for you 9











結局、そつのないユリアンと、ミキが窓、壁、天井、床、台所、洗面所と

次々ときれいにしていく。

「あの二人は別方面にあれだけの才能がありながら、家事においても

達人クラスですね」リンツは書棚を解体して、トラックに積んで言った。

「二人とも趣味が家事なんだろう」

シェーンコップはキャビネットの未開封のウィスキー3本はリンツに渡した。

祝儀とは別らしい。

開封済みのウィスキーは彼の新居にもって行けばいい。



白ワイン2本。未開封はユリアンが料理に使うだろうとカリンにわたしておく。




「料理を味わう能力と再現する能力の隔たりがあるのは、女性として

なんだかやるせないわ」

カリンが受け取った白ワインを注意深く一本ずつユリアンにわたすと、

「君の憧れのフレデリカさんだって、料理はとても苦手でいらしたよ。

僕はかえって親しみを持ったけどな」

やさしいユリアンはフォローしている。

少なくとも彼の師父であるヤンよりも妻を励ます言葉の内容には説得力が

あると思われる。

「フレデリカさんは才媛だもの。私のように劣等生ではなかったわ」




カーテローゼは美しい唇を尖らせた。




やれやれ。

美人に生まれついていてもコンプレックスというものは

なかなかいかんしがたいものだなと、不肖の父親は思う。




自分を振り返れば下士官時代に上官の食事を当番で作ったくらいで

女のつくるものを食うか外食を女とするかだったし家事能力の必要性を

シェーンコップは感じないで生きてきた。それに美しい女でシェーンコップが

気に入った女であれば料理がうまいとかできないなどは大きな問題では

なかった。

うまいものを食いたければ愛した女とレストランでディナーを取ればよい。

それがシェーンコップの考えだったのでカリンの母親が料理上手だった

かは覚えていない。










「マダム・キャゼルヌに習っているんでしょう?いずれできるわ。

なれだもの」

女医は物心ついたときにはプレーンオムレツの練習をしていたらしい。

お菓子の類はほんの少女時代に大体マスターしているし料理にしろ

シェーンコップが覚えている限り同じものをリクエストをしない限りは

食べさせられた記憶がない。

うまいものを愛する女が作れるというのも悪くはない。

たまたま家事が好きな女であっただけで実際彼女の家事をする姿は

美しいから彼はよいものと思っているがミキがヤン夫人並の料理の腕前で

あっても彼には、大きな問題ではなかった。










「さぁ、我が家でささやかな晩餐をひらくとしましょう。ここはこれだけ

片付けておけばキャゼルヌ先輩から文句もないでしょう。あなた、運転

お願いしますね。」

未来のシェーンコップ夫人はあっさりと男に言ってにっこりと微笑んだ。

何せ彼女には妻暦が7年はある。男の操縦には不慣れでも亭主の操縦は

巧みであった。








「こうして世の夫たちは淘汰されるのだな」








かの色事の達人も求婚をした以上は彼女の言うことに従わないといけない。

それに加えて彼は美人の頼みを引き受けるのは嫌いじゃない。

シェーンコップの車が先頭で、ユリアン、リンツが続いてかの愛の巣に

お邪魔することになる。





もうすでに大方の料理は下ごしらえがしてあり、温めたり酒を振舞う

くらいなものだった。

ミキは亭主候補は使わずさっさと食卓を用意して先ほど以上のディナーを

用意した。

流れるような見事な作業にユリアンですら感嘆した。



「マダム・オルタンス並ですね。先生」

手伝おうとしたユリアンはため息をついた。

「趣味はフライングボールと料理。考えてみて、ユリアン。台所にあんな

大きな男が立つなんてぞっとしちゃう。マダム・オルタンスもあのご亭主が

うろうろと自分の周りをするのはきっとお嫌いだと思うわ」



ビーフシチュー、自家製のパストラミビーフ、チキンのマスタードソース和え

バルサミコ風、オニオンスープ白身魚のソテー、オーロラソースのサラダ、

アンチョビのサラダ、たまねぎのたくさん入ったインド風のカレーとナン、

ガーリックライス、ロールパン、レモンのタルトなど全部ミキ・マクレインが

この日のために用意したものであった。




「いつもこんなにうまいものを召し上がっているのですか?先代」

「何も食わんで愛し合う夜もある」



女医はフィアンセの耳をひねり、にっこり微笑み、

「いつもってことではないのよ。リンツ」

「いつも・・・」

「どっちを想像しているの?」

詰問する女医。

「先代が言った言葉のほうを想像しました。できれば先代の

イメージは払拭して・・・・・・」

「こら。人の婚約者の裸体を想像するな」



だから薔薇の騎士連隊は嫌いなのよ、と女医は耳まで真っ赤にして

二人の低レベルな会話を放置した。

カリンは愉快そうにくすくす笑っている。



「カリンは食べれるものがあるかしら。今夜は男性陣が多いから

肉類が多くなっちゃった」

「私、育ち盛りですから」

そうねとミキは微笑んだ。

「ザッハトルテは好き?あとで持って帰ってね。1ホール焼いているの」

「先生、あれだけ忙しくてこれだけのものをどうやればできるんですか?」

カリンは、自分には到底越えられぬ壁を感じつつも驚きで尋ねてみた。



「大きな坊やを寝かしつけたあとこっそり。料理のいいところはこちらが

手間さえかけてやれば間違いなく恩として、よい味を提供してくれる点ね。」

ミキやマダム・オルタンスは到底模倣の対象にならない。

ユリアンはそう思っている。

「こいつは私生活からしてきったりはったりのやくざな女だから

手本にはならん。見習うなら普通の主婦を見習ったほうがいいぞ。

カリン」

シェーンコップが口を挟んだ。



「食材は刃物を入れても文句を言わないから、楽しいわよ

訴えられることも無いし。」

ミキは彼女のフィアンセに素敵なウィンクを送った。








「美しい女性たちがにこやかに微笑んでいる姿はいいものですね」

ユリアンは酒の準備をしているシェーンコップにいった。

「悪くはないが俺としては美女に囲まれるより一人の美女と抱き合って

過ごすほうが好みだな」

「食事をしたら、お邪魔はしませんから」

「ものわかりがいいな。お若いの。」








こうして晩餐が始まり、時間を忘れるような楽しいひと時をみなで送った。



「こんなにいただけませんよ」

とユリアンはシェーンコップに「ご祝儀」をわたされて、困った顔をして

抗議をした。

リンツはもらっておけばいいという。

「なんといってもユリアンは先代の娘婿だし、カリンは実の娘。

これから孫が生まれるというのだし金はあっても困らない。

親がいるうちに小遣いをせびっておくことだな」

しれっとカスパー・リンツは言ってのけた。



「そういうことだ。額面はうちの未来の女房殿が決めたものだ。

返されたとしたら早速亭主としての俺の面子が立たぬわけだから

気持ちよく受け取ってくれ」

「心配しなくてもいいわよ。ユリアン。この人結構金は持っているの」

なにせいみじくも中将閣下だったんですものと女医は微笑んだ。



でも・・・とユリアンは困ってしまった。

ヤンが元帥時の年給の金額にあたる。

これでは家を一件買ってもあまる。





ご祝儀には多すぎるとユリアンは思う。でもカリンは耳打ちをして、何かを

夫にささやいた。

「では今日はありがたく頂戴します。ありがとうございます」

なに、こちらが助かったのさとシェーンコップは言った。カリンがなにを

ユリアンにささやいたかはわからぬが料理などできなくてもあれだけ

自分の夫をコントロールできれば何も問題はないとミキなどは思う。





おやすみなさいと、仲間たちがそれぞれの家路に着きミキは

「片付かないのは嫌いなの」

と、また趣味の家事労働に没頭した。

男のほうはそんな女の動く姿を愛でて酒を飲む。





さすがに家中をきれいにしたあとかなりの料理を作り振る舞い、

片づけをしたことでミキはうんと背伸びをした。



「飲むだろう」

リビングのソファでくつろぐ男の膝の上に座って、彼女はグラスを

受け取った。

「書斎と地下室はあなたの管轄ですからね」

彼女が一口ウィスキーを飲むと男はその唇にキスをした。

「キスシーンをギャラリーに見せる趣味はないから、これでも

辛抱したほうだ」

額をつけたまま男は女に言う。



「本当に私と結婚するつもりでいるの?ワルター・フォン・シェーンコップ。

あなたには向かない生活だと思うのだけれど。」

「不満か?」

「・・・不満じゃないわ。多分長く友人でいた時間があったから心の準備が

できてないの。」

「でも、受諾したじゃないか。」

「いろいろと考えて断る理由が無かったからよ。」



かわいくないところがかわいいところだなとミキを抱き寄せる。







シェーンコップがまだ25歳のときにあの氷の惑星カプチュランカで

機密服のヘルメットを勇ましく捨て、トマホークを片手で扱い躊躇なく

自分を援護した女性士官がいた。

小さな体ながら、己の負債を自ら背負って帝国軍の兵士をなぎ倒す

自分と同じ血を持つ女を見つけた。



彼ははじめて女性に恐れと、ぬぐいきれない憧憬をいだいた。








けれど彼女は彼を振り返ることはなかった。









別の男を宇宙でただ一人の男と慕ってその漆黒の美しい眸は彼だけに

向けられていた。永遠と思えるほどの時間。



黒曜石のような瞳は、ジョン・マクレインがこの宇宙のどこにもいなくなった

あとでさえその面影を追いかけていた。

だからというわけではないが彼は多くの情事を求めた。





同じ血を持つ女を探し続けて・・・・・・求め続けていたような気がする。

けれども、彼女のような女はいない。

やがて彼女とは友人知己になり、「同じ血を持つ女」を求めることをやめた。

軽いジョークを言い合い昔話をする酒をともに飲むには極上の友人の

ポジションに男は女を置いた。







我ながら、度し難い。

めぐりめぐってこの女に戻ってくる。








「あなたは時々遠くを見つめるのね。その先にあるのはなんだか

わからないけれどあなたが求婚してくれたこと私はとてもうれしい。

私はあなたを同じ種類の人間のような気がするから」



ほう、と男は言った。

氏素性も、何もかも違う二人だと思っていたけれど・・・



「多分、あなたと私は何かが似ているわ。うまくいえないけれど。私の思い

過ごしかもしれないけれど」

女の手からグラスをとって、ローテーブルに置くと男は女を引き寄せ

キスをした。



「・・・・・・俺もそう感じている」

本当はずっと振り返らせたいと思っていた女。

けれど自尊心がある男はそんな心を忘れたふりをしていた。






けれど12年目にその記憶がよみがえる。








いずれは白状しなければなるまいが。

であったときには恋をしていたなどといってもこの女は信用しないであろう。

自分でもおかしな話だと思っている。




それにできれば、白状せぬまま男のセンチメンタルとして隠し通したい。

孤高なる男の感傷。




「いいわ。男はどこか秘密を持っているのもなかなか魅惑的だし」

女医は抱き寄せられたまま男の頬を両手でそっと囲んだ。

「私は、だれあろうワルター・フォン・シェーンコップを愛してしまった。

多少美人に現を抜かすことも予想内に入れておかなくてはね」

男はいう。




「美人を嫌うつもりは無いがまずお前以上の女はいないと思っている

信用がないのは仕方あるまい。言葉と、態度で示さんといかんな」




長い口付けを交わして、続きは二人の寝室で。

先日とどいたばかりの大きなダブルベッド。

広いスペースがあるのに、二人はひと時もはなれない。



「ねえ。のどが渇いた」

女がそういえば、男がベッドサイドのワインを口移しで飲ませる。

そんなに私を甘やかしていいの?と女はそのまっすぐな瞳を男ただ

ひとりに向けて、腕の中で問いかける。







「蜜月というのは、甘いものだと思っていた。」

12年間の、捧げきれなかった愛情をたくして。





土曜日の夜だから、二人からまって眠って日曜日の朝もほどけぬ

まま過ごす。



そんな、蜜月のとき。



ここからが進まない作品で止まっております。

ちなみにここでは男のアッテンボローが出るので娘小説の

二人のくっつき方と違うと思いますが・・・。

ここを公開する日が来るとは思いませんでした。