My Sweet Darling・3



2100時。



さっきからなんだか恋人の顔がこっちをじっと遠慮なくみているのを、アッテンボローは気づいていた。

けれど無視していた。というか目を合わせるとにっこりとかわいい微笑を向けてくるので。



ちょっとまだてれる女性提督である。



あの夜。

12月26日の夜から彼はここで寝てここでおきてここに帰ってくる。



日に日に彼の荷物がふえてくるが、アッテンボローの部屋は将官だからか割と広い。

だから別に不満もなければ何もないが。



彼女はややおくてだから見つめられてにっこり微笑まれたら、まだてれる。

そういう姿を見られたくない初々しいころの二人の物語である。





たまりかねたアッテンボローは思い切ってポプランに向かって言う。「さっきからどうしてこっちばかりみるんだ。」

「クールだったなと惚れ直ししてんの。」アッテンボローの小さなあごをポプランはやさしく上げて

キスをした。

「・・・・・・なんで。」

「艦隊演習のときの姿がな。禁欲的でとても素敵だった。お前が死ににいってくれといったらおれは

迷わずいくなって思うほどお前、綺麗だった。いつものときどきある頭に血が上るとこもなくて、お前なら

命を預けても惜しくないって・・・・・・思った。」

あまりにまじめに緑の煌めく眸をしてポプランが言うのでアッテンボローはうつむいた。



「・・・・・・買いかぶりだよ。死ににいけとは言いたくない。言わなければいけない日があるかと思うと

呪わしいな。私はそれほどの将帥でもなければ人間としてもひどいほうの類に位置しているよ。」

「自己評価が低いな。」ポプランは背をかがめてアッテンボローの顔を覗き込む。



「・・・・・・人を殺す専門家だもの。度し難いよ。そんな人間はたいしたことないんだよ。」

いつもは真っ直ぐな眸を向ける彼女が今夜は目を伏せている。長いまつげが震えている。



「おれも同業者だから。・・・・・・お前一人で地獄にいかせないからさ。来るなといっても

側にいるからな。」



とても正常な感性。けれどこの感性が彼女をときに苦しめるであろうとポプランは思う。ブリッジで

見た姿は軍神そのものの姿。けれど内情はデータと数を緻密に集計して、情報を集めて頭をフル回転

させて「負けない算段」をつけている彼女の「ひととしてのすがた」にも強く惹かれた。

かなり参るだろうな。・・・・・・この女。



抱きしめてみて思うことがある。いつも肉枠的で女性として申し分ないどころか、それ以上の美しさを

もつ体だけれどふいに壊れそうなもろさを見受ける。付き合う前からなにか「月のようなはかなさ」が

見え隠れするなと思いつつ・・・・・・。彼女がもろくなるのはあの生き方なんだろうなと男は思う。

けれどそれはアッテンボローが選んだ道でポプランはそれに口出しはしない。ただ壊れ落ちそうな夜には

一緒にいるからと腕の中につつむことしかまだできない。朗らかさと危うさを抱えたアッテンボローに

日々恋していく自分を感じる。



ほかのはなし、しよ。

あたたかい肌の女がまだ顔を上げないままポプランに寄りそっている。本当は寄りそっていいのか迷っている

風情もあるけれど。寄りそわれても大丈夫なんだけれどとポプランは心で、ふと思う。



「お前、フライング・ボール大会出るんだろ。2月1日の。」



アッテンボローはやっと笑顔に・・・・・・無理に作った笑顔をポプランにみせた。

そんなことは百も承知だけれど男は余計なことは言わないで、明るく振舞ってみる。

「ああ。おれはかなり腕を鳴らした男だから。それに空戦隊は薔薇の騎士連隊に負けられない

矜持があるんだよ。陸戦ごときに負けられるかっての。」



変な矜持だなとアッテンボローはこつんと額をポプランの肩に乗せる。



「・・・・・・ところでな。ユリアンに変な勧誘はやめろよな。あの子は先輩の大事な養子だからね。」

コーネフめ。しゃべったのか。でもそんな暇あったっけとポプランは不思議な顔をしている。

「馬鹿だね。お前とより私とユリアンの付き合いは長いんだよ。あの子が困っていたから話を聞いたら。

・・・・・・ユリアンはね。お前の冗談のおやつにしちゃだめだ。あの子はまだ女の子とおしゃべりする気持ちに

ならないと見える。綺麗なご面相と運動神経のよさで十分女の子にもてるけれど、まだそっちには関心が

ないらしい。時が来ればあの子に似合いの・・・・・・ま、いい子が現れるよ。」



「・・・・・・おれはほんとの女に出会うまでかなり時間を必要とした気がする。」

ポプランは額をアッテンボローの額にくっつけて言う。

「何百の恋をして。お前に出会うまで。長かったな・・・・・・。」

そういうとゆっくりとアッテンボローの唇にキスを落とした。



長い、やさしいキスをして。まだ離れたくない気持ちをアッテンボローは隠してみる。

そんな隠し事はポプランにはよくわかるからじっと彼女を見つめては。

ときどき唇を重ねる。腕の中にすっかり捕捉されているのでアッテンボローは動けないし、

ポプランの唇がおりてくるのが、彼女はうれしい気がする。でもそんな気持ちも隠して。



・・・・・・そういうせりふを言うのは何回目なんだとアッテンボローは尋ねてみる。

唇が解放されるわずかな隙に。



「そういう意地悪なことを言う女には教えない。・・・・・・お前ひとりだよ・・・・・・。」



恋って、落ちるもんなんだなとポプランでさえも思いアッテンボローを抱えて寝室に。

「・・・・・・じゃあ信じてあげる。オリビエ。」



小憎らしいが、惚れているのは事実なのでまた甘いキスをする。







2月1日1300時より、イゼルローン要塞駐留艦隊各部局対抗戦が始まった。



「たかだかボール遊びにえらい人ごみですよね。で、先輩司令部に10ディナールかけたんですか。」

アッテンボローはヤンと並んで見物することになった。司令官と分艦隊司令官同士だから、男女が

並んでいても誰もいらぬ想像はしない。



「うん。10ディナールが最高掛け金なんだろ。それ以上かければ賭博みたいなもんだし。ユリアンに

さっき、声をかけたんだけど。どうも・・・・・・あの子が選手の中で一番華奢じゃないか。・・・・・・怪我を

しなければいいなと思っているんだよ。・・・・・・そういえばコーネフ少佐が「相手がポプランだったら顔か

股をけれ」ってアドバイスをしていたけれど。・・・・・・ん。レディにはふさわしくない話題だったな。

・・・・・・失言した。」



ヤンは紙コップの紅茶に小さなボトルに入ったブランデーをなみなみと注ぐ。

「確かに股と顔ならやつも手が出ないでしょうねえ。」

と、とうの女性提督は紙コップの珈琲を飲みつついった。



「ところで。お前さんは恋人のことは心配じゃないのか。下手をするとユリアンに急所をつかれるよ。」

ヤンは観客席に人が増えたなと思いつつ隣の女性提督に聞いた。



「・・・・・・大丈夫じゃないですか。ちっこいわりに力あるし。すばしっこいし。あいつ反則王だそうですよ。

フライング・ボールの。」



ちっこいというが、それはお前が大きな女性だからじゃないかなとアッテンボローより2センチ身長が低い

ヤンは思う。

「反則王か・・・・・・。確かにポプラン少佐は正攻法向きじゃないね。」



でも空戦隊に10ディナールかけてるんだろう。お前。



隣で微笑む先輩を横目で見て、後輩は「・・・・・・薔薇の騎士連隊にかけるいうとあいつ怒るんです。」

どこでも空戦隊と陸戦部隊では小競り合いがあるねえとヤンが感心したように言う。

「あの坊やはよほどお前さんが好きなんだな。あの男にあれだけの書類を作る能力があるとは思わなかった。

それに私の心理もよくつかんでいた。頭いいんだね。少佐は。」

「・・・・・・先輩、そそのかしたでしょ。」

「ちょっとだけね。」



これだよとアッテンボローは紙コップのふちをかんだ。

「ま、お前さんの能力はあの二人によくわかった様子だし。問題なく今後お前もうるさく言われないで

仕事ができる。早く元帥になって私を使ってくれないか。もっと自由が欲しいな。」

「・・・・・・どう考えてもあなたのほうが元帥になりますよ。すぐに。」

うーんとヤンはうなる。



場内がわっと沸いて試合が開始される事に二人は気づく。

「ユリアンがでますね。ほら。一番ちっこいの。」

アッテンボローは指をさしてヤンに教えた。ヤンはえーといいながらやっとユリアンを見つけた。

「・・・・・・まいったな。本当に一番小さいね。まだあの子は14歳だから。」

「通信航法部隊ですからそう危ない試合にはならないですよ。あっちもそれほど普段鍛えていないんですから。」

でも心配だなとヤンは髪をかく。みてられないととうとう顔に手を当てる始末。



親ばかだよな。このひと。とアッテンボローは微笑んだ。

現にユリアンはとても動きが早く、かつ華麗でもあった。0.15Gの中をしなやかにボールを次々と移動する

ゴールリングの中にたやすく入れていく。

「さすが年間得点王二年だけありますね。先輩が心配する余地なさそうですよ。」

アッテンボローが言うようにあっという間にこの勝負では司令部が勝利した。圧倒的なポイントをゲットして。



「ふうん。・・・・・・話には聞いていたけれどユリアンは何でもできるんだな。私が14のころとは大きな

違いだな。なにをさせても絵になる子だね。」

それは認めますよとアッテンボローもいった。

「ああいう素直さと才能がある子には自然と大人はいろいろと自分の持っている「何か」を伝えたくなる。

だからシェーンコップやポプランにしろ、ユリアンにかかわりたがるんでしょうね。どちらかといえば子供より

女性が好きな連中がそろって陸戦と空戦を伝授している。」



そうだね。ヤンはいった。「あの子の生い立ちは幸せではなかったかもしれないけれどあの子は真っ直ぐだ。

本当にいい子をよこしてくれたよ。キャゼルヌにしては。」



お、次はお前さんの恋人の出番だよとヤンは空戦隊の名前を聞いていった。

「あいつとコーネフは同い年だろう。」

「えーと。たぶんそうですね。」アッテンボローは答えた。お代わりの珈琲が欲しいなと思いつつ。

「コーネフはなぜでないんだろうね。」ヤンは不思議そうに聞く。

「・・・・・・先輩は25歳であんな玉遊びしたいですか。」アッテンボローは苦笑していった。

ああ。そりゃそうだね。と笑った。



本当にいくつになってもこのひとはと、アッテンボローも笑った。

空戦隊のチームが出てくるとドームの中で大歓声・・・・・・いや女性の嬌声が響き渡った。

むすっとしたアッテンボローに、「まあまあ。仕方ないよ。この間までは彼は不特定多数の恋人を抱えて

いたんだし。そうふくれっつらをしてるとそんな顔になっちゃうよ。アッテンボロー。」

生まれつきこういう顔ですよとアッテンボローは言う。



ポプラン少佐は観客席に「おあいそ」よろしく手を振っている始末。

・・・・・・やっぱりもてるんだな。あの坊やと思いつつ。

もてるだけのことをする。相手が「砲撃手部隊」だったのもあるが、反則王殿はこれまた

ひらりひらりと相手をかわしてユリアン以上に確実にポイントをゲットする。



「ふむ。鑑賞に値するな。お前の恋人はなかなか男ぶりがいいね。もう18得点1人で挙げているよ。」

ユリアンはさっきの試合で15点だから・・・・・・やっぱりポプランのほうが優勢かなとヤンは言う。



確かにスポーツをしてそれが絵になれば美しいと思える。アッテンボローも認めよう。

でも得点をするたびになぜ観客に投げキスをするのだろうと思うと。



くしゃっ。



ヤンは隣で紙コップを握り締めている女性提督を見た。

「なにをむくれているんだい。アッテンボロー。」ヤンは横目で女性提督を見てくすっと笑った。

「怒ってませんよ。」

19ポイント目。またもポプランがリングゴールにボールを華麗に投げ入れた。流麗ともいえよう。

そして黄色い歓声。19回目の投げキス。



「ああ。あれが気に入らないんだね。あれはあいつのサービスだろう。そうカリカリしなくてもいいと思うよ。」

・・・・・・。

そか。カリカリしているのか。私はとアッテンボローは気持ちを静めて。



珈琲買ってきますといった。「先輩紅茶かってきましょうか。」というとヤンは、うんという。この人ごみを歩くのは

ヤンは苦手だった。「仕方がないよ。アッテンボロー。あれは目をつむってあげなさい。あれだけ格好がよければ

女性が放置しないよ。」



・・・・・・。

「だから目をつむります。どうせ空戦隊が勝つでしょうし今のうちにお代わり買ってきますよ。」

またも嬌声が上がった。20ポイント目ってことだろう。



ふんとアッテンボローはグラウンドを背にして飲み物を販売している店まで足を伸ばした。







LadyAdmiral