忘れ咲き・1



寧日、安寧のイゼルローン要塞。



彼女達のランチのテーブルに悪魔の手下が混じっている。

オリビエ・ポプラン少佐。



女性提督アッテンボローの自他とも認める公認の恋人。

いろんな騒動がありつつもどうにかこうにか仲がよい。

相性がいいのかもしれない。

勿論、いろんな意味で。



士官の食堂は殺風景であるがアッテンボローとフレデリカの2人の華やかさが

心和らぐそんなある一日の会話。



「ね。大尉。切っちゃうなんてもったいないって女性の視点からおれの提督にはっきり言っちゃって。

このひとストレートのロングが一番だと思わない。これだけの髪はお目にかかれないよね。」



ポプランいわく、食事中は

「勤務中であってもアッテンボローのことは『おれの提督』といってもよい」

らしい。

別に腰を抱くとかキスするわけでもないので仕方なし、とアッテンボローは思う。

ただとなりで楽しそうな笑顔を振りまいているだけである。

結局ポプランという男は「女性」と過ごすこと自体が大好きなようだ。

よく響く明るい声音で二人の美女と歓談している。

そして彼の提督は隣で苦笑する。



『この男は女の子と一緒に過ごすのがすきなんだな。つくづく。』

それは嫉妬ではなくて明らかな分析であった。






正確にはポプランの処置などしようがない・・・かも知れない。





「そうですわね・・・切ってしまうのは少しもったいないです。提督の髪はきれいなストレートだし。

私のように癖があるとなかなかそこまできれいに伸ばせません。うらやましいですわ。

私もそれくらい伸ばしてみたいですが身長も高くはないですからアッテンボロー提督ならでは

の髪型ではないでしょうか。」

かわいいアッテンボローのおやつデリカは、小首をかしげてポプランに同意した。

「うむ。グリーンヒル大尉、あなたの場合はだな。ショートであってもひな菊のような愛らしさがある。

伸ばせば伸ばしたでエレガントなピンクの薔薇を思わせるね。なかなか優美でいいな。

ぜひ拝みたいとこだ。きっとやわらかい金褐色の髪が緩やかに流れて。さぞ美しいだろう。」



レディキラーの本領発揮。オリビエ・ポプラン。すかさずフレデリカの美しさをたたえる。

きらめく孔雀石の瞳はきらきらしており女性提督はそんな恋人を横目でみて平和だからいいかと

思った。



ポプランはフレデリカを口説いているのではない。

あれはポプランの口から自然に出る「普通の会話」なのである。

アッテンボローはそんなことはわかっていた。

美しい女性を目の前に賛辞しないのは彼にしてみれば礼を失するというところなのであろう。



「でもな。ちょっと長くなりすぎて今後、忙しくなったらおちおち美容院へも行けなくなるだろ。

イゼルローンに来て一回しか髪を切っていない。思い切って短くしようかなと思うんだ。

ショートとか。どうかな・・・。」

アッテンボローはいった。



いったものの自分が物心ついたときには彼女は髪が長かったので今ひとつ自信がない。

フレデリカに相談しているつもりなのだが常に横の男がうるさい。

「じゃあ前髪を0.7センチ、全体は1.3センチカットでそろえたらいかがです。おれの提督。

あなたはショートヘアが似合わない性格です。」

ポプランは空になったトレイを脇にコーヒーを飲んでいった。

「なんだそれは。なあ、大尉。男って単純に長い髪が好きなだけだと思わんか。私がショートにしたら

そんなに・・・変かな。」

アッテンボローの問いに、フレデリカは微笑んだ。

質問もおかしいが子供のようにじゃれあう2人をみていてつい笑顔が出てくるのだった。

「提督がショートヘアになさったら、さぞりりしいでしょうね。男性ファンだけでなく女性のファンも

でてきますわよ。」

ポプランがまた割り込んで話に入ってきた。

「おれが言いたいのはまさしくそういうこと。おれは女の個性を愛する男でして。

ショートヘアでも大尉みたいに純真なひとだとかわいいがあんた性格男でしょ。

せめて髪は長いほうがいいと思うんだけどな。」

一房、アッテンボローの艶やかな髪を我が物顔ですくって男は言った。

これがポプランだと赦されるがシェーンコップでは彼女の平手が飛ぶ。

どのみちうまくよけると思われるけれど。



「なんでそこで性格なんだよ?」

アッテンボローはフレデリカの目の前で髪をいじられて少し気恥ずかしい気もしたが

その手を払うほど子供ではなかった。平和なときだから仲良くできる。

髪を触るくらいは恋人だから赦そうと思う。

「提督がパイロットスーツでも着るんだったらおれも考えないでもないですよ。

長すぎちゃメットかぶるときに邪魔ですからね。

ひじ辺りまでの長さのパーマは嫌ですか。ゴージャスでいいですよ。」

そういう髪型が好みなんだろうかと彼女は思いつつ、言った。

「思いきり直毛なんで当たらないんだ。かけても一日でアウト。」

「なるほど。そういう髪質かもね。」

ポプランはまじまじと一房の彼女の毛を見つめる。

なれなれしいのであるが・・・アッテンボローは赦す。










フレデリカは思った。

いずれにせよ、この二人が仲良くやっていることはいいことだと。

そして少しうらやましい気持ちにもなる。

フレデリカも年頃なのである。

彼女の思い人はなかなか気持ちがつかめない。

それでも1ファンでしかなかった少女時代よりは副官として彼を補佐できるのだから

フレデリカは幸せも感じる。










救国軍事会議・・・。

あの聡明でやさしき彼女の父・ドワイト・グリーンヒルがクーデターの最高責任者に

なり、スクリーンにその顔が映し出されたとき・・・フレデリカは大きなヘイゼルの眸を

見開いた。

彼女は副官の任務を解かれると思っていた。

それはごく当たり前のことである。

ヤン艦隊はクーデターを鎮圧するように作戦本部長から指令を受けている。

彼女の父親は討伐されるのだ。

そうなればフレデリカが副官であればヤンにとって表向き都合がよくない。

醜聞の元もはなはだしい。



ユリアンがあの日、自分をヤンの部屋まで来るようにとつげにきた。

呼ばれたときフレデリカは覚悟した。

ハイネセンへ送られる・・・。もしくは軟禁される。

ヤン・ウェンリーの人となりを知っていれば軟禁はされないであろうと彼女は思った。

しかし、自分が更迭されるのは彼女はやむなしと判断して気持ちを落ち着かせて

プライベート・ルームへ出向いた。

声がみっともなく上ずらないようにフレデリカは気をつけて自分の現在の上官に

「ゲリーンヒル大尉、参りました。」

と申告した。



現在の上官。

過去の上官になるのかもしれないと思うと視界がぼやけそうになった。

しかし気をしっかり持ち、口元を引き締めた。

泣くな。フレデリカ。父はそんな惰弱な娘を育てたのではないわ。しっかりなさい。

彼女は自分を叱咤した。

ヤンはフレデリカを見て元気そうだねといった。

けれども元気がないのはヤンのほうではないかとフレデリカは思った。



彼は自分の父親を尊敬できる人物としてみていてくれた。

おそらくはドワイト・グリーンヒルの謹厳実直さが、今回彼を救国軍事議会の議長たらしめたのだと

彼は知っているのではないかと彼女は感じた。

そう。

あの父は誠実であるがゆえに、若さにはやる議会の責任者に自らがなって暴走を最小限に

食い止めようとしているのだ。



誰に言われなくてもフレデリカにはわかった。

たった一人の父親だから。

たった一人の娘だから。





フレデリカは元気そうだねといわれて困ったがヤンにしても困っているのは明白なのである。

このいとしいひとともう会うことはないのかもしれない・・・。

わずかな月日彼の近くで呼吸して背伸びして微笑んで任務についていた。

賢明に彼女の全才能を注ぎ、仕事に精励した。それが彼女の夢だった。

ヤン・ウェンリーの側にいたかった。



彼は怠け者ではない。



冗談でからかわれるがヤン・ウェンリーのように用兵に長けた人物は頭を使う。

彼が頻繁に昼寝をしてしまうのは頭脳労働が激しいのであろうとひいき目ではなく、

フレデリカは感じていた。

確かに事務には向かぬ人物だし、射撃も自分が訓練しておかねばならないであろう。



しかし副官は上官を補えばいいのだ。司令官が必ず事務能力を有することもない。

ヤンが普段言うように司令官が銃撃戦で戦う事態などはもう終わりである。

彼がなすべき仕事において、彼が責任を放棄したことは彼女は見たことがない。

彼ほど分をわきまえつつ仕事に着手している人物を彼女は知らない。

短い期間だったが、やはり彼を思う彼女であった。



用件を上官にうかがう。

すると困った顔をしているがはっきりとヤンはこれから幕僚会議を開くので会議の手配と

メカの操作を副官であるフレデリカにいつものように頼んだ。

やわらかな彼の声には戸惑いはあるがフレデリカが思っていたこととは全く違う言葉だった。

彼女は副官の任を解かれる覚悟できたと上官に言うと、やめたいのかねと

そっけない言葉が返ってきた。



事実、ヤンはもとから自分の有能なる副官を手放す気などさらさらない。

それは彼の都合なのである。

副官として解任されずにとどまる彼女の心を思うと、自分が受動的能力の優れた副官なしで仕事を

することができぬというような感情が赦されるのであろうかというのが、

ヤンの心情であった。

醜聞にさらされる自分はかまわない。

けれど彼女はそれでいいのであろうかという危惧だった。

勿論フレデリカは知らない。



答えあぐねているフレデリカを見て自分の意見だけははっきり示しておこうとヤンは考えた。

彼女がいないと困るのは彼なのだから。

ノーという自由はフレデリカにあるのだから。

自分はフレデリカがいないと困る。物覚えはよくないしメカの扱いにも不慣れであると。

優秀な副官が必要だと。

『かなり身勝手なことをこの若い女性に私は強いているな・・・。』

自分の父親を討伐する任務を彼女が受諾するかは彼女の自由だ。

けれど。

ヤンにはフレデリカ・グリーンヒルが必要であった。

とにかくヤンは正直に言おうと決めた。

そして簡潔に正直に言い終えたと思う。

フレデリカははい、といった。

彼女は自分の人生をこの短い瞬間でヤン・ウェンリーの方向に確実にむけた。

このひとのもとで生きようと決めた。

一瞬だけ彼女は20代の若い女性の感情が押し寄せて涙腺が緩みそうになった。

でもそれを笑顔に変えて彼女の大好きな上官の指令どおりに会議の準備を始めた。

ヤンはねぎらうわけでもなく通常通りの柔らかな声で準備を進めてほしいと

フレデリカに言っただけである。

それしかいえなかった。







つい、泣き笑いをしそうになったけれどヤン閣下はお困りではなかったかしら・・・・・・。

そんなことを思い出してアッテンボローとポプランを見つめていた。

ヤン・ウェンリーは言葉が巧みではないしぶっきらぼうに振舞おうとするときがあるが

それがとても人間らしく、そして好ましいもののようにフレデリカは思う。

「あ、時間だな。もう!せっかくの私と大尉の甘い時間を邪魔して。ポプラン、お前無粋だぞ?

お前だけが美人と会話するのがすきだと思っているだろうが私だって美人でやさしい女の人は

好きなんだ。まったく・・・仕事に戻る。それと、大尉・・・・・・。」

フレデリカは、ヘイゼルの大きな瞳を、目の前の背の高い女性提督に向けた。











「実は、ヤン提督は金褐色の髪の女性が大好物なんだよ。」

フレデリカは真っ赤になった。










「すまんなぁ、大尉、おれの提督は上の口も下の口も雄弁でね。」

この後、ポプランがぼこぼこにされたのはお決まりである。











二人が過ごす部屋はほとんど彼女の部屋が多い。

最近では特に。







彼女が料理を作るときに自分の部屋のキッチンの方が慣れているという理由が大きい。

これがひとつ。

外食で済ませるときは彼の部屋ということもある。

でも大概はアッテンボローの部屋になる。

なぜならば彼女が帰るのが下手だからである。

これではスキャンダルがたえない。

もう手後れだが。




だからそういうことは、朝帰りの天才オリビエ・ポプランに任せることにしている。




「ヤン・ウェンリーがフレデリカを解任するようなバカだったらこの私が赦さない。」

2人だけの時間の中で女が違う男の名前を出すと男は怒ったフリをする。

たぶんフリだと思う。

でなければあまりに幼稚である。

「こら。またほかの男のこと考えてるだろ。ダスティ、行儀が悪いぞ。」

「シェーンコップも同じようなことをいっていたな。いずれにせよ父上がああいう立場になられて

フレデリカが気の毒だ。そのうえ更迭なんてもっと悲惨だ。ヤン・ウェンリーの尻を今後

誰が拭くんだ。フレデリカ以上の副官はいないと思うだろう?オリビエ。私やキャゼルヌ少将で

ヤン提督の後片付けをするのはごめんだぞ。思うだろう?あんな手のかかる人・・・。」

思うよ。

「だから実際、ヤン・ウェンリーは彼女を更迭しなかった。あの司令官にもちゃぁんと分別が

あるんだよ。

それよりベイビー。2人だけのときは2人の話をしようぜ。」

3センチだけ背が高い男に抱きすくめられて女は降参した。同じシャンプーの香りがする。

一緒に浴室を使うので自然そうなる。

まったく。

細い割りにどこからそんな力が出るんだろう。このかわいい坊やは。

でも筋肉はしっかりついているのだからパイロットは重労働なんだろうなと

思ったりもする。

アッテンボローはキッチンにまでついてくる男を追い出して夕食の準備を始めた。

だが、追い出しても男はくっついてくるのでもう彼女はあきらめた。

レディキラーって独占欲、強いんだなと夕餉をテーブルに並べて男にいった。

「お座りだ。オリビエ。」

「俺は犬か。」

2人は今日の終わりにと乾杯をして食事を始めた。



「私には姉が3人いると、話したよな?オリビエ?」

晩餐は、チーズと野菜のクリームパスタとバラ肉のリエット。サラダそして赤ワイン。

今ワインからウィスキーに変わっている。







彼女は、母親と姉達に仕込まれて調理は嫌いではない。

「上から、パトリシア、グレイス、ヴィクトリア。姉も私と同じで直毛でパティはロングだがグレイシ−はボブだし、

ヴィーはシャギーを入れてる。私の場合は伸ばしっぱなしにしていたらこうなったんだ。

大体長すぎてバランスが悪いだろう?せめて二の腕辺りまで切ろうと思うんだな。

腰まであるっておかしいよな。」

別におかしくはないと、彼女の恋人はいった。






内心は、こいつにもずいぶん女らしいところがあったんだなと彼は思う。

髪形など勝手に決めればよいものを、男が必ず文句をいうのがわかっていて

いろいろ思案するものだから男なりに、かなり愉快である。

多少ほかの男の名前が出てくるのは赦すとして、恋人の目線を気にするあたりが

分艦隊司令官の一人とは思えぬような愛らしさではないかと、小気味よく思う男。

それにしても、と、彼は日ごろからなんとなく気になったことを尋ねた。











「なぁ、お前なんでダスティなわけ?」

彼女は、ウィスキーをなめながらいった。

「お前がオリビエだからじゃないか?」

ポプランは口を尖らせた。

「そう散文的な返事はよせよ。姉君はいずれも女性の名前でしかも古風で優雅だ。

お前だけ男の名前ってどういうわけ?」

「私の父親が結婚するときに子供を軍人にさせる約束を母の父親、つまり、祖父と交わした。

ところが産んでも産んでも女。私は打ち止めで祖父の名前を継いだわけだ。

ついでに軍人稼業もな。」

・・・・・・欠損家庭でなくても苦労はあるものだなとポプランは思った。

生粋の軍人の家系だったわけだ。

「なるほどな。で、三人の姉君は美人なのか。」







アッテンボローは少し考えた。

そして、まだ酔いが回らないうちに食事の後片付けをはじめていった。

「一番美人で才能豊かなのは私だ。姉達はみな末の妹に心優しくてな。美と才能を母親の腹に残して

おいてくれたようだ」






自信満々にいってる。

コンプレックス云々はどこへいったんだろうと男は笑う。

ポプランは年上の恋人が手際よく家事をしている姿を見るのが少し好きだった。









いや、正直にいえばとても好きなんだろう。

仕事をしている彼女は大尉がいったようにりりしくて生気があり、よい。

ベッドの中の彼女は女神だったり悪魔だったり少女であったり娼婦であったりヴァンプであったり

ファ厶・ファタルであったり。

ともかく、これもまた文句なしによい。文句を言えば罰が当たる。

彼は今まで付き合った女性たちに料理を作ってもらったり、作ってやることもあった。

その時にはそれほど感じなかったが、彼女に関していえばエプロンを付けて

料理をしている姿などえもいわれぬほほえましさを感じる。

いとしさが募る。

普段なら裸にエプロンなど美味しいはずだが彼女にはまだリクエストをしていない。

これは男の、浪漫なはずなのだが。












緑の瞳が、彼女を見つめる。

彼の思考が、普段は全く封印されたかのような方向へ向かった。









過去だ。



by りょう






LadyAdmiral