for you 7








一番最初にビジフォンで通話口に出たのは、カーテローゼだった。



「ミキ先生の家から電話だから出たんだけれど」

カリンは以前ほどシェーンコップに気負わずに話ができるようになった。

「ユリアンを呼ぶわ。ちょっとまってくれる?」

「カリン」

「なに?おじいちゃま」



男は遺伝子上の娘の名前を呼んだ。

「お前さんにはとんでもない借りができた」

「・・・・・・いまさら何かを悔い改める気にでもなったのかしら?

おじいちゃま。あなたに恩を売ることができたのならなかなか、

愉快だわ」

・・・・・・いい女になったなとシェーンコップは思う。

「ユリアンにアルバイトを頼みたい。今週の週末の休日にお前さんの亭主を

貸して欲しい。官舎を引き払ってこの家で暮らすことにした。ちょっとした荷物が

あるから力仕事を頼みたいんだ」

「そう」

カリンは微笑んだ。シェーンコップがはじめてみる優美な美しさ。

「いいわ。ユリアンを貸してあげる。でも私も見学に行ってもいいでしょう?

おじいちゃま」

「今後、お前さんには逆らわん。カリン」

父親というものは寂しいものだとシェーンコップは思う。

甘えられることも無く憎まれずに赦された・・・・・・。

あっというまに娘は男に奪われるのだなとこんなときに思った。



5秒ほどで、ユリアンが驚きの表情を隠せないでモニターに現れた。

「いつの間にとでも言いたいのだろうがそれはこの土曜日、たっぷり

聞かせる。お前さんの女房殿の了解は取った。ユリアン、お前いい女を

娶ったな」

男の言葉で、ユリアンはいつもの端正で温厚な表情に戻った。

「補佐官のお宅へ土曜日に伺えばよろしいのですね。僕何か用意

しましょうか?」

「土曜日13時に俺の官舎に来てくれればいい。用意はこちらでする

から気を回さんでいい。それでなくとも俺には頭が上がらぬ女が

この宇宙に二人もいるんだ」

「了解しました。僕だけですか?」

「これからリンツには声をかけるがうちにはそこいらの男以上に膂力の

ある佳人がいるからな人手は多くなくてもいい。それに俺は自分の部屋を

あらゆる人間に見せる趣味はない。元から排他的な男なんだ」

「了解」



笑みをほころばせて、若者はきれいな敬礼をした。



「では、佳人によろしく。おやすみなさい」








シェーンコップはさっきからこの電話室に長くいる気がする。



やっとミキ・マクレインと一緒に住むことになった。

愛情の伴う生活を送ることになるわけだがミキは一緒に暮らすのだから

彼女の両親に電話を入れておかないとびっくりしてしまうと言い出した。

彼女一人で電話をするといったが、いまさら相手の両親に挨拶をする

ことに怖じるほどシェーンコップは若くなかったしムライ参謀長とも久しぶりに

話がしたいと思っていた。

ヤン艦隊においては「歩く小言」といわれもしたがムライの人柄はもとは

そううるさいほうではないことをシェーンコップは知っている。



「薔薇の騎士連隊」最後の連隊長ライナー・ブルームハルトの遺品を

託したとき互いに仲間を失う寂寥感を味わった。






そういうこともあるので、二人で彼女の実家に電話を入れた。

電話にはまず母親が出た。







E式の女とも以前交際したこともあるしE式の年齢不詳は今に始まった

わけではない。

しかしミキの母親リー・アイファン・ムライ夫人は娘の母というよりも姉の

ようにしか見受けられない。

「彼と一緒に暮らすことになったの。ワルター・フォン・シェーンコップよ。ママ」

ミキが男を紹介するとムライ夫人は驚くわけでもなく、ほほえんで

「ずいぶんハンサムさんと恋仲になったのね」

といって、シェーンコップに挨拶をすると夫を電話口に呼び出すために

席を離れた。




「なぜリー・アイファンは年を取らないんだ」

「今度それを母に言って頂戴。彼女、とても喜ぶから」

彼女はいつまでも女性なのよと女医は言う。



10秒ほどして、ムライが現れた。

「そうか。一緒に暮らすことになったのかね」

「ご令嬢のお気持ちがなかなか決まらなかったので、報告が

遅くなりましたが一月ほどほとんど一緒に暮らしています」

「私の娘はこういうことになかなか煮え切らない子なのだが、

中将ほどの人であれば安心して任せる気になる。よろしくお願いするよ」

「ええ。任せていただきましょう」




会話は淡々としたものであったが、これで挨拶は済んだ。

誰も文句は言うまい。

特にキャゼルヌ。



通話を終えてシェーンコップはついでに引越しの手伝いに、ユリアンと

リンツに声をかけると女医に言った。

「上でお酒を用意して待つわ」

どうも彼女は恥ずかしいようだ。

ムライ参謀長は自分の娘の性格をよくご存知でいらっしゃるなと感心する。




さて、リンツに電話をしよう。



「おやおや。先代。ミキ・マクレインの家から電話とは、穏やかでは

ないですな。いったい何の騒ぎが始まるのですか?」

「リンツ、官舎を引き払ってここで暮らすことにした。いろいろと荷物が

あるんでこの土曜日の午後13時時間があれば引っ越す手伝いを

頼みたいんだがな」

かまいませんよと、14代連隊長は快活に言う。



「で、どうしてドクターのもとに下宿を決めたんですか?何かの尾行か

作戦ですか」

「ちがう。男と女が恋をして一緒に暮らす。それだけのことだ」



リンツの反応はユリアン以上に素っ頓狂であった。

無理もない。

シェーンコップですら、一月前にはこんなことは思いもよらぬこと

だったのだから。



「詳しい話は今週土曜日に話す。ここには地下室があるし俺の荷物を

隠すのにうってつけだ。ユリアンとミキとお前がいれば持ち出すのにも

骨は折れん。祝儀を振舞うから、頼んだぞ」

「了解しました。いや、生き残るとなかなか人生愉快なものですね。では」



キャゼルヌたちには、住所が変わってから知らせればよいだろう。

シェーンコップは電話室を出て、二人の寝室に向かった。






「お疲れ様。ブランデーにする?ウィスキーがいい?」

「ブランデーをもらおうか」

彼女はちょっとしたオードブルを用意してブランデーをグラスに注ぎ

男に渡した。

「さっきメールが届いて、明日の夜にベッドが届くようよ」

指輪はシェーンコップは用意していた。

ミキが気持ちの整理をするまで待つつもりであったしそれはそう苦でも

なかった。

指輪のサイズは手を握ればわかる。

その夜は二人心ゆくまでベッドで愛し合い記念日の料理とは程遠いほど

簡単な食事で済ませてまた懲りずに愛を交し合った。

勿論、バスルームでも。



そして朝を迎えてしっかりと朝食を二人で食べてお互いの職場へむかった。

勿論情事の痕跡もなく。



そしてお互い仕事を終えて帰ると男は女にダブルベッドを買いに行くぞと

言い出した。女は男の運転でデパートに行き、二人であれこれいいながら

どちらかというとこだわりがある男の意見に合わせてひとつのダブルベッドを

買った。勘定は男がさっさと済ませた。

マットを特別なものに変えたのでデパートに届けば連絡を受ける手はずに

なっていた。




「結局のところあなたの部屋の荷物はあとどれくらいあるの」

女が聞いた。彼女は男と長く付き合ってきたものの友人としての

期間が長かったので男の部屋の中を知らない。

男は散々さまざまな女性と浮名を流したけれど女の部屋に転がり

込むのが常であった。

何せ情事は多いが長続きしないのでいちいち部屋に女を入れるのは

いいものではない。

それに、シェーンコップはさきに述べたように「排他的な性格」を

持ち合わせている。



「そうだな。今まで秘密にしていたがお前にはいずれ知られるから

白状しよう俺の趣味は何だと思う?」

寝心地のよいダブルベッドを予約した夜、男は女にクイズを出した。

「あなたの趣味・・・赤毛の美人」

「女の好みじゃなく、純然たる趣味の話だ」

「あなたとは不思議な縁で長く付き合っている気はするけれど、嗜好は

ともかく趣味となるとうかがい知れないわ」



しばらくはまだこのシングルベッドの上で抱き合うことになるのだが、

いかんせんシェーンコップの体が大きいのでミキはベッドから落ちないように

彼にしがみつくしかない。

もっとも、それは彼女の好きなことのひとつであるのだけれど。



「実は俺の趣味は読書だ」



面白くなさそうにいう男の顔がかわいらしくて、女は男の鼻の頭に

キスをした。

「だからあなたはインテリなのね」

「からかっているだろう。かなりの蔵書をもっているんだ。おそらくお前さんの

書斎においてある本よりも数はまずうえだろう。お前さんは医者の癖に本を

読まないんだな。医学書があるだけじゃないか」

「だってコンピューターで事足りるでしょう」

「俺はこれでも古いおとこなんだ」

「じゃ、大きな書架が必要ね」

それは官舎の書架は解体して組み立てればいいので必要ないと男は言う。



「いわれたとおりに地下室を空けたわよ。元から使っていないからあなたの

自由に使って」

女は男の胸の上に乗りかかり、体を重ねた。

「大胆だな。俺の体を組み敷くとは」

「だってベッドから落っこちたくないんですもの」

「でも誘っているんだろう」

女はふふと微笑んで、あなたのお好きにといった。

「では、好きにさせてもらおうか」

というが早いが女をもっと引き寄せて息ができぬほどの口付けを交わした。







「では明日にはこのベッドともお別れだな」

「そうね。でも残しておいてもいい気がするわ。たとえば口も聞きたくないほど

けんかをしたらあなたはあのベッドを出してきてそこに寝るのよ。ワルター」

「・・・・・・うれしくない予想図だな。間違いなく処分しよう」

不思議ね。

「あなたがここへ来る夜はあなたが寝るところは一階のリビングのソファだった。

たった一ヶ月前までそうだった。明日にはあんな大きなベッドがこの部屋を

占領しちゃうのよ。・・・・・・ちょっと感慨深いわ。」

「お前はセンチメンタルな女だな」

「いけないかしら?」

「いや、女はリアリストだと思っていたからな」

でも現実主義には違いないかもとミキは微笑んだ。





女は男の隣に体を近づけて彼の肩に頭をもたげる。

男はそのまま女の体重を受けとめる。

女は細い指を男の頬に這わせて、彼をじっと見つめている。



「俺の顔に穴をあける気か?」

「あなたって、きれいな顔をしているわね」

「今頃気がついたのか」

彼は口角を上げてシニカルな笑みをこぼした。

「シェーンコップっていう名前は、美しい頭っていう意味なのよね」

大きな瞳を伏せて、女は甘えて男にしなだれかかる。



長いまつげ。

化粧をせずにこれだけの美しさの女を見つめて男はグラスの酒を口に含んだ。

女のあごを指先で上げて、唇を重ねた。




ごくん。




口移しでブランデーを飲んだ女は、ほほを薔薇色に染めて漆黒の濡れた瞳で

男を見つめた。


女は気がついていない。





彼女のその瞳がたまらなくその男を欲情させることを。



「明日にはこのベッドは処分する」

彼はそういいながら彼女を抱き上げて、ベッドへ運んだ。



誘ったわけじゃないわと女が言った。

「俺がお前を欲しいと思ったんだ」






そう。

やはり彼女は誰にも、譲れない。









8へつづく。