for you 8











「個人でこれだけの武器を隠していたとはね。これならうちの

地下室くらいのスペースが必要になるわね。」

週末。土曜日。1300時。



ワルター・フォン・シェーンコップの官舎、地下ユニットを見て

女医は呟いた。

「一応次席秘書官というポジションですが、先代は軍部中枢部の

人間でもありますからね。」

この武器庫を片付けないと片付けたことにはならないわね。

彼女はそういうとてきぱきと荷造りを始めた。



カスパー・リンツはそんな彼女をみて、やっぱり実戦向きの

女性だなと思う。

銃器や弾薬、火薬を彼女はいとも簡単に的確に分類をして整理し、

一つ一つ荷物にしていく。

あの整理整頓方法は軍部のものではなく、「薔薇の騎士連隊」独特のものだ。

確かこの女医をちょくちょく「薔薇の騎士連隊」に呼び出しては火器や銃器の扱いを

先代が指導していたなと思い出す。



リンツも思いはめぐらせるが手を止めれば女医の小言が出るだろうし

おとなしく今はこの物騒な「荷物」をトラックに積んでしまおうと考え、

アルバイトに精を出す。

『でも普通はこういう仕事は、ユリアンに手伝わすところなんだろうが・・・』









若き政府次席はエプロン姿で、シェーンコップの部屋の本棚の

荷造りをしている。

「ヤン提督がおいでならこれだけの蔵書に大喜びでしたでしょうね」

「ヤン・ウェンリーが仕事をしなくなるといけないから、俺は本を隠して

いたんだ」

次々に本を箱に梱包していく。シェーンコップの手際は早いし、

ユリアンのそれも劣らない。

カリンはユリアンにくっついてきたが、ミキからもユリアンからも

フレデリカからも荷物を持つことは絶対厳禁とされていたのですわり

心地のよい一人用のソファに座って二人の様子を見ている。



食器はない。

あるものといえばグラスが2つ。

衣服などはすでに女医の家にあるという。

コンピューターはすでにデータをバックアップを取っておりこれも女医の

家にある。

ベッドは官舎の備え付け。



あとはキャビネットに酒。

でもこれも数本。

この部屋はどうも住むところではなく寝に帰るだけの部屋ねと彼女はあきれて

遺伝子上の父親の部屋を検分した。

唯一家具らしいものは今妊婦であるカリンが座っている革張りのソファと

ローテーブル・・・・・・。






『案外この男、面白みがないのかも』






辛らつな思考は父親に似たのであろう。






「何か手伝いましょうか?ワルター・フォン・シェーンコップ」

とカリンがいうと、1500時になったらキッチンに用意してある

ミキがつくってきたオードブルと珈琲を用意してくれと彼女の

父親は言う。

「それくらいはさせてもよいのだろう。ユリアン」

かまわないでしょう、と娘婿はこたえた。

「カリンは珈琲を入れるのはとても上手ですよ。彼女は珈琲の味に

妥協をしないんです」

どこかで聞いた話だとシェーンコップは思うがいずれにせよこの

健やかなる若者が自分の妻を愛していることは男もよく理解する。



いろいろと邪魔をする愉しみがなくなったがこちらも邪魔されては

かなわない。





蔵書の整理は女医のように本を読まぬ女よりユリアンのように

ヤン・ウェンリーの書棚の整理整頓を長年してきた人間のほうがいい。

物騒な代物を扱わせたら、おそらくは彼の美しき女医が秀でていると思う

シェーンコップであった。



物騒な話だが、内戦が起こってもあいつ一人くらいは護ることもできよう。




「ところで、これだけの蔵書をまた先生のお宅に運んで、その整理は

どうされます?」

「頭の中に自分の蔵書の索引はある。時間をかけて一人楽しんでするさ。

いままでもそうだったからな」



亜麻色の髪の青年はくすっと笑った。

「それは孤高なる男の愉しみですか」

そんないいものでもないがねと、シェーンコップは淡々と荷造りをする。

すっかり大量の本が箱にきれいに収められていく。

あとはこの書架を解体して、車に積めばいいだろうとシェーンコップはいった。



「そうですね。あとで軽く床を拭いておきます。壁も。」

「お前さんは、家事のスペシャリストなんだな」

「そういうわけでもないですよ。僕の場合は引越しが多かっただけです」

「苦労してるな。お若いの」

「いえ、秘書官にはかないません」








「で、先生との馴れ初めを確かお聞かせくださるのではなかった

でしょうか?」

ユリアンはヤンに似てきたなと思う。何の血のつながりもないのに。



昔はかわいい子だったが。








「馴れ初めというほどのものはない。あの女との付き合いは長いし、

嫌ったことはない。怖い女だとは思っていたが・・・嫌ったことはない」

ナンバリングされた箱を点検しながら、ユリアンに話をする。

自分とその女性との馴れ初めなど本来語る彼ではないがユリアンには

義理もあるから多少は話そうとシェーンコップは思った。



「あの日からですね」

あの日というのはキャゼルヌが遭難したミキを心配してシェーンコップに

情報を集めさせ彼女を保護した日のことだ。



「そういうことだ。機会を見逃さないのが俺の本分なんだ。」

「それでミキ先生をしばらく、お一人にしておいたほうがいいと

おっしゃってたんですね」

「口説いているはなから、お前さんたちが来てはやりにくいことこの上ない」



確かにそうですねと、ユリアン。



「秘書官殿としては美女を射止めるのに一ヶ月もかかったのは

初めてではないですか」



本当は12年も指をくわえてみていたことはこの際、内緒でいいだろう。



「イゼルローンを落とすことのほうが簡単だった。俺はヤン・ウェンリーの

言うとおりに役者を務めればよかっただけだからな」

ヤン提督といいますと。






「きっとお二人の縁組をお喜びになるでしょう」

「やっこさんは、女医とアッテンボローとの縁談を望んでいたの

ではないのか」

それはそうなんですが、とユリアンはこたえた。



「こうも言っておられました。『この縁組を邪魔できる人間は

ワルター・フォン・シェーンコップだろう。このカードが一枚加われば

ミキ・マクレインはどちらを選ぶかわからない』と・・・」






野暮天だが、人間を見る目はヤン・ウェンリーにはあった。



「そういう不埒なことを考えるくせが、ヤン・ウェンリーにはあったな。

確かに」

「でもキャゼルヌ首席秘書官は、お二人のことをきっと仰天されると思います

アッテンボロー補佐官を弟のように、ミキ先生を妹のようにかわいがって

おられますからね」



そうだろうな、と男。







「しかしいずれは誰かがあの女医の面倒を見なければいかんだろう。

それが俺であってはならない法はないと思うが」

「誤解なさらないでください。僕たち二人はお二人を祝福していますよ」

若い彼は、彼の美しき妻を見て同意を求める。

カリンは柔らかな微笑をむけてこたえた。

「この子が生まれたら、先生は『ミキおねえちゃま』、あなたのことは

『おじいちゃん』って呼ばせることにしているの。お幸せにね。お二人さん」



少女期のカリンは不安定で、危うい一面が多かったのであるが今では

あのワルター・フォン・シェーンコップを丸め込んでしまうほどの女性に

成長した。




「女が怖いと思うときはないのか。ユリアン」

「しょっちゅうです」




そこへ肉体労働組みが仕事を終えてリビングにやってきた。

「先生と仕事をすると手早くすんで、楽に終わりました」

「淑女扱いされないことにいまさら嘆きはしないけれど・・・・・・。

こっちは終わったわよ。ワルター。

相当量の武器、弾薬を小型トラックに積んで、リンツとミキは女医の

住む家にそれらを運搬し終えてこちらに引き返してきた。



「我が家が火薬庫になっちゃった」

「俺の家でもある」



いささか怜悧にもみえる美貌を持つ男と、ベビーフェイスともいえなくはない

彼女がじんまりと相手を見詰め合って。



「そうね。あなたの家でもあるわ。帰ったら地下室の点検はあなたが

するのよ。」



こういう二人を見ているととても友情が愛情に代わったようには思えない。




「カリン、おなかがすいたわ。休憩の準備を手伝ってくれる?」

もちろん、と妊婦とは思えぬしなやかな体を伸ばしてカリンは

キッチンに入っていった。

「こちらも大方の整理はできたし。あとは本棚を解体するだけだ。

リンツ、手伝ってくれ」

「わかっています。腹ごしらえのあとに。久々うまいものが食えます」

キッチンからカリンが夫の名を呼ぶ。

若者は飛んでいった。




女医は大きな皿をいくつも並べそこには質も量もオードブルとしては

上出来なものが盛り付けられている。

呼ばれた若き青年次席は彼の身重の妻が入れた珈琲をトレイに載せて

キッチンから運んできた。





1500時。



歓談のひと時。

カリン以外の人間は床に敷いてあるラグの上に座って珈琲を飲んだり、

珈琲にブランデーが入っているものを飲んだりブランデーに珈琲が入っている

物を飲んでは女医の作った料理におおいに満足していた。



「マダム・キャゼルヌが先生は料理がそれはお上手だとおっしゃってたけれど

本当・・・おいしいですね」

カリンは正直に感嘆した。

「俺は自分が食うものには妥協をしないんだ」

のろけに聞こえなくないなと一同は思いつつ。








「では先代はとうとう年貢を納めることにはらを決めたのですか」

とリンツがからかった。

「そうだな。そういうことになるか。」

薔薇の騎士連隊13代連隊長は彼の隣で珈琲を愉しんでいる

女医に向かっていった。



「俺の独身生活にお前がピリオドをうつ気はないか。ミキ・マクレイン」















それは誰が聞いても立派なプロポーズ。



女医は大きな目をさらに大きく瞠らせ、彼女の男の顔を

じっと見て。

あまりに女医が男の顔をじっと見つめたまま、にこりともしないし

口を尖らせることもなくただしっかりと見つめているので周囲は




「まさか、ミキ・マクレインはワルター・フォン・シェーンコップから

いわれた言葉の意味を掌握できずにいるのではないか」とはらはら

してしまう有様であった。

とうのシェーンコップは普通の男であればその緊張感で逃走しそうな

くらいの沈黙にも動じることなく彼女の黒い瞳を見つめていた。









渦中の彼女は、やがて穏やかな笑顔で



「ええ。いいわ」







当人同士はこういう時間になれているようだが、まわりは二人の

スタンスがわからないからわずかに緊張したが、めでたい。

めでたいことであろう。







「ではここにいる人間には証人になっていただこう。」





ワルター・フォン・シェーンコップはミキ・マクレインの手をとって

騎士が姫君に愛を伝えるように手の甲に口付けを落とした。

周囲の人間は、シェーンコップの芝居めいたアクションに多少、

あきれるが、







「ワルター・フォン・シェーンコップがとうとう一人の女を娶る」

という事実に驚きもし、喜ばしいことと思う。

彼の女医も真っ赤になって、うつむく。





「結婚してからが大変なのよ。ワルター・フォン・シェーンコップ」

いずれ母になるカリンはできのよくない父親に進言した。

「覚悟するのね」


物分りのよい娘はにっこりと微笑んだ。






「ゆめゆめ忘れぬようにしよう。ミンツ令夫人」

彼はそして、これからよろしく頼むよ、奥さんと隣の女に言った。

いわれた女はまたも彼をじっと見詰めて、こっくりと頷いた。

彼女は恋愛においてはまったくといってよいほど音痴なのだなと

みな思うがそれで二回目の結婚をしてしまうのだし世の中は不思議な

ものだと思うわけである。





9へつづく。