孤独の、その先に。・2
10月2日。 若き「八月政府」次席補佐官が新婚旅行を終えて勤務先のビルに出仕してきた。オスカー・フォン・ロイエンター ルが総督府を置いたホテル・ユーフォニアを暫定共和政府は拠点として使っていた。 青年がコールダレーヌ特産の乳製品などをみなに土産として渡せば「新婚旅行はどうだった。ユリアン?」とか らかわれる始末。 19歳の青年に夜の生活まで公然と聞く。 青年は思う。 この環境で自分はよく不良にならなかったなと。 ダスティ・アッテンボロー・ポプラン主席秘書官に土産をと思って執務室へ行ってみた。あふれんばかりの薔 薇の芳香と見事な大輪の白い薔薇が所狭しと部屋を占拠している。 「・・・・・・ビッテンフェルト元帥によほど気に入られましたね。これは贈物でしょう。」 ああ、まあなと秘書らしからぬ言葉が白い薔薇のあいまから飛び出してきた。 アッテンボローは執務机で書類を作成していた。 ダークグレーのスーツに白いシャツ。いかにもキャリアを持った女性が着る洗練された出で立ちで・・・・・・けれど 彼女の上司が外見が華やかな「主席」ではないので幾分控えめな姿をしている。見る人間が見なければ彼女の まとっている服がすべて姉上の高級ブランドのものとはわからない。 アッテンボローが着る服は姉直々にデザインをする。ご丁寧にだて眼鏡まで最近は身につけていて本人はこれ で風采が上がらぬように見えただろうとふんでいても実は美人が眼鏡をつけると思わぬ効果があるのである。 アッテンボローは無意識にそういう魅力までものにしてしまう。フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト元帥もその 眼鏡でアッテンボローをごく控えめで清楚で清潔そうな美女と思いこんでいる。 なかなかその呪縛が解けないでアッテンボローは困っている。 「お帰り。楽しかったかい。新婚旅行は。鱒釣りはお前さんは得意だったっけ。」 綺麗な笑顔で迎えてくれた。 「留守の間ご迷惑をおかけしました。ポプラン秘書官にお土産をお持ちしたんです。チーズなんですけど。僕には 釣りはむいていないようです。あっさりカリンに負けました。つりは根気がいるでしょう。僕より彼女の方が根気 があるみたいでちょっとした驚きです。」 土産を受け取った彼女はこれは嬉しいなと綺麗な笑みをこぼした。 「海で釣るのとちと具合が違うみたいだしね。渓流で釣るのは難しいみたいだものな。」 彼女は思い出す。 フェザーンで過ごした二日だけの新婚旅行。 フェルライテン渓谷で過ごしたポプランとの愉しかった日を。 川釣りをしている男の姿はアッテンボローの知らないそれで。 思えば彼を完全に知っていると言う訳でもない。彼と出会ってからの彼しか知らない。 嬉々として釣り糸を巧みに投げる様など見事で。アッテンボローが知っている彼ではなかった。 でもそれもとても素敵だと思っていた。 純粋なものとして愛しく思えた・・・・・・。 いや、今でも宇宙で一番大事な男だと思っている。二ヶ月の別離の日々くらいなんてことはないと言い聞か せた。 愛しているなら信じればいい。 彼は生きている。 また同じ空を仰いで生きていける・・・・・・。 わずか二ヶ月離れているくらいで気弱になるなんてずいぶんな甘ったれな女に成り下がったものだとアッテ ンボローは苦々しい思いがする。 「カリンの具合はどうだい。元気か。」 アッテンボローは思考を切り替えた。 今頃思い出に浸っても仕方がない。 「元気ですよ。なまじ元気なものだから体を動かしたくてうずうずしています。元々がシェーンコップ秘書官の 令嬢ですし活発なのはいいことですが・・・・・・なにせ妊娠しているので重々気をつけてほしいんですけどね。 今はキャゼルヌ夫人やコーネフ夫人に料理を教えてもらっているんです。味音痴じゃないから今後の上達が 楽しみです。」 ユリアン。 「そういうのを惚気というんだ。やれやれ。新婚にはかなわないな。」 アッテンボローは青年次席補佐官を揶揄した。 やだなあ。 「からかわないでくださいよ。ポプラン夫人まで。」 「からかわれるのが新婚の定めだよ。ユリアン。オリビエがいればこんなものじゃないんだから。私一人がから かう程度はしれているだろう。シェーンコップのやつも自分の娘が急にかわいく思えたと見えて冷やかしどころ か何も言わないじゃないか。」 白い薔薇を一本抜き取りアッテンボローはしげしげと眺めた。 「アンネ・マリー!」じゃない・・・・・・。 大きな大輪の白い薔薇だが贈り主はオリビエ・ポプランじゃない。 それをこの薔薇が思い出させてアッテンボローは厭わしい気持ちに襲われる。ビッテンフェルトに咎があるので はない。 ただ・・・・・・彼女が愛した男は陽気が主成分の優しい、女をこよなく愛してくれる夏のきらめく太陽を思わせる 小粋でときにセンチメンタルな男。 オリビエ・ポプランなのだ。 薔薇は毎日贈られてくる。 彼女は自分の執務室に儀礼的に飾るがほとんど暫定共和政府本部の玄関(エントランス)や会議室などに 飾って枯れれば、捨てる。贈り主には申し訳ないが事務的に処理をしている。 白の薔薇をアッテンボローは実はあまり好んではいない。 ポプランが贈るのはともかく白い花が朽ちていく様を見るのは切ない。真珠のように美しかった花弁が茶色く 朽ちていく姿を見るのはもの悲しさを感じる。夫からもらう白い薔薇をブリザードフラワーにして部屋に飾った りするのは苦ではなかった。愉しい作業で心安らぐ手間だった。かわいそうだがこの「ブルゴーニュ」と呼ば れる白薔薇は枯れれば捨てられる・・・・・・。 「あちらも新婚ですからお互い干渉しないでおこうというのが密約なんです。」とユリアンはいい、薔薇を見つめ ているアッテンボローを見て思った。 ポプラン中佐は今どこで何をしているのであろうかと。 本人は辛くないふりをしているがユリアンだって少しはわかる。 アッテンボローの隣にはいつもポプランがいた。 真昼の三日月が必ず空にあるようにポプランはアッテンボローとともに存在していた。 そんな彼がいない。 誰だって近しいひとが急に側にいなくなれば淋しいものであり、ましてあれだけ愛情をはぐくんでいた二人が何 らかの理由で今全く音信すらない。これでアッテンボローは口に出して言わないし態度にも表さないがどれだけ 辛く思っているだろう・・・・・・。 「ポプラン夫人って白い薔薇が似合うのは事実ですね。」 ユリアンは正直な感想を述べた。 「ふうん。どうしてかな。私はそれほど好きでもないんだよ。誤解されているけれど。」 一見冷たい容貌をしているけれどその美しさや清廉な魂は薔薇の中でも白がふさわしいのじゃないかと青年は 思った。 「あなたは私にふさわしい。・・・・・・これが白い薔薇の花言葉で相思相愛を表すんだって。少なくともオリビエは そういっている。ビッテンフェルト元帥がそこまで考えて贈ってくるのかは計り知れないけれど・・・・・・さす がに和平を結んだとはいえども自分を壊滅的に殺戮しようとした男を伴侶にしたいとは思えない気持ちはわかる だろう。ユリアン。」 それに。 「私はこれでもポプランの妻だからね。亭主が二ヶ月沙汰がない程度で夫をシフトできるわけないよね。」 改めて彼女は左薬指におさまっているプラチナのリングを見せて綺麗なウィンクをした。 たった二ヶ月じゃないか。 「連絡がないといってもたった二ヶ月じゃないか。それで夫の座を奪われたらオリビエもかわいそうだ。あいつは 二年すれば私を迎えにやってくると約束した。約束なんてどちらかが信じなくなったら消えちゃうよね。信じなく ちゃ。」アッテンボローは微笑んだ。 強がってるとユリアンは思う。 現在のように講和成立となって超光速通信(FTL)に発信規制もない時代なのだからフェザーンにいればこの ハイネセンに連絡など簡単にできるはずである。なのにそれがない。それがみな腑に落ちないのである。一つの 可能性として・・・・・・。 事故や犯罪に巻き込まれたのではないか。 だが情報通のボリス・コーネフ船長も事故者や身元不明者を探しているがそれらしい人物はいないとはっきり 言う。 「毎日電子新聞をチェックしているし帝国の憲兵隊にもコネクションを作ってポプランの行方を捜しているがあ いつどこにいっちまったんだろうなあ。ハイネセンに帰っていないか。」 船長がいつも連絡をくれる。これはこれで一つ安心ではあった。せっかくあの死闘をくぐり抜けたのだ。事故や 事件でポプランがアッテンボローをおいて逝くなど考えたくないユリアンである。 一つの時代と決別するためにポプランは一人になる時間を欲したのだと最初青年は思った。 でもそれにしては解せぬ点が多い。 最愛の妻だと公言するアッテンボローに理由も告げずフェザーンに残ったこともそれから連絡一本ないと言う こと。溺愛といってもおかしくないほどポプランはかつて交際してからはアッテンボローを一人にしなかった。 随分罪なことをしているとユリアンは思う。 ポプランのことをもっともよく知っているイワン・コーネフが言うには。 「あいつはアッテンボロー提督にだけは格好の悪いざまを見せたくない見栄はりだからなあ。」 であった。それ以上は彼もよくわからないという。 「ポプランはもとは放浪癖のある男だしよくまあ実際結婚したなって思うよ。あいつは絶対アッテンボロー提督 に怨まれて死ぬな。」そんな物騒なことを民間の飛行機会社で整備と教官を務めているコーネフは言った。 丁度奥方がランチを作って夫に持ってきていた。豪奢な金髪を相変わらず綺麗に結い上げた帝国美人の女房 殿は女の子の赤ちゃんを乳母車に乗せて職場にやってきた。 女児は父親を見るとその小さな手を精一杯伸ばしだっこをせがんだ。機械油で汚れているのになあとコーネフ はテレサを見ていった。 「ちゃんと連れて帰ってお風呂に入れますわ。シモーネをだっこしてあげてください。イワン。」大きな碧の眸の 奥方はにっこり微笑んで娘を夫に抱かせた。ユリアンは思う。確かに同じ撃墜王でもイワン・コーネフの方が家 庭にむいているなと。ハイネセンにはコーネフの両親も弟妹もいて長男が妻子を戦場から伴って還って来たこ とを大いに喜んでコーネフの母親などはテレサにコーネフの好物の作り方を教えたり嫁の家のことを手伝って くれたり食事をみなとするらしい。 テレサ曰く家族が増えて嬉しいのだそうである。 メルカッツ提督がお喜びならいいのだけれどと言うのでユリアンは絶対に喜んでおいでですよと微笑んだ。 新婚旅行の土産も渡して。 フェザーンでしかできない格好の悪いこと? これではまるで判じ物ではないかと帰路についた青年は思う。 でもいずれにせよ世帯を持ったからにはポプランの放浪癖は何とかしてもらいたいと弟子であるユリアンでさえ 思わずにいられないのである。 今日もお届け物ですよとアッテンボローの仕事を手伝っているラオが大きな薔薇の花束を抱えて執務室に入っ てきた。「断りは入れてあるんだけどなあ。」とアッテンボローは白い薔薇を見て正直萎えた。さすが敗走など認 めない「黒色槍騎兵(シュワルツランツェンレーター)」を率いる元帥閣下は違う。幾度断ったところでアッテンボ ローのもとに亭主がいないと言うだけで求婚してくる。 「不屈はある意味美しい。だがこういっては悪いが。」 うっとおしいものだな。 アッテンボローは眉をひそめた。「白い薔薇なんか嫌いになりそうだ。」 「相手にはポプラン夫人の気持ちは言ってあるのでしょう?」ユリアンは尋ねた。 「それであの猪が収まりがつくと思うか。破廉恥や卑劣とはほど遠いから大目に見ているがこうなったら奥の手 を使わざるを得ないな。」 史上最年少の女性提督はこの悪の連鎖を断ち切る味方が一人いるという。 「ポプラン中佐でしょう?」 ラオやユリアンは尋ねた。 いないやつのことを言っても詮なしだろうとアッテンボローは不敵な笑みを浮かべた。 いるじゃないか。 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト元帥をいさめることができる唯一の人間が。 「摂政皇后ヒルデガルド・フォン・ローエングラム。なき皇帝が後事をゆだねたあの方の名前を出すのは心 苦しいがあまりに度が過ぎれば間にはいって頂く。あのお方の言うことであれば元帥もひかざるを得ない だろう。我ながら悪辣だと思わぬでもないが公務に差し支える。過剰な好意はいらぬ世話だ。」 まあもちろん奥の手にすぎないよとアッテンボローは笑った。 「政治的懸念で苦悩しておいでの皇紀を煩わせるのは気の毒だからね。アレク陛下が成人遊ばされてもまだ 元帥が諦めないというなら陛下に勅命を出していただくよ。」 アレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラムはまだ赤子。けれど天子の襁褓(むつき)を身につけ ている・・・・・・宇宙で一番の権力を持った赤子と言える。 ユリアンはラオと顔を見合わせて力なく、笑った。 アッテンボローは自宅で食事を終えて地上車(ランド・カー)を走らせた。 自動運転ではなく彼女がハンドルをさばいた。 ポプランがいればけして運転などさせてくれまい。 月夜で星が満天に光り輝く夜海に向けて車を飛ばした。 元々男並みに機器(メカ)は強いし戦艦や駆逐艦を動かす能力もある。車一台自由にできない彼女ではない。 ルーフをあけて風を愉しんだ。 やや長くなりかけた髪がいたぶられるように風になびく。 復興する街並みの灯りを抜け舗装されただけの湾岸道路に出た。アッテンボローはオーディオをつけ音楽を流 した。対向車はない。もう秋だからこんな時期の夜中に車を疾走させる酔狂な人間もいないようだ。時折彼女は 自分で車を出す。行く当てなく運転してはたいてい海にたどり着く。 そもそもそれほど海など好きではない。 ポプランとフェザーンで別れてからたまに来る。 流れるメロディは彼女にはよくわからない。 音楽を聴く趣味がないので疎い。こういうのに詳しいのはポプランなのだがアッテンボローはカリンにすすめら れた曲などデータにして車に積んだのでそれを流している。 彼女はバックミラーは利用しない。 サイドミラーですべて確認してしまう。下士官時代に大型トラックなどをよく運転したのでバックミラーを使わない くせができている。 便利だから使えばいいのにと自分で苦笑した。 ハイネセンではときどき二つの月が見える。 衛星が二つ存在し一つは「ファム」という。これは常に天空に見える位置にある。時折周期ごとに姿を現す方 の衛星を「マリ」。地球の言葉でファムは妻を表しマリは夫という意味を持つらしい。 確かに夫がしょっちゅう家にいてはそれほど妻としては嬉しいものじゃないなとアッテンボローも思う。 それでも。 「ファム」の隣には必ず「マリ」が三日に一度はならぶ。 まさに理想の男女の距離かもしれない。 車をとめてアッテンボローは砂浜におりた。足跡一つなく黒く影が見えるのは流木だろう。水平線が空の蒼と混 ざってよくわからない。星や月たちの境界線ではじめて水平線がわかる。 さすがに10月ともなれば肌寒い。上着を一枚余分に持ってきていてよかった。 波は静かでないでいる。 孤独が募る一方なのになぜこんな人気のないところに来てしまうのだろう。 ここでも彼女は一人で苦笑した。 笑ったはずなのに。 頬にあたたかいものが流れた。 自分は泣いているんだなとそこで彼女は気付く。 ここなら。 誰にも迷惑をかけないで心いくまで泣き続けることができる。 実家では母がおろおろするし父は無言である。姉たちはこぞってそんな男とは別れた方がいいという。職場でも おおかたがポプランを不審に思っていてそんな皆の前でアッテンボローは笑顔を作った。 「あいつは絶対戻ってくる。」ととびきりの笑みを見せねばならなかった。 嫌いになれるものなら言われなくても愛想を尽かして別れている。 どんなにみなが嘲弄しようがアッテンボローはポプランがすきだった。 少年のような感受性を持った大人の男、オリビエ・ポプランだけを愛していた。 それは距離や時間だけでは変えることはできない。 会えないからこそよけいに思いが募る・・・・・・。 夢でさえも出会えない。 最近の彼女は眠りも浅ければ食事をしてものどを通らない。 たまに眩暈に似た感覚が襲ってきて気をしっかり保って仕事をしていた。周りの目を気にして食事はとるが結局 体が受け付けないのか戻してしまうことも多い。健康診断では良好と念押しされているからあくまで精神的な ストレスだろうと思っていた。 随分若いときに婚約を破棄した当時もこんな状態になったことがある。 会いたい・・・・・・。 せめて声を聞きたい。 あなたに会いたい・・・・・・。 膝が折れて砂浜に崩れ落ちた。柔らかい砂は彼女を受け止めてくれる。ああ、だから私は海に来るのだと気 付く。砂に手のひらを沈めて握る。 どれだけ強く握っても砂はてをひらけばさらさらとこぼれ落ちてゆく。 涙がこぼれ落ちてもあっという間に砂は受け止め地面へ還っていく。 ついて行けばよかった。 ついて行けばよかった。 ついて行けばよかった。 何度も懊悩した。 こんなに自分が脆いなんてアッテンボローは知らなかった。 こんなに自分が泣くなんてアッテンボローは思わなかった。 強がって笑顔を見せてポプランと別れたけれどたった二ヶ月で自分はこれほど崩れいていく。昼間はいい。 仲間がいるから。 でも夜になれば一人のベッドはなぜか広く感じて隣に体温がないことを知ると叫びたくなる。 あの手を離さずに何もかも捨てて彼について行けばよかった。 どれだけポプランが困ろうと彼が見栄をはろうと矜恃があろうともついて行けばよかった。 自分が暫定政府にいたところでなんの役に立つというのだろう。 ヤン・ウェンリーのことは尊敬しているし彼と彼の家族、愛するものを護りたいと願っていた。 でもそれこそ自分の見栄だったのではないだろうか。 いつも握られていた右手が冷たい。 永遠の愛を誓ったはずの指輪が左手に冷たい。 別れて暮らした自分が浅はかだった。 彼のいない空気は温度がなくてアッテンボローは凍えそうになる。 夜は特に涙が止まらなくなって一人で泣いている。情けないとわかっていても。生きていて彼が二年たてば自分 のもとに還ってくると信じていても吐き気がするほど、悲しくなる。淋しくなる。 こんな姿は誰にも見せられない。 見せれば優しい仲間ばかりだから同じように哀しみ同じように苦しむ。 オリビエ、月でさえ三日に一度は空で出会うんだよ・・・・・・。 ひとしきり感情を吐露してしまうとアッテンボローはぐずぐず言う鼻をかんで涙をぬぐう。多分すごい顔になっ ている。明日の出勤まで少しは眠らないとまた心配をかけてしまう。夫であるオリビエ・ポプランの男を下げて しまう。 一人でしかできないことをポプランがするならばそれはそれでいい。 彼が望むのであれば二年はお互い自由でいればいい。わずか二ヶ月の音信不通で弱った心もそのうちになれ ていくだろう。キャゼルヌが用意してくれた家族用のフラットも広いと思わなくなるはずだ。 ベッドも悠々と眠れる場所になるかもしれない。 明日にはのんきに部屋で映画でも見ているかもしれない。 連絡がないことが当たり前になりさえすればこんなこと日常になる。 今まで一緒にいる時間が長すぎた。 わずか二ヶ月声が聞けなくてその程度でここまで自分が参るとは思っていなかったがなれれば元気であれば 留守でいいと思えるかもしれない。 夜の海は泣き濡れた顔を誰にも見せずにすむ。 今夜は車を運転して帰ろう。 そして今夜こそは何か食べよう。 軍で訓練を受けている自分が何とも情けないことだと自戒する。 眩暈が起きているから帰りは車の運転は自動に切り替えてしまおう。 酒でも飲めればよかったんだろうが考えただけでも胃の腑が熱くなる。相変わらず薬がすきじゃないからゆっくり ねるのが一番いい。 ぬるい風呂にゆっくりつかって体を温めよう。 オリビエは淋しくないのか? 私がいなくても淋しくないのか? 車に戻ってヒーターをつけた。 運転を自動運転に切り替えて。 シートを倒して家路まで目を閉じてみた。天井が回る感覚がする。嘔吐感を堪えていたら自分の情けなさにまた 涙が出た。オーディオの音量を大きくして静かに泣いた。 明日の朝には。 明日の朝にはまた元気なアッテンボローに戻らなければいけないから。 きっとなれる。 いつか一人でいることにまたなれる。 27歳まで一人で生きてきたのだから必ず自分は元に戻れる。 アッテンボローがビッテンフェルトを厭わしく思う理由はもう一つあった。 彼のオレンジの髪は夫の赤めの金髪と少し似ている。ほんの少しポプランの髪は故郷の夏を思い出させる。 子供時代に見た懐かしい夕焼けを思わせる。 あのきらめく孔雀石の眸に・・・・・・会いたい・・・・・・。 結局家についてもアッテンボローはミルクを温めて口にした程度である。かろうじて服を着替えてベッドに一人 潜り込んで疲れたのかねてしまった・・・・・・。 さすがに翌日は朝起きてシャワーを浴び、鏡を見れば目の下にかげりがあった。これをうまく化粧で隠せたら いいのにと思ってメイクを施してみるが普段から上手ではないので手早くすませることはできない。グロスをいつ もより明るいものにしてオレンジをかじっただけで出仕した。 こんな調子では本当にポプランに愛想を尽かされてしまうに決まっている。 しっかりしろ。ダスティ・アッテンボロー・ポプラン。 お前はいみじくも艦隊を率いてはったりをかます名人だったじゃないか。 これほど強がってポーカーフェイスを気取っている自分はおかしいと思う反面、やはり誰にも心配させたくはな いという彼女の矜恃がありいつものように変わらぬ時間に執務室に現れ上司であるヤンと主席執務室で歓 談し、昼まで打ち合わせをすませ・・・・・・昼食時前にむせかえる自分の執務室に届けられた白い薔薇の洗礼 を受けアッテンボローは・・・・・・。 かけていたはずの椅子から滑り落ちて柔らかい絨毯の上に斃れた。 抱き起こそうとしているラオが閣下と呼んでいる・・・・・・。 馬鹿だな。 もう閣下じゃないのに。 そのまま彼女はすうっと意識を失ったのである。 by りょう |