LABYRINTH・4
1900時。アッテンボロー提督の私室。 「これ、手作りなんですか・・・・・・。」 パストラミビーフ、クリーム入りビーフストロガノフ、グレービーソースのローストビーフ、トマトクリームの ニョッキ、トマトとツナのパスタ、マウルタッシェン、かぶの白ワイン蒸し、ロールキャベツ、ラタトウゥユ、 かぶのコンソメスープ。ガスパチョ。レーズン入りカレーピラフ、ツナのドリア・・・・・・。 トマトが大安売りだったのだろうかと撃墜王殿は考える。 「演習の事を聞く前日に作りおきしたんだけど。期限までに食べきれない。食べれる分だけ食べて くれればいいよ。それとうちには酒がない。赤ワインしか置かないんだけどそれでいいかな。」 「何の異存もありません。は・・・・・・・お見事ですね。料理の腕前。うまいですませられるもんじゃない。」 「それは口に運んでから言っておくれ。口にあわない場合だってあるんだからね。」 女性提督は赤ワインを空けてグラスに注ぎ、ポプランに渡した。 「乾杯しましょ。乾杯。提督。」 「何に乾杯する?」 「・・・・・・そうだな。首なし幽霊騒動の円満解決ってのでどうですか。気が利かないけど。」 本当は女性提督のお招きと手料理に乾杯したいがそれを言うと彼女はきっと嫌がると ポプランは思った。 「じゃあ。首なし美女幽霊騒動円満解決と3人のいささか哀れなる騎士に乾杯。」 アッテンボローのグラスがポプランのグラスにチンと綺麗な音を立てて重なった。 「さ。口に合えばどんどん食ってくれ。」 「口は合わせます。それが男のマナーというものです。」 というポプランである。伊達に100人単位の女性と過ごしていないよなとアッテンボローは思う。 なんでそろいもそろってこの坊やにしろ、シェーンコップにしろまとわりついてくるのか実は よくわかっていないのがダスティ・アッテンボローの鈍さであった。 「冗談抜きでかなり美味しいです。正直言えばとっても美味い。5人前は軽くいけます。」 「ばか。はらを壊すよ。ヤン先輩のところにも分けてフレデリカにも分けたんだけど・・・・・・。」 「ヤン司令官に分けるなんてもったいないですよ。あそこには専用のコックがいるじゃないですか。」 うん。ユリアンがいるからあそこはあんまり当てにできないんだ。 「フレデリカは私に比べるとそれほど食べないし。」 「提督の食いっぷりは見てて気持ちがいいですよ。天晴れって感じです。体重を気にする女性が多い中 お見事です。」 「体重か。ヘリもしなければ増えもしない。少しはダイエットでもしてみたほうがいいと思うか。 少佐。どう思う?」 「・・・・・・ダイエットを始めると体の代謝のコントロールがうまくいかなくなりますし、今のままで よいと思いますが。今までしてないんでしょ。」 うんと女はいう。 世の女性から羨望の的だろうなと男は思う。女性の悩みの半分はダイエットだからな。 「提督は60キロってところでしょ。179センチの身長ならいいじゃないですか。」 「・・・・・・昔恋人に抱えてもらったら重いって言われたけど。」 「失敬な優男ですね。」 「うん。別れたよ。やわな男は嫌いだから。脳まで筋肉な男も困るけどね。」 お見事ですとポプランは言う。 「味付けがナイスですね。メニューしつこいけど美味いな。幸せです。提督。すべての不幸を 払拭できた気がします。」目を瞠る男の食べっぷりに彼女は微笑む。 いままで料理のうまい女性とも恋をしてきている撃墜王殿でも幸せを感じるほどアッテンボローの つくった料理は至福の味だった。これが提督の味かなと男はまさに幸福。 「我が家は母と姉と姉と姉がいるんだ。」アッテンボローは指を4本出した。 「家事や料理は叩き込まれた。4人の女たちからたっぷり。でも仕方なく軍人になっている。」 「提督の軍人志望動機はなんですか。戦艦オタクダカラデスカ。」 男のホッペをアッテンボローはつねる。 「誰が戦艦オタクダヨ。・・・・・・父親の頼みで軍人になった。それだけだよ。30にならないうちに 軍を辞めるつもりが少将か。私には似合わない。まあ戦艦は好きだが早く軍は辞めたい。」 やめて何で生計を立てるんです?と男が言った。 「そうだな。ヤン先輩は歴史学者になりたいというが私はそっちにむかないひとだし。かといって 秀でたものがないから・・・・・・メイドにでもなろうかな。ハウスキーパーは得意だし。少佐、 偉くなったら雇ってくれないか。」 あらまあ。 同盟軍史上初の女性提督、「夢は家政婦」とは。 アッテンボローのメイド姿を思い浮かべ幸せな気持ちに浸るポプラン。 「勿論高給で厚遇しますが、ときどきスカートの中にもぐりこませてくれますか。」 ばか。女は笑った。 「士官学校の教官でもいいな。一年未満だけど教官をした時代がある。」 どれも美味しい職種だなとポプランはアッテンボロー先生を想像したら。 また幸せな気持ちになる。 「何を教えてたんですか。どうして一年持たなかったんです?」 「戦略構想を教えてた。「ゲリラ戦法の戦術化」という論説をぶっていたらそれが統合作戦本部に知れて。」 首ですか? 「残念だが採用された。実際使われ一時的だが勝利したんだと。統合作戦本部司令部に 入れられたんだ。あれが悪かったな。あれがなければ後方勤務で終わったと思う・・・・・・。 ・・・・・・でも結局はヤン先輩が私を引っ張ったかもしれないな。あの人の参謀を学生時代したけど 4戦全勝。シュミレーションだからそこまで評価してくれはしないだろうけどね。」 けれどあのヤン・ウェンリーが能のない「名前だけ」の提督を分艦隊司令官に就けるだろうか。 ポプランは思う。分艦隊の演習は12月10日にも行われている。限られた物資を使ってでも 分艦隊を強化する必要がヤン・ウェンリーにはある。その司令官に無能なものをあの智将が 選ぶとはポプランも思わない。 どうもこのひとは自己評価が低すぎるなと、ポプランは次々と皿の料理を味わいつつ 考える。・・・・・・美人も気苦労が多いなと。 「演習が多いというのはそれだけ提督を使う価値があるということですよ。買われてますね。」 男がいうと女は 「演習が多いのはそれだけ足並みが悪いからだろ。居残りの勉強会のようなものさ。」 などという。 「コンプレックス」の迷宮にいる目の前の麗人を撃墜王殿は見つめていた・・・・・・。 それにしても。 「コーネフにも分けようか迷ったけどお前さんが食べちまいそうだ。そんなに食って本当に 腹を壊さないのか。胃腸薬飲んでおくかい。ポプラン。」 けろっと6食分は食べたポプランは平気な顔をしていいえという。 「普段からそれだけ食うのかい。お前さん。」 「いや。美味すぎて。他の男に食わせるのはもったいないです。」 ばかだな。それで腹を壊しても知らないぞとアッテンボローは皿を片付けた。 「でも助かったな。演習がこうも続くと思わなかったしトマトが安かったんだよな。牛肉もいいのが入ったし。 ありがとう少佐。・・・・・・本当に大丈夫だよね。」 「全然大丈夫ですよ。おれ割りと食欲旺盛な若者ですから。おやつも食べれます。」 女性提督はあきれて、少し笑った。 「甘いものは好きか。嫌いか。撃墜王殿。」 キッチンでてきぱきと水仕事をする彼女に見とれていると声をかけられた。 後ろから抱きしめたいな・・・・・・くそ。愛らしすぎる。ある意味不可侵な女だな。 「甘いものは別腹です。」 「ティラミスなんだけど。持って帰るかい。うちで食べるなら珈琲でも入れようか・・・・・・。」 「こちらでぜひ頂きたく存じます。」 お調子者だなとアッテンボローは手馴れた様子で豆をひく。いい香りだなとポプランは思わずキッチンに。 「さすが。今日のランチの珈琲より格段に美味そうですね。」 「ユリアンが入れたなら美味い珈琲だっただろう。あの子は何でもうまいし。あ、でもあの家には 珈琲がないからひいた豆を買ってきたのか。インスタントに頼る子じゃないもんな。あの子が12の ころから知っているけど、大体のことは保護者以上に優秀にこなせた子だったよ。」 彼女はひいた豆をペーパードリップしている。 「うちはサイフォンも使ったけどなんかね。こっちのほうが精神的に落ち着くんだ。香りもいいような 気がする。不精に見えるだろうけど。少佐。そんなに私が家事をしている姿は面白いかね。」 「いえ。ちょっと出世欲が沸きました。」 出世欲?と女性提督は丁寧にフィルタに湯を落としていく。けれどいっぺんに落としてはだめらしく 珈琲に湯がわたると落ちるまで待つ。 「おれが出世したら少将をぜひ雇いたくて。スカートにもぐりこむという贅沢は棚上げしますから メイドさんになってくださいね。」 「私はメイドでも高給取りになるから少佐はせいぜい大将閣下にでもなっておくれ。うちの現役大将には 雇ってもらえなかったから。あの家には凄腕のハウスキーパーがいるし。」 彼女の珈琲をいれる姿は戦争を忘れさせる。 実に美しい。 「ずいぶん手間をかけて湯を注ぐんですね。」 ポプランが聞くと「豆を蒸らす時間がいる。それに湯はそそいじゃだめ。落とすんだ。 こういうことは美術の時間で習わなかったのか。」 ・・・・・・習いませんよ。普通。 「そっか。私はときどき美術室で遊んでいたからその教官が教えてくれたよ。珈琲の基本は。 私はペーパードリップで入れるほうが好きだな。」 美術得意だったんですか。提督。 「いや、隣で帝国語講座をとっていた。珈琲が飲みたいときはその隣の美術準備室に行ってた。 帝国語はまあできは悪くなかった。候補生時代臨時講師もしたよ。」 散文的な学生時代ですねとポプランは笑う。 「さて。ここに突っ立ってないでリビングへ行きなさい。運ぶから。」 「運びますよ。」 「お前は客だ。私は女主人。おとなしく座れ。そもそも台所に人が入ってくるのは好きじゃないんだぞ。 ま、お前くらいコンパクトな男なら赦すけどな。」 シェーンコップみたいな役に立ちそうもない大男は絶対台所に入って欲しくないなと アッテンボローは言った。 「あの不良をここに入れたんですか。」 「まさか。たとえだよ。キャゼルヌ先輩でもいやだな。・・・・・・お前は知らないだろうけどいずれ イゼルローンにとんでもない秀才官僚が来るよ。美男子でじつに頼りがいがあるし、細君は美しく 私以上の家事の達人だ。」 「こうるさそうですね。提督、その秀才官僚と関係でもあったんですか。」 ソファに座り、ケーキを分け男に渡す。珈琲も。 「ないね。いい男はいい女に取られるものさ。いい男・・・・・・ハンサムでエリートには 違いないが・・・・・・。」 「きになるなあ。好みなんですね。」 うん。とアッテンボローは悪びれもなく言う。 「でもこうるさいんだ。実に面白みはある人物だが細君ともなれば苦労するだろうな。家庭が 円満なのはマダム・オルタンスの功績が大だね。」彼女は薫り高い珈琲を一口。 「こうるさいのは参謀長だけで十分ですけれど。いただきます。」 ポプランは珈琲を口にする。ひきかたの問題なのか状況の問題か。坊やには悪いが断然 アッテンボローの入れた珈琲は美味しかった。彼とて適当に料理もするし、女からも手料理を いただくけれど、彼女の料理と珈琲とデザート。すべて格別に美味い。 「美味しいなあ。提督。いい嫁になりますね。」 「私は姉の結婚をみてるから思うけど別にしたくないよ。」 「あらら。」 姉たちはみな幸せそうだがな。とアッテンボローは言う。 「当分は不得手でも私は分艦隊を束ねる役どころだ。夫を持つなんて考えられないよ。私は亭主に 台所に立たせたくはないし、できれば足のつめも切ってやりたい。・・・・・・そんなことを言うとそこ までする価値のある男はいないといわれる。確かにいないもんな。ヤン・ウェンリーなんか嫌いな タイプじゃないけどあの人の面倒だけで一生を終えると思うと恋心なぞなくなるよ。 いずれにせよ。・・・・・・なんでシェーンコップは私にいちいち声をかけるんだ。あれが好事家の リップサービスか。好事家(こうずか)の少佐。」 「そりゃあなたがいい女だってことですよ。ご自分ではとんとお分かりでないところがすごいですが。」 「でもフレデリカのほうが綺麗でかわいいじゃないか。」 「誰もミス・グリーンヒルに手出ししようとは思わんでしょう。彼女「ヤン提督命」って刻印されてますから。」 ・・・・・・。 「提督があの野郎をお嫌いのご様子でまことに結構ですが、どうしてそこまで准将を嫌うんです。」 「うーん。風貌や年齢は嫌いじゃないよ。美丈夫でいい。頭もすこぶるいい。けれど苦手だな。 大尉との楽しいランチタイムに割り込んで文句を言っても引っ込まない。結局は一度寝てみたい だけだろ。そんな酔狂さはないよ。」 「・・・・・・おれも隠していますけど下心はありますよ。一度だけって関係じゃないけど。」 「でも、お前は私がいやだといえば引くだろ。日を改めたり時間を変えたり。お前の下心は 見えるけどまだましなんだな。でも何かしたらコーネフとユリアンを呼ぶからな。」 せっかくこんな美味しい珈琲とティラミスと、美人を目の前にそんなことはしませんよと ポプランは言った。 「それに今日はシャンペンも花束も持参してませんし。きっと口説くときこっぴどく振るんでしょ。 提督。」 うん。 にこやかに言われてポプランは参ったなと笑う。 私は。 「独占欲が強い女だ。それにわがままだしね。幾人ものうちの1人の恋愛関係に甘んじるような こともできそうもない。お前さんたちは1人の女じゃ満足できない人種。これで折衷案などだせる わけがない。・・・・・・コーネフ少佐は誰か好きな女性はいるのかな。」 「・・・・・・なぜコーネフなんですか。」 「彼は紳士だと思うし綺麗な顔してるし背の高さも丁度いいし。好みなんだけどな。わりと。」 「あいつは猫のように気まぐれですよ。」 「私は犬より猫が好きだ。・・・・・・コーネフ少佐なら年が下でもいいな。紹介してくれない。 ポプラン少佐。」 「絶対だめです。」 「けちな男だね。ま、いいや。今度飯でも誘ってみよう。」 「絶対だめですよ。提督。」 「うーん。お前さんもわがままだね。・・・・・・ブルームハルト大尉なんてかわいいと思わないか。」 「思いません。意地悪ですね。提督。キスしちゃおっかな。」 冗談だよと女性提督は笑う。 「じゃあ。遠足に行こう。おやつは10ディナールまで。今度幽霊騒ぎがあればヤン司令じゃなく 私に言っておくれ。今度は私が補給係になるよ。そういう楽しいことに混ぜてくれないから 不満なんだ。だったら別に、いま男など要らない。今度騒ぎが起こったら私を混ぜること。 約束するか。少佐。」 ・・・・・・。 「色気ない人ですね。いいですよ。じゃおやつは10ディナールまで。」 「こゆび。」 コユビ? 女性提督は撃墜王殿のてを引っ張り小指を出させてからませた。 「ゆびきり。約束だぞ。」 無防備で無邪気で・・・・・・ヤバイクライカワイイナとポプランは指きりを下心が暴走せぬように交わした。 2300時。 「おやすみ。少佐。本当に胃腸は大丈夫か。」 「ご馳走様でした。提督。おれ。頑丈なんですよ。ほんと最高の一日になりました。」 私も楽しかったよと小さく笑うアッテンボロー。 「今度はおれがご馳走します。お礼に。あなた本当におれのラッキーガールだから。」 「こじゃれた酒が飲める店にしてくれ。フレデリカは酒を飲まないから、いく相手がいなくて。」 了解ですとポプランは敬礼した。 おやすみなさいとドアを閉めて。 災厄の日が最良の日に変わって撃墜王殿はご満悦。翌日えらく機嫌のよいポプランを見て コーネフもユリアンも首をかしげた。 「きっとイイコトがおありだったんでしょう。」少年はコーネフに言った。 「そのようだね。気持ちの切り替えが早くてうらやましい。その点は認めるよ。」 当時じつは女性提督「お好みの男性」のイワン・コーネフ少佐は、クロスワードの言葉を考えていた。 by りょう |
「LABYRINTH」
今は系統が違うアリプロの「LABYRINTH」です。白アリっていうそうですな。よく口ずさんだものです。
聖ルミナス女学院という深夜のアニメのEDでした。
私の書く銀小説ではメニューやさまざまでますが私はフレデリカ以上ユリアン未満の腕です。
世間ではいんたーねっとでケンサクってことができるので便利です。
そして珈琲の味もインスタントで十分な私です。
けれど高校時代デッサンが退屈になると美術準備室でこんなふうに珈琲入れてました。
茶道楽とは程遠いですが作法云々入れ方など高校時代美術部で習いました。
初恋の人が珈琲にうるさい大人だったのでがんばりました。
OBでした。
えへへ。
でも彼がいなければ高3夏急に芸大にいくと針路変更しなかったと。
当時の恩師の先生がデッサンを見てくれ立体と色彩も教示してくれました。
S先生。
りょうはまたデッサンからやり直しです。