いくつかの空−ヤン提督のひとりごと-
ヤン・ウェンリーという男はえらそうに言われているが たいした男じゃない。 本人が言うのだから間違いはない。 ユリアンなどはあまりに私をおだてるので先々不安だ。 阿って(おもねって)いるのではなく崇拝のそれに近い。 私という堕落した怠惰な人間を見て少年が迷わず私に傾倒していると、私は正直 戸惑う。 ユリアンには上目のものをあまりほめてはいけないといっている。 面と向かってほめられたことを本気にすればその人間の向上を妨げる。 堅い人物ならばユリアンを「上目のものにこびる卑しい少年」とみなすかもしれない。 あの子は素直すぎる。 私の言うことはすべて正義だと思っているところが・・・・・幼さというものであろうか。 12歳の少年が我が家に来たときには大きなトランクがめだって、ユリアンはキャゼルヌが 言っていた「2人分の飯を食う子供」には到底見えなかった。 利発そうな面立ちをした実際、利発すぎる子であった。 我が家にユリアンが来てからというもの生活が「文化的」になった。 今まで機能を果たさなかったキッチンもシステム管理のコンピューターも12歳の少年がじつに的確に 使いこなしていた。 おかげで私はおいしい食事ができて、毎回清潔な衣服を身につけ・・・。 といっても今まではあんまりきたなくしているとアッテンボローがやってきて洗濯だけは 「お小言と食事つき」でしてくれた。 「掃除はしてくれないのかい。」 気安さで冗談を私が言うと真顔でアッテンボローが言ったものだ。 「給料くれますか。メイドの賃金って結構いいんですよ。私は軍人よりハウス・キーパー向き かもしれないな。ヤン・ウェンリー専属のハウスキーパーになったらいくら 頂戴できます?」 私は白旗を揚げて降参した。 彼女に払うほど私の給料(サラリー)がよくなかった。 それに軍人としてこれからを期待されている輝かんばかりの、綺羅星のような彼女を 私ごときのメイドにはできない。 そう、ユリアンが来てからは私は常に清潔な衣類を身につけることができた。 少年は部屋の掃除や、書籍の整理も整頓も見事だった。 一番私がうれしかったのはユリアンの入れる紅茶がとてもおいしかったことだ。 たとえ2人分の食事を食らうことになってもユリアンは私には必要不可欠な人間になった。 私は単純だ。 うまい紅茶を飲めるのは幸せではないか。 死んでしまえばこんな至福のときを味わえないだろう。 そして少年は素地が優れていた。 人の言葉をよく聴く子。 そしてそれをうまく噛み砕き飲み込むことができ、不要なものをまずまず的確に取捨選択できる よい素養を持っていた。 これはあまり非凡ではない。 1を言えば生活レベルでは10を悟り、彼が関心のある私としては進ませたくなかった軍人としても 1を言えば7を期待できるときもある。 周りが言うので私は口を噤むのであるが「末恐ろしい子」だ。 と同時に成長が楽しみだ。 そんな少年も15歳。 シェーンコップに聞くとユリアンは射撃の腕はまずまずだそうだ。 自分の身さえ守れれば私としては安心する。 私やアッテンボロー並では軍人になろうとしているユリアンには不都合であろう。 しかしあのポプランやシェーンコップのような子供の教育には関心がなさそうな・・・ むしろ女性との情事を重んじるような御仁が、2人ともユリアンの空戦と陸戦の 師事をしてくれているのは不思議なものだと思う。 ポプランはあれでアッテンボローの少女っぽさが抜けぬところを、非常に気にいっているようだから 人の面倒を見ること自体すきなのかもしれない。 アッテンボローとの恋愛を見ていても年齢は彼女が上でも、ポプランに分があるように思える。 ポプランが彼女をかわいがっているような気が・・・・・・。 シェーンコップのような男は自他とも認める排他的な男だから、子供の面倒などごめんこうむると 言いそうなものだが、ユリアンの人徳だろう。いや人間としての魅力だ。 薔薇の騎士連隊全体でユリアンをかわいがってくれている。 結局素地がいい子供を見ると大人は、自分の持っているものを受けつがせてみたいと思う ものなのであろうか。 それにしても、ヤン艦隊は出動せねばならない。 艦隊なので当然である。 ユリアンは30ダースもの紅茶葉を用意してくれた。 今回の戦いは麻酔なしの外科治療だ。 統合作戦本部長代行殿は、30歳で大将になってしまい困っている私一人に 各地で勃発した軍事反乱を鎮圧して見せろとおっしゃる。 どうも軍部は私に給料以上のことをさせたがる。キャゼルヌやユリアンが言うには 「嫉妬」らしい。 それはともかくも挙句、首都星ハイネセンでクーデターが起こり救国軍事会議という 「言論の自由」を統制するような、あるまじき組織が結成された。 こんなことは民主主義の下(もと)起こってはならないし私としては喜んで救国軍事会議なるものに 共鳴しようとはつゆも思わない。 しかしやはり私にも、そして副官のグリーンヒル大尉にしても救国軍事会議の議長が スクリーンに映し出されたとき呼吸が数秒とまったはずだ。心拍だって止まったかもしれない。 ドワイト・グリーンヒル大将。 アムリッツァの敗戦の責任を問われて閑職に回されていたときくが、この人物はまさに軍部の 良心でもあったといえるような人物であった。 冷静で思慮分別をそなえたすくなきよい上官であった。 そして私の隣で息を呑んでいるご令嬢のグリーンヒル大尉を男手で、かくも聡明な女性に育て上げた。 人間としても私は、好きだった。 そう。 ビュコック大将の様に甘えることはできなかったが軍部のなかでは、私はこの人物が好きだったのだ。 私はやはり自分の副官について考えた。 自分のプライベートルームにこもってしばらく思いをめぐらせた。 ユリアンが考えていることはわかる。 このこはグリーンヒル大尉にはよくかわいがられているし、恋慕のような憧れもいだいている。 今回の事態を少年なりに憂慮しているようだ。 私はいったん、感情論をこの際棚上げした。 グリーンヒル大尉は着任して以来あの若さでありながら十分以上の仕事をしてくれた。 大尉は、いちいち指図をせずとも仕事の流れをよく読み私の発する言動を感知して 先手をうってくれる。類まれな優秀な人材だ。 副官としてこれ以上の人材はまず望めない。 となれば更迭するのはよい手ではない。 彼女以外の誰に私の副官が務まるだろう。無理だ。彼女も非凡なる才能の持ち主だ。 優秀な人材を手放すのは損だ。 さて棚上げをした感情論が落っこちてきた。 私の副官でいれば彼女は彼女の父親と対峙をすることになる。 それでいいのであろうか。 はたで見ていてもグリーンヒル大将はご令嬢をいたくかわいがられていた。 そして彼女も父君を愛しているのは見ていればわかる。 それに私の副官でいれば彼女は間違いなく醜聞の元にさらされる。 私は副官の能力が自分に都合がよいので彼女を更迭しない。 それによって後日軍部、政治屋から弾劾されても自分の無能さを補う優秀な副官を 手放す気はない。 けれどグリーンヒル大尉には迷惑な話だ。 私はいかなる醜聞にさらされてもよい。 感情論でいえば彼女をハイネセンへ送り届けてやりたい。 私が軍人として生業を立てるために必要な副官に甘んじることなどない。 いや・・・・・・。 私はおそらく多少てこずってもこの救国軍事会議を壊滅させることになる。 計算をせねばなるまいがローエングラム侯がしくんだ罠であることはわかっているのだし 「言論統制」を民衆に強いる組織などはあるべきではない。 その終わりのとき。 それを考えると感情論でもフレデリカ・グリーンヒル大尉はここにあるべきかもしれない。 グリーンヒル大将が降伏をするとも思えない。 ご自分がどうローエングラム侯の巧妙な罠に貶められたかなどはお認めにならぬだろう。 ・・・・・・死んでも。 そんなところに彼女を送り返せばフレデリカ・グリーンヒルという人間をもどう翻弄されるか。 彼女の気質から言えば・・・・・・。 お父上が自害されるときにともにともに運命を共同とするかもしれない。 ユリアンにいそいで大尉を部屋に呼ぶように言ったら、やはりあの子なりに心配をしていた。 もっともあのこは私を気に入ってくれていて、グリーンヒル大尉は私の側にいれば幸せだと 思い込んでいるが違うのだよ。ユリアン。 彼女は自分の生きる道を決めなければいけない分水嶺に直面しているのだ。 とても残酷な現実の中でね。 でも時間がない。 今は少年に、私が大尉なしでやれるほど優秀な人間だと思っていたのかいと いって大尉を呼びにやらせた。 23歳でこんな厳しい選択を彼女にしいらなければならぬのは気持ちが進まないが。 清廉潔白ではない私だがこの事態から逃げ出すのも卑劣に思えるから、 私が意思を示さねばならぬ。 そのときの大尉は声が少し震えていた。自制していてもその心の動揺たるや思うと 気の毒でならない。 だが彼女を今ハイネセンへ戻せば。 それはできない。 いつものように会議の準備を頼んだら彼女は副官の任をとかれるものだと思っていたといった。 救国軍事会議というものが民衆に対してよき先導者であるならば喜んで彼女を お父上のもとにお返ししよう。しかし崩壊が見えている危険なところにはいかせたくない。 といって私の元でもそれほど大きな代わりはないのであるが。 私は彼女にやめたいのかとあえてそっけなくいった。つい口に出た。 どちらに転んだとしてもグリーンヒル大尉には悲しい思いをさせる。 申し訳なくなってしまう。 それでも彼女を死地に追いやることはできない。 私は彼女に君のような有能な副官が必要であるといった。 彼女がいないと困るのは事実だからそれもいった。 私の都合だけで申し訳ないが今はまだまだ私のそばに置くことのほうがましかもしれないと 私も選択を迫られていた。 大尉はクーデターの先までは見通せてはいない。 そんな大尉を私は一人にはできない。 きっとお父上はご令嬢のことはあきらめて国を憂い若さに流される士官たちを抑えるおつもりで 議長という立場になられのであろう。 あの方はそういうお人だ・・・・・・。 私がわずかに思案している間に大尉は副官でいてくれることを快諾してくれた。 私は君のお父上を追い込む男になる。 本当に、申し訳ない。 だが彼女をみすみす「死」の渦巻くなかには出したくはない。 赦してほしいとはいえないが申し訳ない。 グリーンヒル大尉。 廊下に出るとシェーンコップが私を待っていた。 この男の頭の切れはなみではないなと思う。 ただそれは私には合わない。この男は時々私をそそのかす。 確かに私が軍人であり同時に政治もおさえれば独裁者として戦術レベルからローエングラム侯を 押さえ込むことも可能かもしれない。それこそ和平まで持ち込む算段は・・・・・・。 だめだ。こんな「仮定」は無意味だ。 民主政治は「人民」が「選んだ議会」によって執り行われる。 たとえどれほど腐敗した政治家が出てこようが責任は政治家だけではなく 選んだ民衆にもある。 政治に責任を持つことは政治家だけではない。一般の人々にもその意識は あるのが私は望ましく思う。 勿論私が絶対の正義ではないからすべての国家の形式が民主主義でなくてもよい。 まずい政治家のいる民主主義国家であっても私はそれを支持する。 そのもとでの軍。 私が政治にまで手をのばせばおのずと軍事国家になりうる。 それがよいとは思えぬし、私はルドルフにはなりたくはない。 人民の生活が逼迫し悪政が続いてひとびとは「英雄」を欲する。そしてあらわれた 「英雄」ひとりに政治を任せる。暮らしぶりがよくなれば独裁政治を甘受する。 地球にいたころの人類はかつて不景気から祖国を救った英雄を「総統」と認めて 20世紀恐ろしい独裁者を生み出した・・・・・・。 シェーンコップ准将の秘密のご進言を私は退けて幕僚会議を開いた。 シャンプール星域の動乱は無視してもよかった。 しかしながらイゼルローンとの補給ルートをたたくという戦法をとられたら私は困る。 ユリアンは心配しすぎだと思っているだろうが心労を尽くしてこそ作戦とは立案されるべきだ。 シャンプールの動乱は陸戦の勇士シャーンコップ准将に任せれば一週間とかからないで 民衆を解放できると思っていたが、准将はさすがだ。三日で片をつけてくれた。 戻ってきた准将をねぎらおうとしたけれど・・・・・・私ではなくシャンプールの民間人女性諸氏に 十分歓迎された模様だ。 そんな准将が加わった会議にはちょっとにおう男が参加していた。 におうどころじゃないな。いまどき私の元に脱出してくる奴などいるわけがない。 愉快なほど絶妙なタイミング。きな臭い。 バグダッシュ中佐という男だ。情報部の人間らしい。 その日は大尉が朝から体調が優れなかったらしいので医務室にいくように言った。 バグダッシュという男にはグリーンヒル大尉をイゼルローンに軟禁しているかのようにその場を にごせば・・・・・・准将があっという間にバグダッシュをタンクベッドに軟禁してくれた。 こんな早い時期にバグダッシュを送り込んでくるということはどうも私を暗殺させる 刺客だったらしい。 タンクベッドでこの戦いの間は寝ていてもらおう。 あまり考えたくないが以前ポプランがアッテンボロー禁断症状のふりをしたことが 役に立っているのかも知れぬ。 5月に変わり。 バグダッシュの情報はそこそこ収集しておいたものは正しかったようだ。 ひとは奇跡のヤンだの魔術師ヤンだのいうがこれでも緻密な情報を集めて見極めて 分析を繰り返す「頭脳重労働」なのだ。 偵察艇からの情報を逐一確認して。 ま、首から下は不要といわれても仕方がない。こういう情報の収集に血眼になっている 私は他人に見せられたものじゃないなと思う。 あさましいが味方を殺さない算段を立てるにはこういう仕事も必要なのだ。 5月18日に私の待っていた情報が入ってついユリアンの手を握ったまま「勝てる」と 浮かれたダンスをしてしまった。 ・・・・・・そのときの姿をみたものは私を「あほう」と思ったことだろう。 作戦を決めた私はやっとまた幕僚会議を開いた。 敵。 敵と呼ばざるをえまい。あちらは艦隊を分断した。敵側面に先回りができる。 それぞれの提督に作戦を示して。 アッテンボローには敵を分断させたら陽動をさせる。 戦場での駆け引きがあいつはうまい。 私は先頭をいく。先陣を切る。 司令官は指揮を執るときは先頭にあり、退陣においてはしんがりを努めるのが最低限の 仕事だ。無理な作戦を立ててはいない。 スパルタニアンも出撃させての第11艦隊とのろくでもない戦いはこちらの全面勝利で終わった。 バグダッシュが目覚めたときには救国軍事会議は機動部隊をなくしたというところ。 彼は私に寝返るという。計算ができる男ではあるのだな。 おそらくはユリアンが目を光らせているのと私が勝ち続ければ、あの男は私の役に立つだろう。 そんなとき・・・・・・。私は震撼するような事件を知った。 首都星ハイネセンで平和集会に軍部が乱入し2万人もの市民を虐殺したという知らせ・・・・・・。 そして親友の、婚約者だったあのジェシカが平和集会の主催者であり、死亡した知らせを受けた。 大尉が知らせてくれたが彼女の最後のほうの言葉は涙声でくぐもった。 私は・・・・・・何もいえない。 もう7月になろうとするころ。私は首都星に針路をむけた。 by りょう |