げさになってしまうのはキャゼルヌ家の家風ではないからここはやはり、簡単な

クリスマスフラワーとか、リース・・・・・・あとお菓子だな。」



クリスマスに限定される菓子を用意した。

「オーナメントクッキーになっちゃいました。リースの形をしたものです。」

「いいさ。令嬢お2人は嫌いじゃないだろうし。」

「結局僕の都合になっちゃいましたね。次はポプラン少佐のプレゼントを考えなくては・・・・・・。」

ユリアンは型が崩れないようにその贈り物を大事に持っていた。

「でもやっぱり自分に当てはめても贈られたものより贈ってくれるときの気持ちが大きいかと思ってきた。

さて何がいいだろうな。よく考えてみる。でもきっと・・・・・・。」



私が一番のプレゼントなんだろうなと女性提督は考えるわけである。

そして彼女が「恋人のためになにを贈ろうか迷った気持ち」もスパイスになるのだろうと。

「アッテンボロー提督にリボンをつけてプレゼントってところですね。」

少年は微笑んだ。

男の子も16歳になろうとする。年を越した3月には。

こういうことをいうようになるんだなと女性提督は感心した。



by りょう






LadyAdmiral