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寧日、安寧のイゼルローン要塞。 0905時。 女性提督は恋人をたたき起こす。 さすがのポプラン少佐でも目覚めるときには少しはやさしくしてほしい・・・・・・。 いつもは甘くささやいて起こしてくれるはずの彼女が大きな声で彼を揺り起こそうと 必死。・・・・・・キスの一つでもと抱きつこうものなら枕でひっぱたかれた。 「タイマーが狂っててもう勤務時間なんだってば。おきろ。オリビエ。遅刻だぞ。」 女性提督がエキサイト。2人とも現役軍人。遅刻は厳禁。 「やべ。」 事情が事情だけに、現役少将と現役少佐が遅刻をするのはご法度。 何せこの2人は同棲している。 アッテンボローは何とか制服を着込んだが、何度起こしても起きなかった撃墜王殿は ・・・・・・見事な肢体をあらわにしている。 女性提督は男の制服だけはクリーニングしたものを取り出して着せた。 そして大慌てで出て行こうとして思い出す。ベッドルームに置いた書類が必要だと。 きびすを返して寝室に駆け込もうとした彼女は、寝室から飛び出してきた彼とまともに衝突。 「痛い」2人の身長差は3センチ。お互いが頭をしたたかに打った。 後ろに転びそうになったのはポプラン。 並ならぬ反射神経でその手をつかむのはアッテンボロー。 え。 「え。」当人たちはまずお互いを見て自分を見る。 アッテンボローはポプランを引っ張り起こして そのまま抱き寄せた。ポプランは引っ張られてアッテンボローの胸にばふっと埋まる。 アッテンボローは額に手をやって・・・・・・・。 「なんだよ。ありえないだろう。もしかしてハニーはそこにいるのか。」 腕の中のポプランは大きな目をさらに大きくしていう。 「・・・・・・私はここ・・・・・・・。お前はオリビエか。」 今度は入れ替わりである。 またもおそらく医学上で説明がつかずに検査を受けるだけで、原因などわからないままであろう。 アッテンボローが男になったのは二回目だが、まさか自分の恋人の体と入れ替わってしまうとは。 「頼む。あと1分は泣かないでくれ。おれも考えるから。」 アッテンボローの体に入れ替わったポプランがポプランの体に入れ替わったアッテンボローの 今にも泣きそうな顔を見てとにかく抱きしめた。 そして1分がたったときに出た答えはやはり。 「ヤン・ウェンリーにいうしかないな。」 いわれた要塞司令官殿も、同席した副官殿もさらにユリアン・ミンツ准尉もそれが 悪い冗談でもなく、遅刻の下手ないいわけでもないことを悟ると、5人で頭を抱え込んだ。 「頭をぶつけたのが今回はくさいな。」 ヤンは試みにいう。 けれどそれはファンタジーの分野もしくは、サイエンス・フィクションの世界である。 何でもかんでも私に押し付けてもらっても答えが出ないよと、すぐに白旗を揚げた。 「どうせ医者に見せたところで何の解決もならんと思いますけど。神様とやらの いたずらってとこじゃないんすかね。」とアッテンボローの姿のポプランが言う。 「それはポプランに賛成です。私が前に男になって一週間いろいろ検査を受けて 検査待ちで休んだけれど何もなかったんです。医学云々とは関係がないと思いますが。 先輩。」 ポプランの姿をしたアッテンボローが言う。 ややこしいなとヤンは思うし、フレデリカもユリアンも思っている。 「つまりポプランはアッテンボローだね。」 散文的な物言いだが事実だ。はいとアッテンボローは答える。 「で、アッテンボローがポプランだね。」 そういうことですねという。 ヤンは頭をかいて言う。 「大尉。緊急に会議の準備を頼む。幕僚会議をしたいんだ。よろしく。」 ヤンの会議好きといわれようが独断する裁量も気力もない。 フレデリカ・グリーンヒルは会議室を押さえて幕僚に連絡をした。 「閣下。10分後にはみな集まります。」 うん。それとユリアン。と少年を呼んだ。 「ブランデーがたっぷり入った紅茶を一杯、入れてくれるかな。」 勿論です。少年は駆け出していった。 やれやれ。アッテンボローが悪いとかそれ以前の問題でこうもトラブル、しかも 予測不能で解決の手立てのないトラブルが起こるんだろう。 ローエングラム公との戦いだっていずれありうる。まだ時期は予測できないけれど 首都星を進攻する以前にここを、イゼルローン要塞を彼は叩く手間が要る。 ・・・・・・フェザーン。 私の査問会の時期といい航行中にみた立体テレビのCMといい、フェザーンと ローエングラム公のつながりがきな臭い。査問会は勿論彼の策略ではなかろう。 考えてもわからないが。 帝国が同盟領を進攻するのに2つの回廊のいずれかを通らねばならない。 私が彼の立場ならイゼルローン要塞は捨て置き、フェザーンと手を結ぶ。 そのほうが兵が疲弊しない。 こちらの戦力が損なわれないまま進攻できる。 イゼルローン要塞を軍事的に無力化するもっとも楽な方法。 いや、楽ではないけれど戦わないで通れるなら楽だろうな。政治力が必要になるが 彼はそれを兼ね備えている。 ローエングラム公はイゼルローンなどあまり視野においてないかもしれないな。 それは以前から思っていたけれど。いやな予感だけは的中するよ。全く。 フェザーンがローエングラム公をそそのかす。 こっちが何となく合っている気はする。 フェザーンが銀河帝国をものにしようと・・・・・・いやまだまだ推察の域にすら達していない。 ・・・・・・誰かを近くフェザーンにもぐりこませることはできないかな。 シェーンコップの部下あたり。 薔薇の騎士連隊の一人では目立つかな。だが智勇を華ねそろえた精鋭でもある。 ブルームハルト中佐・・・・・・。だがシェーンコップは彼を手放したがらないだろう。 しかし一人で動け護衛もいらぬ薔薇の騎士連隊の誰かが適任なんだが・・・・・・。 だが私には人事権はない。 同盟政府にしたって、なぜフェザーンに人を送りたがるかきっといぶかしいと思うに違いない。 情報がほしいな・・・・・・。 「提督。お茶は会議室にお持ちすることにします。ブランデーのボトルと一緒に。」 机に足を投げ出して考えにふけっていたヤンは、少年の心遣いに感謝した。 「ユリアン。今ローエングラム公は何を考えているだろうね。」 少年は答えた。 「皇帝になることではないでしょうか。そしてヤン・ウェンリーを倒して、我々叛乱軍討伐後 宇宙を制覇することを考えているでしょう。」 「正解だ。彼は幼帝を擁立した。だがそれは表向きでいずれは彼が皇帝につく。同盟政府を 瓦解させて戦いにおいて同盟を壊滅しようとしている。なぜか私が一枚絡むのだが。」 「ヤン提督が稀有な敵将だからです。」少年は正直に言う。 それはおいて。 「想像の域を出ないことが多いから普段は考えないことにしているんだけれど、 ラインハルト・フォン・ローエングラムは幼帝の存在を摂政としていつまでもあたたかく 見守るとは思えない。彼はそれをどうするんだろうねえ。私とは欲するものが違うから考えが 及ばないよ。」 「ローエングラム公は宇宙を欲して、提督は年金と数十年の平和でしょう。」 うん。そうだね。ヤンは呟いた。 「彼は間違いなく宇宙を手に入れたいのだろう。ではその大義名分は何をもってだろうね。 何をお題目として戦端を開くのか。これは私とお前の宿題だ。私だけではどうも 考え付かない。手伝っておくれ。ユリアン。」 はい・・・・・・と少年は少し大人びた表情を引き締めた。 「閣下。お時間です。みな集まっています。」 グリーンヒル大尉はヤンの隣で穏やかな声で言った。 「会議の議題はろくでもないが、いささか深刻でもある。」 ヤンはふざけていったのではない。事実である。 ヤンが淡々と語った内容をムライは咳払いをし、シェーンコップは顔をしかめた。 今日は特別に幕僚会議に第二飛行隊長イワン・コーネフ少佐を列席させた。 ヤン艦隊の艦載機精鋭部隊の一大事でもあるからだ。 「・・・・・・不思議なことがあるものですな。」 沈黙を破ったのはパトリチェフ准将。この男をヤンが買っているのはエコニアで赴任した ことが起因する。豪胆で楽観的。そしてそれは中身のないものでもない。目立つ存在じゃないが 重い空気を払拭する何かを准将は持っている。 「つまり今アッテンボロー少将の中身はポプラン少佐で、ポプラン少佐の中にアッテンボロー 少将がいるということですな。」准将が言い終えるとシェーンコップがいった。 「仲むつまじくてよいじゃないか。一心同体とはこのことだな。ま。いささか不便だろうが 大きな問題でもなかろう・・・・・・。」 それに対しコーネフ少佐がきっぱり言った。 「いえ。お言葉ですが大きな問題です。シェーンコップ少将。」 空戦隊を実質預かっているコーネフは静かで温和だが、無口でもなければ 遠慮もしない。 「もしシェーンコップ少将が女性の体に入ってしまわれたら、その見事な陸戦の腕をどこまで ふるうことができますか。」 ここで事態の深刻さを幕僚は気づく。 「確かにアッテンボローは女にしては背が高いし、力も日常レベルでは十分あるが・・・・・・ いくらポプランでも女の体でスパルタニアンにはのれないな・・・・・・。」 シェーンコップはアッテンボローの中にいるポプランにいった。 「そですね。鏡を見るたび恍惚感はありますがおれの提督の体はパイロット向きじゃないです。 これで重力に耐えるほどの筋力をつけるとなると・・・・・・1からやり直しです。 小官は新兵に逆戻りってことで。反射神経はあっても筋力が及ばないから何一つするにも 至極不便極まりない。撃墜王には遠く及ばないです。頭脳の明晰さは相変らず なんですがね。」 ヤンは紅茶を飲む。隣ではフレデリカが議事内容を録音し記録。ユリアン・ミンツ准尉は 列席を赦されたがコーネフの隣である。 「わがイゼルローン駐留艦隊は空戦隊の中でもかなりの敏腕を引っこ抜けたと、私は 思っている。ポプラン少佐は制空権争奪戦で大きな戦力になる。コーネフ少佐と並んで 三桁のワルキューレを落としている。それだけの実績を持つパイロットを、我が艦隊は 今無力化された・・・・・・ということだ。」 ヤンは静かにいった。大体において彼は静かである。 「ちなみに耳に挟んだところ一人のパイロットを育てるのに300万ディナールかかる。それと やはり訓練に時間と暇がかかる。今攻撃があればうちは艦載機を出せない。出したくてもかえって 大きなしっぺ返しを食らう。負け戦が眼に見えるわけだ。」 穏やかに重大なことをヤンが言い終えるとムライ少将が思うまま述べてみる。 「コーネフ少佐だけでは・・・・・・圧倒的に不利ですな。敵はそれでなくとも数が多いわけです。 そんな場面にコーネフ少佐の率いる部隊を出したとしても、こちらの痛手は大きい・・・・・・。」 コーネフはいう。 「司令官閣下にお聞きしたいのですが、今度帝国との戦端はいつごろ開かれますか。 それによっては私がポプランを特別に訓練します。」 「お前に訓練されなくても一人でできる。」アッテンボローの中のポプランはいう。 「・・・・・・戦端が開かれるのは私の予想ではまだ少し先だな。けれどこの間のように ワープで移動されれば、今夜会戦ということもありえる。多分そんな無意味なことを ローエングラム公はしないと思うけれど。だが私から言わせれば、この間の要塞戦にしたって 無意味な戦いであり、彼は時折無意味な戦端を開く。・・・・・・あくまで私の見解だが この際多少の憶測で判断するのも必要だろう。」 ヤンは回答をした。 「私も申し述べたいことがあります。」 ラオ中佐が言った。 「分艦隊では過日、アッテンボロー提督不在で大きな問題はなかったのですが復帰されたときの 士官たちの士気の高揚は否めません。フィッシャー提督、メルカッツ提督は熟練された経験も 実績もある将帥であられます。その両提督のもとで秩序と統率はありますがアッテンボロー提督の 支持の篤さは大きな問題であります。空戦部隊だけの問題ではありません。」 「確かにブリッジでポプランが指揮をとったところで、華麗でもなければ美しくもないな。」 キャゼルヌはジョークではないがそれに準じる言葉を吐いた。 「フィッシャー提督。実際にアッテンボローが不在だったときの分艦隊の感触があれば 一言願いたいな。」ヤンはいった。 エドウィン・フィッシャー少将はイゼルローン駐留艦隊副司令官であるので、当然分艦隊にも 顔が利く。彼は普段は寡黙なほうで話すときも冗漫な口調ではない。 「軍閥とまではいかぬとしても、アッテンボロー提督に兵士が寄せる信頼はこの上なく大きいものです。 艦隊司令で信頼とは大きな力を持ちます。」 やっぱりなとヤンは頭をかいた。ユリアンはそんなヤンを見つめている。 「メルカッツ提督はいかがな感触をお持ちですか。」 ヤンはこの老練なる名将の意見を貴重なものとしていた。 「失礼を承知であえて具申しますが、アッテンボロー提督は凡庸ならざる容貌をお持ちだ。 才気も度量も智謀も優れておいでだ。兵の信頼感というものは提督個人の容貌を含めた資質も 大きくかかわりがあると思われる。だが実際、会戦が開けば提督の頭脳と覇気が兵士を 率いるのであるから、アッテンボロー提督の内面的な資質が損なわれてなければそう大事には 至りますまい。」 それも一理あるな。 ヤンは紅茶にブランデーを注ぐ。 「小官のほうは肉体労働ではないからこの体で問題はないです。」 ポプランの中のアッテンボローはいう。 「だが正直な話、ぶちまければお前さんの姿で鼓舞される男は多いからな。その点はどうするんだ。」 シェーンコップは容赦なくいった。 「そうだな。私はキャンペーンガールだから「キャンペーン終了」とでもいってやろう。本当に 私が無能であれば分艦隊の司令はフィッシャー、メルカッツ両提督にお任せする。 ・・・・・・ま。いままでもはったりで乗り切ってきたから軍務放棄はせずやることをやれば 追随するものはある。と思うが。」 アッテンボロー提督は自己評価が低い人だとメルカッツは思っている。 だがこの常人ならざる将帥はあの赤毛の青年参謀を思い出させる。 ジークフリード・キルヒアイス。 あえてヤン・ウェンリーより前にはけして出ない。 ラインハルト・フォン・ローエングラムの影であろうとした姿と重なる。 そして均衡の取れたえがたい智将である点も・・・・・・。 「ポプランの声で動かないようなら副官を通して指揮すればいいか。やはり大きな損害は 空戦隊だな。おれは物忘れはひどくないが、ポプランが空では大いなる戦力であることを よく忘れる。」 シェーンコップはアッテンボローの中にいるポプランを軽くにらむ。 「それはお互い様ですから別段苦情はありません。小官も少将が要塞防御指揮官であることを しょっちゅう失念しますから。」 アッテンボローの中のポプランは切り替えした。 ヤンは考え、いった。 「コーネフにポプランをしごいてもらおうか。それが楽そうでいいな。」 やはりこの時期帝国からの進攻はまだないだろう。そしてこの2人が入れ替わったことは この間の「性転換」のようにすぐおさまるのか不明だ。幸いアッテンボローは運動神経も 膂力にしろ・・・・・・ヤンは自分よりはましだと思う。 「そんなあ。」アッテンボローの中のポプランは情けない声をあげた。 「仲良くしような。ポプラン少佐。」コーネフはにっこり微笑んだ。 けれど一つ懸念はあるな。 「ハイネセンのお歴々にはなんと報告する。ヤン司令。アッテンボロー提督とポプラン少佐が 頭をぶつけ合って入れ替わりました、とでも超光速通信を打つのか。」 キャゼルヌはまじめに言っている。冗談ではない。 この男は根がまじめで口が悪いだけだ。 「そんな与太話をすれば余計な更迭騒ぎが起こりかねない。人事を動かすのは得策じゃないから、 今回のことは報告しなくていいよ。キャゼルヌ少将。もみ消してくれ。どうせ呼びだされてしかられるのは 私だからかまわない。」 ヤンはどさくさにまぎれてとんでもないことをいう。 お前さんが呼び出されると騒動が起こるから困るんだと要塞事務監は言う。 「・・・・・・ま。それはそれでこの2人は医者に診せるか。どうする。医療費の無駄に 終わるとおれは思うぞ。」 キャゼルヌには階級は無関係だ。 その意見はほぼみなが同意した。「医学でどうこうならないだろう。」 放置すればそのうち元に戻るだろうと二人の生活面でのことはあまり会議では重要と されなかった。同じ部屋で暮らしている恥じらいも何もない恋人同士が中身が入れ替わったところで 他人はわずらわしいと思わない。 「じゃあ。ポプラン。アッテンボローの体で訓練を受けて、もう一度撃墜王になって戻っておいで。 並みのパイロットじゃだめだよ。あの天才的な攻撃力のある撃墜王になってくれ。帝国との戦いで うちには艦載機のベテランがやっぱり必要なんだ。それにお前さんから女性とスパルタニアンを 取ったら・・・・・・ま、続きは私が言わなくていいか。」 ヤンはデスクの上で指を組み淡々と言う。 「つまり司令官閣下は、ポプランから女性とスパルタニアンをとったらジョークと不条理しか 残らないとおっしゃりたいのだろう。」 コーネフ少佐が引き継いだ。 「ひどいな。あんな厳しいことをアッテンボロー提督の体にするなんて。この美しいプロポーションが 筋肉質になってしまったらそれこそ人類の至宝の損壊だ。美の冒涜だな。」 おおげさにいうなと、ポプランの中のアッテンボローとコーネフが言った。 「過去女性提督はいなかったが、女性の撃墜王は存在している。無理な話でもありますまい。」 ムライが言う。 「腹筋くらい割れてもいいな。ちょっとそんな体型にあこがれる。頼んだよ。ポプラン少佐。 綺麗な体を返してくれよ。上腕も鍛えておいてくれ。夏だから丁度いい。」 ポプランの中のアッテンボローは他人事である。 なにせ「突発性性転換」をしているから男になるのは人類どの女性よりも慣れている。 大して支障なしという顔をしている。 じゃあこれにて会議終了だと立ち上がった。 ヤンはコーネフ少佐に「頼んだよ。」といった。 コーネフは敬礼をして司令官閣下を見送った。 シュナイダー大佐は思っていた。 自由惑星同盟というのはどこまでも自由なのだなと。 by りょう ふざけた話だよなー。我ながら。というかラインハルト、あんたの爵位がややこしいよ。 |