SAKURAドロップス・2




宇宙暦767年2月5日のアッテンボロー家。



「ねえ。ポプランさん。ポプランさん。」と女性提督が二人きりの夜に甘えてきた。



困った子ねこちゃんは甘えるのがうまい。いつの間にかポプランに擦り寄って・・・・・・もっともだいたい

ポプランとアッテンボロー二人が過ごす夜は一緒にいることが多いけれど擦り寄って額に額をこつんと

当ててきた。



「なんだ。おねだりかな。ハニー。どちらのおねだりだろ。イイコトカナ。金のかかるほうかな。」



この二人の生活費は割合折半。そしてデート代などは佐官である彼が払うことが多い。

アッテンボローの服などはほとんどを姉がイゼルローン要塞にも支店を出し彼女はいつでも

姉の金で買い物できる。払うといっても払わせてくれない。

たまに買うカジュアルな服装や少佐好みの服は彼が払う。

飲みに行ったり食べにいったら彼が払う。



「金を貯めるより女に使いたい。」と豪快なことをいうのでアッテンボローは地道に貯金をしている。

いつか物入りになったときには彼女の金も役に立つであろうと。



こういう男に女が払うといったら失礼だということをアッテンボローにはわかる。たまにお酒を買い置き

したり食事やお茶代の細かい小銭を出すけれど、会計は男持ち。デートに使うお金は少佐先導である。

サラリーはアッテンボローが格段に上だが、だからこそ少佐の矜持を立てることは大事だと、三人の

姉をみて思っている。

日々の食材を彼女は払っているといえるだろう。それでも少佐が買い出しにくっついてくるから

やはり彼が払う分が多い。女性は男に払わせるべきであるとアッテンボローは思ってきたし彼も

それで機嫌がいいのでよいらしい。



「お金のかかるほう。」

「ふむ。美人には金が必要だからな。で、何が欲しい。」



「星型口金とね。ごむべらとか。あとラッピング用の包装紙とかね。1人で買いに行くの・・・・・・

いいんだけどひとが多いし。メッセージカードとかもいるかな。フレデリカは忙しそうだし買っておか

ないと。明日の勤務時間中か終わったあと時間ある?」



ポプランの背中からぎゅっと抱きしめてほしいものはまた「調理用品」。

「だめ?」

「ん。勤務中に時間空ける。夕方だとひとが多くなっていやだろ。ダスティ。」

うんとアッテンボローは少しはにかんで答えた。彼女は知名人なので、ヤンと同じで1人で外出すると

あまりよいことにならない。



「で、おれには何をつくってくれるのかな。ハニー。チョコレート。」

力がある彼は背中にしがみついていたアッテンボローを自分の膝に乗せるのは得意である。

「・・・・・・チョコレートがいいのか。そんなに。他のものとかがよくないかな。たとえば酒とか・・・・・・

お前に似合いそうな服とか。小物とかさ。・・・・・・だってチョコレートたくさんもらうだろ。お前は、

もてるからね。」

人差し指で彼の鼻筋をなぞってアッテンボローは聞く。



「でもお前からもらいたいけどな。大本命なんだけど。」

ポプランがまじめに言うのでアッテンボローは笑った。



「へんなの。じゃチョコレートな。レシピを探しておこう。なにせ撃墜王殿は一日100個前後のチョコレートを

女性たちに賜るらしいから少し力を入れないとな・・・・・・。お前はもらったチョコレートはどうしてるんだ。

今日ランチの時にフレデリカがね・・・・・・。」

彼女のお尻はちょうどソファに降りていて脚だけがポプランの上にのっている「膝抱っこ」。

仲がよろしいことで。



アッテンボローはフレデリカ・グリーンヒルから聞いたヤン・ウェンリー閣下のチョコレート事情を

ポプランに話した。



「そだよな。おれも施設にいたころ2月になるとやたらおやつがチョコレートだった。」

と感想を述べて「でも坊やがうまく話をつけてフレデリカ姫のチョコレートはヤン・ウェンリーは受け取るん

だろ。だったらよかったじゃないか。坊やはおれの色事の弟子だ。それくらいの機転は14にもなれば

できなくてはいかん。数百か。さすがにエル・ファシルの英雄ともなると違うな。いささか名前負けしてる

けど。」

もう。そんなふうに先輩をいじめないでおくれとアッテンボローは唇を尖らせ彼の頬にキスをする。



「あれでもローエングラム侯はうちの司令官閣下をえらく評価して敵将とみなしているし、ヤン先輩なら

ローエングラム侯は「人材」としてほしいだろうな。あの金髪の坊や。恐ろしく綺麗な顔立ちをしている

けれど・・・・・・策士だからな。ああいうのを本当の麗人とか美形って言うんだろうな。・・・・・・見事な

メッセージだったよな。」



この日、ラインハルト・フォン・ローエングラム侯爵が帝国軍捕虜二百万人にある「メッセージ」をおくって

いる。一つには敵軍に捕虜になったのは上官が無能だったゆえであるので捕虜を「賓客」として迎える。

二つに一時金と休暇を与えること。軍に復帰するもよししないもよし。三つに軍に復帰するものは一階級

昇進させ恩給もそれに見合うものを与える・・・・・・。

捕虜にとらわれれば通常はさげすまれるものであるけれどローエングラム侯はきっぱり兵を置き去りに

した上官に咎があり捕虜となったものにはなんの汚名も恥辱も持つ必要はないと明言している。

そして軍に復帰すれば階級を上げるとも言う。軍務に戻らなければそれもよいという。



「そこまで言われれば200万人の捕虜も堂々と帰国ができて・・・・・・恐い男だ。あいつ。」

軽く親指を噛むアッテンボロー。あんな軍事と政治の両方に秀でた人間と戦っているのかと思うと

背筋に寒いものが走る。



「・・・・・・・ハニー。恐い顔しない。こっち向いて。」

とポプランは彼女の思考が戦慄に近いことを知り抱きしめた腕に力をいれて彼女の唇に唇を重ねた。

「ま、あの坊やはあの坊や。うちのヤン・ウェンリーも最後にはつけを払う男だからあんまり気をもむな。

・・・・・・・まああの坊やは美形だな。でもお前もなかなか美形だぞ。・・・・・・チョコレートの話に

戻ろうか。えっとおれが百個のチョコレートをどうするかだよな。」



うんとアッテンボローは頷いた。



「去年までの話だぞ。やきもち妬くなよ。おれはバレンタインにチョコレートをおもらうのは好きだ。

いわば「あなたが好き」って合図だろ。おれの場合は義理チョコは数に入れない。でさ、やっぱり男として

産まれれば女に愛の合図されたらうれしいよな。でもなチョコレートってそう食えるもんじゃない。気を

利かした女はバスローブとかタオルとか贈ってくれるけど。自分ひとりでは食えないんだよな。食ってやり

たいんだけど。女の気持ちを考えればさ。でもな部下にやるのも惜しいし結局俺も自分が出た施設に

送ってる。心苦しいぜ。結構。」



そうだよねとアッテンボローも頷く。

「うちも来るもん。なぜかチョコレート。バレンタインって起源があやふやだけど男が女に送っても

いいんだろ。・・・・・・・妬くなよ。オリビエ。別に私なんぞ提督でもなかったしふつうの女性士官だったん

だけどな。執務室に花やらチョコがしだのきたな。うちは家族が多いから家族に送った。母親に送れば

姉夫婦や姪やおいのところに行くし。花は・・・・・・楽屋部屋みたいだったな。今年はそういうことがない

ように願う。」



「・・・・・・どれだけの贈り物が来たか聞かせて欲しいな。ダスティ。」

やくなっていったろと彼女は笑った。

「ま、お前と同じかそれよりしたってところだよ。でも私はそういういわれのない贈り物は苦手だから。

愛してるよ。オリビエ。怒らないの。」

・・・・・・やっぱりおれの大本命はさすがにもてるなとポプランは彼女にキスをした。







翌日。アッテンボローとポプランは1500時に待ち合わせてデパートに出かけた。

彼女は知名人であり、別の意味でポプランも知名度があった。アッテンボローが1人で出歩くと

大体男性諸氏のお声がかかったり・・・・・・・彼女はそういうことは苦手だからポプランと交際をしだして

からは遠慮なく「彼女の男」を同伴させる。

ポプランもそれは男の務めだというので訓練の時間を調整して時間をつくった。



「ごめんね。オリビエ。時間とらせて。」

彼女は黒いミリタリーコートを羽織って帽子は執務室においてきたみたいである。

なんのこれしきとポプランはアッテンボローと手をつなぐ。

手をつなぐというのはなかなか恥ずかしいものであった女性提督であるがいまではこの手がないと

なんだかさみしく思えてしまうのである。

「あまえんぼ」とそんな彼女をからかうポプランであるが彼だって彼女と手をつなぐのはうれしいのだ。



「材料も買うからね。義理チョコってやつはどうなんだろうな。」

先に材料を買いに出かけた二人である。

「義理な。おれは不要だと思うけど本命がもらえぬ男には天の恵みだろうな。」

「失礼なことを平気で言うな。まあいいや。うちは大所帯だし世話になってるし作るよ。」

チョコばっかり作るのかと聞くとそうじゃないよという。



「分艦隊と司令部と空戦と薔薇の騎士連隊には「ウィークエンド」ってチョコケーキを作ろうと思ってる。

勝手に切り分けて食ってもらえばいいだろ。」

薔薇の騎士連隊にチョコレートはいらないだろとポプランは少しむっとする。

あははと苦笑する女性提督。

「私も渡すつもりはなかったんだけどさ。フレデリカがいうには要塞を攻略した立役者だから贈った方が

いいという。一理あるだろ。私たちが今こうして暮らしているのはあいつらのおかげでもある。

シェーンコップは司令部に属するしあいつに渡すわけじゃないからいいだろ。」

でもさ。



「おれの骨を折ったのはやつらだぞ。」

「・・・・・・じゃあフレデリカの名前で渡すことにする。それでいいだろ。いいのかな。公私混同かな。」

ポプランはつないでいる彼女の手のひらにキスを落とす。

「いいのいいの。どうせ作るのはお前だもんな。フレデリカ姫1人でつくったとは誰も思わないだろ。

大体分艦隊の司令官だからって薔薇の騎士のやろうどもにくれてやるいわれはない。フィッシャーの

おっさんなんぞ艦隊副司令官でもチョコレートなぞおくらないだろ。」



じゃあ空戦部隊もやめてもいいかなと彼女は思案した。

「いいや。空戦部隊にはコーネフがいるしな。コールドウェルもいる。十分義理がある。お前の

尻をぬぐう連中には礼をしないと。恋人としてね。やっぱり贈ろう。」



にっこりと微笑む彼女にポプランは舌打ちをするけれど笑った。



「ユリアンや先輩連中、ラオにはマカロンをつくるんだ。これならま、個人的に親しい人間に渡すのにいい

だろ。チョコチョコしてない味だから食べやすいだろうし。」

カートを押して薄力粉や砂糖、グラニュー糖、ラム酒、オレンジなどさまざまかごに彼女は入れる。

スパイスやチョコレート、ココアも当然。

メモしてきた分量と種類の買い物を彼女はしている。



「マカロンな。お前って何でも作れるんだな。」

「きちんと分量を量ってつくればできるんだよ。普通はね。できないケースもあるんだけれどね。

・・・・・・フレデリカはあれだけ記憶力も能力もあるのにどうもな。何が彼女をそこまであの分野で

腕をふるわせないようにしているんだろうな。ま、別にあれだけいろいろできれば料理はできなくても

いいよ。・・・・・・シロン葉にするか、アルーシャにするか。」

それって紅茶だろとポプランはいう。



「フレデリカには紅茶のトリュフを伝授しようと思って。紅茶なら先輩も文句は言うまい。トリュフは基本

だし。温度と分量だけの問題だね。・・・・・・こんな買い物面白くないだろ。ごめんね。」

いやとポプランはいう。

「結構いろいろとためになるぜ。面白い。というか勤務中お前と一緒なのは幸せ。」

・・・・・・赤面しつつアッテンボローは続けた。



「昔は紅茶の種類もいろいろあったんだよね。地球時代。でも今はシロンとアルーシャがほぼ主流で

他の地方で生産していなからな。シロン葉はオーソドックスでアルーシャがちょっと癖があるかな。

あんまり量を使うわけじゃないから余ったらユリアンに渡せばいいな。ちょっと柑橘系の紅茶を

探しているんだけど。・・・・・・ま、それはエッセンスでカバーしよう。アルーシャを買おう。・・・・・・この会計

は私がするから。」

「え、いいじゃん。おれ払うぞ。」

だめなんだよ。



「お前のチョコレートも作るんだから贈り物にならないだろ。払わせて。ね。」

アッテンボローは末の妹なので案外甘えるのは巧みである。

ちょっと首をかしげてポプランに甘える。

「すぐそういうかわいい顔をする。しかたないな。今回はそうしよう。」

恋愛音痴であるけれど彼女は男を使うのが割りと上手である。従うふりして転がせている。

当人は自覚がない。



「で、おれには何のチョコレートくれるわけ。ね。ね。そこが重要じゃん。」

ポプランはうきうきした口調でアッテンボローの耳元でささやく。

うんじつはね。



「あんまり本命らしくないチョコらしいんだけど一緒に食べたいなと思ったのがそれだったから。

何かリクエストある?今なら変更できるよ。」

一緒に食べたいなというフレーズが気に入ったポプランはご満悦で

「いや。それにしよう。それでいい。」と鼻歌を歌った。

「じゃグランマニエ買うから残りはお前が飲んでね。」

了解了解と上機嫌なポプラン少佐です。



「で、なんてやつつくるのさ。二人で食べるチョコ。教えてよ。ハニー。」

「最初はチョコフォンデュでもいいかと思ったけれどちょっと簡単すぎるし。少しは手間をかけないと。

・・・・・・一応、本命だし。」

もうかわいいなあ。ハニーと人目があってもポプランは熱い抱擁を。



みんなみて笑ってるよ。とアッテンボローはもがいてみるけれど。

笑いたいやつには笑わせればいいんだとポプランはそもそも気にしない。



あとはラッピングだなといささか買い物に疲れた女性提督はふうとため息をついた。荷物は当然

少佐が持つ。それは男の矜持なんだそうである。



「ちょっとお茶でも飲むか。疲れただろ。制服組。」

「うん。そうしよ。肉体労働者。」



デパートの中のカフェに二人は入って一息入れた。

「でも随分助かった。ありがと。これが夕方だったらバレンタイン効果で女性がたくさん・・・・・・。

勤務時間中抜け出させてごめんね。ありがとう。」

珈琲をいただく彼女。



人ごみに酔うというのはなんだか子供みたいだなと男は思う。

「お前仕事残ってるわけ。執務室での。」ポプランは聞いた。

「ううん。時間かかるかもと思ってね。今朝早めに出て終わらせといた。そもそも私は今あまり仕事が

ないし。ないってこともないけれど事務レベルでは要塞事務監殿ほど働かなくてもいいんだ。ま

戻って仕事してもいいけどね。」

「えー。俺も終わらせてきたし。デートしようぜ。デート。」

ポプランはいすにもたれて足を組んで座っている。



「・・・・・・ほんとにおわらせてきたんだろうな。少佐。」アッテンボローはカップに唇をつけて聞く。

「訓練も午前中に部下につけてきたし、書類はこの時期ないしな。うちもそれほど忙しくはないな。

整備も昼間にやったし。デート。デート。」

わかった。わかったから「そう連呼しなくていいよ。第一今デートしてるだろ。」

「ううん。あとの買い物が終わったらホテルにいこう。」





は。

「今何か変な言葉が聞こえたけど聞き間違いだよな。私もどうかしてるよ。」

「いや。ホテルいこ。スィートってわけにはいかないけどさ。丁度チェックインできる時間だし。

ラブホテルじゃなくてホテル。さすがに俺も勤務時間中恋人をラブホテルやモーテルには連れて行け

ないよな。そこまで俺も厚顔無恥じゃない。」



は。

「十分厚顔無恥だよ。私制服着てるんだよ。お前も。」

「ここはデパートだろ。代えの服位買えばいいじゃん。」・・・・・・もったいないよとアッテンボローは思う。

「だってさ。13日の夜はフレデリカ姫が来るからおいた禁止だろ。」

・・・・・・そりゃそうだねとアッテンボローは返事をした。



「おれ、お前と離れているの戦闘中しか耐えられそうにないし。なかなかいいバーのある

ホテルがあるからそこ行こうな。たまにはいいじゃん。違う場所でイイコトするのも。」

うーん・・・・・・。どうも絶対イイコトしないとおさまらない男のようである。



「でもチェックインは1800時までしない。それからいったん部屋で荷物は置いて出かける。

これなら了承するけどこれ以上は妥協しない。」

と女性提督はあきれていった。

「やった。オッケー。そうしよそうしよ。今夜ダスティに何着せようかな。」

・・・・・・もうすでに1800時以降のことしか考えていない人間がここに1人いる。



そのかわり2月13日はいい子にするんだよとアッテンボローはポプランを軽くにらんでいってみた。

あまり効果があるのかわからない。



by りょう





LadyAdmiral