真昼の三日月・3




時々。

ポプラン少佐は女性提督の前に現れて飯を食いにいきましょとか酒を飲みにいきましょと

気軽に声をかけた。

彼女の隣にヤンがいようがフレデリカがいようがユリアンがいようが。ラオなどは気にしていない。



「どうして仕事以外の時間お前さんに付き合う必要があるんだ。」

アッテンボローは質問する。

「うまがあう上官と飯を食っちゃだめですか。」



・・・・・・なんだかなと彼女は思うけれど悪いとはいえない。

「だめじゃないけど。じゃあきくがお前は僚友といちいち小じゃれた店に飯を食いにいくのか。」

「じゃあ士官食堂で夕食食べません。おれ今日はあぶれて一人で飯を食わないといけないし。」

アッテンボローの隣で聞いているユリアン少年はあっけに取られている。

「私は自宅で夕食をとるつもりだ。自炊は得意なんでね。それにお前さんがお相手を

見つけられないからって私が付き合う義理はないだろ。」

それはそうなんですけれどね。とポプラン。

「じゃいいです。また誘いますけど今日はやめときましょ。」



・・・・・・。



「お前が誘ったんだし今夜の飯はお前のおごりなら行く。」

アッテンボローはそっぽを向かれるとついていきたくなる習性。



「チャイナフーズは嫌いですか。新しくできたんです。」

「そこは評判なのか。チャイナは好きだ。」

そして食べ物に釣られるアッテンボロー。

「おとといの女からの情報です。デリバリーもするんですよ。坊やも来るか。ユリアン。」

いきなり話を振られた少年は微笑んで遠慮した。

そうするべきだと聡い少年は察知していた。

「僕は本当に作らないと。ヤン提督がおなかをすかせて動かなくなりますし。」

残念だなとポプランとアッテンボローは見事な二重奏。

じゃあ1800時に執務室にお迎えにあがっていいんですかと男はいい女は構わないよと

いう。少年は・・・・・・。



「空戦隊のポプラン少佐と食事にいったのかい。あのアッテンボローが。」

少年の保護者に当たるヤン司令官は軽く驚きの声をあげるがブランデーをなめながら

ソファに胡坐をかいて座っている。

少年は今夜クラムチャウダーのシチューを作っている。

「それは至極自然な誘い方で僕びっくりしました。アッテンボロー提督の性格をよくご存知な感じ

・・・・・・提督。もうすぐできますからあまりお酒は召し上がらないでくださいね。」

うんと青年司令官殿は返事をしながらもグラスをはなさない。

「アッテンボローの性格をポプランがうまくついているというんだね。ユリアン。」

僕などが言うのは生意気ですがと少年。



「しつこくされるのがお嫌いじゃないですか。アッテンボロー提督って。仲良くなればあまり

関係ないけれど特に相手が男性になれば、押されるとひくでしょう。でも少佐って押さないんです。

誘ってだめだとすぐまた今度って感じで。そういうのがアッテンボロー提督には・・・・・・

面白そうでしたよ。」

「たしかにうまい手だね。少佐はあいつをよく観察している。」

できましたよと少年はテーブルに鍋を置く。セッティングはしてあるから盛り付けだけ。

うまそうなシチューだねと青年に頭を撫でられた少年はにっこりと微笑んだ。

「中にショートパスタが入ってます。きのことあさり・・・・・・提督のお好きな白ワインも。」

うんうんとヤン・ウェンリーは食卓につき。



「お前、いいこだよ。ユリアン。」と微笑んだ。



「徳貴楼」なるチャイナレストランを出て自分の頬の熱さに驚く女性提督。

「紹興酒というのはきつい酒なんだな。おいしかったけど。」

男は適度な距離をとって彼女の横を歩く。

「あのての酒はきついからあんなピッチで飲むのは無茶です。大丈夫ですか。

えらく顔が真っ赤です。」

アッテンボローはポプランにいった。

「私は白い顔をしているからすぐ顔に出るんだ。そんなに赤いかな。でも大丈夫。

それより割りと払わせた気がする。悪いな。ごちそうさん。」

おいしかったですか。と男が聞くと女はうんと至極ご満足。

「人の金で食う飯はうまい。」

「やなこというひとですね。提督。」ポプランは笑った。

冗談だとアッテンボロー。

「今日のところは素直にご馳走になる。だが次回何か奢る。貴官に借りを作るのは

いやだな。」

「あれ。今度は提督が誘いましたね。」

ポプランは距離は縮めないがアッテンボローの歩調にあわす。

「気のあう下士官と飯を食っちゃパワーハラスメントになるのか。少佐。」

いえいえ。

「今夜の提督はお酒を召し上がってよってらっしゃるし。期待しないで誘われておきます。」

うん。期待はしないでくれ。

確かに自分は酔っている。あの酒はおいしいが酔いがまわるのが早い気がする。

アッテンボローは自重しつつ。それでも年下の士官に奢られっぱなしでは申し訳なく思う。



撃墜王というけれど・・・・・・。いやまさに艦載機では撃墜王なのであろう。すでに三桁の敵機を

落としているならば恐ろしい腕前だ。自分などよりこういう男のほうが戦場の厳しさを知っている。

それとは別に女性の撃墜王とも聞いていたが男は一向に自分にはそれらしくない。

椅子に座るときも椅子を引くわけでもない。それを期待はしていなかったけれど。

ドアを先に開けるわけでもない。それを期待はしていなかったけれど。

これが僚友というものかなと女は思う。

「提督。ちゃんと帰れますよね。じゃあ今夜はこれで失礼します。」

他の女だなと彼女はちくりと何かが痛むのを無視して「今日の恋人は

見つけられなかったんじゃないのか」と皮肉ってみた。



まだ夜はこれからですから今から女を探しますと男はにやっと微笑んだ。

「そうか。今夜はありがとう。素敵なレディに出会えるといいな。」

そんな言葉をいった自分が「どこか違う」気がした女性提督であった。







2100時過ぎ。



確かに夜はこれからだと別れて一人で歩くアッテンボローも思った。

さっさと帰って寝るのもいいけれど。

彼女が歩いたのはあの星が広がる展望台。

さすがにこんな時間だから一人きりにはなれないけれど酔い覚ましの缶コーヒーを買って。



結局「トリグラフ」は彼女の旗艦になった。

「先輩が新しい戦艦にのるべきでしょう。駐留艦隊の司令官だしその旗艦にふさわしい船ですよ。

ムライ参謀長が言っているとおりだと思いますが。」

彼女の先輩は黒髪に手をやって。

「まあ。お前のほうが似合うよ。あの船はきれいだしね。私より美人が乗るほうがふさわしい。

それを私は「ヒューベリオン」から鑑賞するよ。私は自分の船がわりと好きなんだ。」

そんな会話を思い出して。



星の海だなと目の前の光景を眺める。



オリビエ・ポプランという男は不思議だ。

彼女はいつもどこかしらで男に誘われたり告白されたり口説かれたりと追いかけられる。

なぜだろうと自己評価が低い彼女は不思議と思うしからかわれているんだろうなとも

思っている。

ポプランにはそういうところはない。硬化特殊ガラスにうつる自分を見てもきれいな女とは

いえないものなと自嘲する。魅力がなければ口説かれることもない・・・・・・か。



「いい女がいないんです。」

後ろから最近聞きなれた男の声がした。

振り向くとポプランがたっていた。

「ここならいい女に会えるかもと思ったんですが。野郎を連れた女ばかり。

ま、ここはデートスポットでもあるから仕方がないですけれどね。空振りです。」

女は口角を上げて笑みを漏らした。それはご愁傷様だね。缶コーヒーを一口。



本当は男は女が酒によっているので部屋まで送り届けたかった。危なっかしい。

でもそういっても聞き入れるような女性提督ではないことも知っている。

別行動をとるフリをして酩酊気味の女性提督に危険が及ばぬようにあとをくっついてきた

のが真相。



この人は女扱いをすると嫌がるからなと男は視線を合わせぬまま女の隣に立つ。

「提督、うたうまいですよね。」

ポプランにいわれてアッテンボローもよいが醒めた。

「聞かれてたか。」2人とも目線は目の前の光る海。

「うたってくださいよ。」

「だめだ。素面でうたえるか。恥ずかしい。」

「散々飲んだでしょ。まだ足りなんですか。」ポプランはからかうようにいう。

「・・・・・・・酔いが醒めた。」アッテンボローは笑った。



笑うと本当かわいいなと男は思う。ユニセックスな顔立ちも氷のような美しさも惹かれるけれど

この笑顔はちょっとやそっとじゃお目にかかれない特上クラスの魅力。

あまりにかわいいので女のもっている缶コーヒーを横取りしちゃおう。

「こら。人のものをとるな。」

「のどが渇いたんです。ひとが飲んでるものはうまそうだし。」

一口飲んで女に返す。「はい。まだ残ってますよ。」

・・・・・・。

間接キスとかいってきたら足蹴にしてやろうと思って一気に飲み干すアッテンボロー。

「何度も 間違えるたびに 長すぎる夜を 数えてたけど

確かにみた あの日の光は 今も私たち つなぎとめる・・・・・・って歌詞じゃなかったですか。」

そっちからきたのか。女は微笑む。

「そう。そんな歌詞だ。」

きれいなうたですね。「昔の恋を思い出しますか。」と男。



さあねと女。昔の恋は忘れることにしてるんだ。

「四角い青空に 真昼の三日月は ビルの隙間で 頼りない幻のように

ささやかなものほど 本当は大切と 人ごみの中 自分の場所 確かめた

何度も 間違えるたびに 長すぎる夜を 数えてたけど

確かにみた あの日の光は 今も私たち つなぎとめる



地下鉄の階段 駆け上がる途中で 懐かしい声 

聞いたようで 振り返る

何度も 書きかけたままの 出せない手紙は捨ててしまおう

遠く続く まっすぐな道を 歩いてゆくから 明日からも

何度も 間違えるたびに 長すぎる夜を 数えてたけど

確かにみた あの日の光は 今も私たち つなぎとめる・・・・・・。

ただ単に耳に残るうたってあるだろ。その手のうた。思いでもなければ恋も

絡んでない。」

でもきれいな・・・・・・うただ。

「提督って声かわいいですね。声は。」

「声だけか。この野郎。」二人は笑う。

2200時。



「帰りましょ。酔いも醒めたでしょ。うろうろしてると男に襲われますよ。」

そうだね。とアッテンボロー。

「帰って本でも読もう。読みかけの本があったんだ。」

何読んでるんですかと男。「連続殺人犯のルポ。」と女。



「・・・・・・かわいくないなー。」

「いいよ。かわいくないのは承知だから。じゃあな少佐。」

歩く女性提督にくっついて歩く撃墜王。

「で、連続殺人犯は何人殺したんですか。つかまったんですか。」

「いや迷宮入り・・・・・・・というか容疑者特定したとたん容疑者が・・・・・・・。」



オリビエ・ポプランは恋の達人。

うっかり女性提督はそのまま部屋まで送り届けられてしまったのでありました。

それも無傷で。



by りょう






LadyAdmiral