クリスマス・ラブ-なみだのあとにはしろいゆきがふる-・1




寧日、安寧のイゼルローン要塞。




射撃の訓練室にて。



実はこの時期イゼルローン要塞は非常に忙しい。

なぜならば先の救国軍事会議クーデターで同盟は少なからぬ人的損害を受けた。

同盟政府と軍部の今後の方針としてイゼルローン要塞を本格的な軍事拠点とみなし、

欠員の出た熟練兵を「新兵」で補った。

数においては確かに要塞に兵力が集中しているかのように見えるけれど実際は、

十分の一も任務をこなせない新兵が集っているのであった。

こうなると各部隊で教官がせめて新兵が半分でも軍務を遂行できるように、厳しい訓練を

行うしかない。

であるのでこれは新兵の訓練が終わった時間。



要塞内の射撃訓練場にて。

二人の女性士官が練習をしイゼルローン要塞防御指揮官がそれを見守っている。



「グリーンヒル大尉、お前さんは筋がいいな。ブラスターにかけてはユリアンより上かも知れない。

さすが士官学校次席は違う。アドバイスするとすればひじを絞ることを頭に置けばお前さんなら

片手で十分撃てるだろう。あとは直すところはないから練習だな。数をこなせばいい。」

シェーンコップ少将はいった。

彼は過日のクーデターの鎮圧の功績があり今では准将から少将へ昇進している。

「ありがとうございます。シェーンコップ少将。」

そう。フレデリカ・グリーンヒル大尉は士官学校を次席卒業している才媛である。

しかもユリアンと違って正規の訓練を受けている。



そして、後日彼女のブラスターの腕により一人の男の命が救われている。

後の彼女の最愛の夫、ヤン・ウェンリーである。



彼女は当時自分の上官の生命は彼女が守ることを決めていた。学生時代から彼女が守るべき人間は

ヤン・ウェンリーであった。彼女が優秀であろうと努力を惜しまなかったのはヤンの副官、もしくは幕僚に

なんとしてでもつき、彼と仕事をするためである。自分が優秀であれば」若くても登用されるかもしれない。

軍人になるべく・・・・・・いやより優秀な軍人になるべくたゆまぬ努力を続けていた彼女を、

父ドワイト・グリーンヒルは娘の成長を内心、非常に喜ばしく頼もしく思っていた・・・・・・。



「それにくらべると泣きそうなくらい下手だな。アッテンボロー。・・・・・・なかなか愉快だ。」

ディフェンスコマンダーは眉を顰め苦笑した。

「うるさい。気が散る。」

気が散るとか以前の問題だとシェーンコップはあきれつつも苦笑をこらえることができない。

当の女性提督は今、的と格闘中である。

「よく私は勝手にブラスターの名手だと思い込まれているがグリーンヒル大尉と違って

士官学校の成績はまぁよいにはよいが騒がれるほどのものではない。

第一、射撃が下手だからお前さんに訓練の教官を願い出たんだろうが。

で、どこが悪いんだ?」



















全部。

と、言いたかったがシェーンコップは最もらしいこと言って茶を濁した。

「まず力が入りすぎだな。力みすぎ。赤ん坊でも生むつもりか。肩も脇も肘も膝も。

足の開きの幅も広い。肩幅程度でいいってのは基本だろう。その割に腰が引けている。

いつもの指揮をとる姿勢からゆっくり少し腰を落として・・・・・・。それで撃ってみろ。

あんまり意識しなくてもいいが肩で呼吸するな。みていて暑苦しい。」

暑苦しいは余計だと、くだんの女性提督はもう一度ターゲットに向かってトリガーをひいた。



「大体おれに習わんでもお前のかわいい坊やに習えばよいだろうに。お前の副官だって

なかなかたいした腕だが、あの坊やだってまずくはないぞ。」



力まず、呼吸を調えて・・・・・・撃つ。



「おれとしてはイゼルローンにいる2人の美人の手ほどきは役得だがな。」

確かに今のアッテンボロー提督のフォームでは、あまり良い結果は得られそうもないわね。

聡明で愛らしいフレデリカ は心の中で思った。

射撃訓練であんなに額から汗がでるなんて・・・・・・。フレデリカも苦笑した。



「あれ?あいつうまいの」

射撃姿勢のまま目だけシェーンコップにむけて女性提督は聞いた。

ちょっと失敬。とシェーンコップがアッテンボローの腰に手を添えた。

「普段の姿勢があれだけいいのにどうしてこんなときはへっぴり腰になるんだ。

そんなに腰を落とさなくていいんだ。」

この場合役得とシェーンコップは思う。

この女は案外腰の線が細いんだなと思った。

胸と尻にボリュームがあるからウェストが細く見えるのだと思っていたが

見事なプロポーションだなと感心する。

しかしながら彼女の腰のすわりの悪さにはいささか同情する。



すじがよくない。



これでは銃の反動をまともにくらって姿勢を崩す。

「腰の位置とか今までも言われたけれどよくわからん。」

「だろうな。改善された形跡がない。俺が手取り足取り訓練してもいいがそうなると

お前の男がうるさそうだし。お前、恋人に1から教えてもらえ。」

シェーンコップはアッテンボローの尻をぱしんと叩いた。

「こらー!今のは・・・・・・。」

アッテンボローは文句を言った。

「だからおれがお前の訓練をつけると問題が起こるんだ。」

「グリーンヒル大尉のお尻には触らないくせに!」

「彼女の射撃の姿勢には何も口出しする必要はないからな。できの悪い子は

尻を叩かれるんだ。そういうものさ。ママに尻を叩かれなかったか。おてんば娘。」

たしかにそれではポプラン少佐が黙っておいでではないわとフレデリカは思う。

アッテンボロー提督は、普段たっているときは恐ろしく姿勢がよいのに

構えすぎなのかしら。



「うちの母親は尻なんてぶったたかなかったぞ。ま、それはともかくポプランは

そんなに射撃の名手なのか・・・・・。きいたことない。」

アッテンボローはもう一度ブラスターをかまえてみる。

今度はフレデリカが腰を支えてちょっと姿勢を整えた。

「空戦隊は特殊軍事訓練をうけている。そのなかの撃墜王だ。

あいつ背は小さいが全身筋肉なのはお前が一番よく知っているだろう。

そしてあの反射神経だからな。やつがそれでもへたくそだったら恋人同士、仲良く

2人して地獄へ行け。」

今度は的に当たる。

けれど、あたらずしも遠からずというところ。

「まあ奴に力があるのも反射神経が優れているのもわかるけれど。

でも薔薇の騎士連隊って陸戦の先鋒で、そのなかでも第13代連隊長が1番の銃の使い手だと

きくぞ。」

「もちろん。それに誤解を招くといけないから言っておくが銃だけではないぞ。」



それ以上自慢たらしい言葉が出てくるのを彼女は制するように言った。



「だったら1番うまいやつに習うの筋じゃないか。スパルタニアンに乗る機会でもあれば、

また別の相手に指導をたまわるさ。」

私からヤン閣下にしぶしぶ嫁に出すことになるデリカ(しぶしぶ?)は、微笑んで言った。

「その時はポプラン少佐ですわね。」

アッテンボロー、気合いを込めてブラスターを発射。



まぁ、及第点だが実践むきでないとシェーンコップは思う。いちいち体勢を元に戻す勘が

この女性提督には大きく欠落している。



「いや、コーネフ少佐の方が教官にはいいと思う。」

真面目な顔で、フレデリカに言うと彼女はまた、集中してターゲットを射ぬく。

「言っておくが風紀上の問題じゃないぞ。天才は模倣の対象にならない。あれは過分に運が

味方をしてくれている男だ。コーネフは実力者。

後者に習うのが賢明じゃないか。」



シェーンコップと、かわいいフレデリカは顔を見合わせて、笑った。












「やれやれ、どうせ言うのだったらもう少し、かわいい惚気(のろけ)を言えばよいものを」

「仲がよろしくて素敵ですわ。提督。」

お約束通り女性提督は大きく的を外した。








彼女の部屋。

オリビエ・ポプランは、不承不承提示された彼女の射撃のスコアをみて腹を抱えて笑った。

「だから見せたくなかったんだ」

ダスティ・アッテンボローはブランデーをちびちびやりながら、呟いた。

なみだ目になって笑い転げる恋人を恨めしげにねめつける。

その視線に気がついて男は呼吸を整えながら女の頭を撫でる。

「すまんすまん。名将って人種は実技が伴わないとヤン提督を見て常々思っていたが、

お前もそうだったんだなぁ。ま、提督という人種が銃撃戦で戦う戦争なんて終わりでしかないし。

お前は陣形を立て直したりそういうことに優れていればいいさ。」

「先輩よりは、遥かにうまいぞ?・・・・・・いや・・・・・・・そうでもないかも。」

クッションを抱きしめて彼女は親指のつめを軽く噛んだ。

「トマホークならもう少しましなんだがなぁ。ナイフとか喧嘩ならな。」

と、物騒なことをいう恋人に男は言った。



「まぁ、お前のことは宙でも陸でもおれが守るさ。安心しろ。」

「シェーンコップがお前は多分射撃がうまいといっていたぞ。そうなのか?」

男は彼女を引き寄せてちょっと間をおいた。

「あの御仁の前で披露はしたことはないがそれほど悪いほうじゃないぜ。」

「悪くないっていうことはそれほどうまくもないわけなのか。」



制服組は面白いことを男は言うなと思う。



彼は非行もとい、飛行学校で当然スパルタニアンの搭乗の訓練を受けているが

通常、戦闘機パイロットなどというものは圧倒的なスキルと体力は前提である。

陸戦兵士がすることは飛行学校でまなび訓練を受けている。それでもなおふるいに

かけられてパイロットになれぬものもいる。

スパルタニアンのパイロットであるということ自体、空のエリートである。

当然帝国語も頭には入っているし肉体的にも精神的にも緊張状態の中で

瞬時の正しい判断が求められるので頭脳明晰であるのは言うまでもない。

もっとも現在の同盟政府の軍隊ではひよこのような少年兵を適性判断以前に

のせるのだからポプランとしてもやるせなく思うこともある。



基本戦闘機でとぶとGがかかる。速度が上がれば非常な重力が加わるので

体力や運動能力は陸戦部隊以上のものを要求される。加速の重力で失神するものも

でてくるので飛行隊長のポプランやコーネフなどはつねに部下に「声」をかけて

事故や攻撃を防ぐ。常に神経や意識は研ぎ澄まされ360度の敵、見方を識別して

ターゲットをロックして落とす・・・・・・そんな撃墜王殿がブラスター程度「へたくそ」で

あるはずがない。

ゆえにポプランはふだんから陸戦を馬鹿にすることを平気で言うのであるが

理由はあるのだ。彼の戦闘能力は薔薇の騎士連隊の類まれな能力に肉迫しているし

同盟軍の陸戦部隊の猛者など相手ではない。

そんなことは制服組はよくわからないんだろうなと、

腕の中のかわいい彼女を見つめて。



ま、いいかと鷹揚にエース殿は彼女のかわいい唇にキスを落とす。



「ん。シェーンコップにいたずらされていないか?」

そこが重要じゃないかと男は思い言った。そもそもあの男に射撃の訓練などと

いくらグリーンヒル大尉と一緒でも危険極まりないじゃないかと。

「・・・・・・尻を叩かれた。」

いかんな。

「今後は射撃の訓練とかその程度のことはおれがするから、奴に近づいてはいかん。」

「・・・・・・腰がへっぴり腰なんだって。シェーンコップに腰を支えてもらってもよく感覚がつかめなくてさ。」

なんですとー。

「やっぱり腰を触られたか。うまくやりやがったな、あの不良め。」

「でもグリーンヒル大尉も支えてくれたから、そういうのありなんだろ。」

アッテンボローは男の唇に指を当てる。



なしだ!どうせあいつはお前の腰は案外細いんだなとか

考えたに決まってる。絶対そうだ。他には触られてないな?」

さすがエリート。ポプラン少佐はよくわかってらっしゃる。

「そんないやらしいてつきじゃなかったけど。去年のクリスマスのお誘いのほうが

しつこくて困ったけどな。」

無邪気に微笑もうとするが男の眉間にしわがあるので・・・・・・女性提督は眉間のしわを

のばそうと男の額に手を当てる。

「怒るなよ。」

「まったく無用心にもほどがあるぞ。あいつの半径1メートルは近づいちゃいけない。」

わかった。気をつけるから。と彼女は彼の眉間のしわを伸ばそうとする。

「眉間にしわがよったままの顔になったらどうする?困ったものだ、とでも呟くか?」

そんな彼女がかわいくて。



彼の情欲がむくむくと。



「ちょっとまて。ソファじゃやだ。」

「わがままだな。いいじゃんべつに。」

「いいじゃんじゃないよ。どこででもってわけにはいかないの。」



はいはい、と男は従い彼女を抱き上げた。



いつも不思議に思うこと。

この男はいつでも179センチの自分を苦もなくひょいと抱えあげる。

自分は女性にしては長身だし体重も60キロある。

「60キロもある女っていやじゃない?」

「なんで?お前は背があるからそうなるだろ。筋肉がつけばもっと重くなるだろうが

60キロ程度じゃな。かわいいもんだけど。」

「じゃ、シェーンコップをだっこできる?」










「無理だ。精神が壊れる。」

全く無邪気なお嬢さんだとベッドにゆっくりとおろして体に覆いかぶさる。

「じゃあお前はおれが覆いかぶさって体重かけたら苦しいだろうな。」

そんな冗談を男は言った。

「でも朝起きたらそういう状態のときもあるんだぞ。ときどきお前寝相が悪いもん。

窒息しかかって目が覚める。うでが私の首に埋まってるときもある。重い。」



気をつけましょ。



キスをされながら彼女は男のことを考える。

制服姿ではわからないが男は筋肉質で逞しい。

骨格が大きくないだけで肩も、胸も厚い感じがする。



「お前。いままさに、おれのことしか考えてないだろ」

「うん。着やせするんだなと思ってた」



すなおであどけない彼女の答えに男は優しく微笑んで、キスをした。

「お互い様。」

そういうと、手慣れた様子で女の衣服を脱がせていく。





この上腕二頭筋がいいよな。

彼女はフレンチキスのシャワーの中で考える。

顔が近づくたび、感じる。

『まつげ、案外綺麗にそろってる・・・・・・長いってわけじゃないけど綺麗。』

淡い褐色の髪を抱くときにも彼女は思う。

『いい色だ。太陽みたいで暖かい・・・・・・きらきらしてる。』

緑の瞳が輝くときにため息をつく。

『これだけ見事なグリーンアイズ、なかなかお目にかかれない』

男の背中に手を回し、腰にそして尻に到着すると女は喘ぎながらも思う。

『堅い尻。でも好きかも・・・・・・』



普段は、情事のさなか女は目を閉じてしまうのだが今夜はなぜか、

まじまじと男を見つめてしまう。

男はいう。

「何だか、煽られてるみたいだな」

再びの深い接吻のときに男の胸のボールチェーンのネックレスがひやりと、

彼女の肌を触った。

こそばゆい。

「煽っているとしたら?」

女がキスの合間にかすれた声で言うと男が答えた。

「とことん、応じるまで」

今、女の瞳は普段のスモーキーグリーンではなく限りなく青に近いグリーンであり、

それは明らかに彼女の男を欲しているときのサインのように輝く。

2人が出会って交際を初めてもうすぐ一年になる。

そんな夜のひととき。



by りょう




LadyAdmiral