やさしい気持ち・3
イゼルローン要塞民間区公園内。0103時。 突っ込んでくる男のナイフの切っ先は彼女の頬を掠めた。 「提督っ」 ポプランがとめるまもなく彼女はその男の腕をつかみナイフを叩き落した。酔漢はうめいたが アッテンボローはその男を地面に押し付けた。 「おとなしくしろ。そんなものを振り回して何になる。銃砲刀剣類所持等取締法25条法令に基づき、 要塞民間区内において原則として銃砲・刀剣類の所持は禁じられるんだよ。ばか者。少佐、何をしてる。 MPを呼べ。」 顔を上げたアッテンボローの右頬にナイフが掠めた傷から血が流れ出ている。彼女はその男を ぐいと地面に這わせてポプランをしかった。「早くしろ。少佐。」 アッテンボローの怒気と覇気ですっかり酔漢に成り下がった男たちが毒気を抜かれたけれど 一人だけ頭の中が真っ白になるほど怒り狂った男がいる。 「このくそ野朗ども。提督に何をするかっ。」 あっというまに6人の男を最小限の攻撃でそれぞれのベルトで捕縛した。 その間にアッテンボローは憲兵隊を呼んだ。 「・・・・・・かえって騒ぎを大きくしたかな。」 彼女は自分の携帯をしまってポプランに習い押さえた男を彼のベルトで締め上げた。 頬がぬるっとするなと思い右手で触ろうとすると。 「提督。だめですよ。」 ポプランがハンカチをアッテンボローのほほにあてた.。 「・・・・・・一応は清潔です。あなたの手よりはね。・・・・・・すみません。男がついていながら あなたにこんな傷をつけて。」 ポプランはアッテンボローの眸を見つめて真剣に言った。 「・・・・・・痛むでしょう。」 「うん。まあ。でもかすっただけだよ。毛細血管が多いから血が出るだけさ。」 彼女は笑おうとしたがあまりにポプランが恐い顔をするので、笑顔を引っ込めた。 「こんな無茶はいけません。おれの前ではもうこんなことは金輪際させませんからね。 ・・・・・・・この馬鹿女。」 馬鹿は暴言だなと思うけれど、この男が怒っているのは女の自分がいちはやく現場を押さえ たからなんだろうと思った。彼女は憲兵隊に5ヶ月属していた経験もあり、のちに砲撃手にも なる立派な軍人なのであるが。 どうも今その論理はこの男には通用しまいとアッテンボローはおとなしくすることにした。 7人の軍人たちはただよいが回って誰がぶつかっただのその程度の喧嘩だったのが1人が刃物を 所持していたことから憲兵隊に引き渡された。 「・・・・・・無茶ばかりするな。アッテンボロー。お前女の人なんだから顔は大事にしなさい。 お供に任せればよかっただろう。本当に・・・・・・いつまでも憲兵時代のくせが抜けないね。 ・・・・・・怪我はどうだい。傷になるのかな。」 右頬に手当てをされたアッテンボローは後ろのポプランの視線も痛いが、前からのヤンの視線も 痛いなと思う。ヤンは丁度夜勤だった。 「分艦隊であれ司令官が下士官同士の刃傷を見過ごせるわけがありません。そこは私を司令官にした 以上女性だからという判断はやめてください。・・・・・・傷にはならないそうですよ。かすっただけだし。 で。あの下士官たちはどうなるんですか。」 後ろの視線がさらに痛い。気のせいだろうかとアッテンボローはかまわずヤンに聞いた。 「酒気帯びだから一日収容所にいれる。1人が持っていたのは軍用のナイフだからお前さんが いうとおり銃砲刀剣類所持等取締法25条法令に引っかかるから拘留する。確かに司令官にまで なった人間だから軍人の規律違反を看過しないのはよしとするけれど、手段があるだろう。 憲兵を先に呼べばよかったんだ。それをおまえ自身が逮捕する必要はない。・・・・・・少佐も いたんだ。そこがお前の憲兵癖が抜けていないところだ。私ならまず憲兵を呼ぶよ。」 そういわれると返す言葉はないなとアッテンボローも黙る。 「いえ。それに関していえば小官が不要な発言をしたんです。男同士の喧嘩だから放置しましょうと 小官がいいました。アッテンボロー少将はこれでは当てにならないと判断して自ら措置をとったと 思います。小官に大きな落ち度がありました。」 ポプランがはっきりといった。 ヤンは髪をくしゃくしゃとかき、ため息をついた。 「けどアッテンボロー。よけられなかったのかい。」 「・・・・・・実は、あまり考えてなかったんです。よけるとかあたるとか・・・・・・。えっと・・・・・・ ごめんなさい・・・・・・。」 ポプラン少佐。 ヤンはやや厳しい口調で言った。 「アッテンボロー少将も疲れているだろうしもう今夜も遅い。彼女を自室までおくってくれないか。これは 司令官命令だよ。」 了解ですと背後のポプランの声を聞きながらでも、とアッテンボローがいおうとするとヤンはいう。 「少将にも命令だ。送ってもらいなさい。これは上官としての当然の命令だよ。」 命令だから仕方ないなと彼女も観念した。 正直彼女は刃物や銃は恐くないのであった。 むしろ送ってもらう間の空気が恐い。 「・・・・・・少佐。今日はすまなかったな。遅くまでつき合わせた。」 彼女は前を向いて視線も彼に向けずにいった。ふたりのストライドは丁度同じようなもので ポプランは隣を歩いている。 「遅くなったのはかまいません。でもああいうのは勘弁してください・・・・・・。というかおれも悪かった です。あなたがまさかああでると思わなかったから憲兵も呼ばないまま怪我をさせました。しかも 女性の顔に。本当に申し訳ないと思ってます。」 痛むでしょ。とポプランがいった。 「・・・・・・いや本当大丈夫だよ。確かに私は無鉄砲だからときどき後先を考えないで首を突っ込む。 それはいいことではないし、少佐のせいではないよ。軍人として無分別なのは私だ。」 軍人としてではなくて。 二の腕を軽くつかまれて目の前に男の顔があった。 「あなたは軍人だけれど1人の女性です。おれは男。なぜかばえなかったか、守れなかったかと思うと ・・・・・・申し訳がない。」そういって手を放してくれた。 ポプラン。 アッテンボローは男の手を握った。 「今度・・・・・・今度こんなことがあったら・・・・・・こんなことを頼むのは筋が違うし、越権行為だけれど 私の無鉄砲を止めてくれ。私は頭に来やすい女で・・・・・・無分別なんだ。改善の努力はする。 でも、もし今度があれば・・・・・・。」 彼女は自分でも相当オカシナことを言っていると思いその手を放そうとしたが、今度は握り返された。 「ちゃんととめますよ。今度、こんなことがあったら。おれより前にいかせません。」 手をつないだままアッテンボローの部屋に着いた。 「傷が痛くなったら鎮痛剤で抗生物質は6時間後に飲んでくださいよ。6時間したら電話しますからね。 ゆっくり寝てください。おやすみなさい。提督。」 「・・・・・・おやすみ。少佐。」 彼女は部屋に入りドアを閉めた。それを見送ったポプランは帰宅の道に着いた。 翌日になるとアッテンボローの顔の絆創膏を見て要塞防御指揮官はあきれた。 「お説教はたんとされたでしょうから私からはいいませんが・・・・・・今後は無茶はやめることですな。 不埒なやからを見つけたらあなたは私に電話をくれればいい。すぐ駆けつけましょう。痛みますか。」 いつになくシェーンコップはやさしかった。 嫌味ではなくからかうでもなく、やさしいと思った。 いつもの表情でアッテンボローはシェーンコップに「かすっただけだし痛くないよ。」といった。 「いいよ。今度からは素直にMPよぶから。」 そう。すなおにMPを呼ぶべきだったと彼女は反省している。事態を大きくしたかもしれないとも 思っている。 「あなたをこんな目にあわせるとしたら、あの坊やは使えんな。」 シェーンコップがいった。そのいわれ方はアッテンボローに響いた。そうじゃないんだよと いいたいのをこらえて。感情的にならないこと。すぐに頭に来る気質をできるだけ コントロールしなければ。自分はいみじくも分艦隊の司令官だから。的確な判断と 理性は持ち合わせる鍛錬をしなければ。 「少佐のせいではないよ。私の判断ミスだ。・・・・・・顔を切られたのは今回が初めてでもないし。 できればあんまり騒がないでほしいな。昔から頭に血が上りやすいたちだからね。」 アッテンボローはそれ以上は話をしたくない気持ちのようなので、シェーンコップもそれ以上は 何もいわなかった。 寧日、安寧のイゼルローン要塞。 といいたいところであるがフレデリカ・グリーンヒル大尉は夜勤があったので、今日は1人で 士官食堂にいる女性提督である。 右の頬の大げさな絆創膏が気恥ずかしいが、しかたがない。 実家の猫につめで引っかかれたみたいな痛み程度だが、完全に傷が薄れるのは遅くなるだろうなと 考えつつ食事をとっていた。いささか味気ないのは親友がいないからだけでもない。 抗生物質がまだ残っていて、食後のもうか考えて・・・・・・後一回は飲もうかと薬を出した。 当人は薬が好きではない。 けれどこの傷は自分の不手際からでたものだから治す義務がある。施療されたとおりにこちらも 治療努力をしなければ、医療は無益である。・・・・・・コップの水をたさないと水が足りないなと 腰を上げかけると。 「はい。お水ですよ。」 陽気で洒脱な聞きなれた声がした。 「・・・・・・少佐か・・・・・・。」 アッテンボローはまた椅子に座りなおした。となりにポプランが座った。 「あ。せっかく水を持ってきたのに。おれじゃ不服ですか。」 そうじゃないよ。「ちょっとね。自分が情けないというかね。反省してるんだ。」 手渡された水で薬を飲んだ。「ありがとう。少佐。」 ポプランの顔をみると口をへの字にしてこちらを見ている。 「情けないことないですよ。どっちかというと自分のほうが情けないです。多分1ヶ月くらいはうっすらと 顔に傷が残るかもですね。おれとしたことが。こんな美人の顔に傷をつけたんだなと。でも過ぎたこと ですからあんまり考えても仕方ないですよ。約束したでしょ。あんなことが今後あったら、絶対おれの前を 出ないこと。お手手つないで。元気出しましょ。提督。」 最後のくだりになるとアッテンボローの手をとってにっこりと笑っている。 「少佐って立ち直り早くてすごいな。・・・・・・そうだな。今後注意するしかないな。お前さんを見習うとする。 ・・・・・・で。いつまで手をつながなくちゃいけないのかな。」 アッテンボローの右手をちょっとだけ大きな彼の手が握っている。 「できれば、永遠に。」 「ばか。はなせ。」 「じゃあまた今度手をつないでくださいね。」 そういうと男は手を放した。 「またのみましょうね。提督。こんなことでめげちゃだめです。こういう障害をともに乗り越えて 恋が成就するというものですからね。」 楽観的なことは大いに価値はある。しかし。 「・・・・・・しないよ。あほらしい。仕事しよ。早く終わらせて今日は寝ようっと。」 彼女はトレイをもち席を立った。そんな彼女にポプランは声をかける。 「お酒はまだだめですよ。あと6時間後電話しますからね。一回分残ってるでしょ。抗生物質。」 自分で飲めるんだけどなと思う女性提督であった。 あのとき。 手を放すべきじゃなかった。ポプランはそう思っている。彼女は責任があるしそれを全うする義務もある。 彼女が飛び出したときに無理にでも手を引き、自分が酔漢を憲兵に明け渡すべきだった。 アッテンボローは嫌がるであろうが彼女は女性で。 しかもそこいらの男以上の美丈夫で。 「銃砲刀剣類所持等取締法25条法令に基づき、要塞民間区内において原則として銃砲・刀剣類の 所持は禁じられるんだよ。ばか者。少佐、何をしてる。MPを呼べ。」 頬にナイフの傷を作って血が出てることなど全然気にしてなかった。恐い女だよなとポプランは思う。 けれど、忘れられない女でもあると思う。 多分このままあの無邪気さと無防備さと、純情な魂に自分は惹かれるだろうなと彼は考える。 器に水がたまっていき、あふれ出すように。もう彼の心の中で彼女への愛情や恋慕があふれ出すのは 時間の問題だ。本気になったら。 本気になったら。 彼女のテイソウカンネンに付き合うしかない。そうじゃないと触れることも赦されない。 綺麗な女性、かわいい女、やさしい女の子、世の中彼女以上のいい女はいるけれど どうもつい彼がかわいく、いとしく思えるのはダスティ・アッテンボローという女だけになる 予感がする。十分成熟した女性だし自分よりも2歳年長。そして階級も上。 それでも彼女のことを思って彼女を気遣って。彼女のことばかり考える。 もうこれ自体が恋なんだろうなと自他とも認める恋の達人は思う。 あの傷はうっすらと残る。ごく薄くてわからないような傷になる。キスをする距離まで縮まらなければ 見えない傷になる・・・・・・。 気が強く、意地っ張りで頑固で、女らしい言葉を使わず、すぐ人を馬鹿呼ばわりするけれど。 彼女がいとおしい。 本気で口説いたらきっとすごい勢いで逃げそうだな。 絶対口もきいてくれないだろうし。ここまで積み重ねた親しみもなくなるし、あの微笑にも あえないだろうけれど。 「・・・・・・恋に落ちたかもな。」 撃墜王殿は恐くはなかった。きっと彼女は全速力で逃げるだろうし自分を振り返らないかもしれない。 そんなことが恐くて女に恋をする甲斐があるかと思っている。たぶん他の男にさらわれたら一時は おとなしくするであろうけれど。 姿かたちだけでも十分男は彼女に惹かれたのに。 彼女の中身まで撃墜王殿をとりこにしたようである・・・・・・。 彼女の真っ直ぐさや、いとけなさも、そして恐れない勇敢さまで彼にはえがたく 尊く思えるのであった。 by りょう |