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軍医は急激な加速状況での訓練で胃が驚き痙攣を起こしただけで、空戦隊の訓練にはつきもので

あると姿ポプランのアッテンボローに言った。



「しかし、ポプラン少佐がアッテンボロー提督の体の中にいて、ポプラン少佐の姿のあなたが

アッテンボロー提督とは。そちらのほうがより、重要な問題でありますな。」

女性の衛生兵が気を失ったままの、姿アッテンボローの寝る姿勢を整えている。



「当人が何か食べたいといえば、胃の負担のないものがいいでしょう。」

「このまま寝かせていたほうがいいですよね。」

姿ポプランの中身アッテンボローは言う。心配ないと軍医。



医者たちが部屋から出ると、中身アッテンボローは時計を見る。1900時前。

ヤンの執務室に電話を入れてみた。



「私だ。少佐・・・・・・じゃない。アッテンボローだったな。今コーネフから事情は聞いた。

お前こっちに来るのかい。」

行こうと思うのですが。

「15分後にお伺いしていいですか。先輩。あいつ気を失っていて。目が覚めたとき軽い食べ物を

用意しておきたいですし・・・・・・。」

側にいてやったほうがいいのじゃないかとヤンは言うが。



「でもやはり、アッテンボローには来てもらうか。こちらは時間があるから何か変われば電話しなさい。」

中身アッテンボローは早速キッチンでかぼちゃのスープがあったなとそれにミルクを混ぜて用意しておく。

それと水分も補給させようとスポーツ飲料も用意した。

これらをベッドサイドのテーブルにおいて。



「・・・・・・メモでも書いておこう。」と一言。



「食べれたら食べなさい。無理なら水分だけでも補給すること。ヤン司令とコーネフと

討議。司令官執務室。ごめんね。D」



そしてベッドで眠っている自分を見つめ。いやこの中には愛する男が眠っていると思うと

いたたまれなくなり静かに部屋を出た。





姿ポプランのアッテンボローが礼儀正しく入ってきたのでヤンはやはり見慣れないなと思った。

「どこまで話は進んだんですか。」

部屋にはコーネフ以外にもフレデリカ、そしてキャゼルヌやシェーンコップ、リンツ中佐が

いる。少年も口出しぜず、その様子を見守っている。



「アッテンボロー提督にお話したことをより詳しくヤン司令官に申し述べただけです。」

コーネフが口を開いた。

「ポプランの具合はどうなんだい。アッテンボロー。」ヤンは尋ねた。

姿ポプラン中身アッテンボローはやや気鬱に答える。



「・・・・・・撃墜王の片鱗跡形もなしです。嘔吐や失神は、空戦部隊では毎度だから心配は

ないよう言われています。まだ寝てます。」

「たぶん今夜はそのまま眠るでしょう。・・・・・・まさかあれほどアッテンボロー提督の体が

もろいとは思いませんでした。スパルタニアンには女性操縦士も少ないですがいます。

もしやと可能性にかけたんですが。提督には不向きのご様子です。体力的にも参っているはず

ですから・・・・・・。」



クラブの撃墜王は語り終えると口をつむいだ。



「いや。読みが浅かったのは私も同じだよ。制服組ではアッテンボローはそこそこ運動できるし

鍛えれば何とかなるかなと思ったけれど。無謀だったなと反省している。・・・・・・ポプランなら

何とかできると推察した私は浅はかだった。体が違うとこうも変わるのか。」

ヤン・ウェンリーも黒髪をいじっては今後のことを考えている。

そもそもが数が少ない艦載機搭乗者であり、撃墜王とまで称される男を失うと

かなり手痛いのである。帝国のワルキューレに対抗できるのはスパルタニアンしかない。

制空権を取ろうと思えばあちらは数に物を言わせて大量の艦載機を出撃させてくる。

そうなったとき、こちらがイワン・コーネフ少佐を出したとして。コーネフ少佐の腕は、ポプランを

脅かすものであるけれど数で負ける。

この上もう一人の撃墜王まで失いたくない。



「アッテンボローはシャープに見えるが案外とろいんだな。」

キャゼルヌは容赦なく言う。悪気はない。

「確かにアッテンボローの射撃の腕を以前見たがあれはひどかった。ミス・グリーンヒルのほうが

はるかに優秀だった。そんな体にはいればコントロールできぬだろう。いかにはしこい男でも。

・・・・・・。」

シェーンコップがソファにも座らず壁を背にして考え込んでしまう。



「・・・・・・なんだか申し訳がないです。」

アッテンボローは髪をいじろうとしたが、いつもの長いひとふさがない。・・・・・・そか。

ポプランの体だったなと気づく。

「でもアッテンボロー提督のほうにはさわりがなかったことが幸いでしたわ。分艦隊まで

混乱すれば問題はより大きかったでしょう。」

フレデリカ・グリーンヒルはいたわるように言った。

「こちらは責任を持って現状を維持している。幸いな。やはり提督業は頭と口があれば

いいみたいだ。」

姿ポプランの彼女はいった。



「ようは今のままではポプランは使えない。その間空戦隊の人間を一人育てればいいわけだ。

薔薇の騎士連隊の人間の中には素養があるものもいるだろう。1200人いる人材の山だぞ。

コーネフ少佐。つかってみるか。」

要塞防御指揮官の言葉にみな頭をあげた。

「なるほど。確かに薔薇の騎士連隊の人間は比類なき陸戦部隊。運動能力、身体能力

どれをとっても優秀なものが集まっている。・・・・・・問題は、性格が捻じ曲がっていることだけだ。」

キャゼルヌが感嘆を述べた。余計な一言が付随するが。

「性格に問題が出るのは連隊長の問題で隊員は至極勤勉かつ従順です。少なくとも

代替わりしてからの薔薇の騎士連隊のものはまさしく精鋭中の、精鋭ですよ。」

リンツ中佐がシェーンコップを見ながら言ってのけた。



ただ問題は。

「空戦部隊は陸戦部隊と敵対関係になりますよ。とくにポプランなどはしょっちゅう

陸戦を小ばかにするから、そこの感情論はどうでしょうね。」

コーネフが言った。

「感情論ごときとはいいたいが問題はそこなんだ。空戦はエリートには違いないがあの小僧は

ことあるごとに陸戦を挑発してきたからな。だがかえってポプラン坊やの鼻があかせると思えば、

喜んでスパルタニアンに乗ろうというくわせ者もいるだろうさ・・・・・・。これが現在もっとも建設的な

打開策だと思いますが。司令官閣下。」

シェーンコップは言った。

ヤンは即断しなかった。

というのも今朝の幕僚会議で自分が軽率に判断したことで現に一人の人間が寝込んでいる。

それは大げさではあるのだが、多少考える時間が欲しいといった。



「要塞防御指揮官の意見が現在確かに有効であるが。少し検討したい。失って初めて

その功の大きかったことに気づかされるよ。ベストは2人が元通りになることだがこれも

一両日中に解決はしまい。・・・・・・これからシェーンコップ、リンツ、コーネフとちょっと

詰めようか。他のものは今夜はかえっていいよ。」



ヤン・ウェンリーはちらりと中身アッテンボローを見た。

随分複雑な思いで聞いていたことだろうと思う。部屋から出る中身アッテンボローに

ポプランに何か異変が起これば連絡をくれないかといった。







「・・・・・・すっかり眠ってますね。起きた様子もないです。」



2030時。アッテンボローの部屋。

元気のない、姿ポプランのアッテンボローを見てキャゼルヌが部屋に来たのであるが。

寝室で中身ポプランは身動き一つしない。呼吸をしているかだけ確認した。首の脈を

さぐれば普通の数値になっている様子だから、姿ポプランは安心する。



だが、ベッドサイドの用意された飲み物にも触れた形跡がない。



「いいよ。アッテンボロー。寝かせてやれ。いささか気の毒だし、やや悲惨だ。」

リビングのソファに腰掛けてキャゼルヌは言った。

寝室から中身アッテンボローが出てきて、深刻な顔をしている。



「珈琲のみません。先輩。それとも酒にしますか。」

「いいよ。気にするな。あまりおれも遅くまでいられないんだから。家内が待っている。」

「じゃあ私だけ飲もうかな。素面ではおれない気分なんですよ。」

それならもらうと、キャゼルヌは言う。



「元はといえば・・・・・・。」

ウィスキーの水割りを口にしてキャゼルヌが言おうとした矢先、中身アッテンボロー姿ポプランは

ごめんなさいと謝罪した。



「今朝あわてて寝室に戻ったりしたからこんな馬鹿騒動になってしまって。穴があったら・・・・・・。」

姿ポプランにキャゼルヌは「・・・・・・はいりたいのか」というと。



「いえ。出たいです。脱出したいです。この局面。先輩いい知恵はないですか。」

ないなとキャゼルヌは一刀両断に言う。



「いや、お前は誤解している。元はといえばここは最前線で帝国軍との接近戦が予想される

艦隊であるのに、空戦部隊のベテランを引っこ抜いたハイネセンのお偉方が悪いと言いたかった

んだ。本国の軍が艦載機で争う場面はなさそうだろ。最前線をコーネフとポプランが2人で制空権を

おさえてるわけじゃないか。たった2人がだぞ。勿論中隊には腕の立つパイロットもいるが中心は

あの無口な男と、お前の馬鹿な恋人。この2人だろ。挙句、引き抜かれた熟練兵に変わってこちらに

補充されたのは新兵ときた。でもそれでも2大撃墜王はそこそこ新人も育てた。・・・・・・この点から

鑑みれば同盟軍は個人の力量にあまりに頼りすぎているなと思う。とくにうちの艦隊はそれが

顕著だ。なにもお前さんたちの生活云々はこの際、問題じゃない。おれもヤンも、お前が気にしている

だろうと思うと気の毒でな。」



「・・・・・・そういってもらえるとありがたいです。私のほうは仕事では支障はなかったんですが。

陸戦と空戦との小競り合いはやっかいですね。それに正直、ポプランは薔薇の騎士の人間が

スパルタニアンにのるなど聞けば・・・・・・ああ。やっぱりあのとき遅刻なんぞしていなければと

思われるんです。ポプランは我が艦隊において最大戦力のうちのひとつだったんですよね・・・・・・。」



ウィスキーは苦手だが、この際飲みたい気持ちにもなる。

不思議に今夜は酒がまずいという感じもなく、今までウィスキーの何が苦手だったのだろうかと

姿ポプランは考えた。



「・・・・・・お前さんだって本当のところは軍務以前に元に戻りたいだろう。」



キャゼルヌが遠慮せず空になったグラスを渡すのでボトルを傾けて水割りを作る。



「お前とポプランは騒ぎを大きくするが、似合いだと思う。平和な時代ならおれは

文句なくお前にとっとと嫁に行くよう説教してるところだ。だがお前がポプランの中に

いるとなると・・・・・・軍人としてのアッテンボローは優秀だ。士官候補生時代から

お前は頭がよかった。バランスが取れた人間だったしな。メルカッツ提督はお前を

この間の件で高く見ておいでだぞ。一兵士のことまでよく掌握しているまれな将帥だと。

兵力がふんだんにあって帝国並みに提督がいればお前がヤンの参謀になるべきだと思う。

ま、架空の話より・・・・・・生活人としてこうもトラブルが続くと参るだろ。」



キャゼルヌにしろヤンにしろアッテンボローには過保護である。そして心配性だ。



自分の水割りを作ると中身アッテンボローは首を振る。

「参るというか、あいつがかわいそうです。艦載機乗りなんていつでもやめてもいいというけれど

・・・・・・。あれほどの男もいないでしょうね。先輩が言ったとおりあまりにうちの艦隊は

空戦隊の人材の層が薄すぎます。個人の資質にだけに頼る組織には無理が生じますね。」



ねえ。先輩。

「査問会のあった時期にガイエスブルグ要塞がワープアウトしてきたじゃないですか。

釈然としないんですよね。」

姿はポプランだが考え込む仕草はアッテンボローのそれだ。

「お前、陰謀だのなんだのと昔からそういう考えに傾く人間だろう。気をつけろよ。」

「陰謀というか、なぜ同盟政府は帝国軍が来襲する時を見計らったようにうちの司令官を

本国へ召還したかです。なぜヤン・ウェンリーを当てにするくせに足を引っ張るのか。

それと帝国が同盟領を進攻するには二つの方法があるんですよね。ひとつはここ、

イゼルローン要塞を戦略的価値のないものに変える。もうひとつはフェザーン回廊を通ること。」

ちょっとまて。顔がポプランなだけにいささか冗談が過ぎるとキャゼルヌは言いたいようだ。

「フェザーンは中立国家だぞ。」

「何言ってるんですか。先輩らしくない。帝国領の一部です。自治権が認められただけで

本当は同盟に加担する理由などないところですよ。・・・・・・きな臭いという領域から脱しないんですけど

私のような小者が思いつくことといえばイゼルローン要塞など眼中にせずフェザーンを丸め込んで

同盟をつぶします。もし私がローエングラムなら。これは用兵の基本です。戦って戦力を

疲弊させる必要がないですからね。・・・・・・同盟政府がやたらと頼りにするくせにヤン司令官を

追いつめるところと、帝国との戦い。私たちのベクトルはどうもそこに帰結する日が来るように

思えます。だからこそ空戦部隊の英雄が無力化された事実が響いているんですよ。」



キャゼルヌは年少の姿男の女性提督を見た。生活レベルではからきし弱点が多い女性提督は

ここまで政治的にこの要塞にいながら棋譜をよんでいる・・・・・・。

惜しむらくは根拠の乏しいところだとキャゼルヌは思う。

電話が入って姿ポプランは、通話に出た。ここは彼女の自宅であるので彼女が出るべきである。

電話を切って中身アッテンボローはキャゼルヌに言った。



「ユリアンがこっちに来ます。どうも話が膠着しているようですよ。」

「薔薇の騎士と空戦の間がか。」

ええ。

「空戦隊は制服組が見れば消耗人材かもしれないですが、エリートであるには変わりないですからね。

オリビエの代わりになるようなパイロットをもうひとりとなると無理が出すぎます・・・・・・。薔薇の騎士が

精鋭であることは認めます。けれど空戦隊から第二のワルター・フォン・シェーンコップをひねり出すこと

と同じくらい薔薇の騎士連隊から第二のオリビエ・ポプランを出すのは不可能です。いや。

1200人精鋭がいても、オリビエ・ポプランほどの撃墜王はもう、出ないでしょう。」



「・・・・・・そのとおりだ。ハニー。」

姿アッテンボローの満身創痍ポプランが寝室からふらついた足取りで、出てきた。



by りょう





LadyAdmiral