真昼の三日月・4
ある日酒を飲むならいい店があります。なんて少佐が言う。 女性提督は士官食堂で最近仲良くなったかわいいフレデリカ・グリーンヒル大尉との 歓談のひとときを邪魔されて幾分不機嫌になる。 「お邪魔でしたか。」 「うん。邪魔だ。で何時にどこでいつなんだ。」 「今日1800時。執務室へお迎えにあがります。」 「制服のままでいいよな。少佐。」 「おれもそのつもりです。」 考え違いをしないでほしいんだけれどと女性提督は言う。 「この間のめし代を多く払わせている借りを返すだけだから。」 「了解です。」ではとまたもきれいな敬礼。 ・・・・・・。あの敬礼姿にだまされているのだろうかとアッテンボローは思うけれど。 ミス・グリーンヒルは小さく笑った。 「かわいい詐欺師さんですね。提督。」 いいなあ。フレデリカ・グリーンヒル。金褐色の髪に大きなヘイゼルの眸。 間近でみるとさらに可憐。聡明さも素敵。 ないものねだりの女性提督。 給湯室で大尉は少年に女性提督と撃墜王殿の会話を話した。 「・・・・・・少佐はすごいですね。アッテンボロー提督は貸し借りがお嫌いなんですよ。」 「シェーンコップ少将もときどきアッテンボロー提督お目当てにいらっしゃって それはソフトにお誘いになるけれど。そういうのは提督のお好みじゃないみたいね。」 少年は両方のレディキラーがあのいつも家に来てはヤン・ウェンリーと冗談ばかり いうきれいな女性提督のハートを射止めようとしているのかと思うとちょっと愉快だった。 「ユリアン、茶器は温めておけばいいというけれどこれくらいでいいのかしら。」 少年はあこがれのミス・グリーンヒルに「ヤン提督が好きな紅茶」の入れ方を伝授している 最中であった。 「そうですね。こんなかんじです。大尉すじがいいですね。」 少年の賛辞にフレデリカは美しく可憐な微笑を見せた。 「ありがとう。ユリアン。」 「お前さんの恋人たちと来る場所なんだろう。遠慮するよ。」 1810時。 イゼルローン民間区の端にある一軒のショットバーにつれてこられたアッテンボローは 店の前に来てついそう口にした。 「ま。いいじゃないすか。おれはここの酒が好きなんです。奢ってくださいよ。」 はるか昔の西部劇とやらに出てくるような頑丈な木材のテーブル。 素朴な木の椅子。「指名手配」のポスターが壁に貼ってあり、 馬のくらや、蹄鉄などまさしく「マカロニ・ウェスタン」がテーマらしい。 店内は相手の顔がほのあかるく見える、暖かい色みの照明。 幌馬車の模型や昔のウィンチェスター銃のレプリカ・・・・・・。 カウンター席とテーブルはあるがひとはいない。これで儲けが出るのだろうかと思うアッテンボロー。 男は女に断りもなくカウンターへ腰掛ける。スツールも木でできている。彼女も腰掛ける。 隣に。 「いつもの。こっちのレディにはシングルで。」 メニューを見るとウィスキーとバーボンしかない。女性提督は実はその手の酒は苦手。 カクテルだのワインだのとちまちました飲み物が本当はお好みだがそういうものはない。 「実は女も誘わないで飲む店です。」 彼女の目の前にごつごつしたグラスにウィスキーのシングルがロックで。 隣を見れば琥珀色の液体がやや濃く見えるからダブル・・・・・・かな。 「当然男も誘わないんだ。」 「当たり前ですよ。」ポプランは言う。きれいな緑の眸が微笑んでいる。 女は酒に弱いことを隠してグラスをカチンと合わせる。 「乾杯。」 「何に乾杯ですか。」 「・・・・・・友情かな。」 「おれのこと友達にしてくれるんですね。」 うん、と女は酒をあおる。ちらりと女を見るポプラン。多分ウィスキーくらいは あのヤンの幕僚で弱いはずもなかろうと心を配る。 「どんどん行きましょ。提督の金だから。ただ酒はうまいですね。」 いやなこというなと女は微笑む。赤くなるのは肌が白いからだろう。 2人とも二杯目、三杯目と話をしながらグラスを空けていく。 「提督顔真っ赤ですよ。まさか酔ってないですよね。」 「酔わないよ。シングルで酔うはずないだろ。そもそも私だけがどうしてシングルなんだ。 普段ならもっと飲むんだよ。ヤン先輩とかキャゼルヌ先輩とかとはね。」 うそ。 ヤンとキャゼルヌと飲むときはごく薄い水割りにして飲むので「アップルサイダーにしろ。 酒がもったいない。」といわれる。ワインなら瓶一本くらいは空けれるがウィスキーなどは 実は苦手。けれど水割りを4杯飲むとテンションがあがりもっと酒を飲みたくなる癖がある。 もうすでに彼女は5杯目。 一方撃墜王殿は他の男の名前・特にヤン・ウェンリーの名前が気に入らない。 あれ。すごく独占意識。こういうタイプじゃないはずのおれ。 恋は自由。誰が誰に恋をしても自由。 女性提督が司令官に恋をしようがおれはかまわないはずなんだが。 「じゃあこちらのレディもおれと同じものを。」 「話がわかるね。撃墜王殿。」 アッテンボローは微笑んだ。酔いが手伝って妖艶な微笑。 ダブルのロック。 「今夜は飲みたい気分なんだ。付き合えよ。少佐。」 「つぶされてあとで泣かないでくださいよ。少将。」 水割りが4杯すぎたら彼女は別人格。もうすでに6杯目。 「趣味は料理と編み物。わらったな。編み物をしてると頭がさえる。」 そんなことをいう12杯目の女性提督。 「うちの灰色コーネフみたいなこと言いますね。クロスワードをとくと頭の回転にいいと あれは言います。」 クロスワードね。 「おれも料理は得意ですよ。いつでも少将に作って差し上げます。」 「結構だよ。私はそもそも一人で食事をするのが好きだ。ん。ミス・グリーンヒルは 別だぞ。そうだ。お前さん女遊びが好きな御仁だったよな。少佐。」 「男遊びよりは高尚な趣味ですよ。」と15杯目のポプラン。アッテンボローのグラスが空に なっているのに気づいてマスターに目配せをする。13杯目の女性提督。 「フレデリカ・グリーンヒル大尉だけには手を出さないでくれ。」 あっというまに13杯目のグラスは空。 でも表情はいつものまま変わらない女性提督だからまたも14杯目のダブルがテーブルに置かれる。 「どうしてミス・グリーンヒルはだめなんですか。彼女きれいですよね。」 ポプランの額にデコピン。 これは暴力にはならないよなと女性提督は言うがされた当人は痛い。 「彼女はあげないよ。手を出すならお前を赦さないからね。あのこは先輩がすきなんだから。 先輩の花嫁候補にしてもいいと思っている。・・・・・・料理に問題があるだけであとは 何もかも申し分ない。だから。」 もう一発デコピンなのかとポプランはひたいにあてられた指をみる。 「彼女に手を出したら赦さないからね。」 つんと撃墜王殿の額を優しくつついて女性提督は「おかわり」といった。 ・・・・・・まじでかわいいんですけれど。 予期せぬ愛に射抜かれてしまったのはオリビエ・ポプラン少佐だった。 結局ポプランは21杯目でやめておこうとグラスを置き。 女性提督は17杯目のグラスを未練がましく手放さない。 「・・・・・・・少将。怒りませんからいってください。本当はお酒に弱いんですね。」 「・・・・・・。飲むのは好きなんだ。顔が赤くなるだけ。弱くはないよ。」 怒りませんし誰にもいいませんからと男がいささか厳しい目で言うと。 「・・・・・・あんまり得意じゃないんだ。多分そっけないのに足元がふわふわする その感じが苦手なんだと思うよ。飲めないわけじゃないし美味しかった。」 男は女の腕を引っ張り勘定を済ませて店を出た。 「痛いな。勘定は私が払うはずだろ。酔っていても頭脳明晰なんだからな。 いくらだ。」 確かにこの間ほど彼女はよってはいない。多分ウィスキーという酒の性質が 酔いを増長させる類の酒でなかったからであろう。 ただいつもより目が・・・・・・妖しい。 そういう潤んだ眸で見られてはヨコシマナ心が動き出すのを男は 止められないし今はまだ口説くときじゃない。 「3456967923+1はいくつですか。」 「・・・・・・346・・・・・・?」 ・・・・・・。どこが頭脳明晰だ。 「時間も2400時を越えました。今日のところは素直に送らせてください。 危なすぎる。」 「なんだ。貴官、私を口説いているのか?」 じっとねめつけられる。きれいな眸をしてやがるぜこの女。 「口説くときは薔薇の花束を抱えて参上しますよ。」と男。 「ふぅん。ならうまいシャンペンもつけておくれ。」女は笑った。 ちくしょー。食いたくなるかわいさだなと男は心で地団太を踏む。 くっちゃえばいいのにと男の片割れはいい。まだ順序があると片割れがのたまう。 こういう無防備さがたまらなく狂わせるんだよな。こっちのペースを。 口説く時には白い薔薇の花束がいい。 おれは空の男だから縁起はかつぐ。 白い薔薇の花言葉は「尊敬・純潔・約束を守る・無邪気・恋の吐息・ 私はあなたにふさわしい・心からの尊敬。」 それと「相思相愛。」 これは用意しておこう。 そしてシャンペンは極上ものを用意するとして。 タイミングも考えないと。シェーンコップのくそ野郎もこの女を狙っているとか。 けれどこちらに分はある。 でもどうしてこんなに心惹かれる。 この女よりきれいで気持ちの優しい女はいるのに。 しかも絶対この女はおれが他の女と恋をすれば平気でさよならをいう女。 ・・・・・・しかたがない。 弱気で美女を獲得できたためしはない。 数多の女たち、さようなら。おれはこの女が本当にいとしいみたいだ。 誰にも譲りたくないね。ヤン・ウェンリーであってもわたせない。 「月が見えないのは味気ないよな。そう思わないか。少佐。」 酔っているくせに一人で先先歩く女が空を指差す。 どんどんこの男との距離が縮まっているのは私が酔っているから錯覚しているのか。 振り向かなくても声を聞かなくても男は私を見ている。でも過剰に心配もせず見守っていて くれている。 男なんて年齢じゃないみたい。 10歳歳が上でも狭い男は狭いし2歳しか変わらぬ年下の男が思わぬほどに鷹揚で 私は気持ちが楽になる。転びそうなときは黙って腕を貸してくれるだけ。 そういう男は少ない。 私はきっとこの男が好きなんだ。 けれどそれを言わないうちが・・・・・・安心できる臆病な女なんだ。 手が届きそうで届かない二人でいいじゃないか。 いつかは別れるのが恋。 現に彼女はそんな恋を続けてきた。好きでも別れていく恋。 居心地がよくなってきたからそろそろ坊やともお別れしよう。 坊やは女性との恋が好き。不特定多数の恋人を愛せる男。 彼女は一夜の恋は嫌い。一人の男しか愛せない女。 それがもう見えている。 いまなら飲み友達で終われるから・・・・・・ モウキミニコイヲシタカラ、アワナイヨ。 送ってもらったドアを閉めて。ドア越しに帰る男の足音を聞きながら。 これ以上君に肩入れをすると私は私でなくなってしまう気がする。 だから今後はもう君の誘いには乗らない。 キミニコイヲシタカラ。キミニアエナイノ。 真昼の三日月のように儚い恋心は封印して思い出の中にしまっておこうとする女と、 他の数多の恋は捨てても女をえたいと思う男との恋愛事情は・・・・・・。 こんな形で始まった。 そしてヤン・ウェンリーの一生に一度あるかないかの「おせっかい」と イワン・コーネフの「一日一善」のおかげで二人は時間をかけて 恋に落ちてゆくことになる・・・・・・。 by りょう |
「真昼の三日月」
うわー。落ちない。
そもそもが落ちにくい話だったから落ちないです。ちょっとかっこいい
ポプランが書きたかったんです。
それだけです。(ファン?まさか!
「何度も 間違えるたびに 長すぎる夜を 数えてたけど
確かにみた あの日の光は 今も私たち つなぎとめる・・・・・・。」