希望の轍・3




淡い金髪をしたクラブの撃墜王殿は他称・友達の男を小突いた。

イゼルローン要塞へ無事に帰還したパイロットたちのもとに女性提督は現れた。



「お前さんの提督がお見えだよ。」

そういうと彼はアッテンボローに敬礼をした。つつかれた男もいつものようにキスすることもなく

ひらりと右手を上げた。

「ご苦労様。被害状況は聞いた。」

結局空戦隊の死者は新兵が10人中3人。負傷者はいない。スパルタニアンのような戦闘機で

なまじの怪我などはない。生きるか死ぬかである。

「提督の逃げ回れという命令はありがたかったですよ。おれもポプランも補給なしでやばいなと

思っていたんで。ちょっとまれにない命令ですがね。」

コーネフが言うとポプランは口を開いた。

「やばいと思ったのはお前さんだけだろう。おれは逃げ切れると思ってたぞ。」

おれは天才だからと言おうとした男を制してコーネフは呟いた。

「お前の専門分野だもんな。」

「言ってろ。かわいらしさのかけらもない男め。ユリアン、こっちにこい。」

ポプランは少年を呼んだ。ユリアン・ミンツ軍曹はすこし疲れた顔をしていたが

怪我ひとつなくしなやかな若い鹿を思わせるような軽い足取りでこちらに来た。



鹿ではないな、駿馬だとアッテンボローは評価を変えた。



「ユリアン、無事で何よりだ。生還におめでとう。そして武勲もすごいものだな。」

女性提督は敬礼をして少年に声をかけた。

「ありがとうございます。アッテンボロー提督。自分でもよくわからない部分も多いんですが

なんとか生きてかえれました。ポプラン少佐が助けてくれたおかげでもあるんです。ぼくだけの

力で還れたとは思えません・・・・・・。母艦もやられてしまって・・・・・・。」

ダークブラウンの聡明そうな眸は緊張と放心とを繰り返し不安定である。

女性提督は少年の肩に手を置いた。



「いや。ともかくよかった。武勲ではなくよく生きて還ってくれたよ。精神的に落ち着かないのは

仕方がない。ヤン提督にお会いしたら今日はゆっくり休みなさい。ヒューベリオンはもうそろそろこちらに

帰艦するだろう。」

はいと少年は答えるものの、さまざまな思いが交錯していることは見て取れる。

仲間であった同じ新兵の空隊パイロットが3人死んでいること。これは少年には重い現実である。

だが、ユリアンが人間として「正常」であることをアッテンボローは今の少年を見て思うのである。

初陣でこれだけの武勲を立てれば凡人ならばただ浮かれるだけで、やはりこのこは才気煥発な子なのだと

彼女は微笑む。



「おい、ヒューベリオンが還ってきたぜ。ユリアン、ま、元気出せ。生きてる人間はな。」

ポプランが少年の鬱屈した思いも払拭するような明るい声でいい、彼の背中を押した。

ヤンは出撃した以上最後に帰艦することを決めている。傷ついたアッテンボローの艦隊を先に

イゼルローン要塞へ還すのは、ヤンの司令官としても矜持であった。

「提督はきっとお叱りになります。」

幾分顔色が元に戻ってきた少年は少し戸惑いつついった。

「ぼくが軍人になることをお望みでないので・・・・・・。」

アッテンボローはいった。

「なに。私とグリーンヒル大尉、ポプラン、コーネフで援護するさ。無事に帰ってきたんだ。

場合によってはシェーンコップも味方をするだろうな。あいつなんぞは小躍りしていると思う。

新兵がどこまで育ったのかあの御仁は興味があるらしい。」

ここに来てようやくポプランはなれなれしく女性提督の腰を抱き、相槌を打つ。

「そうそう。あの男はおせっかいだからな。のわりに世話を焼かないんだからうまいとこを持っていく

ずるい男なんだぜ。ひどい男って言うのはワルター・フォン・シェーンコップのことを言うんだ。

坊や。」

コーネフはあきれた。そして少年に向きなおして、いった。

「ひどい男の定義はおぼつかないけれど、ともかく生きて還ってきたんだから元気をおだし。

それからもうミンツ軍曹は坊やじゃないだろう。巡航艦を破壊する坊やなんぞ恐ろしいよ。」



残りの三人はコーネフの顔を見て。

少年以外の男と女は顔を見合わせて・・・・・・。

「それもそうだよな」

と、見事なデュエットを奏でた。あまりに息が合っていたのでユリアンもやっと笑みがこぼれた。

「やっと笑ったな。青年よ。」

ポプランはユリアンの頬を軽くつねる。ユリアンは少し笑った。

「さ、凱旋だ。もっとも私はそれほど立派なことは言えぬがね。」

女性提督は腰に回された手をパシンと叩いて男から逃れた。そしてユリアンの肩を抱いた。



そんな二人を眺める両エースの会話。

「結局これじゃプロポーズって気配はないな。」

コーネフが言うと

「25通りは考えたんだがな。言い出す機会を今回は失ってる。ま、機会は今後もあるさ。」

ポプランは口を尖らせた。

あれほど自由が利かない戦いであっても、彼女はその胆力と勇気と判断力で乗り切った。

彼女は自分を「プロパガンダ用の人形」と言い切るが、実際提督連中で堂々と

艦載機に逃げ切れと命令する決断力と行動力は常人にはない。



正直、結婚となるとライバルは男じゃない。

彼女の「生き方」であろうと男は思うのである。

「だからこそ、落とし甲斐もあるんだよな。心躍るぜ。」

そう呟いたポプランを見てコーネフは笑った。

「お前の病気は治らないな。」



両エースも2人のあとに続いて早足で追いついた。

「ともかく生きてる間は楽しくやろうぜ。」

誰の発言かは言わずもがな。



ヤン・ウェンリーは対面した少年に、頭をかきむしり、

「危ないことをしてはいけないといつもいっているだろう」と彼がべそをかいたような

困った顔をして「親らしいこと」をいった。

みなは笑ったが、ユリアンは涙が出た。

ユリアンはヤンに心配をされたことがうれしかったし、さまざまな心の模様もヤンの前では隠さなかった。

年齢は父と呼ぶには15才の歳の差は小さく、兄としては大きい。

それでもユリアンにとってはヤン・ウェンリーは誰よりも大事な存在で、少しでも認められたいと

少しでも役に立ちたいと切に願っている人物であった。






「あれじゃまるで親ばかを必死で隠そうとしている親ばかだな。まああれだけ優秀な子供がいれば

あのヤン・ウェンリーもばかになるさ。な、ハニー。」

男はベッドのなかで裸の女を抱きながら面白そうにのたまった。

「おい。そうばかとくりかえすなよ。仮にも私の先輩に当たる人物だぞ。いやみったらしい。」

そういいつつも裸の男の腕の中で目を閉じて疲れを癒す女が一人。彼の腕を枕にしどけない姿で

横たわっている。

そのアンニュイさが普段の彼女の活力溢れる姿とは好対照で、男としては実に可愛く思う。

光と影を持ち合わせた女はなかなか、面白みがある。

「ユリアンを助けてくれたんだってね。ありがとう。あのこが生き残れなかったらえらいことだ。・・・とはいえ

訓練兵が命を落としたのはやるせないな。」

女は男の頬に白い指を添えて、やさしくなぞる。

マニキュアすらしていない指。

長くしなやかで、また男の興味を誘う。誘惑がうまい女だ。

「助けたうちにははいらんな。大体はユリアンが自分で方をつけてたから。手がかからなかったぜ。」

男の声に女は目を開ける。



ややくすんだ青い色の眸。

かなり女は疲れている様子。



男は見つめてくる彼女の眸を見つつ思う。彼は提督の仕事を知らない。

今まで付き合った女性たちは民間人か軍人でも後方勤務の女性が圧倒的で、まさか女性が「提督」

になっているとこの要塞に来るまで考えもしなかったのである。



こんなことを言えば男女差別になるかもしれないが「提督」という仕事は女に向くものじゃない。

とくに艦隊指令という仕事は基本的な体力と知力は勿論のこと、相手の隙に乗じて攻撃をするか

撤退をするか瞬時の判断力を必要とする。そのために多くの情報を収集して即時に理解し、よりよい

手立てを早く打つ・・・・・・。

早ければそれだけ相手より先手は取れる。

そして相手をはかりごとにかけてその間好機をうかがう。

言うが安いがこちらが攻撃を受けている、もしくは攻撃していたとしても陣形を

整えつつこちらの隙を見せぬように布陣して、その間に虎視眈々と機会を狙う緻密で

根気と度胸がいる作業。

なかなか女にできることではない。



女が弱いとは男は思わない。

多彩な情事の経験で考えればしてやられ、男が歯噛みし泣きを見ることも多いのであるから

女という生物は弱くはない。

けれど強くもない。

恋の駆け引きと戦争は違う。



腕の中の女は並の女ではないというのは知っているが、それでも女はやはり戦争に向く仕事では

ないと思っている。それともそれは男の美しき「錯覚」か「誤解」なのであろうか。



「寝ていいんだぜ。ハニー。お疲れだろう。」

「・・・・・・・寝てる間に襲うくせに。」

そりゃ、あまりにあなたがかわいらしいので。男は女の額にキスを落とす。





出会って一年。男は女を見てきた。

確かに彼女は強いし「堪える」力を持っている。そして憎らしいほどのポーカーフェイスも

彼女のもち札。私生活では女の典型のようなうぶとも言える「女」そのもの。恋の駆け引きなど

この女にはできそうもない。すべて顔に出てくるから手に取るように気持ちがわかる。

偽悪趣味や大人ぶるが、もとは無邪気で無防備な女。

こちらとしては危ういほど魅力的だから、そういう顔は他の男にしられたくないところ。



ん?



すやすやと寝息を立てている彼女。

本当無防備な女だよな。男は彼女の頬に落ちる前髪を指ですくって。

さて問題は「ドクシンシュギノヘンジョウ」なわけだが。まだまだ戦争がつづいている間は無理っぽいなと

男は思う。

政府や軍上層部が「宣伝人形奪取」に文句を言う点はいくらでも彼女をさらうに問題ないが、

彼女はヤン・ウェンリーに肩入れしすぎている。

もちろん個人的に男にしてもヤン・ウェンリーが嫌いではないし、自分のような人間を使いこなせるのも

あの黒髪の司令官でしかない。他の上官ではいささか窮屈である。

彼女の場合はヤンの相似形。

確かにユリアンはヤンを目指しているが明らかにタイプが違う。一緒に暮らしているから

おそらく大きな影響を受けているにしろ、ユリアン・ミンツはちょっと毛色が違う。

すべてに秀でているところを見てもちょっと違う。



むしろこのすやすや眠る彼女のほうが思春期からともにヤン・ウェンリーと接してきて15年近く。

人生の半分をあの精神の持ち主と過ごした女はどっぷり「シンパ」なのだ。

「口説く以上に大変だよな。」



彼女は民主主義に共感しているのではなくて、民主主義を重んじるヤン・ウェンリーに

共感している。

これは恋心ではない。それがわかるので男はあえて「妬かない」。

彼女が愛した男は自分ひとりと自信を持って言える。

ここで嫉妬心など見せて女からつまらぬ男と思われるのも得策じゃないし。

彼女が妊娠でもすれば事は簡単にいくのであるが・・・・・・ちょっと動機が不純なので

その策は保留して。



「政局と戦局といろいろ鑑みつつ、女を落とすか。・・・・・・イゼルローン要塞を落とすほうが

簡単だったかもな。いくつかのシナリオを自分で書く必要があるわけね。」

彼女の寝顔はいとしくて。

性懲りもなく恋に落ちる男。



できれば毎朝彼女のキスで起こされ続けたいと思ったりする自分が、ちとおかしくもなる。

「確かに、病気だよな。おれ。」

彼女を起こさぬようにもう一度額にキスして目を閉じる。



みなが眠る、ミッドナイト。まだまだ希望の轍は見えない男の、恋。





by りょう






LadyAdmiral