LABYRINTH・3
本当のうめき声がした。 少年は聞き耳を立てた。こういうときは落ち着かなければ。ユリアン・ミンツは落ち着こうと ふたりの撃墜王殿のほうを向いた。僕よりおふたりがいれば大丈夫だと少年は思って腰を 浮かせ立ち上がろうとして、二人を見たら・・・・・・。 撃墜王殿ふたりはまだ食事を悠々と取り、挙句ポプランは言った。「ユリアン、珈琲頂戴。」 1445時。マイナス0141レベル。 1445時。アッテンボロー提督執務室にて。 「演習に使える弾薬や燃料か・・・・・・。補給だよな。仕方ない。数えなおそう。ここでとちればあとで 来る優秀な人に小言を言われる。」 アッテンボローは珈琲を飲みながら端末操作をしている。艦隊編成や演習項目などはいくらでも 思いつくが実際の分艦隊が持つミサイル、弾薬などの武器や燃料の数値は数を吸い上げてデータを つくるしかない。余分な金もものもないから下手に使えば、後日赴任するであろうアレックス・キャゼルヌ という事務処理の達人にけちをつけられる。 三日間の演習で必要なだけを算出しないといけない。部下たちも数を確認しては報告してきて 彼女はそれを入力して結果を決めるのである。10ディナールでどのおやつを買うか。これが発展すると こういう仕事になる。 ドアが開いたらしいのだがラオ中佐が物資の確認ででたからその作業が済んだのかと彼女は思い 手を止めぬままモニタをみていった。 「今度は燃料のほうだ。武器弾薬の数量は掌握できた。食糧、医薬品も数えねばならんな。各部隊長に 数量を確認のうえこちらに出頭することを命じよう。その旨伝えてくれるか。ラオ中佐。」 「・・・・・・やぶさかではないが少将閣下が言うならば申し伝えよう。」 深みのあるよい声。けれどふてぶてしさや倣岸さが鼻につく。 「今度は何の用だ。准将。みてわからないか。私はかなり忙しい。」 ワルター・フォン・シェーンコップ准将。 「美人に考え違いをされるのは悪くない。ヤン司令官からも赦しが出たので分艦隊司令官殿に 頼みごとがありまして、参じた次第です。」 アッテンボローは表情も変えずに手だけは止めた。 「貴官の日ごろの行いが悪いから誤解を受けるのだ。で、分艦隊には何の用だ。」 珈琲を一口飲んで彼女は、ドアを閉め執務室の机の前に立っている男を見上げた。 本当は好きなタイプである。風貌や声だけならアッテンボローの好みはシェーンコップである。 けれど彼のあくの強さというか、逃げ場のない口説き方に彼女は苦手意識を持たずにおれないのだ。 仕事相手としては頭脳も明晰であり、技量もある頼もしい人間だと思っている。 「陸戦部隊、薔薇の騎士連隊でもまだ宇宙を知らぬものもいます。これが新参者100名のリストです。 こいつらも随行させて欲しいとヤン司令官に頼んだら了解がでました。裁量してくれますかな。 アッテンボロー提督。」 「なるほどな。こうしてきちんと書類にして出してくるところは貴官は至極優秀だと思う。今この 演習で使う武器、弾薬、物資の洗い直しをしている。100名連れて行くのはいいが食い扶持は ともかくこの兵士たちの訓練内容と教官を教えてくれないか。」 それはこちらですと男は書面にしてすべてのデータを取っているディスクも提出した。 「ブルームハルト大尉が教官か。了解した。訓練内容も掌握したしこっちは急な変更に 対処できる許容内だ。さすが頭のいい人間は違うね。そこは誉めるよ。」 この要塞攻略で腕をあげたライナー・ブルームハルト大尉の名前は知っていた。 まだ幼い顔立ちの青年で25歳。自分が25歳のときは何をしたかなと、女性提督は思う。 21歳で少尉。 これは士官学校さえでれば誰もが同じ。彼女は幼少のみぎりから「同盟憲章」を暗誦できる 奇特な少女だった。だからではないけれど憲兵にも所属したことがある。 わずか五ヶ月ではじかれたが。士官学校で一年教鞭をとったこともある。 そのときに立案したゲリラ戦法をもとにした作戦がきっかけで・・・・・・きっと分艦隊司令官 なんだろうなと思う。士官学校で教官として過ごす人生も愉快だったかもしれないなと 思わないでもない・・・・・・。 「話はよくわかったし心得た。これはもらうよ。」 書類とディスクを机に置く。 「ところで。パイロットの坊やをあなたが気に入っているとお見受けしますが事実ですか。」 「あいつはかわいいぞ。下心は見え見えだけど口説くときは時と場所を考えるという。 そういう分別はかわいいじゃないか。」 「あなたは年上好みだと聞いていましたが宗旨替えをされたのですか。残念です。」 「あきらめてくれるのか。助かる。からかうのは今後なしだ。」 「いやいや。冗談がきつい女は好みです。刺激があっていい。」 しつこくされるのは苦手なんだよなと彼女は思う。 「冗談がきついのは貴官だ。もう用は終わったから帰れよ。無粋なことをしたら本気で撃つからな。」 テーブルの引き出しからブラスターを出して右手で構えて見せる。 シェーンコップほどの男は銃口がむいていようがあまり関係ないらしい。 「美人は銃を構えても様になる。ま、撃たれるのも一興だがパイロットの坊やたちの遠足部隊が 帰ってこない。1100時に入ったわりに帰りが遅いと思わないか。」 1500時。 「捜査に4時間もかかるのかな。マイナス0141レベルってところは。」 「いや。ただの空洞だろう。推察をすれば坊やは迷子になったのではないかと思う。」 やはり気になると見えるな。 シェーンコップは綺麗な形の唇をゆがめて薄く笑う。 「ユリアンも一緒だろ。それだけが気になるな。そもそも幽霊なぞいないとして何が危険因子だろう。」 アッテンボローはカップに唇をつけた。シェーンコップは綺麗な唇を見つめた。 「可燃物質倉庫だったブロックで10年前火災が起こって以来封鎖している。ガスの危険はないと思うが。」 「道に迷ったか。哀れな子羊三匹が。」 「1800時に連絡がなければ、その子羊救出に小官が出ることになっている。要塞防御指揮官と いうのはどうも七面倒な雑務が多い。」 「ヤン司令が頼み込んだね。」 アッテンボローはにやりと口角だけを上げ微笑んだ。 この男が困る様子を見たいよなと思う女性提督である。 「おれの上官だから断れない。」 おどけて肩をそびやかす男を見てアッテンボローはテーブルの銃をしまった。 机で指を組み合わせてほくそえむ。 「ユリアンを甘やかすなと普段人に言うくせに一番甘いのがヤン・ウェンリーだな。たかだか 閉鎖ブロックに迷い込んだ三人の子供探しに要塞防御指揮官たるお前さんを引っ張り出すとは。 実に面白いよ。お前さんが話した中ではもっとも面白い小噺だ。」 彼女は珍しく微笑みを振りまいている。 「茶化すな。帝国の画策や蠢動はないだろうが帝国の軍人がいる可能性はある。もちろんそんな 手合いがたいして力があるとも思えないが、仮に武器でも持ち込まれて篭城していたらちょっと 困る展開だろう。」 ・・・・・・。 「そういうことがあるかな。それは考えすぎだと思うが。」 「美人提督の心配をあおりたくはないが持ち込んでいるもの次第で事態が変わる。 食糧程度をあさっているなら問題はない。一番笑えないのは、単純に迷子というケースだな。 あのブロックで5キロ四方ある。灯りなどないし行き当たりばったりでうろうろされてはユリアン 坊やが気の毒だ。ポプラン、コーネフがそこまで馬鹿とは思えんからおそらく、埃まみれで はらが減ったといってでてくるのがおちだろう。でも司令官閣下はよほどユリアン坊やが心配と見えて 優秀な部下をこんな雑用に使う。越権もはなはだしいと思わんか。女性提督。」 「それだけワルター・フォン・シェーンコップが買われてるってことさ。いいな。1800時か。 私も行きたいな。」 女性提督はうきうきした口調で言う。要塞防御指揮官殿は額に指を当てる。 「・・・・・・司令官があれなら分艦隊司令官はこれだ。お前さんたちの感覚はいったいどうなっているんだ。 軍を専有化して。」 「そんなムライ参謀長のような固いこと言うなよ。貴官に分別があるように聞こえるじゃないか。 ただの冗談だよ。ヤン・ウェンリーとて・・・・・・あの人は冗談じゃないかもな。」 あと三時間か。 「ま、三人とも腹をすかせて埃まみれで出てくるよ。准将。心配をすると早く年を取るぞ。」 その言葉にシェーンコップは鼻で笑った。 「女性提督は司令官閣下とよく似ている。双子の妹というところかな。」 「冗談言うな。私はあの人のような智謀はないよ。運がいいのは認めるけどね。」 運も実力のうちに入るんだと要塞防御指揮官は言って執務室を出た。 彼女は思った。 いつもこのくらいでひいてくれればこちらも追いかけようという気になるんだが・・・・・・あの男 鈍いな。案外・・・・・・。 新たに増えた人員の分を計算に入れて女性提督は仕事に戻った。 1500時。マイナス0141レベル。
少年は気の毒な帝国軍人がうずくまる姿をみた。 ふたりの撃墜王殿は、うめき声が聞こえて少年が腰を浮かせようとしてもそれぞれユリアンから珈琲の おかわりをもらい飲み干しすっかりサンドイッチも食べてやっと立ち上がった。さすがに伊達に撃墜王と 呼ばれてはいないと少年は感心した。 うめき声といっても幽霊の類のもの・・・・・・もっとも幽霊を少年は見たことはないから想像でしかないが その手の怨霊めいた声ではなかった。コーネフが懐中電灯をその方向に照らした。 地面に散らばっていたのは食糧の残骸。ビタミン添加チョコレートはねずみや幽霊の食べ物ではない。 少年も目の前を照らしてみる。背後にふたりの撃墜王殿がいるので安心している。 前方に歩みだした少年は足場が悪かったせいで肩膝をついた。 その拍子に「どしん」と人にぶつかった。 礼儀正しい子なので、「ごめんなさい。」と正面に向かって素直に謝る少年。その姿をうしろから ふたりの撃墜王殿は不思議そうに、見た。 とたん少年は立ち上がりコーネフがとっさにユリアンを引き寄せた。ポプランは瞬時にブラスターを 構えた。 けれど。 「ああ。上の連中に物笑いにされるよな。詰まんない結末だぜ。」 少年がぶつかった幽霊とは帝国軍人であるには違いなかった。けれどひどく衰弱していたし おまけに身動きできないほどおなかを押さえている。ポプランはぬいたものの、使うこともない ブラスターをとっとと収め明らかに不機嫌なご様子で、うずくまっている男を脚で小突いた。 コーネフがその軍人に出口の方向を聞き、ポプランとコイントスをした。 どちらがこの男を運ぶかという問題だった。 ポプランは野郎を抱く趣味はないとかんかんに怒っていたけれど、かったのでふんと鼻を鳴らした。 結局コーネフがその男を肩に担いで、4人がみなの前に現れたのは1520時であった。 帝国軍人はさきのアムリッツァ会戦前に痴情問題で逃げ隠れた男らしく、食糧をあさって2ヶ月以上、 マイナス0141レベルで食いつないできたという。 おまけに盲腸を起こしていたとか。 「ま、よかった。なんにしても捕虜一名無事確保には違いない。これで馬鹿騒ぎの幽霊騒動も治まる。 それに一番何よりなのは、1800時まで何も連絡がなければこのおれがお前さんたちの救出に 出る予定だった。あほらしい任務をしなくてすんだ礼を言うぞ。坊やたち。任務ご苦労だったな。」 要塞防御指揮官の「お褒めの言葉」を聞き、むなしさと不機嫌さと大量の埃だけが三人に残された。 それぞれいわれのない疲労感を抱え官舎に帰ってシャワーを浴びた。 オリビエ・ポプラン少佐はさっさとシャワーを浴びて服も着替えた。休暇が認められて珍しく部屋で 早いうちから不貞寝をした。目が覚めて酒でも飲もうかと思い、飲みに行くか買ってくるかを 思案しているうちに玄関のチャイムが鳴った。 まったく。 とまだご機嫌斜めな少佐は無視を決めようかと思うが・・・・・・これが女性なら申し訳ないなと ドアを開けた。 女性だったらいいなと思ったけれど、女性提督だとは思わなかった。 白いシャツに細身のボトム。黒いミリタリーコートを羽織ったダスティ・アッテンボロー少将が ポプランの部屋におとずれた。 「えっと・・・・・・・。提督。お入りになりますか。あいにく綺麗な部屋ではないですが。」 「酒を届けにきただけだよ。さっきコーネフにも渡した。ユリアンを助けてくれたからね。 ウィスキーだけど貴官に贈呈する。」 胸に押し付けられた紙袋には酒の瓶が入っていた。 「・・・・・・ありがとうございます。おれの家宝にしようかな。これヤン司令官からですか。それとも。」 「私だよ。あのこは私の弟みたいなものだからね。えらい騒ぎになっているみたいだけど幽霊騒動も なくなったし、ご苦労だったね。・・・・・・というかドアを開けるときは服くらい着ろよ。」 あ。ボクサーパンツだけだった。 「すみません。寝てました。今は何時なんでしょう。」 「1835時。じゃあ用件はそれだけだから。」 ねえ。提督。 「服を着たら飯食いに行きませんか。」 「・・・・・・なぜだ。」 「寝起きで頭が回転していないんですが。下心はなしで行きますから。」 「・・・・・・(疑惑の視線。)」 「ほんとですよ。今日みたいな厄日に口説いたところでいい結果にはならんでしょう。 ちゃんと服着ますから。お願いです。この通り。」 どうでもいいから早く服着ろと女性提督はいう。 「しょうがないやつ。1分で服装を整えろ。うちで飯を食ってくれ。外にはでれん。」 え。まじですか。 「その代り口説いたりみょうなまねをしたら絶縁だからな。1分だ。スタート。」 今日は外で食べれない理由が彼女にはあった。作りおいている料理の賞味期限を考えると 自炊しなければならなかった。それが理由。仕事に没頭してつい残業が多かったのだ。 つくったものを粗末にするのは彼女の女性としての矜持が赦せない。まったく色気のない 理由であった。 けれど理由はどうあれ、厄日から一転「女性提督のお部屋で手料理」というラッキーデイに変わった。 コットンパンツにシャツ、コットンのジャケットのオリビエ・ポプランが現れた。 「これでよかったでしょうか。提督。」 彼女は一瞥して。 「うん。いいよ。ところで何人分食える。お前さん。2人前はいけるよな。」 実はこのところ残業が多くて作りおきした料理をそろそろ食べきっておきたいんだと アッテンボローは頭をかいて白状した。 「そういう意味合いの食事だが、すまんな。少佐。外に食べにいけないんだ。 せっかくつくったものを処分するのはなんともやりきれない。私は貧乏性だからね。 それにつき合わすだけなんだ。」 とんでもないですと撃墜王殿はご満悦。 「全然頂戴できます。何日分でも平らげます。ユリアンに聞けば提督って料理上手なんでしょ。 そうだネクタイでも締めればよかったかな。まいっか。今夜は口説くわけじゃないし。」 ばかと女性提督は笑った。 「下心はなしだよ。なんかあったらコーネフでも呼ぼうかな・・・・・・。あいつは紳士っぽいし。」 「はい。下心は鍵をつけて厳重に胸の奥にしまっておきます。だからふたりきりということで ご容赦ください。平にご容赦を。」 「うぬぼれで言っているみたいで恥ずかしいんだがシェーンコップにからかわれるから つい予防線を張ってしまう。私はたいした容貌でもないのにどうも気づかれする。」 歩きながらコートのポケットに両手を突っ込んでちょっと困ったように女性提督は言う。 「なんてからかわれるんですか。」 あの不良はろくなことをしないなとポプランは思う。 「・・・・・・美人はどうとかこうとかって。美人って言うのはフレデリカのような女性に似合う 言葉だよな。」 アッテンボローは少し唇を尖らせて、頬を赤らめた。面白くなさそうに呟いた。 「・・・・・・ご不満なんですね。」 「うん。自分が美人だと思えばうれしいのかもしれないけどね。からかわれていると思っちゃうよ。」 「なるほど。勉強になります。」 でも。 「提督、かわいいですよ。」 「どこが。」 「わりとおおむね。性格とか気性とか。個性的ですけどね。」 「・・・・・・。まあいいか。今のは口説かれてるうちにはならないよな。」 「当然。口説くときこんなもんじゃないですよ。おれ。」 「極上のシャンペンも用意してもらうんだよな。確か。」 「花束とね。」 だいたい、色事にもマナーがあると思いますと撃墜王殿は言う。 「やっぱりタイミングとかマナーって大事でしょ。たとえば今日のおれたちみたいに遠足に 行くのにおやつも持っていかないなんて。これで作戦が成功するはずがない。そういうことって すごく大事でしょ。わかります。提督。」 女性提督は部屋の鍵を出して差し込んだ。 「そう。おやつって大事だよな。わかるよ。少佐。」 10ディナールでどんなおやつを買うか。 このふたりには重要なテーマのようだ。 by りょう 続きあるんですがディナールのレートたくさんで10ディナールはいくらかわからないです。 フライングボールの掛け金も最高額がもめない額ということで10ディナール。(外伝2巻) ヤンがユリアンにこっそり御礼する金額も10ディナールでした。(8巻泣くぜ。) 日本円で1000円くらいかな。1万円?だとしたらそんなにおやつ、買っちゃだめですね。 反省。教えてくださる方がいればうれしいです。 |