真昼の三日月・2
「空戦隊隊長を拝命しておりますオリビエ・ポプラン少佐であります。 提督、どうぞお見知りおきを。」 女性提督は眉をひそめたくなったが噂云々で人を判断するのはいけない。 つとめて表情は崩さず。 この御仁もさっきの要塞防御指揮官と女性遍歴の双璧といわれている。 「噂の撃墜王殿だな。何せ若い連中が多いんで少佐のようなベテランパイロットは心強いよ。 よろしく頼んだよ」 と敬礼を返した。噂のというのはちょっと嫌味かなと思うがまあいいだろう。釘をうっておくのも いい。くだんの要塞防御指揮官とこの撃墜王殿は妙齢の女性ならまず口説くのは礼儀と 聞いている。自分は美人じゃない(と本人は思っている)けれど妙齢であり独身だから条件に 全く合致しないわけではなさそうだと彼女は防衛策を講じた。 口説かれたらなんていい返してやろうかな。 彼女は士官候補生時代からやたらと男たちに口説かれる経験が多くて当人は 辟易していた。 これまで三人の男と交際はしたけれど好きになったなと思うのはその三人だけ。 口説かれるのは彼女にとっては苦手分野であった。 「あなたに頼まれたのなら、精励します」 孔雀石・・・・・・。そんな石の色を思わせる緑の見事な眸がきらめいた。 そう思っている間にかの撃墜王殿はきびすを返して彼女に背を向けて その場を立ち去った。 ・・・・・・。 拍子抜けはしたが随分楽に終わった。要塞防御指揮官は強引だが撃墜王殿は そうでもないんだなと緊張した自分が愚かに思える。 「四角い青空に 真昼の三日月は ビルの隙間で 頼りない幻のように ささやかなものほど 本当は大切と 人ごみの中 自分の場所 確かめた・・・・・・。」 ついこの歌を口ずさむ。宇宙港を見下ろす展望台で女性提督はまだ船を見ていた。 真昼に月など見えない。でもかすかに見える。青空の中に小さな月が。 見えないけど青空のもと月は存在する。太陽が輝くから月は見えない。けれど 確かに光を放っている。 そのはかないが、確実な「何か」を感じさせるこのうたが彼女は好きだった。 「さて。居住区でも見に行くか。」 気持ちのスイッチを切り替えて彼女は歩き出した。 そんな最初の出会い。 オリビエ・ポプランは女性提督の実物を見て映像以上に美形だなと感心もしたし 近くで見るとでかすぎると思った胸もバランスは悪くない。 腰は服の上からだから推測だがあまり外れないサイズを彼ははかれる。いい感じに細くなっている。 そして尻の大きさといい高さといいあがりっぷりといい見蕩れた。 歌を口ずさんでいた。 「何度も 間違えるたびに 長すぎる夜を 数えてたけど 確かにみた あの日の光は 今も私たち つなぎとめる・・・・・・。」 そんな感じの歌詞だった。きれいな言葉ときれいな声。かすかに聞いただけだが とても・・・・・・耳障りがよくて。 声をかけるタイミングを計りなおして。そして口説くつもりだったのもやめた。 出会い頭口説くのもいささか趣がない気がしたのだ。彼女は月のように冷たい色を した女性。銀と翡翠の石を溶かし込んだような長い髪とまさに磨いた翡翠のような 眸をして。肌も陶器のようにきめ細かくて白い。冷たい色をしている女性は 月のようだと男は考えた。 いきなり口説くのはもったいない。 美しい月はいつでも空にある。 真昼でも、夜でも・・・・・・。 そう考えるとただ単に自己紹介だけで十分だったと男は思うしなんにせよ 彼女のたとえようがない美しさにも魅了されたのだから。 初対面はこれくらいでいいのかもしれないといやに今回は慎重な撃墜王殿であった。 彼女は目立つから見つけようと思えばすぐに見つけられる。参謀の男がいつも一緒にいる。 あいつは目立たないがたしか射撃の腕がそこそこの男のはず。その参謀長がいないときは ヤン・ウェンリーかその養子の坊やがくっついている。昼食だけはこれまた若くてかわいい ミス・フレデリカ・グリーンヒルと一緒。・・・・・・あの人はあんまりひとりでいないんだな。 ポプランはそう観察していた。 フレデリカ・グリーンヒル大尉もなかなかかわいい。美人だ。だがヤン・ウェンリーに夢中なのは 誰もが見れば一目瞭然。気づいていないのは坊やくらいじゃないか。坊やは年上の大尉がお好み。 目が肥えてるやがるな。ユリアン・ミンツ。しかもあの美人提督の側にもいつもいても赦される 特権がうらやましい。子供だから仕方ないが。さてあの美人提督に どう近づけばよいのやら・・・・・・。 ま。善は急げ。行動あるのみ。 撃墜王殿は参謀と歩いていた女性提督に声をかけた。 「・・・・・・酒を飲みにいく?貴官と私がか。」 「そうです。お茶でもいいですけど。」 「理由は。」 「そうですね。口説いているのではないことだけは確かです。あなたには興味がありますが もう男に口説かれるのは辟易しているってお見受けします。でも女性の提督には興味が あリます。もしかするとあなたのご命令で空を飛ぶこともあるでしょうし。自分の指揮官に興味が あるのはだめですか。」 アッテンボローは噴出した。・・・・・・笑うとなかなかかわいいじゃないかとポプランは思った。 「そうだな。じゃあどこかいいカフェを知らないか。私はあまりイゼルローン要塞の民間 区域は不案内だから店を選んでくれ。コーヒーくらいはご馳走するよ。」 女は怜悧な微笑を浮かべ男は思案した。 「時間はいつがいいですか。昼ですか。」 「今日の1800時には仕事を終えると思うけれどその後でもいいなら。」 ではそのころ執務室にお伺いします。では閣下。と男はまたもきれいな敬礼を。 ラオ中佐がアッテンボローに声をかけた。 「閣下。見事に口説かれましたね。」 「そうかな。ま、何かされそうになったら防衛するだけの腕はあるよ。それに少佐が言うことも 一理ある。私の命令ひとつで艦載機で飛ぶのだし一番危険な任務をする最前線の男だし。 女の私にどんな裁量があるのか興味があるのは観察したいのだろう。」 それが手なんだと思うんだけれどとラオは思うがいちいち上官の男性関係にまで 注意していると本来の仕事ができない。なにせ女性提督宛のラブレターやファンレターや 贈り物を処理するのに一人誰かほしいところなのだから。まったく分艦隊主任参謀長の仕事では ないと思う。 その日の1800時。アッテンボローが執務室を出るとポプラン少佐が待っていた。 定時は1700時だがこの女性提督は大体いつも一時間は残業する。 「時間ぴったりですね。提督。」 「ま、わりと時間にはきちんとしてるほうかな。学生時代はそうでもなかった。で、どこで はなすかい。少佐。」 ポプランがいうには宇宙港を見下ろす展望台の少し離れたところに新しくカフェができたという。 「オープンカフェですから安心でしょ。提督。」 「オープンカフェなら何が安心なんだね。少佐。」 「おや。小官が気でも変わって口説きにかかればいかがなさります。逃げられる場所を 選びました。」 アッテンボローは表情も変えずにいう。 「口説くなよ。それが前提だ。私は女だがルールなしの喧嘩では負けたことはない。」 了解しましたとポプランは言う。 とはいえど。 「とはいってもうちの駐留艦隊では上官が下士官に暴力をふるうことは固く禁じられている。 うちの司令官閣下はおおむねおおらかだがこういうことには厳格な方なんだ。だから貴官に くどかれたら私は逃げるとしよう。いっておくが逃げ足も早いよ。」 ポプランは笑う。 「まあ。口説く時にはそれなりの準備をします。とりあえずカフェで話しませんか。そうですね。 あなたのアムリッツァでの戦いの話をうかがいたいです。」 おやおやこの坊やは本当にこういう堅い話が手なのかと女性提督はとりあえず のせられるところまではのってみようと思った。 ダスティ・アッテンボローは迫られるのは嫌いだがそっけなくされると 興味がわくという奇癖の持ち主でもあった。 カフェに着くとアッテンボローは二人分のコーヒーを注文した。 その際ポプランは何も言わなかった。 そのあと、いともきっぱりと言ってのけた。 「女性にご馳走をされるのは小官のたちじゃないですがあなたは上官なので ありがたくご馳走になりましょう。」 面白い坊やじゃないか。 結果から見ればオリビエ・ポプランの人柄はダスティ・アッテンボローの好む 性質のものであったようで、彼女はきかれたことに答えて結局1800時すぎに始まった 歓談も1900時には終了した。 「何せこれから恋の時間ですから失礼します。」 またもきれいな敬礼。 ・・・・・・あいつは面白い男だなとその時アッテンボローは思っていた。 事実男もまだ女に恋をしていなかったし、女は勿論恋はしていなかった。 けれど波長が合うもの同士という認識だけはお互い早くから芽生えていた というところである。そんな2人の一度目のデート。 by りょう |