孤独の、その先に。・1


宇宙歴801年9月30日。



ユリアン・ミンツとカーテローゼ・フォン・クロイツェルの結婚式がささやかにみなの祝福のもと行われていた。

新郎は19歳。新婦18歳という若い二人ではあるが式を急ぐのに理由がある。






花嫁は懐妊していた。

さんざん娘の結婚を邪魔してやろうと企んでいたワルター・フォン・シェーンコップなどは自分も女医と籍を入

れたものだから有り体(ありてい)に言えば邪魔してる暇があれば自分の美しく忙しい女房殿をくどく時間が

ほしいところであった。



「まず、めでたいことさ。」とアレックス・キャゼルヌなどは言う。二人が似合いであったのもあるし子供までいる

となると昔の約束のように娘のシャルロットを青年に嫁に出せないが、ユリアンがその師父よりも遙かに早く

「社会的に一人前になった。」と喜ぶ。その師父にあたる男は車椅子で出席し妻のフレデリカ・G・ヤンがなれた

様子でその介助を務めていた。



「あなた、寒くはないですか。冷えるといけないので膝掛けをもう一枚用意してますけど。」

副官時代とかわらぬ気が回る妻にヤン・ウェンリーは「祝いの席だからアルコールがほしいな。体を温めるのに

も丁度いいだろう?白ワインなんか嬉しいな。」などという。世の亭主族はとダスティ・アッテンボローなどは呆れ

るが・・・・・・今日の佳き日にヤン・ウェンリーがみなのもとにいるなら多少のわがままくらい喜んで甘受しようと

思う。

「ユリアンは貴公子みたいだしカリンは美人だし。言うことないですね。先輩。」

アッテンボローが尋ねれば彼はうんと懐かしい笑顔を見せた・・・・・・。














亡き皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムI世が皇妃ヒルデガルド・フォン・ローエングラム摂政皇后の名の

もとイゼルローン共和政府にバーラト星域自治権を認めたのが皇帝崩御の宇宙歴801年7月26日からわず

か一週間後、8月2日であった。彼女は在りし日の皇帝が惚気るほどの行政能力と政治判断ができる数少な

い皇后だった。

ゆえに夫の喪が明けてなど悠長なことはせずバーラト星域の人民がいち早く日常生活を取り戻せるようにと約

束を違(たが)えることなくバーラト星域自治権を確約し実施した。

ユリアン、アッテンボロー、キャゼルヌ、シェーンコップ、そしてヤン夫妻ら幕僚会議を開いて暫定政治の形態を

急いで考える必要性に迫られた。



ヤン・ウェンリーは小脳にややまだ障害は残るものの言語に不調を著しく来たすことはなかった。思考は記憶が

時折曖昧になるが女医はこれほど顕著に回復した例はないと言ってみなを喜ばせた。

運動神経をつかさどる小脳部の回復の遅れも一時的なもので現時点では車椅子であれば移動可能だし、手元

が多少おぼつかない範囲であるがフレデリカがいるので大きな問題ない。

食事も自発的にとれるし排泄も介助なしでできつつあるという。

「まさに奇跡。(ミラクル)」

ワルター・フォン・シェーンコップの妻となったミキ・ムライ・シェーンコップは呟いた。

「お前が治すと言ったんだろう。」

亭主が言えば。

「ここまで早く回復するとは思わなかったのよ。数十年のスパンで考えていたんだけど・・・・・・。」

愛の力かしらねと彼女は小首をかしげて亭主を・・・・・・シェーンコップはゆうに190センチある。女医は160

センチに満たない。その差、30センチ余。そんな夫を見上げて。

互いに微笑み合う。

「お前でもそんなロマネスクを語るんだな。」

と亭主はほくそ笑む。

傷がまだなおりきっていない夫にひじ鉄を入れるわけにいかぬから女医は足を踏んでやる。

男は言う。

愛には痛みが伴うものだと。



さて。

一時的な暫定政府という名の下(もと)でヤンは自らを「主席」の位置に据えた。

今までそれを妻がしていたのかと思えば多少のハンデキャップがあってもフレデリカにこの役を押しつけるつも

りはなかった。バーラト星域の民衆もヤン・ウェンリー人生最大の奇跡を歓呼の声で迎え喜んだ。当人はため息

をつきたくもなるが銀河帝国より「武装解除」を申し渡されバーラト星域では軍備をする必要性がなくなった。これ

に関しては是非があるが「一時的」に軍はなくなったのである。首都星はハイネセン。政府の名称も「暫定共

和政府」と名付けられ憲法はアーレ・ハイネセンが建国した当時のものを応用することになる。



行政の責任はヤン・ウェンリー主席がとり司法部、立法府を置く。司法部では最高裁判所を設けこれには司法の

専門家を募りあくまでヤン・ウェンリーの幕僚ばかりで成立を見ない形に持ち込みたいというのがヤン自身の構

想だった。



「私も早く足抜けしたいからね。」



往来からヤン・ウェンリーはぬけぬけという。

立法府では議会を作り上院と下院を用いることにした。

ではユリアンたちは何をするのか。

あくまで「一時的」に行政府事務局部長にアレックス・キャゼルヌを配置。ダスティ・アッテンボロー・ポプラ

ンは・・・・・・みなは「ポプランの名字をはずせ」というが彼女は軍人時代軍務上の書類などの署名をダステ

ィ・アッテンボローで通している。離婚したわけでもなく軍籍にもいるわけではない。この世から女性提督は

消えた。

ただダスティ・アッテンボロー・ポプランという名前の主席秘書官がいるだけである。

ヤンの副官を長く務めた妻のフレデリカが主席秘書官におさまってもよかったのであるが彼女は主席夫人と

いう立場で夫を支えることになる。

主席次席補佐官にユリアンは位置する。

軍を廃止している組織なので・・・・・・いずれ配備も予測されるがシェーンコップは次席補佐官の秘書を務めた

りリンツは警察官僚にこれも「一時的」におさまる。



コーネフなどは民間にくだり政府に関与していない。









なんにしても「一時的」な政府である。

主席の椅子に長く座りたいとはヤンは思わない。

民衆主権であり選挙で主席を決めるべきであると彼は思っているし周りも同じ意見だった。

8月2日にバーラト星域自治権が認められたため奇しくもこの政府も「八月政府」と言われることが多かった。



「ところでアッテンボロー。お前さん宛にまた例の御仁から贈物が届いている。どうするね。」

めでたい結婚式のときにとアッテンボローは思わず眉をひそめそうになったがドレスを着て化粧もしてるこん

な席でしかめっ面もなかろう。

キャゼルヌに言う。

「何度も丁重にお断りを申し上げた上に手紙も書いて重々斟酌願っているのですがね。」

あいつがあきらめの悪いのは昔からだとアッテンボローは心の中では悪態をついていた。











彼女は帝国軍元帥フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトに求婚を受けている。

帝国軍幕僚と面会したおりに二人は出会ってあちらから彼女は一方的な好意を寄せられていた。

自分はフロイラインではなくフラウであり夫は確かに今どこにいるのやら音信不通ではあるが二年後には必ず

妻の元に還ってくると約束をしている身であるとオレンジ色のかつて「自分を殺そうとした男」に穏便に上品に

お断りを告げるのであるがその風情までもが猛将の心をとらえて離さないという悪循環をこの二ヶ月見ている。

「いっそ、帝国元帥夫人になればどうだ。ポプランのような瘋癲(ふうてん)よりあの男の方が羽振りがよいぞ。

男ぶりも悪くはない。品性に問題はあるがな。」

シェーンコップなどはおもしろがる。

さぞ面白いことであろう。



ビッテンフェルトのことはそう悪くない印象はアッテンボローもある。

「醜女(しこめ)で性悪」とレッテルを貼られていたのにいざ一目見ればかつての女性提督は美しいの一言であ

る。短めの髪が女性が軍務に就く厳しさだとビッテンフェルトは美化したが偶に男になったから髪を切ったという

秘密まで打ち明ける気はない。翌日からこれまた見事な白の大輪の薔薇・・・・・・「ブルゴーニュ」という品種らし

いがそれがまた豪勢な花束として贈られてくる。今日の今日まで。

幾たびも断っていても「二年もの間貴女のような美しく心優しい女性を捨ててどこへ行ったかわからぬ夫はふさ

わしくありません。私が必ず貴女を生涯幸せにいたしましょう。」

「醜女(しこめ)で性悪」とさんざん言われているのだがと彼女は思わぬでもない。

だがそれは姿を見せていないからでビッテンフェルトの責任ではない。

だからその点では彼女に含むところはない。

たださすがに「黒色槍騎兵(シュワルツランツェンレーター)」の闘将は逡巡したり後退したりしなかった。



ヤンも心配なのである。

「あの男がなんの連絡も入れないでアッテンボローを置いていくとはねえ。」

と考え込む。

そう。

フェザーンで別れて二ヶ月が過ぎて・・・・・・未だなおオリビエ・ポプランからの連絡は一本もない。



恒星間移動をしていたにもかかわらず幸いにカリンは健康で母子ともに異常なく妊娠していることがわか

った。ここにあの洒脱で陽気な色事のお師匠さんでもいればさすがわが弟子、でかしたとでもほめそうだがその

青年士官は皇帝崩御ののちなお「フェザーンへ残る」といって宇宙一愛する女と呼んではばからなかったダステ

ィ・アッテンボロー・ポプランと一つの約束をしたままなんの音沙汰もない。



彼女と二年だけ離れる。

二年たてば必ずどこからでも迎えにきてもうとこしえに離さない。



その約束が嘘だなどと疑うほどアッテンボローも馬鹿じゃない。

愛していないならオリビエ・ポプランなどと結婚などしない。二人の左薬指にはプラチナのアンフィニをモチーフに

したそろいのリングがある。離れていてもポプランがその指輪をはずしているとはアッテンボローは疑わない。

けれどなんの知らせもないのは少なくとも彼女の胸は痛んだし淋しい気持ちがあった。超光速通信(FTL)だけ

でもいい。顔が見えなくてもいい。

声くらい聞きたいと願うのは女の甘えなのかとアッテンボローはふと考えていた。

そんな調子でアッテンボローは新しい政府の仕事をしているが実際ポプランのことが気になって気になって仕方

がない。ビッテンフェルト元帥には悪いがすでにひとの妻である自分がほかの殿方に鞍替えなどできるはずも

ない。



互いに嫌って別れたのではない。

アッテンボローはハイネセンですることがあって。

ポプランはフェザーンでしかできないことをするといって別れた。



妻であるのに夫がフェザーンで何をしようとしていたのかすらしらない不甲斐なさを感じる。けれどあれでポプ

ランはプライドが高い。何かはじめているにせよ成功しない限りはアッテンボローに言わないであろう。いつで

も彼はアッテンボローにいいところを見せたがる見栄はりで・・・・・・女はそんな男の見栄を赦した。

ユリアンとまだ腹部が目立たないカリンが腕を組んで結婚式に参加しているものたちに挨拶をしている。

アッテンボローとポプランにもそんな思い出がある。軍籍にあったので自分の方が上官になるがあえて夫の勤

務する空戦隊の来賓を先に優先して挨拶と礼をした。それがアッテンボローの名を継ぐ女たちのしてきたことで

あるから・・・・・・。姉も母もそういう女だったからダスティも迷わず夫を立てる。そんな彼女をポプランはかわい

いと喜び愛してくれた。

これ以上はないほど大事にしてくれた。



ともに未来を生きると疑わなかった。

いや二年たてば同じ道をまた手をつないで歩んでいける。

生きて別れたのだ。

喪ったわけではないんだとアッテンボローは自分に言い聞かしている。



あれほど愛を誓ったのだから疑うのは器量が小さいなと彼女は自分を酷評した。

けして偽りの結婚ではない。

でも指のリングはあまりに冷たい。

秋になりこれから冬になればさらに彼女を凍えさせるであろう・・・・・・。



「今日はおいでくださってありがとうございます。えっと、ポプラン夫人。」

ユリアンが花嫁を連れてやってきた。そこでアッテンボローは現実へ引き戻された。



彼の母上は帝国の子女であるから彼にもわずかに帝国の血が流れている。

元々陶器人形のようにかわいい少年だったが今ではすっかりりりしい美男子になっている。寄り添うカリンは

純白のウェディングドレスが眩しく美しい。

何せ12歳のころから花婿は彼女をアッテンボローと呼んできている。

聡明で機転が利くユリアンでもつい、ポプランの姓を言い忘れそうになる。



「ああ。とうとうユリアンを婿に出す日が来たか。オリビエがいなければ私はお前さんと婚約したかったなあ。」

アッテンボローはタキシード姿の花婿をからかった。

「ご冗談ばかり。とうの昔にポプラン中佐にすすんで陥落されたかたはどなたでしたっけ。」

ユリアンもアッテンボローには忌憚なくはなせる。



「カリン、おめでとう。せいぜい苦労性の花婿を大事にしてやってくれ。」とアッテンボローは花嫁の頬にキスを

した。

「中佐らしくないです。アッテンボロー提督・・・・・・じゃなくてポプラン夫人を置いて何も連絡をよこさないな

んて。」カリンは少し申し訳なさそうにアッテンボローに言った。

おやおや。

花嫁までも苦労性なのか。

「君が主役の結婚式だ。いないやつの心配などしなくていいんだってば。カリン。笑って。」

アッテンボローは女の子が好きだ。

女の子が悲しんだり涙を流す姿は見たくない。



還ってくるよとアッテンボローは微笑んだ。

けれど・・・・・・心の中ではオリビエ・ポプランのいない二年は長いとおくびにも出さないでアッテンボローは綺麗

な笑顔を見せた・・・・・・。





オリビエ・ポプランがあほうであるなんて今に始まったことじゃない。



今夜は祝いだからと特別飲酒を赦された亭主は・・・・・・ワルター・フォン・シェーンコップ。現在主席次席補佐

官付け主席秘書官となっている。

名前は立派だが「給料(サラリー)は安い。」と公言してはばからない。



背中の裂傷と胸部切開の傷は随分回復し・・・・・・やはり体のつくりが違うとでも言うのか回復が早い。それでも

女房殿は女医であるので深酒はさせないように務めていた。



亭主が150歳まで生きなければ離婚する夫婦らしい。










結婚式を挙げたがったのは実は男の方。「一度くらいは美しい女を自分のものと公言する儀式を経験してみ

たい。」という。女医は二度目の結婚であるしシェーンコップの実の娘カリンが懐妊していることがわかりこの

二人の結婚式は先に延期することになる。

本音を言えば。

「あんなじゃらじゃらした格好をもう一度するのはいやなんだけど。」と女はにべもない。

それでもこの二人の婚約は周囲をあっと言わせし入籍の早さも驚きを禁じ得なかった。

つれないそぶりをしていてもミキ・ムライ・シェーンコップ夫人は夫を愛している。

男の方もまさに心臓をつかまれているので彼女が最期の女になる。

黒曜石のような光を見せる大きな眸がよけいに彼女を幼く見せるし・・・・・・・少しばかり男に微笑む笑顔などは

何度見ても、悪くない。



「あの坊やはダスティさんだけを思って生きていけばいいのにどうして夫婦が嫌っているわけでもないのに離れ

てくらさなくちゃいけないのか理解できないわ。馬鹿な男。本当に馬鹿。帰ってきたらただじゃ置かないわ。」

彼女が怒るのはもっともで彼女は愛した夫を一度喪っている。

その生命はもう蘇ることはない。

現在の夫も一度は地獄の美女の接吻を受けたはずだが彼女は絶対死なせようとはしなかった。



その時点では愛情だったのかわからない。

医師としての使命感。

長らく友人でいた男を喪うことの哀惜。

様々な理由が交錯する。

「お前はなぜ俺と結婚したんだ。」

女医の体は40キロない。普段のシェーンコップなら片手で抱えられる。同じソファに座ってウィスキーを飲んで

いる。「あなたと結婚してもいいと思ったからに決まってるでしょ。」と上目遣いに意図せず見つめられて。



悪くない。



二人は昔のシルバーブリッジ街に居は構えないでミキが買い取った邸宅・・・・・・恐ろしく安くもと上官だった人

間から医療器具や診療所として使える部屋までついた家を買っていたのでそこに住んでいる。シェーンコップの

荷物はそう多いものではなかったしこの家のことはよく知っている。以前から薔薇の騎士連隊で親しいものは

ここで飲み食いをしたものだ。

カスパー・リンツは「ただ飯を頂く機会がなくなりました。」など嘆いてみせるが若い女性下士官で彼の怪我の

手当を担当していた看護師ニコール・アナ・スペンサーとよい仲になっているので文句を言う筋合いではない。












さて。

シルバーブリッジに還ってきた夫婦もいる。

新居にかったフレモント街の家は様々な動乱にハイネセンが襲われたときに失われていた。フレデリカが撰ん

だ家だったしヤンは残念に思うが哀れな主席にいつも手をさしのべるのがアレックス・キャゼルヌ。幸いにして

シルバーブリッジ街は無事であったため以前ユリアン・ミンツと独身時代に暮らしたフラットが綺麗に残ってい

た。それをフレデリカとユリアン、アッテンボローでぴかぴかに磨き上げ段差をなくしたり作業を終えて車椅子

でもヤンが廷内をできるだけ動けるようにした。

「いわば、ハンドメイドのバリアフリーだな。」とキャゼルヌは言う。

奇跡的な回復を見せたヤンは伝い歩きはわずかな距離しかまだできない。彼の苦手な「訓練」という名のリハ

ビリが待っていた。

それでも。



目覚めたときに見たのはオレンジ色の室内と淡い金褐色の髪が光にてらされ黄金の細波(さざなみ)のように

見えた光景。

フレデリカが泣いている。

記憶が脳内で暴れ回り混乱を来たして言語中枢を圧迫した。それでも泣いている妻の細い肩を撫でて

「どうしたんだい。美人が台無しだよ。」ということはできた。

あれよあれよと自分がねている部屋にキャゼルヌ夫妻やミキがやってきた。

ヤン・ウェンリーはそのあとにいろいろとゆっくり日にちをかけて銀河帝国との和平を多くの犠牲のもと成し遂げた

ことをしり、妻が政治的代表を請け負い被保護者の亜麻色の髪の青年が革命軍司令官代行を務め現時点で

皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムとともにフェザーンへ向かい皇帝崩御の知らせを聞いた・・・・・・。

丸一年以上自分は意識がなかったこと。

最期までパトリチェフやブルームハルト、マシュンゴ、ユリアンが彼を護ってユリアンとスール以外のものはみな

この世にいないという現実を受け止め・・・・・・震える拳を握りしめていた。



ヤンの生き残った罪悪感を取り払う精神的なセラピーもミキ・ムライ・シェーンコップの仕事だった。

実際まだ月日が巡りユリアンたちが成長し華燭の典を挙げた夜でも彼の贖罪の気持ちは完全に払拭できては

いない。客人として迎えた客員提督(ゲストアドミラル)まで大きな迷惑をかけてしまったとヤンは己を辛辣に責め

る気持ちを抑えられないときもあった。それでも彼は多くの人々の死の上に生きていることはとうの昔に覚悟して

いたしいつまでも自分が世をはかなんでいれば彼を護っていったものたちを冒涜することになると知っていた。

アレクサンドル・ビュコック元帥の訃報を知らされたときもフレデリカはそんな夫の気持ちをくんで死者の尊厳を

といた。死者の意志を尊重すべきだと。



いたずらに感傷にふけらないのがヤンが自然と集団の核になる理由である。

打たれ強さこそ指導者に必要な最大の資質である。



面倒でも愛する妻が喜ぶなら左側の体も自由に動くように努力しよう、生きていこうと思っている。

でなければ自分の変わりに血の洗礼を浴びたユリアンに申し訳が立たない。

皇帝が崩御する折りの話しをまだまだ聞きたいと思っているし選挙さえ実地できればいつでも自分は暫定政府

の主席から引退をしようと思っていた。立候補もしなければ推薦も受けない。

うまくない文章だがユリアンが見たことを聞き自分の回想もくわえて何らかの形に遺したいとこのごろは思っ

ていた。



あの小さかった12歳の少年が成長して皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムに和平を申し込み受諾さ

せた。それはヤンにとって生きていてよかったと思えた大きな点であった。もちろん妻フレデリカが今もこうして

食後の紅茶とブランデーを用意してくれている様子を見ていれば不自由であっても自分はやはり生きられる間

は生きていた方がいいのかなと彼は考えていた。



「今頃新婚旅行先に着いたかな。」

ユリアンたちもヤン夫妻、さかのぼればキャゼルヌ夫妻がいったコールダレーヌ地方に十日間ほどの新婚旅

行に出かけた。そうですわねと少しやせたような妻がそれでも損なわれない美しさで小首をかしげ優しく言った。

「私たちのときより出発が早かったから無事ついたでしょう。カリンのおなかには赤ちゃんがいるし、二次会を切

り上げて披露宴で式を終えたから・・・・・・大丈夫ですよ。ウェンリー。」



ユリアンもカリンも立派な大人ですもの。

うん。そうだね。

「赤んぼうまで先を越されてすまない。フレデリカ。」と言ってみた。

妻の方は耳たぶを薔薇色に染めて「全くできない訳じゃありませんもの。縁があれば授かりますわ。」と言う。

自分はおじいちゃんになるのだろうか。

「確かにユリアンは養子だから私の子供だが私はやはり、おじいちゃんになってしまうのだろうか。」

あら。

「ウェンリー。私がおばあちゃまって言われてもいいんですか。」

とヘイゼルの大きな眸がかわいらしく微笑んだ。

この場合はどうなるのだろうなどと暫定政府「八月政府」の「主席」は紅茶のあとにブランデーをなめながら美しき

妻と歓談した。「カリンはシェーンコップの娘だからシェーンコップだけがおじいちゃんでいいのじゃないか。」と

言い張る夫をフレデリカは笑顔で見つめていた。

きっと生まれたら。



「かわいいと思えますわ。」

うん。それはそうだなあとヤンは頷く。

それにしても。

「アッテンボローは顔には出さないが・・・・・・連絡もないというのは心配だろうな。なんとか探る方法はない

かな。ボリスまで知らないと言うしさすがに困っている。あいつは軍人上がりだし感情をコントロールする訓

練はできているから会いたいとは言わないだけで事実は違うよ。」

「もちろんですわ。私たちもなぜ中佐がフェザーンに残ったのか理由がわからないし・・・・・・。二年の間暫定政

府の手伝いにダスティさんをこちら側によこしてくださったのは大いに助かりますけど・・・・・・仲がいい夫婦が

離れて暮らす根拠がわかりません。」









浮気じゃないだろうね。

何度もヤンはついフレデリカに問うてしまう。

いや自分に問うているのだ。

ポプランはアッテンボローを嫌いになったのではないか。

自分を助けるためにポプランについていくと言わなかったアッテンボローを見放してしまったのであろうか。そうだ

としたら・・・・・・。

「いえ。ポプラン中佐はそんなかたじゃないですわ。」

フレデリカはヤンの思考を制御した。

「私もそう思いたい。でも今この世の中連絡方法はいくらでもある。あのこまめな男がそれを駆使しないというの

がどうもわからない。」ヤンは右手で・・・・・・こちらは比較的よく動く・・・・・・髪をくしゃっとかき乱した。

二年も。

「私なら生きていて意識があれば二年も君なしでは生きていたいと思わないな。」

これはヤンの惚気と言うより本気であった。フレデリカの喜ぶ顔や笑顔が見ていたいから生きようと思える。

ごく自然な人間の感情だと思っている。

「あなたは一年で戻っておいでになりましたわ。ウェンリー。」

うん。幸いにねとヤンはブランデーを飲んでいるくせにフレデリカが飲んでいるアルーシャ茶葉の紅茶も飲み

たくなった。



何か事情がおありなんですよとフレデリカ・G・ヤンは言われるまでもなく夫の目線で席を立ってキッチンで茶

器に新しい茶葉を入れて「お茶はいかがですか。ウェンリー。」と夫のティーカップに熱い紅茶を薄めに注いだ。

「たとえば言いたくても言えない事情があるのかもしれませんよ。たいていの男性は妻にはいい格好を見せた

いものでしょう。」フレデリカは丁度ブランデーを入れる分少なくしてカップをヤンの目の前に置いた。

「うん。格好つけられるのならね。私には無理な話だが。」

ヤンは妻の才気に感心する。

優しい女性だなあと改めて思い切って求婚してよかったと思う。

「私は英雄や魔術師と結婚したんじゃないの。あなただから結婚したんです。」

あなたが生きてくれて私のそばで昼寝をしてくれていれば幸せなんですよ。



安心してヤンは右手でカップをとる。右半身は自由に動くようだ。

だからね。私、考えたんですの。

フレデリカは夫のそばによって耳元で囁いた。



中佐は何かのサプライズを考えておいでなんじゃないかしら。

「ダスティさんのお誕生日に向けて準備なさっているとか。」

ヤンは思う。

フレデリカが言うととてもかわいいサプライズに思えてもこと首謀者がオリビエ・ポプランだときな臭く感じる

のは人格と日頃の行いの違いだろうなと。「それでもちょっとポプランはやりすぎだよ。まだ二ヶ月も先だった

よね。アッテンボローの誕生日なんて・・・・・・。11月の・・・・・・何日だったかなあ。」

あらやだ。「そうですわね。」と妻はかわいい顔を難しくしている。

シェーンコップやミキの尻馬に乗る訳じゃないけど。



「あまりにポプランが連絡もよこさないなら本当いっそのことビッテンフェルトにアッテンボローを任せた方が

後々の彼女のためなのかなあ。」

それは違うと思いますわとフレデリカは夫に優しい口調で言う。

「生きているのですもの。ダスティさんが中佐を忘れるなんて無理です。あきらめがつくわけありませんもの。」












ポプランは罪作りな男だな。

この台詞はヤン家だけではなく、シェーンコップ家やコーネフ家でも呟かれた言葉である。

オリビエ・ポプランの行方は杳としてしれない。



by りょう


LadyAdmiral