やさしい気持ち・1



過日オリビエ・ポプランはとっても美味しいご馳走を女性提督に賜ったので、ちゃっかり「お食事」の

おやくそくを取り付けていた。



夜勤明けなはずの彼女を夕暮れのカフェで待つ。イゼルローン要塞にはオープンカフェが多くて

待ち合わせには丁度いい。





ほのかに「eliotropio」・・・・・・・ヘリオトロープの香り。彼女の香りだ。

「ごめん。待たせたよな。」現れた彼女は洗い髪が乾いたところ。そんな香りと、かすかな「eliotropio」。

「提督。ジーンズとっても似合いますね。脚が長いからだな。」

アイボリーカラーの粗い(あらい)シルクのルーズなセーターに細身のジーンズとショートブーツ。

似合うけれど美しいと思われるおみあしを見てみたい気もするなとポプランは思う。

「私は珈琲をいただこう。・・・・・・スカートはあまりはかないんだ。あんまりいい思い出がない。」

「めくられましたか。」先に来ているのでポプランは自分の珈琲を飲む。



「フレデリカと待ち合わせで店の前でたってたら、4人に誘われた。茶を飲みに行こうとか、交際して

くれとか。飯を食おうとか。・・・・・・娼婦じゃないんだってば。もうはきたくない。」



・・・・・・はかせたくないなと思うポプランであった。



「セーターおしゃれですね。シルクでしょ。」

「・・・・・・よくわかるんだね。ヤン先輩にみせたら、いかにもおしゃれじゃないね、という顔をされたよ。

フレデリカとお前さんだけが誉めてくれた。」

見せた人間に問題ありですとポプランが言う。ユニセックスだがデザインは明らかに一流ブランド「GRACE」

のもの。彼女の好みのブランドみたい。かなり高級品。ショートブーツもそのブランドだ。



先日の服装もジーンズとコート以外は「GRACE」か。



女性提督は珍しく耳を触った。彼女らしくない仕草だが・・・・・・。ふと見えたのが小さなアレキサンドライト。

悪くない趣味だなと思う。ヘリオトロープの香りも色の変わるアレキサンドライトの小さなイヤリングも。



「ここの珈琲美味しいね。で。こじゃれた店に案内してくれるのかな。色男ならそういう店、常連だろ。」

「アペリティフがいいんですか。アフター・ディナー・カクテルにしますか。おれとしてはじっくり飲みたいんで

食前酒じゃなくて、軽いディナーを食べてゆっくり提督としゃれ込みたいんですけど。」

アンティークなカップを持つ彼女の指先には透明のマニキュア。普段の彼女ではお目にかかれない。



「提督「GRACE」お気に入りですね。」

「・・・・・・それほど好きじゃないんだけどね。事情があるんだよ。」



アッテンボローはさほど興味のない様子でポプランに視線を合わせないままカップを置く。

「じゃあ軽く何か食べようか。何がいいかな。」

「中華はだめですよ。あなた。軽くですまないでしょ。」

「チャイナフーズは自分でつくれないから食べたくなるんだよ。あ。ここ軽いものあるね。サンドイッチじゃ

お前さん物足りないか。6人前食って全然平気だったのか。あのあと。」

「勿論平気です。」

でも。

「提督が何を食べたいかにおれは胃袋のサイズを変えられますよ。」

さすがに伊達男は違うよなとアッテンボローは微笑んだ。



きれいだな。



で、何が食べたいですかと聞けば。



「そうだな。チャイナフーズを取り上げられたらエスニックしかないよな。アフリカンでもいいけど。」

「民族料理好きですね。アッテンボローという名前からすると純血統のイングリッシュ・・・・・・だから

インド料理が食べたいんですね。植民地時代の。」

「失礼なやつ。だいたいもう地球から離れて800年たつのに純血統とかないよ。」

「生物学者にいたでしょ。ディビット・アッテンボローとか。映画監督にもいますね。俳優でもあるが

リチャード・アッテンボロー。おれ「大脱走」好きですもん。」

「よくまあそんな古代の映画を知ってるよな。第一そのあたりの作品は「染血の夜(ブラッディ・ナイト)」で

焼かれただろ。地球軍に。」



おや。



「提督歴史は弱いというけれど案外ご存知じゃないですか。」

「個人的にチャオ・ユイルンが好きなんだ。」アッテンボローは言う。

「おれとチャオ・ユイルン似てませんか。」ポプランは言った。



全然似てないよとこの当時のアッテンボローは言うが、はるか時を進めるとユリアン・ミンツは

この洒脱な撃墜王がシリウス戦役で作戦参謀を務め引退し音楽教師になった歴史上の

この人物と似ていると考えていた。



「パルムグレンが死ななければまた歴史は大きく変わっただろうね。黒旗軍(ブラック・フラッグ・フォース)

のやり方には問題はあるがね。」

アッテンボローはそういうと珈琲を飲み干した。



そのときこちらを見ている黒髪の司令官を見つけた。

ポプランが振り向くとヤン・ウェンリーが突っ立っている。ひとりで街中をうろつく姿は珍しい。

ユリアンも連れずに散歩ですかとアッテンボローが椅子を勧めた。



「変わった組み合わせで、デートかい?楽しそうだけれど。2人はずいぶん仲がいいんだね。」

といった。



そうデートしてるから、野暮な邪魔はしないでくださいね。司令官閣下とポプランは苦笑した。

デートじゃないだろとアッテンボローは笑った。

「オリビエ・ポプランは私の友達です。なかなか愉快な坊やですよ。」

「口説くと振られるんで、手も足もでない状況です。何かいい手はないでしょうかね。司令官閣下。」



紅茶をアッテンボローが頼みヤンは仕方なく同席した。

ふたりの邪魔をしたくなかったのである。紅茶一杯分だけそこにいるのも気がひけるヤンであった。

「私に少佐が恋の相談なぞ無謀なことはやめておくれ。」

でしょうねとポプランは悪びれもなく頬杖をついてヤンをみた。

「噂とか憶測って言うのは恐ろしいよな。チャオはもう黒旗軍(ブラッグ・フラッグ・フォース)から

縁遠い生活をしていたのに・・・・・・パルムグレン、フランクール、タウンゼント、チャオ・・・・・・

あんな結束を見せていたのに瓦解する。ただの権力抗争でね。どんな組織も一枚岩では

ありえないってことかな。」アッテンボローがポプランにいうと。

「だがチャオが行った作戦だの策略は悪辣だったしタウンゼントがそれを脅威に思うのもしかたが

ないでしょ。」とポプランがいう。

話題は好きなジャンルだが。



どうも仲のよいふたりを邪魔している気がするヤンは落ち着かない。実際邪魔しているのだと思う。

男と女がシリウス戦役の話をしているのは奇妙なデートであるが、どうもこれはふたりのデートなので

あろうと紅茶を飲んで失礼にならぬようにヤンはその場を辞した。仲がいいことは大いに結構だと

青年司令官殿は思うのである。







インド料理でカレーを食べたお二人はカクテルバーに入る。シリウス戦役の話はおいておいて。



「カクテルってさ女性とか気の合うひととしか飲めないじゃん。」

アジアンティストを堪能したアッテンボローは適度な距離をとってはいるけれどポプランの隣を歩いた。



夜の風が彼女の髪をなぶる。そのたびに見え隠れするアレキサンドライトが緑になり紫に変わる。

高級士官だから彼女が身につけているものが最先端の「GRACE」なのはよいとして。

でも彼女の部屋に行ったときの雰囲気は物にこだわるタイプでもなく。調度は軍の備品だったし

食器も高価なものではなかった。ごく普通のもの。どちらかといえば機能的なもの。

食事を作りおきしたり綺麗に掃除をした部屋と高級ブランドのイメージが一致しない。



そういう女もいる。

装飾品に金を費やす女。



それはそれでかわいいけれど彼女はどうもその手の女性じゃない。



勿論クロゼットを見たわけじゃないからなんともいえないけれど身につけている装飾品や鞄、

靴などは彼女によく似合うけれど、彼女のイメージに合わない高価なもの。はてさて。



美人を射止めるのは資金力かなとポプランは思う。



女は金好きだからな。

そんな女が男は好きだ。







「で、どこいくんだ。」アッテンボローはいう。

「こじゃれたカクテルの店でしょ。「ストレイ・シープ」って店があるんです。たぶんこじゃれてますよ。」

とりあえず彼女の今の服装に似合いそうな店にした。気後れさせたり逆に貧相な店だとそういう扱いな

わけと女というものはすねるからな。すねるのをなだめるのも楽しいけれど。



ちょっとしたビルの上にある店。夜景が見える。中間照明でそれほど広くない。

カウンターの後ろにはたくさんの酒、リキュールなど。レンガ造りの室内にダーツとビリヤード。



「いかがです。提督。」

「うん。綺麗だね。何をいただこうっかな。」

「好きなカクテルってなんです。」隣に座ると彼女の香り。食べ物や飲み物を選ぶときの無邪気さが

かわいい。普段の彼女とギャップがあっていいなと思う男。



「お前は何にするの。」

「ギブソンにしようかな。ドライマンハッタンでもいいし。それより提督ですよ。」



うーんと悩む彼女。次々頼めばいいのにと思うから

「ギブソンとこちらはミモザ。」

そういわれるとすばやく二つのカクテルが出される。



「オレンジジュースみたいじゃないか。」アッテンボローは横目でポプランをにらんだ。

「シャンパンをベースにしたものですよ。たぶん口に合うと思って。では乾杯。」



・・・・・・正直アッテンボローはお酒にそれほど強くない。けれど酒を味わう雰囲気が好きでフレデリカと

こんな店にきたかったのであるが彼女はなかなか最近忙しい。しかたなく彼ときたが自分が酒にそれほど

強くないことは知れるとなんとなくいやだと思うから一口。



「・・・・・・おししい・・・・・・。」

シャンパンとオレンジジュースのカクテルならまずどの女性も無難である。ポプランはアッテンボローは

「酒に弱くはない」と思っているからまだまだ飲むだろうと思いつつ聞く。



「この間の服装といい今日の服装といい、実にいい趣味ですね。提督に似合ってますよ。」

「私は服装のこととかあまり関心はなくて。今欲しいのは大きめの圧力鍋。あるにはあるけど今のは

小ぶりなんだ。もう少し大きくてもいいかなと。」

・・・・・・こじゃれた店で鍋の話なのかと男は不思議に思う。



「鍋と「GRACE」がつながりません。」

「だって好きできてるわけじゃないからな。次は何にしよっかな。実はあんまり酒の種類は知らないんだ。

あ。でもシンガポール・スリングは飲みたいな。」というからポプランは頼む。

「甘めのカクテルがお好みのようですね。・・・・・・好きで着てるわけじゃないってどういうことですか。」

「贈られてくるからきるだけだ。ブランド志向なぞないよ。私は。」

タンブラーグラスの赤い酒を飲む彼女。



贈り物か。それじゃパパでもいるのかな。金持ちのパパと圧力鍋・・・・・・。



「ギブソンって美味しいのか。」

「マティーニよりやや辛口ですね。オリーブのかわりにほら。オニオンをいれるんです。今の男は

あんまり飲まないようですが。」ふうんとシンガポール・スリングなるカクテルを見つめる彼女。

「提督。お金持ちのパパがいるんですか。もしかして。」茶化していってみた。

「いや。親父は金持ちじゃないよ。ただのジャーナリストだ。」



・・・・・・そのパパじゃありません。



次は何にしようかなとアッテンボローは楽しそうだ。

「すっきりのめて美味しいのってなんだろう。」女性提督は綺麗なマニキュアのつめを軽く噛んだ。

「珈琲がお好きならカプチーノ・アレキサンダーはいかがですか。ショートだからまあやや強い

けど提督は大丈夫でしょ。すっきり飲める口当たりのよいものを彼女に。」ポプランはバーテンに言う。



その道のプロを使うのが早いということである。

「おれはジンのロックで。」

ジンロックとあわせてでてきたのはチャイナブルー。

「綺麗な青だね。」アッテンボローはロングのグラスを見つめる。

「ライチとグレープフルーツのティストです。飲みやすいと思いますよ。」ポプランはいった。

うん。おいしいよと微笑む。その微笑が美味しそうだなと男は思う。



「さっき聞き捨てならないことを言ってましたけど「GRACE」を贈るなんてなかなかできないです。

提督、実はいい男がいるんですね。ちょっと残念だな。」

ふふとアッテンボローが笑った。

「じゃああきらめてともだちになるかい。少佐。」

「うーん。一度は恋人の座をトライアルしたいですね。あきらめられないです。」



あきらめればいいのにとアッテンボローはひじを突いて微笑む。ちらりとのぞくアレキサンドライト。



そもそもさ。



「「GRACE」ってブランドは何でその名前なのか知ってるか。少佐。」



チャイナブルーのような薄い青い色に彼女の瞳の色が変わっている。瞳の色が変わる人なんだなと

つい見とれる。



「設立者でデザイナーのグレイス・コーエン=アローロの名前を取っているんでしょ。彼女は現在は

デザインはしていないけれど女性のインナーからフォーマルまですべてデザインして「GRACE」を

トップクラスのブランドに仕立てた。どです。割と知っているでしょ。」

うん。昔の女の人に教わったのかいと女性提督はかわいく尋ねる。

「ま、そんなところです。でもあなたのようにほぼ「GRACE」って人はいなかったな。財力っていいな。

おれも金があれば貢ぎますけどね。」



いらないよ。



「・・・・・・グレイスって女は旧姓グレイス・アッテンボローって言うんだぞ。」



あらまあ。

「もうちょっとアルコールがある甘いのがいいな。」とアッテンボローが呟くから。

「こちらにパナマを。」と驚きながらポプランがオーダーする。



「姉上だったんですか・・・・・・。」

「そうだよ。グレイシーはむかしからおしゃれでね。私の着せ替えを愉しんでいた。今でもそうかも。

今は彼女がデザインするのは家族のものだけ。いらないといってもくれるし金を払うといっても

自分のほうがリッチだと言い切るし。なんていうのかな。姉妹の愛情だな。安心したか。少佐。

私は金のかかる女ではない。ま、それはそれでつまらないよな・・・・・・。」

じゃあ。

「インナーも「GRACE」なんですね。提督魅惑的だな。」

「・・・・・・下心が見えてるから帰ろうかな。」



スツールから降りようとする彼女を「申し訳ありませんでした。」と座らせる男。

「どうしても提督が綺麗だから下心が暴れだすんです。で、提督は圧力鍋が欲しいと。」

うん。大きいのね。

「姉に服じゃなくて鍋をくれというとイヤリングが来た。年頃の女が鍋をくれというなというんだ。」

それがアレキサンドライトか。



これも結構いい値段がするんだよな。



「アレキサンドライトは気に入ったんでしょ。」

「うん。綺麗だね。緑や紫に変わる。調べると高いんだよな。鍋が十分買えたのに。」



提督・・・・・・。どこまでも鍋ですか・・・・・・。



「提督の目の色も変わりますね。そういう人間がいるのは知ってたけれどはじめてみました。」

アッテンボローはパナマをすすりつつ。

「気持ちが高揚すると青くなるみたいだな。普段は灰色っぽい緑だけど。お前の目は綺麗だな。

少佐。さぞ多くの女性たちに誉められただろ。」

「まあ。そんなところです。」



「恋か・・・・・・。3年棚上げしてるな。少佐のような華麗な遍歴のないつまらぬ人間なんだ。」

「年上の男性がお好みなんでしょう。」

「うん。でもな・・・・・・。みんな私の階級があがるとうるさくなる。こっちだって好きで階級が上がる

わけじゃない。死にたくないから逃げ回る。それだけなんだけど。」

「・・・・・・あんまりいい男じゃないですね。」



女性提督はパナマを飲み干して。

否定できないのがいささか悔しいねと微笑んだ。



by りょう






うちの娘アッテンボローは三人姉がいてパトリシア(父パトリックから取ったであろう名前)、グレイス、

ヴィクトリアと英国調?にしました。どうぶつの森のおかまきりんとは何の関係もないです。

あう。ちなみにカクテルのことも調べただけです。でも飲みたいな。いつも飲むのはダイキリとシャーリー・

テンプルなので、パナマ、カプチーノ・アレキサンダーチャレンジしたいです。いろいろと訂正すみません。




LadyAdmiral