寧日、安寧のイゼルローン要塞。
毎度の昼食時に可憐なフレデリカ・グリーンヒル大尉は、珍しく一人で士官食堂で
ランチをとっていた。彼女は料理が嫌いではないので何か作ってみたいのであるが
一人身でもあり「料理が彼女と友達になってくれない」ので1200時、1230時あたりに
士官食堂に来れば会うことができる。もっとも夜も彼女はここで食事をする。
どのシェフがあたりでどのシェフが外れかも見極められるのであるが肉をどの大きさに切れば
人が食べやすいのか想像できない類の女性であった。
・・・・・・残念。
「あれ。まだいないんだ。」
フレデリカが振り向くとそこにハートの撃墜王殿・オリビエ・ポプラン少佐が突っ立っていた。
彼はすばやく大尉の前に座って尋ねた。
「グリーンヒル大尉。いつもと変わらぬ愛らしさだね。」
少佐は女性をほめるのが大好きだ。彼の得意分野でもあり天分でもある。
でも結局フレデリカ・グリーンヒルは誰が見てもかわいらしいと男は思うし
そのまま飾らずに口に出る。
「こんにちは。ポプラン少佐。お世辞ありがとうございます。提督でしたらまだオフィスですわ。」
賢い私のデリカちゃんは落着いた声で言った。
お世辞なんかじゃない。
あなたは十分以上に魅力的だと撃墜王殿は付け加えて不思議な面持ちでいった。
「仕事好きだね。あのひと。給料以上に働くほど「女性提督」ってのはいいものかな。」
ポプランはほほづえをついた。
フレデリカは小首をかしげてちょっと考えた。
「ミス・グリーンヒル、彼女が勤務熱心なのは単なるワーカホリックなのか
おれへの無言のメッセージかな。」
軽い口調でポプランがきくのでついフレデリカは考えたことを述べてみた。
「お仕事はさほどお忙しいわけではないと思います。ヤン閣下もこの3日間、アッテンボロー提督が
オフィスに泊まり込んでるのは少しおかしいとおっしゃっていましたわ。
なにか・・・・・・お心覚えのことがおありなのですか。少佐。」
「それが全然ない。」
「おかしいですわね。」
そうなのだ。
このエース殿3日間。恋人のダスティ・アッテンボロー少将に「おあずけ」をくらっている。
彼女のお部屋に行ってもお留守番で彼は放置されている。
3日程度どうってことないとフロイラインたちは思うかもしれないがこのカップル。
「清くない交際」を開始した日から戦闘時以外お互いが同じ船か要塞にいるとき。
一日とあけずにどちらかの部屋で逢瀬を重ねている。
といって彼女とけんかしているわけでもない・・・・・・。
彼は彼女を怒らせるようなことはしていないと思う。
浮気など問題外であって生活レベルでも何も心あたりがない男であった。
実際に女性提督も怒っているのではないようで彼がオフィスに差し入れの食事を
持っていけばその間は彼女に会える。屈託が無いし笑みもこぼれる。
仕事中の彼女も非常に美味しそうだがまだ手出しはしたことはない。
一応ポプランは司令部、ここではキャゼルヌやムライのやかまし組を言うのであるが
彼らへの体裁をわきまえている。
全部それは司令部に属する彼女のため。
本当はオフィスラブもいいなと男は思うけれど一応キャゼルヌとはいろいろと約束もしたし
(それは密約ともいうが)まだ減給処分中だしオフィスでは「清い交際」を
努めている。
彼女の笑顔が女神のように美しくても。
手を出すのはご法度。
彼女が帰ってこないから男が料理を作ったり買っては仕事場に献上しに行く。
男が来ると女は参謀長殿に丁重に席はずしをしてもらって2人きりにもなる。
「ありがとう。ごめんね。もうお昼か。食べなくちゃな。」
ごめんね。
彼女がそういう女の子っぽい言葉を使うときは男に甘えているときで。
これでは喧嘩ではない。
「差し入れありがとう。ポプラン少佐。悪いがこれから資料を作るんで
また今度会おうね。」
会おうね。
「ね」とつけばやはり女は男に甘えているのだ。
でも食事を終えた彼女は男に礼を言うと早速分艦隊主任参謀長を呼んで打ち合わせを
はじめてしまう。
男がオフィスを出るときもにっこりと美しい口元をあげてうっとりするような笑みを浮かべる。
「今度ちゃんと借りは返すからね。」
こんな三日間。
「あなたにこんなことをきくのもおれも女心に疎い奴だと思われそうだが・・・・・・。どう思う。
これって、おれ避けられてるわけかな。」
珍しく真剣な面持ちのポプラン少佐を見てフレデリカはなんだか気の毒になった。
この恋人たちはどちらかというと当初アッテンボローが尽くしたりかいがいしく
しすぎて大丈夫かと思われたが。ぜんぜん。男が女に尽くしているのである。
キャゼルヌ夫人などはそれくらいでちょうどいいんですよというが。
「いいえ。そうではないとは思います。そうではないでしょうけれどなんだかアッテンボロー
提督らしくないなさりようですわね。」
そーでしょーと男がブーイングしていると柔らかい声が二人の間に介入してきた。
「少佐。口説く女性を間違えていやしないかい。」
ヤンにしてはユーモアを含めて言おうとしていたのであるがポプランからすれば、
『私のフレデリカにちょっかいださないでくれ』
と聞こえる。
春だなと思う撃墜王殿であった。
ヤンはポプランの隣に座って昼食をとりはじめた。
「閣下お伺いしたいことがあります。」
ヤン・ウェンリーは昼なのにまだやや眠たそうな顔をしている。
隣のフレデリカはそんな黒髪の司令官閣下になれている。
閣下のお昼は昼寝への序章。
フレデリカ・グリーンヒルはヤン・ウェンリーの昼寝を認めている。
「私が答えられることなら答えるけれど。アッテンボローに急ぎの仕事もわたしていないし
艦隊の編成表も出せといってないからオフィスにこもる原因は私じゃないよ。」
ヤンは食堂のユリアンが入れるものほどおいしくはない紅茶を飲む。
「それはよくわかったんですけれど俺みたいな男の隣に座るよりイゼルローンの可憐な
薔薇・グリーンヒル嬢の隣の席に座るほうが閣下にとって価値がありませんかね。」
ポプランは言った。
そういわれてフレデリカははにかんだ。
彼女は確かにかわいらしい薔薇のようであるがそんな風なほめ方をされるのは慣れていない。
そういう物言いをするのはこの撃墜王殿か要塞防御司令官のワルター・フォン・シェーンコップ少将
だけである。
軍人として育つと愛くるしくても殺伐としているものなのである。
ヤンは無表情でいった。
「隣に座ると美しい薔薇が見えないだろ。価値観が違うようだね。ポプラン少佐。」
この手の会話で司令官閣下にしてはうまくかわしたと思われる。
ポプラン少佐は面白くなさそうに言った。
「トリグラフ」と同じ論理を出してきたんだなと思う男。
「なるほど。小官は「観賞より接触」を好みますのでね。価値観の相違ですね。」
さらりと男はそういうと二人に敬礼して食堂をでていった。
どうやらこの2人も時間の問題だと彼は思い口笛を吹きながらさってしまった。
残されたヤンとフレデリカはなんとなくてれて昼食をとった。
これこそお子様ランチである。
1300時。アッテンボロー提督の執務室にて。
「閣下。いつものごとくポプラン少佐がお食事の差し入れにきてますよ。」
ラオから声をかけられてアッテンボローは我に返った。
さすが参謀長殿はオリビエ・ポプランがここに数時間おきに来るのは慣れているし
調度自分も休憩時であると考えた。
「あ、そうか昼だな。ラオ中佐食事にいってきてくれ。私はここで食べるよ。」
副官殿は敬礼をして彼女の執務室をあとにした。
入れ替わりに彼女の恋人が入室して来た。
「すまないな。いつも・・・・・・。気にしなくても食事はとるからいいんだよ。」
彼女は様々な書類や書籍、ディスクに囲まれてにっこりと美しい口角を
あげて微笑んだ。
さすがに20代で閣下と呼ばれるだけあって実戦も見事であるがキャゼルヌや
フレデリカには及ばないが彼女は事務にも長けている。
乱雑においているようなファイルでも実はきっちり整頓されていて
キャゼルヌ少将は「70点。」と評する。
ヤン司令官が書類にサインをするとキャゼルヌは「絶望的な悪筆」という。
ヤンが何かをするよりグリーンヒル大尉がすれば「100点」がもらえる。
男は「気にしなくてもいい」といいながらまだ昼飯も食っていなかったじゃないかと
言いたい心を抑えつつ。
「愛するおれの提督のために食事の用意くらいはしないとね。毎日が楽しくないです。
ところでいつまでおこもりなんですか。仕事の邪魔をする気はないですがちゃんと寝てますか。
そろそろ小官の添い寝がいりませんかね・・・・・・。」
バスケットはユリアンがかしてくれた。そのなかにチャイナフーズをデリバリーして。
「わーい。ヌードルだ。たまに食べたいときがあるんだよな。お前気が利くね。
ありがとう。」
聞いていない彼女です。満面の笑みが憎らしいほどかわいい。
これでもポプランは彼女の最大の理解者になろうと務めていたのでこらえます。
こらえている男に気がついて女は笑顔でごめんといった。
「そうだな。そろそろ風呂に入らんといかん。だめだめ!近寄るなよ。自分でも臭うから。」
キスでもしようと思って男が側によると女は弁解をいった。
「何を今さら。体臭もときにそそるものです・・・・・・。あなたの香りが懐かしいです。」
彼女はランチを食べながら言った。
「・・・・・・いまさらいうのもなんだけれど。ど変態め。」
女の言葉に陽気な恋人は言った。
「ちゃんときれいに洗ってあげますよ。隅から隅まで。」
「いいよ。自分でできるよ。子供じゃないんだからね。」
彼女はチャイナフーズの箸を扱うのがうまくない。だからフォークは用意しているのに
「こういうものは箸で食べるのがマナーなんだと思う。」
と頑として譲らない。
「にしても随分お仕事がお忙しいんですね。俺の提督。たまには部屋に帰ったらいかがですか。
かわいい恋人も待ってますよ。いつも。」
彼女は飲茶が大好きで男はそういうものを彼女が食べたいだろうと思い
持ってきたのではあるけれど。
また聞いてなかったりするのかなと。
「うん。そうだな。」
男は言った。
「どうです。今夜は小官の手作りのディナーと洗髪とマッサージつきサービスなどいかがですか。
悪くないでしょう。疲れた心と体にリラックスですよ。」
「うん。そうだな。」
相変らず箸と苦戦している彼女。きいちゃいません。
なんかいってみよう。男は思いつくまま言った。
「今夜はあなたの●●に●●してさらに●●××なんかしちゃって××を4回しちゃうとか。
くんずほぐれつってのはどうでしょうね。」
とっても恥ずかしいことをポプランさんは平坦な口調で言ったのであるが。
男の思った通り彼女は言った。
「うん。そうだな。」
こりゃだめだ・・・・・・。
「よほど頭の中が使命感でいっぱいなんですね。箸と遊んでる振りしてるけれど
あなた別のこと考えて俺の話し聞いてないでしょ。」
男はちょっとばかりおどけて言った。
女はやっと現実方面に戻ってきたご様子であった。
箸はおいて頭をかきながら男に謝っている女性提督。
「すまない。今夜は帰ることにするよ・・・・・・。ごめんね。」
女はうつむいて男に詫びた。
「ね」といわれると弱いよなと男は思う。
ポプランはちょっぴり困った。困らせるつもりはなかった。
いくら風呂にも入らず仕事をしようが人の話を聞かなくてもかわいい彼のたった一人の
恋人なのだから。
彼はアッテンボローが好きであり好きである以上、彼女を尊重したいとも
思っていた。
「仕事も大切だってのはおれもわかってるんです。でもさほど急ぐものではないと聞いたもので。
そんなに謝らないでくださいよ。ちょっとだけすねてみたくなったんです。」
彼女の恋人は陽気にウィンクして彼女に言った。
そして彼女の髪を優しくなでて頭を抱き寄せた。
彼女もそれが心地よいと思った。
すると男のほうが慌てたように言った。
「おっと。危ない危ない。おれの理性が消える時間です。おれの理性は3分しかもたないんですよね。
キスくらいしたいところですが今は絶対キスだけ
で終わらないと思いますので、これにて失礼しますよ。
おれの提督。」
男は名残惜しそうに彼女から離れて。さっと敬礼してこう付け加えて彼女のオフィスを
あとにした。
「じゃあ。お部屋で待ってますからね。」
残された一人の部屋で彼女は何度めかのため息をついた。
ため息をついたらよくマダム・キャゼルヌが
「男運が悪くなりますよ。アッテンボローさん。」とからかうのであるがついつい
ため息が続いて出てくる。
いつまでも先延ばしもいけないよな。こういう問題だからこそ。
そう決めるとラオ中佐に伝言を残して彼女は半日の休暇に入った。
決めるまでが長いが決めれば行動の人。ダスティ・アッテンボロー少将である。
行動しなくちゃ。
と彼女なりに肚をくくったようである・・・・・・。
何にはらをくくったのかはお次の話題で。
by りょう
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