やさしい気持ち・2
イゼルローン要塞民間区。2100時。 カウンターバー「迷える子羊(ストレィ・シープ)」で隣に腰をかけて酒を飲む男女。 男はオリビエ・ポプラン少佐で女はダスティ・アッテンボロー少将。 「少佐ってどうしてそんなにたくさん恋できるんだ。恋に落ちやすい体質なのかな。」 女性提督はどうもイヤリングがなれないらしく取りたそうででもどうもとらないようにしているようである。 「耳、痛いですか。なれないものつけると気分よくないですよ。」 「・・・・・・とっちゃっていいか。どうもね。いやなんだ。」 「ピアスはお嫌いですか。」 「・・・・・・いたそうじゃないか。」 ・・・・・・痛くないですよ。いまどき・・・・・・。 「で。恋に落ちやすい体質なのか。少佐。私はそういうことに鈍いから。」 「eliotropio」の香りが彼女の体温が上がっていることを示している。ポプランは考えた。 ミモザ、シンガポールスリング、チャイナブルー、パナマ、アジアン・ウェイ、アレキサンダーズ・シスター、 グラン・マニエ・マルガリータ・・・・・・。 「えっと。次ラストにしましょ。提督美味しそうなくらい赤いですよ。」 そうかなとアッテンボローはバッグの中から手鏡を出す。「・・・・・・赤いな。休憩しよっか。」 だめですよ。「潰れますよ。」 そんなやわじゃないし帰りたいなら1人で帰れ、まだ飲むよと彼女が言う。 「・・・・・・潰れたら狼になりますよ。」 「潰れないんだよ。実は。貞操がかかると頭がさえるんだ。理性かな。この店ではキューを かしてもらえるのかな。」 女性提督はバーの壁に飾っているビリヤードのキューを見てバーテンに言う。 「どのキューになさいます。」「自分でみて探すよ。」 スツールから降りて「少佐。9玉だが負けたほうが一杯飲む。やらないか。」 ビリヤードか。どう考えても自分のほうが上手だと思うけれど。ここでごねるのも得策じゃない。 ポプランはアッテンボローが先にキューを選んでいいというので一本手に取った。でもナインボール だから運も左右されるし特に自分が下手な振りもしなくていいかとポプランは思う。 女性が勝つのも大いにありうるゲームだしな。彼女に花を持たせるべきだと考えた。 「レディ・ファーストでブレイクショットをどうぞ。提督。」 さっさと慣れた様子でセッティングをする男に女は微笑む。「逆にお前さんをつぶしてやろうじゃないか。」 ・・・・・・じゃあ彼女が潰れたらモノにしようとほくそえむのは男。 彼女のブレイクショットで3が落ちる。ふうんと男は思う。まんざらできないわけじゃないらしい。 打つときの姿を見ても何せ手足が長いから男相手に不利な点はない。ファウルでもないショットだから アッテンボローがそのままうつ。2を突いて玉が落ちればそのままプレイできるけれど、2以外の玉を 突けばポプランと変わる。でもこのままでは他の玉が邪魔をしているからまず落とせないだろうと 眺めていると。 2玉を台のクッションを使い、ついて8を落とす。そして彼女はポプランに言う。 「お前、負けだよ。少佐。」 9ボールだから9の玉さえ落とせば勝ちである。 彼女は思い切り強く手だまを4につく。 すべての玉がポケットにおちてゆく。勿論9も。そして手玉はいとも簡単に彼女の方向へ引いてくる。 あれ。おれ負けましたね。彼女引き玉なんて朝飯前だったか。 「さ。先にブレイクさせてやろうか。その前に一杯引っ掛けておいで。Major(少佐)」 ポプランはトレイル・ダストを頼み口にする。 「提督、おれが潰れたらどうなるんですか。」 「心配するな。店の前には追い出してやる。」頬はまだ薄く染まっているものの「勝負事」がはいると ほぼ素面に戻るアッテンボローがいた。 ギブソン、ジンロック3杯、アースクエイク、アラスカ、トレイル・ダスト、ジン・トニック、 ウォッカギブソン・・・・・・。 「・・・・・・完敗しました。ちょっと休憩させてください。提督。」 「うん。私はブルーデヴィルをいただこう。」彼女はけろっとした顔でキューを2本返して席に着いた。 「・・・・・・相当やりこんでますね。ダーツなら絶対勝つんだけど・・・・・・。甘く見ちゃいました。」 「ビリヤードは手の訓練と物理だからね。力はいらないし私向きだろ。一時は自分のキューも持ってた。」 「・・・・・・それってコイビトとしたんでしょ。」 「まあね。初めてのコイビトと5年続いたから5年はみっちり玉突きしたな。」ブルーデヴィルというまさに 綺麗な水色のカクテルを飲む彼女。 「酔った上での質問いいですか。Rear Admiral(少将)」 いいよとアッテンボロー。 「ファーストタイムはいつですか。自分は17であります。」アルコールの香りはするがそう酔って いないなと女は判断する。 「お前さんより早いよ。特別にいえば15。士官学校在学中。」 まじですか。早熟ですね。 「まさか秀才官僚とかヤン・ウェンリーじゃないですよね。」 彼女は噴出した。「一応初体験はいい思い出だよ。相手は軍人じゃなかった。」 だから男と寝れるんじゃないか。 「酔った上で言います。おれと寝ましょう。」 「いやだよ。・・・・・・2300時になるのか。これ以上いると口説かれそうだから帰ろう。」 席を立とうとするアッテンボローに「すみません。もういいませんからご容赦を。」 と謝るポプラン。 「お前さんやシェーンコップが刹那に恋を愉しむのは悪いと思わないよ。前線に出る男は一瞬が すべてだものな。それは否定はしないけれど私とは生き方が違う。きっと平行線だよ。」 「・・・・・・提督って本当まじめですね。おれはともかくシェーンコップの野郎はそんな高邁なことは 考えてないですよ。おれは今提督といると幸せです。おれ口説くときは本気出しますっていいましたよね。 ちゃんと場所と花束と・・・・・・極上のシャンパンですね。用意するって約束したでしょ。 まだ口説かないのは・・・・・・なぜだと思いますか。」 本気じゃないからじゃないのかと女が言えば。 「そうです。まだときめきはしますが決定的に恋に落ちてはいないんです。あなたは魅力的だし 今後落ちると思うけど、まだ落ちてないんですよ。でも今冗談で一緒にいたいんじゃないんです。 あなたが・・・・・・もっと知りたいってところです。まじめにですよ。」 「・・・・・・私はコーネフのほうが興味あるな。今度誘ってみよう。」 「すぐそういういじわるいうでしょ。だめですよ。」 「もくもくと黙って仕事をこなしている姿がストイックでいいと思うけどね。」 「もくもくといやらしいことを考えてるだけですって。あいつは。」 まあ。まだ夜は長いのだから。 「楽しく飲もうよ。ポプラン。私は・・・・・・もう一度ミモザをもらおう。彼に弱いものを。味は辛めで。」 静かなバーテンダーはアッテンボローにミモザ、ポプランにはブラック・ベルベットを出した。 隣でギムレット・ハイボールを飲んでいる彼女。 「酒には詳しくはないけどできるだけジンベースを飲むことにしてた。混ざると悪い酔い方をするし ・・・・・・ポプラン、アルコール度が30とかざらにいく酒をあおるんだもんな。もっとゆったり飲もうよ。」 ・・・・・・ぺてんだ。何が酒に詳しくないだ。この女。 と心で思うポプランである。 「多少のリサーチはするよ。男とふたりで酒を飲むんだし簡単に酔えない。でもどうしても飲みたい カクテルがあるんだけど・・・・・・ちょっとね。口にできない。」 「提督が口にできないようなことがあるとは思えないんですけど。」 ポプランは少し落ち着いてギブソンを飲んでいる。 グラスの中のたまねぎを食べ。 「うん。いえないこともあるよ。・・・・・・・今度フレデリカと絶対きて飲むことにしよう。」 「注文しますよ。おれと提督の仲じゃないですか。いまさら恥ずかしがることは何もないでしょ。」 ばか。あるよと女は黙った。 えっと。 女性が恥ずかしがるカクテルの名前か。ポプランは自分の分野だと考える。 「キス・イン・ザ・ダークかな。」 ちがうよ。 「キス・オブ・ファイヤーですか。」 それくらいは自分でいえるよ。 「やっぱり今度きたとき頼むことにする。コーネフに頼ませよう。ちょっと照れたりしたらかわいいかも。」 だめですっていってるでしょ。 「あいつのほうがやるときはやりますよ。おれみたいな理性はないですからね。」 静かなバーテンダーは何もいわずにミルクコーヒー色のカクテルを出した。 「先ほどのビリヤードの妙技を見せていただいたお礼ですよ。」 ロングカクテルでクリームに近いそのカクテルを見てちょっと赤面してありがとうと彼女はいった。 「・・・・・・そっか。いいにくいですね。提督は。まじめだから。」 アイリッシュクリームをベースにした甘口のカクテル。「オーガズム」。 「アイリッシュクリームウィスキーは好きなんだ。」 提督は優等生だからなとポプランは彼女の赤面する様を見て微笑む。 「今度からはおれが注文してあげますからね。気の利かないことで面目ありません。」 さすがのオリビエ・ポプランでもプロのバーテンにはかなわないということ。飲みに行ったら素直に バーテンダーに頼るべし。 「2400時。帰って寝ようか。」 「帰って寝ましょう。一緒に。」 1人で寝ろとアッテンボローはポプランの髪を引っ張った。今夜は彼の会計。 「悪いね。奢らせてしまって。ご馳走様。」アッテンボローは微笑んだ。 「この間の礼もありますからね。それに・・・・・・。」 それに? 「いつかはふたりでオーガズムを・・・・・・。」拳骨。「・・・・・・訂正。また飲みにきましょうね。」 もう全くこの男はと女が出て行くのを追いかける男を見て、男と女は面白いなとバーテンは思った。 「今は寝るとき何の本を読んでるんですか。」 前にこの手で部屋まで送られたことがあるアッテンボローは 「何にも読まないよ。ご馳走様。少佐。おやすみ。」と先先歩く。恐ろしくかわいくないなとポプランは思う。 「もう遅いんですからおくりますよ。あんまりごねないでください。」と彼女の二の腕をつかんでやや早めに 歩く。 「部屋に入れないからね。」 「了解です。もうすっかり素面ですから約束も守りますよ。」 「わかったからそんなに早く歩かなくていいよ。部屋まで送ってくれ。それと腕が痛い。」 あ。 「・・・・・・すいません。」思わず本気になってしまった。自分ほどの男が1人の女に振り回されてる。 「・・・・・・今日はありがとう。楽しかった。また飲みに行こうな。下心なしならね。」 3センチしたから見つめられると、ポプランはかわいいなと思ってしまう。 でもまだなんだろう。この人一人にする覚悟はできないな・・・・・・と彼は思う。思うから口説かない。 どの女にもそれぞれの愛らしさがあり、いとしく思うものがある。 アッテンボローは確かに美人だし、そうお目にかかれない女性だが彼女は普通の女性の 「テイソウカンネン」を固く持っている。 そういう信号を出しているひとに無理やりはポプランの主義ではない。 でもすごく気になるひとではある。 「おい。あれ喧嘩してるんじゃないか。公園だ。」アッテンボローがポプランの袖を引く。 「酔っ払いですよ。ヤロウ同士だから放置で行きましょ。提督。」 だめだ。 「全員軍人じゃないか。ばかもの。注意勧告してくる。」 ダスティ・アッテンボローはこんなレベルの喧嘩が恐い女性じゃない。彼女は艦砲が飛び交う中 「トリグラフ」を先頭にして指揮をとる。男の手を放してあっという間に走り出した。 あの女め・・・・・・とポプランは思うけれど、放置できずに彼も公園に向かって走る。 いや彼女を追いかける。 「貴官ら。憲兵を呼ぶまでおとなしくしろ。民間区で何を暴れている。」 軍服を着た男が7人。 「・・・・・・別嬪の提督閣下か。うるさい。引っ込んでろ。名前だけの提督のくせに。」 下士官の1人が言った。 「好きにいえ。少佐。憲兵を呼んでくれ。飲みすぎだ。今晩は収容施設にほりこんでやる。事情は 憲兵に言うんだな。」 下士官たちはかなり酩酊しておりもう何が原因で喧嘩をしていたかよりも女の上官に 腹を立てたらしい。 「やかましい。女のいうことが聞けるか。」 そういうと1人の下士官が持っていたアーミーナイフでアッテンボローに突きつけ、 突っ込んできた。 by りょう |