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空戦隊のドッグは騒然とした。



パイロットスーツを着たダスティ・アッテンボロー少将がコーネフ少佐と並んで歩いてくる。

上官のポプラン少佐はなぜか姿が見えない。



普段はその上官の目を気にして見てみぬフリをしてきたが・・・・・・。なにせ上官殿は

独占欲が旺盛で女神のような女性提督を一目見ようものなら・・・・・・。

いつもの陽気で話のわかる上官でなくなる。

その悋気持ちの上官殿はなぜかいなくてコーネフ隊長と、かの麗人は会話をしながら

歩いてくる。



これは千載一遇の機会と女性提督の姿に見とれる。

「やっぱり美人だな・・・・・・。」とため息交じりの男たち。



それを耳にしたアッテンボローの中のポプランは居並ぶパイロットを雷のごとくきつとにらみつけ、

轟然とはっきり言った。



「馬鹿者。でれでれするな。おれはお前たちの上官のポプラン少佐だ。事情がありすぎて

省くが今おれはこんな姿をしている。おれの提督を見てよからぬことを思い浮かべる奴は

おれが容赦しないからな。たるむんじゃないぞ。わかったか。」



これこそ反射。部下たちはいっせいに「イエス・サー。」と叫んだ。



アッテンボローの中のポプランの隣でコーネフ少佐は苦笑した。

もうばらしたか・・・・・・。



予想はしていたが、こんな与太話を信じさせるほうが苦労するなと

前途遼遠である。姿かたちは見目麗しい女性提督が声こそ違えど、あのポプランと同じ

口調で怒声をあげたものだから部下たちは不思議に硬直した。



ポプランという男ははたいてい周りを困らせる。困っていないのは女性提督くらいで

彼女はもう朱に交わってしまっている。残念だが手遅れだとコーネフは思っている。

オリビエ・ポプランは前述のとおりおおむね周囲に迷惑をかけ困らせる。

オリビエ・ポプランが困ることは少ない。

しかしオリビエ・ポプランが困るとき。

実は周囲はもっと困惑する羽目になるのだ。



そんなパターンは熟知をしているからコーネフは普段あまりかかわりたくないと公言している。

けれどまわりはなぜか自分たちを親友のように見ているから・・・・・・。

わりと被害者になることも多い。全く割に合わないがこれも仕事のうち。



「ウィスキー、ラム、ウォッカ、アップルジャック、シェリー、コニャック。全員整列。」

その勢いで男たちはあわてて女性提督の外見をしたポプランの目の前に整列した。

・・・・・・あきらかに気合におされて反射したのだろう。



「理由は聞くな。説明できん。今朝おれはおれの提督と体が入れ替わった。不条理きわまるが

事実だ。だがお前たちの隊長であるには変わりない。ヨコシマナ視線を浴びせたものには

おれが男になったときにたっぷりかわいがってやる。この体はおれの女のものだ。

気安くさわるなよ。それだけだ。おれはオリビエ・ポプラン少佐だ。まだ飲み込めないおバカさんは

いるか。」

気迫に押されたパイロットたちは

「ノー・サー。」

と声をはりあげた。

「わかれば持ち場に戻り仕事しろ。いいか。おれのような天才パイロットになれとはいわん。

凡人は訓練をしておけよ。あとでおれが不在の間どれだけ成長したかとくとみさせてもらう。

いいな。」

厳しい声が飛んでくるのでパイロットたちは

「イエス・サー。」と敬礼をしてちりぢりに自分の持ち場に戻った。





「どうだ。コーネフ。こんなもんでいいだろ。」

にやりとアッテンボローの姿をしたポプランは口笛を吹いた。

「ちっともよくない。・・・・・・だが部下はなぜか納得したみたいだな。」

どうもポプランの部下は上官の無茶になれすぎている傾向がある。

「普段のおれの薫陶の賜物だ。おれは現役パイロットとしても優秀であるし上官としても

上出来なんだ。」そういきまいて言うと。

「それも間違いだ。お前は今から訓練を受ける新米パイロットだ。女性の体に負荷をかけるのは

まことに心苦しいが、今から絞ってやる。」

何から始める気なの。コーネフさんとアッテンボローの姿をしたポプランが軽口を叩く。



「筋力、瞬発力、反射、動体視力のチェック。それとポプラン少佐考案の重力調整室での

ブリーフィングとトレーニング。ラストにはシュミレーションマシンにものってもらおうか。」

「そんなにいっぺんに何でもこの体にさせるな。いろいろと不都合がこれでもあるんだぞ。」

「しのごのいうな。トレーニング室でどれだけのポテンシャルがあるのかチェックする。」

コーネフ少佐はアッテンボローより6センチほど高い。首ねっこをつかんでずるずると引っ張った。

「おれの提督に何をするんだ。」

「アッテンボロー提督は潔く体を鍛えてくれとおっしゃった。実践あるのみ。」

「お前は女性に失礼だから女にもてないんだ。畜生。」

この騒動を空戦部隊の兵士たちはちらちら見た。みたくなくとも目にはいるのである。



「体はアッテンボロー提督だがこの中の人間は、ポプラン隊長だから。」

コーネフは穏やかに部下たちを見て言うと。

「さあ。ポプラン隊長。訓練のお時間ですよ。」とまた首根っこを捕まえずるずると中身が

ポプラン隊長の女性提督を引きずっていった。







一方、こちらはダスティ・アッテンボロー提督の執務室。



ラオ中佐が少し休憩をされてはいかがですかと、1500時に珈琲を用意してくれた。

「お加減はいかがですか。お仕事振りははかどっておいでだとお見受けします。」



彼女は普段から自分の恋人の制服の着方が嫌いだった。スカーフをひらめかせて

歩く風貌が彼を軽く見せると思っていた。軽佻浮薄。そういう男でもあるけれど、

そうでもないところも大きい。

ゆえに彼女は正規の軍服着用に習い、服装が乱れていないオリビエ・ポプランの姿をして

デスクワークに携わっていた。



「不都合はないな。快適だ。体が軽い。」

珈琲を飲む仕草は女性提督そのもので姿かたちは撃墜王殿である。

「体が軽いというとどういうことでしょうか。小官にはもう一つ意味がわからないのですが。」

ラオ中佐は尋ねた。

「つまりあいつの体は全身筋肉って感じだから足取りから何から楽なんだ。ばねが体に

入っているような感じかな。筋肉を小ばかにしていたけれど、薔薇の騎士連隊の連中の体も

重そうだが当人たちは快適なんだろうな。不都合といえば最初だけ端末をさわるとき指が違うから

奇妙だったんだけれど、慣れると不思議でいつもの自分以上に早く操作ができたような気がする。

気のせいかな。」

いえ。それがと副官は言う。

「あまりに閣下のお仕事の進み具合が早くて、恥ずかしながらこちらは後手後手なのです。」

そんな会話の中で要塞事務監殿が「邪魔するぞ。」と入室してきた。

「今休憩中ですから丁度よかったです。少将は珈琲いかがですか。」

ラオ中佐はキャゼルヌに聞いた。

「すまないな。いただこうか。遠慮なく。」

遠慮などしないくせにと、ポプランの姿のアッテンボローは表情を変えないで心の中で

笑った。

「お前さん。具合はどうだね。男になったのは二度目だから慣れてはいても不便があるかと思って。

もっとも、解消できることは何もないがね。」

「さっきもラオと話していたんですがないんですよ。それどころか端末を扱うスピードが恐ろしく

早くなりました。」



・・・・・・。キャゼルヌには思い当たる節がある。

過日女性提督を冒涜したわいせつな映像が流布した事件で、オリビエ・ポプランは

恐るべきコンピューターの闇のスキルを発揮した。彼は自分のコンピューターから逆に

映像配布もとの主犯格のコンピューターに侵入して。・・・・・・思いだしたくない。

そういうことができるのだからキー操作などかなり巧みなのであろう。



ラオがもってきてくれた珈琲を口に運んでキャゼルヌはまずこちらは一安心なのかなと

安堵した。ヤンから聞いた以前の「性転換」騒動のときのアッテンボローは、動揺して気の毒だった

と聞くけれど今の彼女にはそんな様子は微塵もない。



「今回はあいつが苦戦してるんじゃないですか。私のほうは幸い今デスクワークですし。おつむが

足りればいいんです。キャゼルヌ少将が、ヤン司令の首から下はいらないって言ったのも頷けます。

今日は仕事の早さが違うとラオにいわれました。」

ほうとキャゼルヌ。

いずれにせよ。彼はアッテンボローが無事ならそれでよしと思っている。



過保護な兄貴分であった。







1800時。一時間の残業。



デスクワークを終えてポプランの姿のままアッテンボローは空戦隊の様子をうかがいに

ドッグへいった。整備、ならびにパイロットたちはどよめいたが、こぞって敬礼をしてくるところを

みると自分を「ダスティ・アッテンボロー」とみてくれているのかなと思ったりもして、敬礼を返す。



「ところでコーネフ少佐とポプラン少佐がどこにいるか知らないか。」

コーネフ部隊の精鋭であるコールドウェル少尉が、一歩前に出て敬礼をしつつ答えた。



「1700時にシュミレーションルームへいかれました。」

「ポプラン少佐は・・・・・・元気だったか。」とポプランのご面相でアッテンボローは質問した。

答えにくそうにコールドウェル少尉は答えた。

「お見受けしたところ・・・・・・お疲れのご様子でした。」



だろうなとアッテンボローは思う。

「ダスティ・アッテンボローが士官候補生時代のシュミレーションの成績はBだった。

射撃にいたると悲壮だった。そういう反射神経の人間と入れ替わったポプラン少佐は・・・・・・

さらに悲壮だな。」



そう呟くと、やたらと姿勢がよく制服の乱れのないポプランの姿の女性提督は

シュミレーションルームへ足を向けた。



この部屋に足を運んだのは二度ほどしかない。

彼女の恋人の撃墜王殿はシュミレーションマシンで訓練を重ねると勘が狂うといっては

精励しなかった。

コーネフ少佐やユリアン・ミンツ准尉はシュミレーションマシンでの訓練は有効であるという。

攻撃パターンをあらゆる組み合わせでコンピュータが再現するから敵艦載機の動きを

読むのに重宝しているという。

「敵の動きなんぞこちらがいち早く見切ればたやすく落とせる。ま。非凡なる才能を持つおれが

いっても、慰めにはならないよな。せいぜい努力してくれ。お二方。」

在りし日の、ハートの撃墜王殿の言葉である。



カプセルのような機械の中で今まさに、同盟きっての2大撃墜王が腕を誇るというシチュエーションは

平時ならば興がある。



けれど中にいるのは体が「反射神経と筋力に無縁」の女性の体になった「撃墜王だった」オリビエ・ポプラン

である。マシンのドアが開いてコーネフ少佐が出てきた。



「おや。心配で見にこられましたか。」

クラブの撃墜王殿は相変らず淡々とした空気をまとっている。

静かな湖を連想させるなと中身女性提督は考えた。



「うん。私の体ではさぞ苦戦しているだろうと思うとね。仕事も早く終わったから見学に来た。

・・・・・・なぜあいつは出てこないんだろう。コーネフ。」

イワン・コーネフはあっさり言った。

「操縦席で気を失っています。」

・・・・・・。



「放置しておいていいのか。医務室に運ぶとか手当てをしないといけないことはないかな。」

それが。

「アッテンボロー提督以外はおれの提督の体に指一本でも触ったら殺すというんです。

殺されたくはないですからね。」



ポプランの姿をしたアッテンボローは口元をゆがめた。

独占欲のすさまじさを知る。物騒なことを平気で言う。そしてそれは事実実行される

可能性しかない。



「オリビエ・ポプランが失神する訓練とはどんなものか小耳に挟みたいものだ。」

その質問にコーネフは困った顔をする。

「多少愚痴めいて聞こえるかもしれないですけれど、ご報告しましょうか。」

いいよと女性提督。



「体力などのチェックのあと、重力調整室でGをかけながら筋力をつけるトレーニングを2時間。

加速する重力の中でパイロット・ブリーフィングを休憩を挟みながら2時間ほど。

シュミレーションマシンに入るときに一度、嘔吐しました。・・・・・・提督は女性のなかでは

そこそこ体力や運動神経はおありですが・・・・・・。少々無理があるようです。言いにくいことですし、

認めたくはありませんが提督にはそもそもパイロットの素質がありません。私は司令官から

普通のパイロットではなく「撃墜王」を育成するように言われましたから、そのように今日一日

訓練しましたが。さてどう明日から才能がないものをいかに訓練をしようか途方にくれています。

罵詈雑言をお許しください。」





「そっか。私は士官候補生時代から実技はあまり得意じゃなかった。そこまでパイロットの

才能がなかったとは。かわいそうなオリビエ・ポプランだな。」

コーネフの目の前の人物は制服に乱れもなければ、立ち振る舞いに遊びがない。

ベレー帽を胸元であおぐ仕草は、まさしく「ダスティ・アッテンボロー」提督が困ったときの

仕草である。



ともかく。

「私が運ぶしかないのか。やはり。それぐらいの膂力が今の私にはあるのかな。」

中身アッテンボローのポプランは言った。

「・・・・・・あいつが暴挙に出ないように釘を刺してくだされば、小官が部屋まで抱えていきますが。

提督、ためしにご自分のお体を抱えてみますか。ポプランなら造作なく運びますよね。」

私は小柄ではないから体重はあるんだけどねと苦笑する。

「でも筋肉質とはいえませんからおそらく、軽いですよ。」



なるほど。

自分が操縦席で失神している。・・・・・・とても不思議な感覚である。



「 ドッペルゲンガー みたいだ。・・・・・・自分の間抜けな寝顔を見るのはいいものじゃないな。」

「そうですか。眠り姫みたいで綺麗ですよ。」



世辞をどうもと中身女性提督は言った。

やれやれ。

中身アッテンボローのポプランは姿女性提督を試しに横抱きしてみた。



「へえ。こういう重さだったのか。ポプランが道理で簡単に私を抱き上げる理屈が

わかった。こいつの力なら私くらいの体重はなんともなかったんだな。」

「じゃあ提督そのままご自分をお持ち帰りください。それが平和です。」

淡い金髪の男は優しく微笑んだ。



「それにしても困ったな。これじゃいくらポプランが天才でも私の体でいる以上、訓練しても

無理ばかりが出るのじゃないか。」

アッテンボローは今日一日のオリビエ・ポプランの苦難を考えると胸が痛んだ。これでは外に

死ににいかせるようなものだと思う。全くパイロットとしては不適合なのである。



「ええ。今日一日訓練をしてヤン司令官にあとで報告にあがるつもりだったんです。もっと

簡単にいくと思いましたがアッテンボロー提督の体は思いのほか・・・・・・反射神経に恵まれて

おいでじゃありません。シュミレーションでは20回中20回ほぼ自滅です。まともに艦載機の姿勢を

整えることすら無理でした。ポプランが思っているとおりに眼や体が反応しないようで。

・・・・・・かなり深刻です。ハートの撃墜王は本当に現在不在です。」





本当に深刻だ。

「ポプランを部屋に運んで医者に見せたら、私も司令官にあいに行く。時間はかからないと思うから

私が行くまで、少佐。ヤン司令と話し合いを進めてくれないか。」

了解しました。コーネフ少佐はシュミレーションルームをあとにした。





気絶している自分を抱きかかえる自分というのは不思議だが。やはりこの体で苦戦した

自分の恋人が気の毒でありいとしくもあり。

「ごめんね。私にパイロットとしての素質がなくて。」

そう呟き抱えたまま自分の部屋に戻った女性提督であった。姿は勿論オリビエ・ポプランであるが。




by りょう





LadyAdmiral