for you 2











ハイネセンにもわずかながら鉱物資源がある。

その掘削現場で豪雨によるがけからの落石事故が起こった。

技師の数人がこの事故で怪我を負ったと救急に連絡が入り

ミキ・マクレインはその要請にこたえて医療チームの一人として

ヘリに乗った。

運ぶのは国立自治大学医学部救急治療室。



今回同じく空を飛ぶのはミキより二歳年少で3年前からよくチームを組む民間医

ドクター・ゴールデン。

看護士たちは4人。アグネスは診療所で待機させている。

診療所はマッケイン医師に代理診療を頼んでいる。





「4人負傷。この事故で4人ですんでよかったというべきだろうな」

「ダニー、この患者は動かせないわ。ショック状態がひどいし出血がひどすぎる。

その3人を先にあなたが搬送してあとでもう一機ヘリを呼んで」

慄然とダニーは顔をしかめる。

まだ雨は強く二次災害を彼は心配しているのだ。

落盤の災害か土砂崩れの危険が多い。

一刻も早くここから立ち去るしかない。






この患者は死ぬかもしれないが・・・。






「ミキ、君も今ヘリに乗らないといつ土砂崩れが起こるかわからない。

今まで君が優秀で運が強い医者だってことは誰もが知っている。

けれどこの患者も今搬送しなければならない。まさかここで手術でも

するつもりか?」


そうよ。と女医は言った。

クレイジーだともう一人の医者は言った。





「小型発電で輸血をしながら脳の裂傷を手当てして

止血する。今その手術をしなければこの人は死ぬ。

一人で執刀するから先にいって」

「無茶だ」




彼は制止しようとしたが患者が心室細動を起こした。



「こんなプレハブに何も道具はないんだ。自治大学の治療室へ・・・」

しかしダニーもいまその心室細動を止めるしかこの患者が生きる道は

ないと知っている。






いい?ダニー?

「私は何度もこんな状況には遭遇している数少ない経験豊富な医者よ。

いきなさい。このチームのチーフは誰?」





女医の目は鋭く、いつもの陽気で愛らしい面影はない。

「わかった。チーフ。その代りすぐにヘリを呼ぶからそれにその3人を乗せて

運ぶんだ。それと、今後俺にチーフ風をふかすな。ほら、「エピネフリン」だ

AEDをヘリから降ろした。看護士を二名は残すぞ」






彼女はさっさと一人の看護しに手伝わせて二人の患者をストレッチャーに

乗せるとその看護士にも避難を促した。

「あたしひとりで平気。助ける。救命救急士は必要ない。

アクロバティックなことをするから独善的かつ排他的に一人で仕事を

したいの。」



とんでもない医者だ。

「無茶すぎる」

「早く行きなさい。今から消毒をするから」



本当に狂っている。






そう思われても仕方がないほどミキは今の状況が危険であることも

知っている。しかしこれからダニーには医療現場で人々を救済して

欲しいし絶望的なこの患者たちを見捨てることはミキにもできなかった。





そう。



患者を見捨てるのは夫の生命を軽んじる行為に通じる。



第六次イゼルローン要塞攻略戦で二次災害の危険も顧みず

あえて危険ブロックへ飛び込んだ夫の後姿を彼女はまだ鮮明に

思い浮かべることができた。

彼自身の力で意志で動いている彼を見た最後の姿。



そのあと被災者の軍人は救えたがジョン・マクレインは脳に大きな

損傷を負った。それが大きな致命傷でミキが全力で執刀したにも

かかわらず彼は脳死した。



生命維持装置をつけていれば倫理上彼は生き続けられたが。





遠のくヘリの音を耳にしながらミキは滅菌を終え緊急手術を行った。

ハイネセンが戦時下の際はもっとひどい状況で手術もした。





自分が度し難い女であることは自覚している。

けれどいつでも片道切符。

それが彼女の矜持であった。










工事用の比較的丈夫な簡易事務所の一室でミキは滅菌作業を施し

一人の患者の心室細動をなくした。ふつうの医者ではこんなことは

一人ではしないし異常事態である。

細動の原因が患者自身の血管でありカリウム値の上昇によるもので

ないとミキはすぐ判断しAEDではなく業務用掃除機でその詰まった血管を

吸い上げ処置した。

彼女は17人そうして助けた。





いつか患者から訴訟されそうだと思いつつも今回は何とかしのげた。

心臓のほうの処置は臨時に済ませた。

脳の裂傷を見る。

出血は多いが頭部は出血が多いものであるしほかの原因を探る。

小型の発電機を用意して患者の血液型と同じ輸血パックを

取り出す。輸血の量は十分だし治療室でCTをみればこの患者の脳の

詳しいことがわかるだろう。





一番の失血は大腿部の大動脈断裂だ。

腕もすべての骨が砕けているだろうと思われる。

この患者は左半身を失うことになるであろう。

大腿部の大動脈からの大出血を止めるには血管を一時縫合すること。

血管縫合を顕微鏡をつけて行う。2000人にも上る患者を執刀した経験上

止血を試みる。

雨の音がうなりをあげているのがわかる。






こんなときに自分が冷静でいられる自分が不思議だ。

ジョンと上官のコバルビアスを同時執刀しなければならなかったとき

彼女はそれまで第一助手迄しか勤めたことはなかった。



しかしジョンがいない以上自分がメスを握るしかないのだと思い知ったとき

すべて集中できた。

手術中は何も怖くなかった。

自分には彼ほどの医術の技術も学もないが現在経験だけは類を見ないようだ。

縫合を終えた週間、事務所の電気が消えた。

小型発電機は依然動いている。これでいい。

無線で2分以内にもう一機のヘリが来ることを聞いた。







目を閉じただけだったが、数十秒ほど、気を失っていたようだ。








激しい振動。轟音。

彼女は我に帰った。

土砂か・・・。



窓を見ると何とか建物は壊れていないがゆがんでおり

自分が土砂に埋もれていることを知った。





ほかのスタッフを帰しておいてよかった。





無線が生きていた。

「現在、土砂を除去するクルーも来ている。今君たちを救助する。

生存者がいれば何か音を出してくれ」

「患者一名生存。私はミキ・マクレイン。執刀医師。ここには二人だけよ」

「あんたは気が強いか、気が狂っているかどちらかだ。しかし

もう無茶はやめてくれ。いつまでもその強運が君を護るとは限らん。

ともかくもう土砂は除去できる。あんたは怪我はないか?ドクター」






レスキューもよんでくれたのか。

ダニーには感謝する。

「私は無事よ。早く患者を国立自治大学に収容したい。急いで」











かくて女医は今回も幸運を得て患者を治療室へ運び込み

彼女自身もバイタルチェックをされたが異常はなかった。

土砂に埋もれた女性として精神的動揺もない。






午後の診療終了時間は過ぎていてマッケインには国立自治病院から

診療終了を連絡しておいた。彼は了解し看護婦長のアグネスに代わって

もらった。



ミキは診療所に戻っても今日は仕事をする気持ちになれないと彼女に

正直かつ簡単に告げた。

アグネスはよく事情や心を察してくれクリニックのほうの後始末と

戸締りはしますといってミキを気遣ってくれた。

「先生、一人で大丈夫ですか。」



彼女は平気だといった。

ミキは平気だ。体も頑健で精神的にも何も動揺していない。







ダニーは彼女を車で送ると言い張ったがミキは一人で運転して帰ると

断じて断った。









断っている最中に聞きなれた声が彼女を呼んだ。



「ワルター・フォン・シェーンコップ」

「事故のニュースを聞いてキャゼルヌが俺をここへよこした。

とりあえずは無事なんだな」



ええ。と彼女。

シェーンコップは若い男の医者にはっきり言った。






「申し訳ないがこの女医は私がご自宅までお送りすることになっている

すまんな」

ミキの肩をさりげなく抱きよせた。彼女はそれが不自然に思えず、







「ありがとう。ダニー。レスキューをよんでくれて、私、助かったわ」

そういってシェーンコップの腕に抱かれるがまま、車に乗った。

車を運転してくれたのはシェーンコップでオートモードにすれば楽なのに

彼自身がかなりの神経を使って運転をしてくれていることをミキは感じる。






車中彼はミキに何も聞かなかったし、ミキもしゃべる気はなかった。

診療所はアグネスがしっかりと戸締りをして店じまいをしてくれている。

「家に車をつけていいんだろ」

「ええ。ありがとう。シェーンコップ」

「気にするな。今更。」

「そうね」


鍵を開けて自分のベッドルームへ行こうとする。

シェーンコップはドアを施錠してふらついている

ように見える女医の背中を抱えた。






「吐くか」










「・・・大丈夫。なれているから。ベッドまで支えてくれるかしら」

ミキはシェーンコップを自分の寝室へ招きいれた。



・・・・・・役得というのであろう。

どんないきさつであれ美人の寝室に入るのは悪くない。

突然彼女の膝がくず折れた。

シェーンコップはそんな事態は承知しているように彼女の華奢で

しかし女性らしい小柄な体をなんの苦もなく抱きかかえてゆっくり

彼女のセミシングルのベッドの上に女医を横たえた。



履いている靴を脱がせていったん寝室を出た。







男がいなくなって、ミキは声を殺して泣き出した。









「ブランデーだ。ゆっくり飲め」

震えてしゃくりあげる背中を撫でながら、男はそれが自然なことの

ように女をいたわった。女はグラスを両手で受けてゆっくり飲み下した。








彼は彼女の硬直した指から一本一本ほぐすように空になったグラスを

受け取ってベッドサイドテーブルの上においた。

「まだ飲むか」

女が1人生き埋めになった。

患者を救うため一度は身を捨てた。

今になって恐ろしくなりショックを起こすのは仕方が無い。普通の女では

・・・・・・否男でもそのような重圧に耐えられるであろうか。



豪胆な女でも無理だ。

シェーンコップは同情した。



しゃくりあげ、涙が止まらぬ女を子供をあやすように胸に抱き

ベッドに腰掛けて彼女の顔を覗き込んでみる。

涙にぬれた大きな瞳はいつもの輝きはないが・・・・・・やはり美しい。








「シェーンコップ」

「なんだ」

「あたしを、抱いて」




「さびしくて一人ではあたし頭がおかしくなる。お願いだから

あたしを抱いて。抱かないならこのまま一人にして・・・・・・」

ジョンがいない間に幾度も今日のような日を潜り抜けて1人で

耐えてきたが。

もう彼女は限界だった。




シェーンコップは彼女の瞳を見つめて彼女の小さなあごをくいとあげると

深い口付けをした。

深く、深く彼女の唇に口付けて彼女の口の中に舌を差し入れた。

彼女も抗わずあえぎながら舌を絡ませ彼のたくましく長い腕の中で

彼を求めた。

ためらいがちな彼女の細い指がシェーンコップのシャツの襟元や首筋を

いったりきたりしている。

彼は彼女を横たえて体をかさねた。

服をきたままのミキの体に手を滑らせる。




ウエストは記憶以上に細くくびれ代わりに腰の部分が少し

成熟した女性らしく張った気がする。






美しいな。

乱れたスカートの裾から出ている脚は太ももの辺り

少女らしさはなく大人の女性の色香がある。




背中には無駄な肉がついておらずその美しさに息を飲む。



服のうえからの愛撫で、彼女は小さく悩ましげなあえぎ声を上げる。

その熱い吐息を彼は自分の唇で封じた。

幾度も幾度もやさしく執拗なキスを交わした。

同時にフレンチキスの嵐を彼女に降らす。

彼女は耐えられず、男の唇を求めて彼の美しい顔に

両手を添えて、



「あなたが、ほしい」





途切れ途切れの狂おしい声にならぬ声で男を求めた。










男は何度も彼女の舌に自分の舌を絡ませて濃厚なキスを

彼女に落とした。









溺れる。











俺はこの女に確実に、溺れる。



唇を合わせたまま女医の体に指を這わせた。

いとおしさとともに。






俺はこの女を愛している。






男は思い知らされた。

自分が見ないでいようとした現実。目をそらしていた事実。

この女を愛している。








3へつづく。