1月30日の1200時よりイゼルローン駐留艦隊艦隊演習が開始された。 模擬戦闘もあるというのでかなり大規模なものである。 「演習だが貴重な物資も使う。それに全艦隊での演習は多分一度きりだ。ま、ともかくはじめようか。」 ヤン・ウェンリー要塞駐留艦隊司令官のこえはいつもと変わらなかった。「ヒューベリオン」は全艦隊を率いて 要塞をあとにする。 敵2万の兵力と争う艦隊戦という設定で行われた。けれどあまり遠方に出てはイゼルローン要塞があるため 戦略、戦術で要塞を利用する挟撃戦も想定されている。要塞にはイゼルローン要塞司令官代理アレックス・ キャゼルヌ少将と要塞防御指揮官ワルター・フォン・シェーンコップ准将が中央指令室で浮遊砲台の指揮をとる。 「ヒューベリオン」は常に先頭である。ヤンが椅子ではなくデスクに座ってかた膝を立てている姿を、 少年は見つめ不思議に思う。でもそれが彼の保護者にはよく似合う。 「こちらの兵力は1万5千。数のうえでは普通は負ける。戦艦欲しいなあ。」と宇宙を見つめながらいうものだから 少年は副官殿の顔を見て微笑みあう。 「敵艦載機出しました。数2000想定。」ムライ参謀長の声に「うちは300か。戦闘機も欲しいなあ。」 とヤンがいうので参謀長が咳払いをした。 「第一、第二、第三、第四飛行中隊艦載機出撃。」 第一と第二は少佐二人が6個中隊を預かるが、第三、第四はそれぞれ4個中隊を二人の大尉が預かっている。 もちろん2大撃墜王が指揮する6個中隊の力が絶大であるが数としての第三、第四も必要であった。 「ウィスキー、ウォッカ、ラム、アップルジャック、コニャック、シェリー今回は本番じゃない。「発射」は おあずけだ。」 というオリビエ・ポプラン少佐の声にイワン・コーネフ少佐は苦笑し、艦載機は美しいスパイラルを描き 宙(そら)を飛翔した。制空権争奪戦を想定された演習を終えるとヤンはいった。 「艦載機を収容。この間に中破した戦艦の被害状況を吸い上げすみやかに収容。」 ちらりと副官殿を見つめた。「伝令シャトル一機でます。閣下。」ヘイゼルの眸がやさしく語った。 うんとヤンは次々と全艦隊の運動能力を見るため陣形の建て直しを繰り返させた。 「トリグラフ」艦橋に上がった二人の空戦隊長はその静かな様子に意外さを感じた。 女性提督は腕を組んでたったまま指揮をとっているが声音は思うほど大きくもなければ激しくもない。 「閣下、戦艦シーガル、戦艦パラディ、巡洋艦カプリス、駆逐艦ホルン遅れますね。」 ラオ中佐が報告をすると「艦長がまだなれてないからな。しかたないさ。落ち着いてついてこさせろ。 誰でも「firsttime」ってものがあるからな。それぞれの艦長には話をつけてあるよ。じきなれるだろ。」 アッテンボローは次々と端末にでるデータを見つめている。 「案外静かなんだな。おれの提督。もっと嬌声が飛び交っていると期待したんだがな。」とポプラン。 「そんなブリッジかなわないよ。」コーネフはいう。 その声に気づいてアッテンボローとラオは敬礼をしてまたもスクリーンとデータを交互に見ている。 二人の撃墜王殿は敬礼を返して、邪魔にならない位置で女性提督の指揮を見ていた。 「アッテンボロー。お前の好きな陽動をする。敵陣営の中央を分断した。前をよろしく。」 ヤンの静かな声も戦時下では珍しいがアッテンボローもとくに口調を変えない。 「了解。好きにしていいですね。」 好きにしなさいとヤンはいう。 「全艦隊陣形を保ちつつ分断された敵の前方部分たたく。ただし陽動作戦だから「トリグラフ」より前に出る 必要なし。このままF09ポイントまで前進。F09ポイントのことは忘れるな。」 アッテンボローの口調も普段執務室で聞くものとさほど変わらない。 「艦砲正射。想定な。うつなよ。」 彼女は自分でもおかしかったのかふと笑った。 被害状況は逐一あげろとアッテンボローは分艦隊に指示を出している。 「敵艦載機800でたけどどうする。アッテンボロー。」 彼女の小型スクリーンに映るヤンがいった。 「どうもしません。逃げます。」 彼女はこのとき「全艦隊F09ポイントより後方まで、反転せずにげろ。」 といった。 「逃げるのが好きだなあ。お前。」ヤンはいう。「だってうちには艦載機ないですからね。叩けないですよ。」 と女性提督はしれっと言う。違うスクリーンで要塞のシェーンコップにアッテンボローは言った。 「F09ポイント以降にうちがさがったらよろしく頼むよ。防御指揮官。」 シェーンコップは心得ている様子で頷いた。 「うちの艦隊では逃げ足だけは速くなれよ。無理に敵を叩こうとか浅ましい考えを持たなくていい。」 ・・・・・・ヤンが言うことも大概だがアッテンボローのそれはもっとひどいなとポプランは思う。 逃げてばかりでもどうしようもなさそうなんだけれどなと思っていると。 「全艦、F09ポイントと以降に撤退しました。」 オペレーターの声を合図にアッテンボローは言った。 「全艦、前面の敵を一斉5秒正射。」彼女の声と同時に白い無数のビーム砲が放たれた。同時に要塞浮遊砲台 もあまたのビームを放出した。彼女は艦載機を出さない代わりにもとから要塞の浮遊砲台をあてにして艦隊運動 を行っていた。これでは敵のほうもたまらんなとポプランはコーネフと顔を見合わせた。 「・・・・・・ああいうのやられたら艦載機なんぞいちころだな。」ポプランが呟く。 「浮遊砲台は場合によっては「雷鳴のハンマー」になるからね。」コーネフもボソッと言った。 「砲撃やめ。あまり使うと怒られる。」 それでなくても司令官代理の事務監などは今の砲撃でいくらかかったか計算していることだろうさと、 アッテンボローが言うと兵士たちは笑いあった。「陽動としてはこんなところだね。さらなる代替案を今後 期待している。上々だな。今回は。」 ヤンがスクリーンで言う。 「ちょっとこっぴどく相手をいじめすぎましたが。」 アッテンボローはベレーをかぶりなおした。「本体に合流しましょうか。」といえばヤンはそうしてくれという。 「そうだ。あんまり裂けないけれど分艦隊にも空戦隊を今後渡そうかと思う。第一飛行隊いるかい。」 ブリッジで自分の中隊の名前が出てポプランは興味を持ったけれど、アッテンボローは「いりません。」 とにべなく言う。 「できればもらえるなら第三か第四ください。見せ掛けに欲しいですね。うちの艦隊には質じゃなくて 量ください。」 そういうと思ったよとヤンはいい、ともかく合流急げよといって回線を切った。 「さて。本体に合流だ。急げといわれるし急ぐか。戦艦シーガル、戦艦パラディ、巡洋艦カプリス、駆逐艦ホルン そこそこ慣れてきたか。本番で間に合うように今後また分艦隊の演習でつじつまを合わせるからな。 後日の宿題だ。私も艦長時代それほどうまいものじゃなかった。死なない程度に運動できるように しておけよ。分艦隊、全艦本体と合流する。合流ポイントは00D01ポイント。」 指令をだしてアッテンボローはラオに言う。 「課題は足並みがそろわないことだな。フィッシャー提督に艦隊運動のこつを習うしかないな。 会戦後何時間たった。」 副官は「3時間です。」というと「合流後、交代で食事を取らせよう。」 ラオ中佐は敬礼してその場を一時はなれた。 ラオ中佐はアッテンボローにもプロテインドリンクを持ってきた。 「合流に時間がかかったな。ま、許容内かな。随分ましになったもんだ。」 アッテンボローは軍用の腕時計を見て呟く。 「それほど楽しいもんじゃなかろう。ブリッジなど。撃墜王殿。」 彼女は相変らずデータを見ながら顔を上げないままポプランと、コーネフに言った。 「・・・・・・提督はずっと立ったまんまですね。疲れませんか。」 ポプランは言った。 「うん。ま、それくらいいいさ。」とアッテンボローはこともなく答える。 「閣下の姿が見えるとうちの艦隊の兵士の士気があがるんだ。閣下はほとんどここでは動じないかた だし。それでずっと立ったまま指揮をとっておられる。」副官は答えた。 結構隠れた苦労があるんですねとコーネフが言う。 「ま、私はそういう目的で雇われているからね。人形が姿をみせないのはいささか興ざめするだろ。」 ふむとアッテンボローは前方スクリーンの宇宙を見た。 ・・・・・・人形があんな恐ろしいことを考えるかなとポプランは思う。 「だってうちには艦載機ないですからね。叩けないですよ。」 言いにくいことをはっきり言う人だとハートの撃墜王殿は考える。自分は艦載機乗りだから、ワルキューレが 出れば対抗するのはスパルタニアンと思う。けれどそれすら持たされていなければ・・・・・・彼女のように 地の利を生かしてどこまで手が打てるだろうか。そこまでの判断力といい、発想力といい女性提督は 伊達ではないと思った。 「被弾した戦艦を内側に。装甲の厚い戦艦外側に動け。演習だがこれは重要な動きになるから軽くできる ようにしておけよ。」 叱咤もなければ怒号もなく。 「静かなんですね。アッテンボロー提督。もっとキャンキャン言ってると思いました。」 ポプランは冗談めかして女性提督に言った。 「そっかな。別に騒ぐ必要はないだろ・・・・・・うん。ま、これだけ足並みがそろえば司令官から今回は 及第点は出るな。・・・・・・ここで私がヒステリックにわめいているとでも思ったのかな。少佐は。」 まあそこまでひどくはないですけれどね。とポプランは言った。 「アッテンボロー、今度は後方。よろしく。」ヤンがスクリーンで言ってきた。紅茶を飲んでいる。 「・・・・・・了解です。全艦2時の方向に速やかに前進。」 「閣下はこき使われますね。それだけ司令官の信頼が篤い証拠です。」副官が言う。 「恐悦至極だな。陣列を無駄に延ばすなよ。数が少ないから各個撃破される。D230ポイントまで突出。 無人巡洋艦、駆逐艦をだして数があるように見せかけろ。こっちは陽動専門だから敵を完全破砕の 必要はない。本艦隊を自由にさせるため・・・・・・ま、スカートの中身をちらりと見せるってやつだ。 その間に本艦隊が何かするだろ。」 下士官や通信士、航海士などが笑う。ポプランは肩をそびやかしコーネフも忍び笑いを漏らした。 おれの提督って船の上ではまさに女神のように美しくて。それだけではなく兵士全員の「恋人」とも いえるな。そしてなかなか見事な用兵家だ。ポプランは思った。 「D230ポイントまで侵入しました。」副官が言った。 「よし。ここで本来は正射だ。今撃てばうちの司令官に直撃する。うちの艦隊は早く動いて敵を包囲して 挟撃。撃つなよ。全艦隊突出と後退をG413ポイントからG600の間で30分。突出。」 分艦隊の動きはスクリーンで見るうえではなかなか早い。熟練した達人の域にまではまだ行かないけれど、 陣形を維持したまま突出と後退を繰り返す。 「この運動には何か意味があるんですか。」とコーネフは副官と女性提督に聞いた。 「いや。ない。」とアッテンボローはあっさりといった。 しいて言えば。 「前ヤン司令官が意味なく突出と後退を繰り返して、帝国に疑念を持たせた合間に、イゼルローンを 攻略したときいたもんでね。うちの分艦隊にもしかしてヤン・ウェンリーがいるように見せかけるのに いいかなと思って。それにまだまだ動きがおそい船もあるから練習させてる。」 見せ掛けってことですねとコーネフが言うと。 「そうだよ。燃料の無駄だと事務監にしかられそうだけど。敵と遭遇してここにヤン・ウェンリーがいると 思わせられればある意味それも戦術になる。うまくだませられれば三時間は稼げるかもな。」 ポプランは思う。 たいした女だなと。 「艦隊の動きにあと少しの熟練が欲しいけれど。よくまあ短い期間でそこまで足並みをそろえたと 今日は誉めておく。だが・・・・・・お前はすぐ私の真似をするな。独創性を生かしてくれ。私だって お前のまねがしたい。お前統合作戦本部に引き抜かれるほどのエリートだろ。横着しないで 知恵を貸しておくれ。」 そんな司令官閣下の未練たらしい賛辞を受けて女性提督は薄く微笑んだ。 「ま、今後考えます。でも期待しないでくださいね。私は司令官閣下の相似形ですから。 しかも小さく相似ですからね。」 「無人巡航艦はいいとしてコストがかかるな。」 「どっかで小惑星でも拾えばいいんじゃないですか。船ではなくて岩なら壊されても惜しくないですしね。」 そんなアッテンボローの言葉にヤンはうん、それは使えるねといった。 それ以降もヤン司令官は分艦隊をあっちへ配備こっちへ配備させて合計八時間の イゼルローン要塞駐留艦隊演習は終了する。 「演習は終了だが退陣でへまをすればうまくないからな。被害状況掌握の上、生存者を収容後 退陣だ。要塞に帰って好きな女にキスされるまでは戦いは終わりじゃないからな。」 ラオ中佐は二人の撃墜王に「疲れただろう。」と声をかけた。 疲れたというより。 「おれやっぱり「トリグラフ」にのりたいな。」とポプランは言った。 彼女が飛べというなら喜んで飛ぶんだけれどと、美しき女性提督の横顔見つめて思った。 by りょう |