真昼の三日月・1
イゼルローン要塞というのは帝国が作った代物だが俺としては嫌いじゃなかった。 むしろ民間人の美人は多いし後方勤務の美人士官も多い。 おれは美人がいればおおむねのことは堪えられるようにできている。 忍耐強い男なんだと自分でもつくづく思う。 オリビエ・ポプラン少佐が要塞に着任した時の感想はそういう類のものだった。 彼はヤン艦隊に不満はなかった。 そもそも軍人でいる以上どこに配属されようがやることは同じである。 艦載機で飛んで敵を落とす。これが生業。 面白くない仕事だが自分は生きている。 なくなった僚友を思い出すと女に走りたくなる。 いや普段から彼にとって「ラブ・アフェア」は必要不可欠であった。 女と恋をしない時間など無為に等しいと若い彼は考えている。 恋がなければこの馬鹿らしい世の中生きている価値など 彼には微塵もなかった。仕事が終われば酒を飲み女を口説く。 彼はどんな女も割りと好きだったが赤毛や黒髪の美人は特に好きだった。 好きになればどの女もかわいらしいところがある。 ただ女は独占欲が強い。 嫉妬さえしなければどの女ともずっと恋を愉しめるのにと彼は思っていた。 今度イゼルローン要塞に赴任してくるのはどうも女性の提督らしいぞ。 毒舌家の友人イワン・コーネフ少佐がそんな情報を酒を飲みながら はなした。ポプランの関心は別のところにある。 「髪は何色だ。」 「不思議な色だね。銀とも言えばそう見えるけどグリーンとも言えばそうなのかな。」 不思議な色だなとポプランはウィスキーを飲みながら。 「で女性なのはともかく美人か。」 そんな僚友をあきれつつもコーネフは小型の端末でその女性提督の 写っている映像を出した。 「おれは美人だと思うよ。いささか男性的だが美人であるには違いないな。」 なるほど。 美人というにはやや個性的でもあるが美人以外の何が当てはまるであろう。 髪の色や瞳の色は灰色がかったグリーン。 翡翠のような色。 データに身長だけ記載されている。179センチとはなかなか背が高い。 自分のマイナス3センチ。 キスをするにはよい高さかなと思う。 「美形だな。確かにでかい女だがいい女じゃないか。」 ポプランは画面を見てため息ついた。 病気を発症させたなとコーネフは思うけれど過ぎてしまったことは仕方がない。 「確かに美形だ。27歳。少将だって。この間27歳になったばかりで少将か。 すごいな。提督になるのはこれがはじめてみたいだ。苦労するだろう。お気の毒だ。」 どうして苦労するんだとポプランは画面に釘付けで僚友に言う。 「実力はともかくしても女が船の統率を取るなんて簡単じゃないだろ。反感を いだく男は多いよ。」 うんうんとしたり顔で頷くハートの撃墜王殿。 「せこい男が多いからなあ。別に自分より地位があるとかそんなこと恋には 関係ないのに。そういう面では確かに苦労しそうな人だ。この美人。いかんな。 ・・・・・・きめた。」 「やめてくれ」 速攻でとめるコーネフ少佐。 「なぜとめるんだ。コーネフさん。」 「いやな予感がする。お前が決めるとろくなことが起こらない。」 「おれはだな。この女性提督をお守りすることを決めただけだ。」 堂々と言ってのけたポプランさんにコーネフさんは尋ねた。 「公私共にお世話したいんじゃないか。お前さん。」 「公私共に決まっているだろう。無粋なことを言うな。コーネフさん。」 無粋というな。一般人が思うことを。とコーネフは思う。 「いくら美人でも高級士官を口説くのはやめたほうがいいと思うぞ。ポプラン。」 そっかなとウィスキーの小瓶に口をつけて飲むハートの撃墜王殿。 「ヤン司令官閣下の幕僚ともなると話が大きくなるしこの女性提督は 分艦隊を司令する人のようだ。人事を読むとな。そういう人とよしんば関係を持っても わかれるときにうるさいぞ。まわりが赦しそうもない。もっとも交際自体を 誰も赦してくれないと思う。」 きけばこの女性提督はヤン司令官の士官学校時代からの後輩という。 そうなればそう簡単に情人にはできないだろうとコーネフは友人を思って 進言したのである。 「なぜ別れを前提にするんだ。俺は提督に恋しているのに。」 「今までの女とも恋をしてきたんだろう。この提督とも恋をしてお別れか。 そういうことがきっと赦されないタイプだぜ。周りも風紀にうるさそうだ。 高級士官と一夜の恋は難しいぞ。」 それはそうだとクラブの撃墜王殿の言葉を翻せないポプランである。 「俺はどの女ともときめく恋をしてきた。それは事実だし現在も恋人はいとしい。 否定はしないが俺はこの女性提督が気に入ったんだ。それに一夜限りでも 恋は恋だ。こっちは真剣なんだぜ。」 「お前さんが真剣でも向こうはそんな不条理な関係を嫌いかもしれない。」 「なぜだ?一夜ともにしたら結婚までせなならんのか。」 「女性はそこまでは行かなくても、もう少しちゃんとした付き合いがしたいと思う。」 コーネフさんの意見にポプランさんは納得しかねる。 「なあ。コーネフ。貞操ってものはそれほど大事かな。」 「大事じゃないのはお前の類の人物だけだろうな。」 「でもとにかくこの提督が気に入った。口説かない手はないよな。」 理由は? コーネフ少佐には間隙がなかった。 「お相手が美人だからなんだろう。それ以外理由が考え付かない。」 コーネフさんの言う言葉にポプランさんも息荒く言う。 「それだけで「理由」も「動機」も十分だ。恋に落ちても不思議はない。」 十分じゃない。とめるコーネフ。お前の「衝動」だろうと彼は言う。 「やっぱりインスピレーションは大事だ。彼女が気に入った。この尻がいいよな。 胸はいささか大きすぎるがたれてないのはご立派だ。できれば脚を見たいよな。」 やっぱりまてと飛び出そうとした男を止めるコーネフさんである。 「動機が不純だ。事故が起こるとわかってそれをとめなければ共犯にされる。 女性への恋慕は大いにあってしかるべきだがインスピレーションだとか体の部位に ついてだけで高級軍人には手を出すな。お前首にされるぞ。気に入ったのは外見 ばかりじゃないか。」 「ばかいうな。首が恐くて美人と恋ができるか。こんな仕事別に未練はない。 いつだって軍人なんて辞めてやるぜ。こっちには義理はない。」 でました。軍務放棄。 「俺は巻き込まれたくないぞ。」 とコーネフはいい。 「任せておけよ。」とポプランさんがウィンクしていった。 一人で歩き回るなと分艦隊主任参謀長ラオ中佐が言うが私は子供ではないし 方向音痴でもない。 ヤン司令官が来るまでにあと2日タイムラグがあるし少しでも先に案内できるように 要塞の中を歩いてみようと彼女は思っていた。無論「史上初の女性提督」のふれこみがついているから どこへ言っても好奇の視線にさらされるけれど 「それがどうした。」 さっき要塞防御指揮官という男と会った。 わりと美男子だった。これが噂の薔薇の騎士連隊第13代連隊長だった男かと 女性提督は敬礼もされたので准将に敬礼をした。 ワルター・フォン・シェーンコップ准将。 「ずいぶん美しい提督を我が軍は登用したものですな。おおかた帝国のローエングラム侯に 対抗してってことでしょうがあなたの実力はともかく美しさは絶賛されてしかるべきです。」 そりゃどうもと彼女はいった。自分にさほど騒がれるほどの実力などないことはこの女性提督は よくわかっていて彼女は意識していないのに容姿のことでからかわれるのも慣れていた。 「人の容姿をからかうのが趣味だとしたらお前さん、たいしたことない男だね。」 「おや。ほめられるのはお嫌いですか。美人を美人と言うのがはばかられますかな。それとも 能力が実証されていないうちにご自分の能力を評価されたいのですか。」 女は翡翠色の眸で冷たく男を見る。 男もくすんだダークブラウンの眸で女をじっくりとねめつける。 女が先に口を開いた。笑みをこぼして。 「貴官が言うところの実力はない。だから「無能な軍部の宣伝人形」と評価してくれていい。 そうだな。人形は美しくあるべきだ。だが私は天邪鬼だからいくら自分がお人形でも美しい といわれるのは苦手だし、好きじゃない。それだけのことだよ。」 おやおや。シェーンコップ准将は思う。 頭はいいがこのお嬢さんは自分の輝きに全く気がついていないご様子だと判じる。 「今までどんな男たちがまわりにいたのかはわかりませんがあなたは正当な賛辞を受けていない。 アムリッツァで生き残った功績は大きい。あなたが無能な軍部の政府人形とは私には思えない。 ただ単に小官はあなたがお美しいといいたかっただけです。そしておよそ10人中8人は同じ感想を いだくでしょうね。それをいちいち嫌味にとっていると苦労しますよ。少将。」 それはそうだなとアッテンボローはいわれたまんまを考えている。 「過敏に反応するのは十代まででいいよな。ま、今後ともよろしく。」 彼女は白い手を差し伸べた。 指が細くて長い。 男はその手をとって手の甲に恭しくキスを落とす。 女は予想外の顛末に・・・・・・。予想しなくてはいけなかったのに無防備だった自分に猛反省する。 「今後、公私ともどもよろしくお願いいたします。美しき我が閣下。そして我が君。」 「・・・・・・握手だと思ったのに。裏切り者。手をはなしてくれ。」 男は言われたまま女の手をはなす。 いささか名残惜しそうに。 「やれやれ。勤務時間内にこういうことは興ざめする。女扱いをするなとは言わないが 貴官の恋のお相手はほかで探してくれよな。私の好みのタイプと貴官は大きく違っている。」 要塞防御指揮官はこの女性提督好みの男性を聞きたくてたずねた。 「そうだな。歳は私より8歳は上がいい。何でも私のやることに目を細めて見守ってくれる おじさまタイプがいい。お前さんはまだ若い。」 若いといってもあなたより4歳は年長ですよと准将が言う。 「それでも私はお好みではないと。」 「うん。」 短絡的かつきっぱりと女性提督は笑顔で言った。 「強引な男は嫌いなんだ。出会ってすぐに口説くような男は苦手だ。じゃあ 仕事ではよろしく頼む。」 そういうと彼女は大きなストライドでまっすぐ歩きだした。 いきなり嫌われたなと笑うシェーンコップ准将が残る。前哨戦はあえなく敗退。 負けは負けと認めざるを得ないだろうと男は思う。 はっきりとアクションを起こしたのはあの要塞防御指揮官だけ。 あとの兵士はそれほどの気力はないだろう。 女は自分の容姿を過小評価している。 そばかすの浮いた顔も嫌い。きつい目も嫌い。不敵な唇の形も嫌い。でかすぎる胸も嫌いだし 尻も嫌い。体がでかいこと自体赦せない。彼女の先輩に当たるヤン・ウェンリーの副官の女性 フレデリカ・グリーンヒル大尉。 まだ出会ってはいないが彼女の身長ぐらいだったらもっと自分を愛せたかなとアッテンボローは 思う。彼女の映像は見たけれど大きなヘイゼルの眸で金髪。いかにも先輩好みの。 いやそれはおいておくとして。ともかくあんな可憐な女性に生まれたかったなとうらんでも27年 ここまで大きくなっているのは彼女自身だから仕方ないとあきらめる。 宇宙港が見える展望台とはここのことか。 彼女はフレデリカ・グリーンヒルの容貌を羨望しつつこっちの方角に来ていた。 「ここならヒューベリオンも見えるだろうな。お。トリグラフだ。新型戦艦だって聞くから 先輩が使うんだろうな。じゃあ私はヒューベリオンでももらうかな。」 これでは軍艦オタクである。 彼女はふと昔の歌を口ずさむ。周りに人がいないから鼻歌が出ただけのこと。 「何度も 間違えるたびに 長すぎる夜を 数えてたけど 確かにみた あの日の光は 今も私たち つなぎとめる・・・・・・。」 星がきれいに見える場所。 「お初にお目にかかります。アッテンボロー提督でありますか。」 敬礼をした淡い金褐色の青年とも言える軍人が声をかけた。 そうだけれど・・・・・・。と女性提督は鼻歌を聴かれてはいないかちょっとあせるが 頭のおかしい女だと思われてもこの際かまわないと思った。 「空戦隊隊長を拝命しておりますオリビエ・ポプラン少佐であります。 提督、どうぞお見知りおきを。」 by りょう |