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ヤン・ウェンリーの死後、戦時下のイゼルローン要塞にて

フレデリカ・G・ヤンが政治主席になり「8月の新政府」「イゼルローン共和政府」が

臨時政府として開かれた。その陣容は戦後ヤンの幕僚や平和主義政治家などが

集いハイネセンポリスのひとつのビルで日々、微々たる活動を行っている。





内政自治権はさきの皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムが25歳の若さで

この世を去ったため摂政皇后となったヒルデガルド・フォン・ローエングラムの

名の元に銀河帝国に認められ長く忍耐の冬の時代をバーラト星域を迎える。

春は来るかわからない。





しかし民主主義をつかみとったものたちは、はかなくも、力強い。

民主政治は政治を常に民衆が監視し民衆が責任を負うところに、

人間としての尊厳すらも含まれている。



この思想を絶やすことはできない。



アーネ・ハイネセンも長征の半ば倒れてもその後継者が立ったように

ヤン・ウェンリーが支持したこの政治のあり方をユリアン・ミンツ、

レディ・ヤンは受け継いでいく。

その志をともにした同志がつどって現在臨時政府が開かれている。








主席はフレデリカ・G・ヤン。

次席にユリアン・ミンッが暫定的に就いている。



首席補佐官としてダスティ・アッテンボロー。

秘書官にアレックス・キャゼルヌ、ワルター・フォン・シェーンコップが控え、

ラオ、スールなど以前のヤン・イレギュラーズが名を連ねている。




議員が各地方から選出され国会を運営している。

戦時中平和運動に取り組んだ人間が選ばれて議員となっていた。

しかしながらいまだ大臣の席はすべて埋まってはいない。



あくまで暫定政府である。



それでも戦時中に疲弊した国力を回復させなければ人民は飢え貧困にあえぎ、

内紛が起こりかねない。





戦後軍部を廃止せよという声も高く上がったが国を護る防衛としての軍隊は

いまだ存在しておりその中枢部にいるのがカスパー・リンツ。



実はその補佐もワルター・フォン・シェーンコップはかねていた。



シェーンコップは士官学校に合格をするも、軍専科学校に進んだ

いささか毛色が違う軍人であった。



当人は披露しないが彼の人物を見る目、政治感覚は実にシャープで

ヤン・ウェンリーの思惑などは彼が言葉に語らずともユリアン以上に

把握しており文武両道に秀でた人物であった。

ユリアンは彼の秀でた頭脳をどうしても生かしたく、暫定軍部の中心者に

納まろうとしていたシェーンコップをとめ、あえて「秘書官」というやや

あいまいなポジションについて欲しいと懇願した。



ヤンが一言漏らせば10以上を察知するシェーンコップにはユリアンの

後ろに控え後見人として今後の動向にいつでもその政治感覚で意見を

述べて欲しかったのである。

それはユリアンがまだ若く、自分でその若さを恥じ入ることが多いため、

見識の深いシェーンコップには表立っての補佐ではなく、忌憚なく具申

してくれる「参謀」として欲したのである。

いささか青年の甘えでもあるが今のユリアンにはシェーンコップの

「華麗なる明晰さ」が必要であった。




ユリアンは師父のヤンを失い、政治において学ぶべき人物をキャゼルヌ

ではなくシェーンコップにえらんだ。

アレックス・キャゼルヌにしても心持は似ている。

キャゼルヌは事務処理能力においては誰よりも抜きんでいたが

ヤン・イレギュラーズにおいても政治関連のことはヤンに任せきっている。

財政事情を誰よりも把握していたのはキャゼルヌであったが

シェーンコップの裏づけはないが見識ある意見は暫定政府の陰の屋台骨に

なっていた。






そういう役割を担うことが「彼の負債」を負う形になるのであろうと

シェーンコップはレディ・ヤンに話したことがあり、彼女も同意した。

政治感覚だけでいえばシェーンコップは代表にすえてもよい人物

であったが薔薇の騎士連隊長の履歴は今なお残るゆえに軍部色が

強くぜひとも「暗躍」して欲しいとフレデリカは丁寧に彼に頼んだ。

ヤン夫人ほどの美人に頼まれれば、嫌とはけしていわぬシェーンコップ

である。

彼は比較的自由に新政府の舞台裏を知り火消しを務めたり世情に聡く

意見具申ができる立場にいた。



権限はない。



しかしだからこそご意見番として新政府にはなくてはならぬ人物である。

暫定政府では結局ヤン・イレギュラーズの幕僚がスライドしたようなもの

であった。










「で、昨日の落石、土砂災害は死者はゼロか。しかしミキは無茶なやつだ

助かったからいいものの、いつまであいつの戦争はつづくのだろうな」

事故の一報を聞き、仔細を調べると土砂に埋もれた被災者に

ミキ・マクレインの名前があったので、キャゼルヌは一大事とシェーンコップを

送った。

もう昨日の午後にはレスキューの救助が始まり無線で埋もれた二人の

生存者に関して無事救助され国立自治大学に搬送されたことも判明して

いたから新政府幕僚で彼女を知っている人間たちには安堵できたが、

こういうときに頼りにできるのがシェーンコップであるには変わりない。




「では早速勇ましい美女の見舞いに参りましょう」



彼はそういって大学病院へ向かったのである。





「あいつはどうした?今日は仕事を休むのか?」

キャゼルヌはシェーンコップに昨日のうちにおおまかな状態を

大学病院から連絡を入れていた。




「さすがに昨日は延長診療はしなかったですがかなり酒に

おぼれていました。泥酔です。付き合いましたがね。朝まで」



こんなせりふをこの男から聞けば男女の関係の成立を自然に

考えるがミキ・マクレインを常々「宇宙で一番怖い女」と肩をすくめる

シェーンコップを知っているので、言葉どおりにみな知己同士酒でも

飲まねば、生き埋めになった女性であるし気もまぎれぬであろうと

納得する。





二人の間に12年の歳月を一気に埋めてしまうような営みがあった

などと誰も気がつかない。




とうのシェーンコップにしろ動揺こそないが色事の達人にしては

後手に回ってしまったと思っている。

彼女を愛していることを12年かからないとわからなかったことに

恋の不可思議さに驚きもし、新鮮味を感じている。

であるのでまわりが察知できないのも当然。







「酒を飲ませれば少しは女医は気でもまぎれたのか?」

キャゼルヌも疑わずシェーンコップにミキの様子を聞く。



「多少はね。そもそもがあんな気質ですから、土砂にうもれたくらい

ではなんと言うことはない。災害後、検査を大学病院でしましたが

肉体的にも精神的にも異常が見当たらない。そんな具合ですから

おそらく今日おとなしく自宅療養している・・・・・・・そういう女ではないで

しょうな。働いているでしょう。仕事が好きな女ですからな。」

シェーンコップは嘘も方便。

「あきれたな。おれのほうが寿命が縮まった思いがしたぞ。心配ばかり

かけおって」

口調は怒っているがキャゼルヌの後輩を思う気持ちはなかなか

涙ぐましいものがあるのでみな隠れて笑って聞いている。




「先生のお見舞いに僕もカリンも行きたいのですがいかがだと

思われます?秘書官殿」

ユリアンはそれでもあの豪気な彼女が自然災害、二次災害の中

手術をして人名を助けたにせよおそらくは酒を聞こし召すと

いうことは彼女にとっては大きなダメージだと思うので慮ってシェーンコップに

たずねた。



「しばらくは一人のほうがあいつもよかろう。人がいては空元気を

だして見栄を張る女だ」



確かに、そういわれればとユリアンは見舞いの品でも送ることにした。

「あいつ、飯は食っているのか?なんならうちのやつに何か届けさせるが」

キャゼルヌはいった。



この連中は仲間意識が強くて結構なことだと女医の見舞いを

うまく交わす言葉をシェーンコップはあの手この手と次々自然に

口にする。



「まがりなりにもあれは軍人だったし、食事を人生の楽しみの一部と

考えている健康的な女です。ブライアン女史もついていることですから

それもまたあいつには今は不要でしょうな」



それもごもっともだとキャゼルヌ。

「要は今はあいつに時間をあたえろということだな」

シェーンコップはそのキャゼルヌの言葉に頷いた。



しかしなんだな、と首席秘書官は言う。

「ミキにはいい男がいないのか。あいつは亭主を持つと少しは無茶を

しなくなると思うんだが・・・医者仲間にあいつに言い寄る男でもいない

んだろうか。もう7年になるのだし・・・・・・あいつが1人だと無茶ばかりで

見ているこっちの胃が痛くなる。」

「ドクターが回復されたらアッテンボロー首席補佐官を差し向けるのは

いかがでしょう」

ユリアンは案件の清書をしながら書類から顔を上げずに口にした。

あのなとアッテンボロー。

「一度しか会ってない女性をいたわれる器用さはこいつには無いんだ。

ユリアン。」

キャゼルヌはふうとため息をひとつ。





いつもの光景。

ワルター・フォン・シェーンコップはユリアンの清書した書類に目を通す。

しばらくは自分があの女の面倒を見ていることをまわりに知られないほうが

女医の都合がよいだろうと思う。






自分にとっても都合がいい。








男が帰ったあと、彼女は跳ね起きてバスタブに湯を満たしシャワーで

体を洗ったあとゆっくりと浸かった。腰がやや重い気がするのは・・・・・・

仕方がない。

そして自分だけのためにおいしい食事を作る。

彼女は男の言うように食事は人生の幸福を決めると思うときがあるから、

自分のためだけであっても栄養価があり、おいしいものを作って食べることを

心がけている。

朝は特にきちんと食べないと。

手馴れた仕事を終えて簡単に身支度を整える。




鏡を見て。




まあ、いいか。

情事のやつれはないし昨日のショックも残っていない。

34歳のごく健康な女性として姿勢正しく診療所に向かい朝早くに

準備をしているアグネスやほかのスタッフに挨拶をしていつもと変わらず

医院をあけた。



何事もなかったかのように。












本当は過去12年を大きく揺るがす出来事が起こって

いたのに彼女はそれがそう不自然なこととは思えなかった。

患者を診察しながらいろいろと考えるけれど確かにセックスに

うえていたのは事実。

けれどもどの男でもよいとは彼女は思わなかった。










ワルター・フォン・シェーンコップが女慣れしているから

情事の相手によいのだと思うしワルター・フォン・シェーンコップの

さりげない心配りが彼女には心地よかった。

もたれかかっても彼はそれで過敏に反応しないし・・・・・・。

要するに大げさではない。

長年の友人知己であるということもあって彼には彼女は自然に

振舞うことができた。

・・・・・・まさか性処理の手伝いまでさせることになるとは思わ

なかったが。






しかし、彼はミキを愛しているといった。






一夜の情事にするつもりはないとも。





むしろ一夜の情事で済ませてしまうつもりでいたのは女。

ワルター・フォン・シェーンコップともあろう男が自分を一人の

女として見ることなどなかろうとミキは思い込んでいたし今でも

その言葉がうまく咀嚼できないでいる。



多くの男性に愛を打ち明けられ告白され求婚されては来たものの

ジョン・マクレイン以外の男にミキが思いを寄せたことはなかった。

ワルター・フォン・シェーンコップはそんなことはとうに知っているから、

一度も彼に口説かれたこともなければ逆に怖い女といわれた記憶しか

ない。



ただ、さびしくてどうしようもなくなったときに彼女はあの男の

腕に抱かれ身をゆだねる心地のよさを女として痛感した。

ほかの男では手を添えられてもなじめない彼女が、あの男に

抱かれるように歩いたことさえミキには心の安らぎを得た気持ちになった。







だけれどもあの男を縛る気持ちはなかった。







やがていずれは自由にさまざまな女性との恋愛を謳歌する

であろう彼を女性としてミキは受け入れないことは必須。

ならば友人のままでよいと思う。

いずれ空に返す野生の鳥を、かごの中に閉じ込めるような

無分別なことは彼女はしたいと思わなかった。

長い間、よき友人として側にいてくれたシェーンコップの人となりを

認めれば彼の自由を妨げることは、長年の友情を無視する

ことになる。



しばらくは彼は彼女を愛しているというであろう。

それが今の彼の気持ちであれば、仕方がない。






けれどジョン・マクレインとともに歩もうと思った人生を

ワルター・フォン・シェーンコップと歩もうとは彼女は思えない。

彼とまじめに恋をするということはミキ・マクレインには

絵空事に思えるのである。

終わりのときがきたらまた友人に戻れるであろうか。



戻れると彼女は思った。

ミキはシェーンコップを愛してはいなかったけれど友人として

必要であった。またあのころの二人の戻れると彼女は安堵した。






そこまで気持ちの整理がつけば。

ミキは診療をすべて終えて、帰路につく。



今夜男が来るのかわからぬが男の分の食事も用意している。

「自分でまいた種を刈る」という大人の女性の責任と思っている。

しばらくは恋をしている男に付き合ってもよいと思う。

ほかの男ではこんな気持ちにすらならないのだけれど長年の

付き合いというのか。

シェーンコップと恋人ごっこをするくらいはかまわないとミキは

思う。





そう。彼女は夢見る少女時代を越している。

いつの日か男が来なくなろうが彼女はまた再び、彼と友人として

酒を酌み交わす仲でいれるのならばそれでよいと思っている・・・。









5へつづく。