SAKURAドロップス・1
寧日、安寧のイゼルローン要塞。 1人昼食を取る佳人のもとに伊達男と呼ばれる撃墜王殿がひらりと斜め向かいに座る。 隣に座るとうるさい人間がいて、真向かいに座るとうるさい彼の恋人がいるので斜め前。 「うちのひとまだだね。大尉。」と瀟洒な青年は自然に口にするので笑うグリーンヒル大尉であった。 まだみたいですけれどじきこられますよと柔らかな声で対応した。 「少佐お怪我の具合はいかがですか。ご活躍だったとユリアンから聞きましたわ。顔にも傷があります わね・・・・・・・。痛そうです。」 この額の傷はなんでもないんだよと少佐はとくにうれしそうに言う。 「それに骨をおったくらいでたいしたことない。大丈夫。心配してくれるの。大尉。やさしいな。」 にこにこしながらランチを取る男にフレデリカは思い切って尋ねた。 「あの・・・・・・・少佐はプレゼントに食べ物をいただくとき、手作りとそうでないものとどちらが お好みですか。」 とフレデリカは歴戦の勇士に聞いてみる。 シェーンコップでもいいのであるが友人の恋人という関係でポプランのほうが少し話しやすいかなと 思った。歴戦の勇士、香水の戦いにおいての勇者に聞きたかった。 「女性からもらえるならどっちでも。作るまでに俺のことを考えたのかなとか、選ぶときに俺のこと 考えたのかなとか思い浮かべるとわくわくするし・・・・・・。どっちでもいいな。」 そういうものですか。とフレデリカ。ちょっと考えてみる。 「でもアッテンボロー提督からいただくなら手作りのほうがいいでしょう。」 「14日のことかな。」とポプランはトレイの食事をつつき始めた。フレデリカは頷いた。 「そだな。あの人趣味が料理と編み物だからな。つくる人かもな。でもどっちでも大歓迎だ。」 そう。アッテンボローは意外にも料理と編み物が好き。家事労働が好きな女性で洗濯機の 中のあらいものがまわるのを見て安らぐ珍しい女性。 「少佐は今までたくさんチョコレートを頂戴なさったでしょ。」 勿論と煌めく緑の眸がウィンクをした。「およそ100個前後頂戴する。一日で。」 まあとフレデリカは小さく驚く。「でもヤン提督もかなりもらうんじゃないかな。あのひと英雄だから。」 とちょっといってみるポプラン。 「そうだと思います。・・・・・・閣下はそれほどチョコレートはお好きじゃない様子で。でもきっと多くの方 からおくられると思いますわ。」 「で、フレデリカ姫も贈りたいと。」 核心をポプラン少佐はついた。フレデリカは少し困った顔をした。 「はい。尊敬している方ですから。」 と柔らかい口調で言う。上品だなあとポプランは感心する。 「きっとどちらでもヤン司令官はお喜びになると思うよ。あなたほどの美人からチョコレートをもらうのと、 不特定な贈り物とは格が違う。手作りに固執しなくても大丈夫。心配しないの。姫。」 ・・・・・・姫と呼ばれてもフレデリカ・グリーンヒルは困る。 「一度は手作りに挑戦してみたい気はするんですが・・・・・・私は不調法で。キャゼルヌ夫人や アッテンボロー提督のように料理の才能がある方がうらやましいなって思うときもありますわ。」 ランチは白身魚のカルパッチョに野菜のテリーヌ。フレデリカはそれにパンだが少佐は加えて生ハム のスパゲティと牛レバーのフライを食べている。それだけ食べてもちっとも太らないのは体質なのかしら とフレデリカは考えた。 「あなたにはあなたの得がたい魅力があるのだし、手作りできる人はそれでしないひとはまた違う方法で いいのじゃないかと思うけど。つくりたいんだね。一度。」 「はいっ。一度はしてみたいです。私つくるのが嫌いじゃなくて・・・・・・あの。ヘタなんです。レシピの通り 分量を量ってやってるんですけれど・・・・・・。でもつくってみたい気持ちはすごくあるんです。」 そか。ヤン・ウェンリーとは罪な男だよなとポプランは思う。 「じゃあ一緒に作るかい。フレデリカ。私もつくらなければいけないし。」と女性提督がフレデリカの 正面、ポプランの隣に腰を下ろした。 「ええっ。いいのですか。アッテンボロー提督。」とフレデリカはいった。 「いいよ。料理よりお菓子のほうが私は作るのが得意じゃないけど。いろいろと義理があるだろ。 作らなくちゃな。私はデパートの人ごみが苦手なんだ・・・・・・。今年は通販で取り寄せしようか考えたけど あなたが作るなら一緒につくろう。」 「よろしくお願いしますっ。私がんばりますわ。」 ・・・・・・。 ヤン先輩って罪な男だよなとアッテンボローは考えた。 「じゃあ私も今年はがんばろうか。少佐。」隣の恋人にアッテンボローは言った。 「わお。がんばってください。応援してますよ。おれの提督。」 アッテンボローはちょくちょく以前からフレデリカに料理の手ほどきはしている。けれど彼女にも向かない ものがあるのだといつも感心する結果になる。べつに料理など、美味しいものがいくらでも 取り寄せもできるから誰もが調理できなくてよいと、彼女は思っている。 けれど一度はつくってみたいといわれると、女心というか乙女心を無碍にできないフェミニストな アッテンボローである。 「うちで合宿をしようか。フレデリカ。2月13日に。」 白身魚のカルパッチョに野菜のテリーヌ、牛レバーのフライにBLTサンド。 「・・・・・・13日ですか。前日ですわね。」 ごくりとかわいらしいのどを緊張で鳴らす、フレデリカである。 「そうだよ。うちに泊まりにおいで。えっといるものはないな。こちらで用意しておくから。 寝室もあるし。うちで晩御飯食べてからつくろうよ。」 チョコレート合宿か。 「あのさ。おれはどしたらいいわけでしょう。提督。」とポプランは女性提督の頬をつつく。 「少佐も一度女性がどういう苦労をしてチョコレートをつくるのかみてみるか。それなら一緒でも かまわないよ。いやなら自分の部屋に帰りなさい。」 「一緒にいていいんですね。愉しみなことになってきたな。」 でも。 「フレデリカ・グリーンヒル大尉に不埒な発言や行動を起こしたら赦さないからな。そこは心得てくれよ。」 「もちろんですよ。でもおれの提督には不埒な発言も行動も起こしてもいいでしょ。」 ・・・・・・。 「状況次第だ。恋人として節度は持っておくれ。13日は私は通常勤務で1800時に終わるな。 フレデリカはどう。」 多分残業はないと思います。といった。彼女は自分の仕事に関しては上官以上に裁量がある。 じゃ。 「これはいっておくが秘密プロジェクトだよ。サプライズのほうが面白いもんね。少佐、ばらしたら だめだよ。」 アッテンボローは隣の恋人に釘を刺す。「女性二人との麗しい秘密を他の男にばらすなんてもったいない。」 宇宙暦796年2月3日。「三人同盟」がひそかに作られたのであった。 実はこの時期、ローエングラム侯からの「捕虜交換式典」の申し出があり要塞はかなり雑務に とらわれていた。 すでにアレックス・キャゼルヌ要塞事務監殿は2月1日のフライング・ボールの見学もできぬほど めまぐるしく仕事をこなしていて「キャゼルヌ推薦」のグリーンヒル大尉も事務作業で毎日精励していた。 要するに同盟側はきたる「選挙」に間に合わせなければならない。 「捕虜交換事務局」の局長であるキャゼルヌ少将は文句を言いながらも、捕虜6種類のリストの再編集を 2月1日の午後には終えていた。 これは彼だからできることで、グリーンヒル大尉がいくら励んでもその域まではまだ達しそうはない。 けれど事務処理の達人から「愛弟子」といわれるフレデリカ・グリーンヒルは22歳の大尉とは思えぬ 優秀な仕事振りを遺憾なく発揮していた。 「お茶を入れます。提督はシロンとアルーシャとどちらがよろしいのですか。」 少年は彼の保護者に尋ねた。「どっちでもいいよ。ちょっと濃いのがいいな。寝すぎたよ。」 「・・・・・・キャゼルヌ少将がお聞きになるとお叱りになりますよ。」 「叱られなれてるからいいんだ。キャゼルヌが忙しい分私が休養を取っているんだよ。ユリアン。」 黒髪の司令官閣下は髪をかく。 ・・・・・・キャゼルヌ少将が要塞をのっとるおつもりがあれば司令官職をとられてしまいますよと ユリアンはすこし嫌味を含ませて言ってみたが。 「いいよ。司令官職まで兼任してくれればいいな。楽でいいよ。」 ・・・・・・これ以上どう楽をなさるつもりなんだろうかと少年は思いつつ。 「僕、さっさと紅茶を入れてきます。」といった。「ちょっと濃い目にしてくれよ。」とヤンはいう。 はいと素直に少年は頷いた。 「大尉は紅茶どちらがよろしいですか。あまり根を詰めるとお疲れがでませんか。」 そういわれてフレデリカは休憩がてらに自分もお茶を入れる手伝いをするといった。 「ちょっとは机からはなれないといけないわね。私も行くわ。ユリアン。」 少年と美しき副官殿は給湯室で結局シロン葉を選び茶器を温めている。 「やはり式典の準備でお忙しいのでしょう。」と少年は言う。とにかく湯をしっかり沸かすことが基本。 「ええ。人数が多いでしょう。それに急な申し出だったし。」水は軟水を使うのがベスト。 鉄製のやかんで水を沸かせば紅茶の色が悪くなるから避ける。 「提督が昼寝をできるというのは平和な証拠ですよね。」少年はいった。 ええそうね。フレデリカは微笑んだ。 ティーサーバーも温めておいて、湯が沸騰するのを待つ。 「提督、銃をお持ちにならずに歩き回られるので心配なんです。確かにあまりお得意ではないと 聞いていますから僕はしっかり護衛できるように練習しているんです。」 少年は年長の女性に話した。 湯が十分沸騰すればシロン葉を計ってサーバーに入れる。そうそう。ちょっと濃い目がいいと リクエストがあったので少年はさじ加減を考えいれる。 「そうね。ヤン提督は銃をお持ちにならないわね。私もいつも携帯しているわ。副官は上官を 補う能力が必要ですものね。・・・・・・でも。」 沸騰させた湯は一気にサーバーに入れて茶葉にジャンピングをさせる。そして蒸らす。 「でもなんでしょう。」 少年は尋ねる。 「ヤン提督はもしかしたら隠しておいでなだけで射撃の名手なのかもしれないわ。奥ゆかしい方 だから隠しておいでなのかもしれないわよ。」 ・・・・・・茶葉の浮き沈みを確認して2分から4分蒸らし、サーバーから茶漉しを使ってポットに。 「・・・・・・そうでしょうか・・・・・・。」少年は贔屓目だなと思う。 「だって誰も提督が射撃をなさっている姿を見たことはないんですもの。大いにありうるわ。 ひっそり練習なさっているのかもしれない。」とフレデリカは微笑んだ。 ユリアンは賢い14歳なのでフレデリカの乙女心に抗う気はなかった。 それに少年は、たまに夜中に起きたとき彼の保護者の寝室や書斎でパジャマ姿にカーディガンを 羽織って何かを思案しているヤンの姿を見ている。 奇蹟や魔術などない。 ヤンは眠らないでときおり静かに1人で脳内作業をしていてそれは誰も代わることができない。 そんな姿を見ているから少年は生意気に冗談でヤンをからかうけれど、やはりとても尊敬している。 「お茶が入りましたからお持ちしましょう。」 ヤンの執務室で三人が憩いのひと時。 「14日に捕虜が到着する予定なんだね。それは何とかなるけど。」 濃い目の紅茶をいただくヤンはちょっと憂鬱そうな面持ちになった。フレデリカは「なんでしょうか。」と その先を促した。 「・・・・・・いや。公私混同になるからな。でも私も処理するのがな。ユリアン、14日手伝ってくれるかい。」 少年はすぐにぴんと来た。 「送り先は僕が決めていいんですか。去年のように・・・・・・。」 うん、そうしておくれとヤンは少し安心した顔つきになった。 1人フレデリカが不思議そうに二人を見たので、ヤンはしぶしぶ口にした。 「たいそうありがたいのだけれど私はあまりたくさんの甘いお菓子を食べれないし、ユリアンや キャゼルヌ家のご令嬢たちにもそうたくさんは与えられない。歯によくないだろ。」 ええとフレデリカは頷いた。 「だからね。・・・・・・まいったな。毎年なぜかうちには2月14日にチョコレートや贈り物が届く。 けれどよく知った人からもらうものならともかく・・・・・・ね。だから気持ちはありがたいとしていただいた チョコレート菓子は施設や保育園に送っているんだ。子供が多い施設ならおやつにいいかなと キャゼルヌと相談したんだ。エル・ファシル以降、どうも多くてね。おくってくれる人には申し訳はない けれど・・・・・・数百のチョコレートは・・・・・・・無理なんだ。」 数百、ですのと副官殿は驚いて質問した。 「うん。・・・・・・・こんな処理は女性の大尉にさせるのは申し訳ないからね。といって私もね・・・・・・あまりに 数が多いから泡を吹いてしまう。だからユリアンが去年はうまく手配をつけてくれた。」 「僕も施設にいたころ、冬によくチョコレートを食べた記憶があります。こういう経路だったんだって 去年驚きました。一つ二つは美味しいと思いますけれど・・・・・・。ね。提督。」 うん。とヤンはいう。 「随分失礼な男だろう。大尉。」 「いえ、数百のお菓子が送られてくればそういうお気持ちわかります。私もお手伝いしましょうか。 閣下。」すこし胸が痛むものの、やはりヤンには寛容でやさしいフレデリカである。 ヤンが困れば力になりたいという気持ちになる。 「いや、大尉は式典の準備で忙しいしユリアンがやってくれればかまわないよ。食べ物を粗末には できないってわかってるんだけれどね。」 ユリアンはとても賢い14歳の少年なので、微妙な空気を読み取った。 「でもヤン提督だって大尉やアッテンボロー提督やキャゼルヌ夫人のくださるものなら ありがたく頂戴するでしょう。」 と、わざと子供らしく言う。 ヤンはうーんとうなってユリアンをみた。(確信犯だな)と少しにらんでみた。 「・・・・・・知っている人からいただけるのはありがたいよ。お前だって知らない女の子から 手紙をもらうと困るだろう。ふだんの交際とは大事だと思うな。ユリアンはこの間の試合で ますます女の子からもてるよ。いや、本当大尉に見せたかったな。ユリアンのプレイしている 姿。すごく絵になる子なんだよ・・・・・・。」 話を巧みにそらそうとするヤンであった。 「グリーンヒル大尉だったら僕はチョコレートもらったらうれしいな。提督もでしょ。」 そ知らぬふりをして少年は「子供のふり」をして話題を戻す。 「ユリアン。物をねだるのはよしなさい。・・・・・・大尉、その気にしないでくれ。そんなに チョコレートが食べたいなら自分の小遣いで買いなさい。ユリアン。」 「はい。わかりました。提督。」と少年はこの程度押せば何とかなるだろうとここはひいた。 フレデリカはそんな二人の様子を見て微笑んでいた。 by りょう |