寧日、安寧のイゼルローン要塞。
我らが麗しのレディ・アドミラルと、これまた麗しい有能な女性士官はいつも通り、
仲むつまじくランチをとっていた。
女性提督は食欲は旺盛。
けれど艦隊指令をする仕事の割りにエネルギッシュで普段からアクティブなので事実、
綺麗な体をしている。
彼女はあまりダイエットには関心がない。
艦隊指令もタフでないと務まらないと彼女は思っている。ヤン・ウェンリーならば無理にでも
栄養価のあるものを賢明なユリアン軍属が用意するだろうし、副官のフレデリカも黙っては
いなかっただろう。
アッテンボローは彼とは違って健康管理は自分でしている。士官のレストランで食事も取れば
自分自身が調理することも多い。食べることは彼女にとっては「基本」だった。
食事中、金褐色の髪をした佳人の大尉がおずおずと尋ねる。
「アッテンボロー提督、今日はどこか具合でもお悪いのですか?顔色が冴えませんわ。」
物憂げな女性提督が目の前にいる。
「寝てないんだよ」
無理やりもりもりと肉を食べて、眠れていない分エネルギーを補うかのようにしているようだ。
アッテンボローは無理、とか無茶も平気でする。
この数日まともに寝ていない。
体力には自信があったのであるが、数日寝ないとかなりきつい。
「あのこと、ですの?睡眠が取れない事情は」
フレデリカは、周りを見渡し二人のまわりにほとんど人がいないことを見計らって、
心配そうにささやいた。
フレデリカも実のところ仕事には忙殺されていて睡眠事情はよくない。
でも、彼女は何とか健康状態をキープできた。問題は目の下にくままでできてる・・・。
哀れなほどの美人提督のやつれ方である。
フレデリカは心配だった。
「あぁ。あのこともある。でももうひとつ、ある」
ヘイゼルの瞳が不思議そうに見つめる。
「あいつが毎夜やって来て寝かせてくれない・・・」
若い女性士官は僅かに2秒固まり、年長の女性提督は平然と言葉を継いだ。
目が虚空を追っている。
「あれが精力的な奴とは覚悟してきたがたまには一人で寝たいと思う・・・。
うちのベッドはシングルだし、2人で寝るのは窮屈だ。それに人が隣にいると
私は寝つけないんだな。寝つきが悪いし眠りも浅い。
だからといいたくはないけれどあのこともなかなか進まん。
まぁ、これは私が一方的に悪いと思っている。
あんまり私生活を持ち込むべきではないと思うしなんとかがんばってあのことをこなしている、
つもりだ。だがあの男は毎夜毎夜現れて朝になるまで・・・。朝になるまで、寝ないで・・・すごいと思うよ。
よくパイロットが務まると思う・・・。私が年なのかな。しかしさすが色事師は強いよな。
毎夜だぞ。晩から朝まで寝かしてくれないんだ。毎晩・・・」
とくとくと流れてくるやや猥雑な言葉にいささかフレデリカは衝撃を覚えつつもともかくも
アッテンボローの睡眠事情がかなり悪いことはよくわかった。
「で、でも、それはポプラン少佐が提督のことを、その、愛していらっしゃるからでしょう・・・
・・・と、私は思いますけれども」
彼女の方が恥ずかしい思いになった。昼間から話す会話じゃないとフレデリカは思うのである。
アッテンボローとて普段はこんなことは言わない。よくよく疲れていることを明敏なるフレデリカは
察するのであった。
「だといいがな・・・」
「え?」
レディ・アドミラルのやや投げやりな言葉にフレデリカは驚く。
アッテンボローはステーキにさっさとナイフを入れてはフォークで口に運びながら、言う。
機械的な動きである。
「あいつ、最近、何かおかしいんだな。ここ二、三日の間で・・・。」
「少佐がですか?」
頷くアッテンボロー。
ペースがダウンしてきて、とうとう皿の料理を残した。
もう食べきれないらしい。
そんな彼女を見ると、だいぶお困りなのだわと心優しきフレデリカは思う。
気の毒だと思った。
「仲がよいのはよろしいことだけれど・・・」
かといってお二人の問題に自分が入り込むのは僭越だと彼女は聞き役に徹しようと思う。
「そう、あいつ、おかしいんだ。グリーンヒル大尉、普通はセックスするときって・・・」
「提督っ」
フレデリカは真っ赤になってしまった。
午前中レディが口にするには適当な話題ではない。
「まぁ、まぁ、聞いてくれ。セックスするときってのは普通愛の言葉をささやくとか前戯とかするもんだよな。
ついこの間まではそういう準備を、大概にしろって言うくらいしてそれからことに臨んでいたのに、
最近はいきなり入れてくるんだぞ?いきなり挿入されるんだ。おかしいじゃないか」
お、おかしいのは、提督もですぅ〜、と、フレデリカは泣きそうになった。
フレデリカ・グリーンヒルは優等生であり純情でもあった。
「何か気を悪くさせるようなことをした覚えもないし、本人だって何も言わない。
・・・これって、単純に愛情が冷めたってやつじゃないかと思うんだな・・・」
アッテンボローはナフキンで口元をぬぐい、誰ともなく呟いた。
「まさか」
こんなあっさりとお2人の仲が冷めてしまうなんて、とフレデリカは考えた。
オリビエ・ポプランと、ダスティ・アッテンボローのカップルはこの前のクリスマスあたりから、
本当に交際をはじめたようである。
ユリアンの目撃談もある。
そして本当に意外ではあるが、ポプランは毎日アッテンボローのオフィスに
花束を贈ってきたり、夜寝るときは必ず彼女の元に帰ってきている。
そして朝は着替えるためだけに自分の部屋に戻るだけの「半同棲生活」を
送っているようであった。
つまり、本当に彼女一人に決めたようなのだ。
彼の朝は、彼女にたたき起こされるところから始まる。
アッテンボローのほうがどうしても目が冴えてしまう。自分をしっかりと腕の中に
抱え込んで眠る、もしくは背中を抱いて眠る男をはじめはやさしく起こす。
「オリビエ、仕事行くぞ。」
一応これでも彼女にしてみれば優しい起こし方なのだ。
それくらいでは夜毎女性の部屋で眠っているこの男は目が覚めない。
目が覚めてもキスをしてくれないと起きないとか駄々をこねる。
そういうときは彼女は枕で男の顔面を張り倒す。
「おはよう。オリビエ。」
「・・・・・・おはよう。ハニー・・・・・。」
朝食をさっさと食べさせて
「さ。制服着替えて出頭しろよ。ここに出しているからね。」
と男を促す。
「今夜のご飯は何?」
と男が聞くので、女は今夜も男と過ごせると、うれしいような恥ずかしいような気持ちになる。
ちょっと幸せな気持ちになる。
いやかなり幸せな気持ちになる。
玄関でキスをして男を送り出すと彼女は、これもいいかと思い自分の身支度をすばやく整える。
幸い、帝国軍との交戦もなく新年に向けて日々慌ただしくなりゆくイゼルローン要塞の中で
男は日々整備と、そして教官と自分の空戦シュミレーションなどそれなりの仕事をする。
艦載機の実地訓練も教官まで勤める。
時々、仕事を抜け出してはアッテンボローのそばに近づき突然ディープなキスをする。
「ごちそうさまでした。提督」
と綺麗な敬礼をして、逃走。
始めのころはアッテンボローの部下に示しがつかなくなるから公的な場所では
キス・禁止令を出してみた。
ヤンも出してみた。
勿論司令部としてではない。
一友人として。
しかし、敵もやるものでムライ参謀長やアッテンボローの部下がいないところで、
キスしてくる。
ラオがいても関係ないようではある。
ラオは見ないフリをするのもやめた。
彼女はあきらめた。まわりもあきらめた。
「オリビエ・ポプランを矯正するなど、無理である。そして徒労に終わるので時間の無駄だ。」
そんな結論が出た。
「グリーンヒル大尉、結局、私は南極2号なんだな。あいつの。そう思えてきた・・・」
フレデリカはきょとんとした。・・・南極2号って何なんだろう。
彼女はそれが何かを尋ねた。
「そうだな。ヤン先輩に聞いてみるといいよ。先輩は歴史に強いから、ご存知のはずだ」
悪気はない。
でも、楽しそうな光景ではないか。
アッテンボローは心の中で笑った。
南極2号について、あのヤン・ウェンリーはこの美人の副官になんていうのであろうか。
ささやかなアッテンボローの愉しみである。
ヤンは女性に対して紳士的に振舞おうとするところがあるのでちょっとだけ楽しくなる
アッテンボローであった。
「そうですわね。もう、お昼も終わりですし、閣下の時間のあるときにでも質問してみますわ」
もう一度いえば、フレデリカ・グリーンヒルは性教育の範囲では性知識もあるが
彼女の青春は「ヤンへの初恋」一筋であったので恋愛問題やそのもろもろの事情を
知らない。
グリーンヒル大尉は可憐な花を思わせるような笑顔でいった。
無垢な彼女から、まじめに南極2号の質問をされたらヤンが困って愉快だなーと、
意地の悪いアッテンボローは、にんまりと考えて、いった。
「そうそう。私よりも先輩の方が詳しいよ。よく昔のことをご存知だし、古書に造詣の深い方だからね。
さて、我らは仕事にもどりますか。御みやづかいってやつさ。」
そうそう。この仕事が厄介なのだ。彼女はトレイを片づけ、それでもさっそうと
自分の執務室へと戻った。
by りょう
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