それでも春になれば鳥たちは帰ってくる・1
宇宙歴801年6月1日。 人々の記憶の底に痛みを残す「レダIIの悲劇」から一年。 強襲揚陸船「イストリア」は0155時。 銀河帝国皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムの総旗艦「ブリュンヒルト」に見事接舷を果たした。森の 奥深い塔の上で眠る姫君の白い肌に野蛮な革命軍の男たちが初めての大きな傷を付けた・・・・・・。 ここに至るまでアッテンボローとメルカッツの連携した創意を凝らした艦隊攻撃があり「ブリュンヒルト」ではウ ォルフガング・ミッターマイヤー元帥が軍を統率をしていたのだが皇帝の病が篤いということが彼を驚愕させ、 また愕然とさせていた。 上級大将たちも右往左往する。 名将といわれる彼が強襲揚陸船「イストリア」の存在に全くといってよいほど気がつかず応戦させるも先んじた のはイゼルローン革命軍であった。 強い衝撃を体に受けて双璧と謳われた男は己の迂闊さを呪った。 「旗艦の中である!重火器の使用は禁ずる!皇帝を護り参らせよ!」 帝国軍元帥、並びに上級大将の心理的衝撃は大きすぎるものがあった。 この「ブリュンヒルト」が。 大本営が。 圧倒的優位な数を持って開戦したはずがなんというていたらく。 革命軍という小者に皇帝の陣営が直接襲われたという事実はあまりに巨大であった。 小者と評されているユリアン・ミンツらは陸戦の勇者を伴って一路「皇帝ラインハルト」を目指した。 狂ったように歯がみをしたのは皇帝を敬ってやまない男・フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将で ある。接舷している「イストリア」を粉々に破壊してやるわと怒りにまかせて叫べば「ブリュンヒルト」も傷が 付きますと部下にいさめられ、なんと狡猾な革命軍めと呪詛のうめきをあげる。 だがこの男は無為に時間を費やすことなどできなかった。 イゼルローン革命軍の一兵卒たりとも生きて還すな。 猛将は咆吼した。 「黒色槍騎兵(シュワルツランツェンレーター)」がその獰猛な牙をむき怒りの激流に任せてイゼルローン革 命軍艦隊を総攻撃した。一人も生かして還すなという指令はもはや絶対的使命であった。 さすがにダスティ・アッテンボロー・ポプランは巧みに攻撃をかわしながら隙あらば迎撃をもくろんでいたが 帝国軍のどす黒い執念が恐るべきエネルギーとなって襲いかかってくる。 「こらえろ!生きろ!逃げろ!」 女性提督もかつてない怒号を発して声の限りに叫んだ。 嵐のような艦隊砲にさらされ目前は閃光にきらめき多くの艦がその破壊力に押しつぶされた。 この時点で革命軍に帝国軍と戦えるだけの力は残ってはいない。「ブリュンヒルト」に突入するものも地獄で あれば残ったものも地獄。 「生き延びろ!!」 旗艦「ユリシーズ」にも衝撃が走りすんでの所で助かった。だが味方の戦艦の姿が次々と見えなくなる。艦橋で 衝撃で倒れそうになったアッテンボローとカリンをコーネフとラオが抱き留めた。なおも衝撃が「ユリシーズ」を 翻弄する。「黒色槍騎兵(シュワルツランツェンレーター)」の怒号と各帝国軍艦隊の総攻撃はすさまじく革命軍 の微々たる艦は激流に押し流される木の葉でしかない。 ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツももはや後退しかないと指示を出そうとした瞬間、旗艦「ヒューベリ オン」は激しい砲撃にさらされ艦腹に大きな穴が開いた。原子炉が爆発を起こして艦橋にいたメルカッツは白 い閃光をはっきり見た。爆風が彼を襲った。 副官のベルンハルト・フォン・シュナイダー中佐の必死の声で老練なる提督は薄く眸をあける。 「ユリアンたちは無事に「ブリュンヒルト」に到達したか。」 メルカッツは静かな声を出して長年忠誠を誓ってくれた男に最期の問いかけをした。 「はい。そのようです。閣下、脱出のご用意を。「ヒューベリオン」は・・・・・・沈みます。」 シュナイダーは耳元で叫んでいる。 それなのに遠い声のようでメルカッツは自分が随分老いたと思った。 シュナイダーは必死になって敬愛する上官の体の上にあった機材を狂ったように払いのけ、自分の怪我 など忘れメルカッツにすがった。 「皇帝ラインハルトとの戦いで死ねるのだ。私は十分に満足している。死ぬのを邪魔しないでほしい。」 閣下とシュナイダーは叫ぶ。 上官が死に場所を求めていたことを知っていた。 貴族連合が敗北するまま自らもその暗雲の運命をともにしようとした老提督に自由惑星同盟へ亡命をすす めたのはシュナイダーである。 それでよかったのであろうか。本当によかったのであろうか。 無茶を承知で生きてほしいと願った。 質実剛健、そして熟達したまれに見る宿将であるからこそ生きてほしいと願った。 そしてこんな無惨な姿になってもなおメルカッツに生きることを強いてしまう。 青年はこの上官を心から愛していた。 「閣下、お赦しください。閣下に無理強いをしてご迷惑をおかけしました。赦してください。」 メルカッツは軽く片手をあげた。 青年の呪縛を解いてやらねばなるまい・・・・・・。 「謝ることはない。悪くない人生だった。伊達と酔狂・・・・・・。なかなか愉快だった。銀河帝国に生まれ叛乱軍 と戦い・・・・・・そして智将と名高いヤン・ウェンリーとその息子とともに皇帝ラインハルトと戦って死ぬのだ。卿 には不自由をかけた。これからは身を自由に処するがよい。」 享年63歳。 数奇な流転の人生の長い航路を終えてウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ元帥は絶息した。能力は十 二分にあっても差し出がましいことは一切口にせず求められる問いに答え的確な戦術構想を静かに語る男。 ヤン・ウェンリーを高く評価し年少のヤンをいさめることなどしたことがない。 「ヒューベリオン」はヤン・ウェンリーの旗艦であったが、のちにメルカッツを信頼していたヤンが進んで乗船さ せた艦である。 主を喪った艦は次々と連鎖爆発を起こして激しく獰猛な火花を散らしながら沈んでいった。 旗艦「ユリシーズ」でメルカッツの訃報を聞いたアッテンボローは五領星を染め抜いた黒ベレーをとり短い 黙祷をその方角に向かって捧げた。「ヒューベリオン」がかつて位置したポイント。ベレーを胸に当て閉じた 瞼はかすかに震えている。 先輩、ごめんなさい。 先輩が迎えた大事なお方を私は護りきることができませんでした。 同時にアッテンボローはイゼルローン要塞で眠り続けるヤン・ウェンリーにも詫びた。 コーネフ、ラオ、スールも女性提督に習った。 荘厳な空気の中でカーテローゼ・フォン・クロイツェルは胸に手を当てて違う苦痛に耐えていた。 「カリン。大丈夫。」 還ってくるよとアッテンボローはまっすぐカリンを見つめていった。 カリンは何も言うことができないで弱い笑みを女性提督に返しただけだった。気の強い少女であったから 落涙はしなかったがいまあの白い艦には彼女に縁のある男が三人突入している。 友人以上恋人未満のユリアン・ミンツ。 洒脱で陽気な上官であるオリビエ・ポプラン。 そして。 遺伝子上の父親であるワルター・フォン・シェーンコップ。 17歳の少女は震えていた。 艦橋に女医があがってきた。 「提督、男どもはあの白い艦に接舷できましたか。」アッテンボローに尋ねた。「ああ。突入は成功したと 見える。」女性提督は答えた。 小型艇を出す準備をしてくださいとミキ・M・マクレインは頼んだ。 「いつでもこっちは出られるようにしておきますから。」 医療班はあちこちでフルに動いている。女医はそのときのために最前線に躍り出たのである。 「わかった。用意しておく。」 医師の力で生命が助かるものならば助けたい。アッテンボローもその気持ちは同じであった。 女性提督はひたすら残った艦隊の陣形を立て直し「黒色槍騎兵(シュワルツランツェンレーター)」並びに まだなお残る帝国軍の多数の敵と戦わなければならなかった。この宇宙で彼女を助けるものは誰もい ない。 彼女が助けなければならない生命が残っている。 オリビエ。 私はアトロポスでもなんでもない。 ただの女だ。 たいした力も持たぬただの女にすぎない。 お前はそのただの女を宇宙で一番幸せな女にしてくれた。 お前を愛してる。 だが今更ただの女には戻れない。 多くの将兵が私の指揮で生きながらえることができるのなら。 お前を遺して逝くかもしれない私をお前は赦さないだろな。 このまま沈んでゆく私を赦すはずはなかろうな。 赦さなくていいよ。 私のかわいいオリビエ・ポプラン。 赦さなくていいから怨んでもいいから・・・・・・この私を忘れないでくれ。 お前が生き残って誰かを愛しても過去にこんな馬鹿な女がいたことを忘れないでくれ。 お前が幸せにしてくれたただの女・・・・・・。 らちもないな。 ・・・・・・お前が私を忘れるわけもない。 お前が私を諦めるはずもない。 ならば私も諦めまい。 生命の限り生きて。 生き抜こう。 預かった将兵をもう死なせはしまい。 これでいいだろう。ダーリン。 宇宙で一番愛する男。 全力を尽くしてお前が還るのを待つ。 そこまで考えるとアッテンボローは頭を上げ翡翠色した眸を輝かせ静かに指示を出した。 「全艦。迎撃やめ。敵の間隙を見つけたら残った砲弾で敵をたたく。確実に打撃を与える機会が来たときの み撃て。」 相手はほぼ無傷な6万の艦隊ですよとラオは言う。 「それがどうした。指揮官が負けを認めたら負けなんだ。撤退するにせよ秩序を持ってこれにあたる。不服が あるのか。あいつらの還る艦がないなんて間抜けなまねが赦されると思うか。」 アッテンボローはもはや女ではなかった。 一人の闘士(ファイター)であった。 女性提督はこの世の地獄でなお指揮を執り続けた。 「ブリュンヒルト」では流血の戦いが繰り広げられていた。 薔薇の騎士連隊を中心に橋頭堡が築かれ装甲服の男たちは皇帝の親衛隊と戦斧と銃剣付ライフルで 白亜の艦内を血で染め上げている。 シェーンコップはきりがないと猛々しく帝国軍の男を数十人血祭りにしたあとユリアンに叫んだ。背中をあ わせて身近で話しをした。 「おい、ユリアン。ここは俺たちが防ぐ。お前さんは皇帝ラインハルトに会え。会って俺の夢を叶えて首を飛 ばすなりお前の望みを叶えて話し合うなり好きにしろ。」 「そんな!中将たちをおいていけませんよ。」 否定の声をあげたユリアンに、ことの軽重を誤るなよ、青年と戦闘指揮官殿は答えた。 「感傷に浸っている場合か。お前さんは皇帝と和平を成立させるのが責務でその環境を整えるのが俺たち の責務だ。・・・・・・おれはどうしても一つだけヤン・ウェンリーを赦せないことがある。せっかくブルームハルト が命をかけて護ったがいまでもヤン・ウェンリーは目覚めない。どじがすぎるのにもほどがある。目が覚めた らさんざん文句を言ってやるつもりだ。」 ヘルメット越しの会話。 シェーンコップの深い哀しみを青年は身で感じた。 生命に刻んだ。 不遜な戦闘指揮官が懊悩していた姿が脳裏によぎる。 一年前ライナー・ブルームハルト中佐を喪ったこと。 この男にどれだけの心的打撃が襲ったのであろう。 「アッテンボローの亭主とマシュンゴを連れて行け。三人まとまればなんとか一人分の戦いはできるだろう。 「薔薇の騎士連隊」は独善的で排他的な集団なんだ。よそ者がいると調子が狂う。はっきり言えばお前さん たちは邪魔なんだ。わかったらさっさと行け。」 シェーンコップは独特の典雅で野性味をかねそろえた美丈夫ぶりを見せ笑った。 シェーンコップらを犠牲にして皇帝に会いに行くなどと逡巡していた青年の心は決まった。 「わかりました。ありがとうございます。中将。」 心を決めればここで一秒たりとも無駄に過ごすことはシェーンコップらの好意を無にしてしまう。 時間はエメラルドより貴重であった。 「あとで必ずお会いしましょう。中将。」 「ああ。もちろんだ。お若いの。俺は150歳の天寿を全うして死ぬことにしている。娘や孫に早く死んでくれと 疎まれながら生きながらえてやる。それに娘の結婚を邪魔する愉しみも増えた。覚悟しておけよ。ユリアン。」 俺はアッテンボローの父親よりも往生際が悪いぞとワルター・フォン・シェーンコップはユリアンを突き飛ば した。 重い装甲服を着ているはずなのに青年は伝説の一角獣を思わせるしなやかさでポプランとマシュンゴとともに かけだして行った。シェーンコップは部下のヘルメットにユリアンたちを狙っている狙撃者を見つけると振り向き もせず銃を抜き狙撃者を一発でしとめた。 左脇からブラスターを発射して見事に獲物をしとめた男。 帝国軍はおびえ仲間は沸き立った。 魔術でも見ているかのようであった。 「一度はやってみたかったんだ。立体テレビ(ソリビジョン)で憧れたものさ。」 「閣下も好きですねえ。」 リンツは苦笑した。 この期に及んでも魔王は健在している。 ワルター・フォン・シェーンコップという名の魔王が。 この世の凄惨なる地獄に。 シェーンコップの戦斧は容赦なく敵の急所をたたき斬り死体の山を積み上げてゆく。 モニター越しにその様子を見ていたのはミッターマイヤーである。 「敵ながら見事な男だ。賞賛に値する。それにしても味方は何をしているのだ。」 男にしては小柄な元帥は様々に鬱屈した思いを胸に、自分がいっそ指揮を執ろうかと言い出した。いさめられ てラインハルトの側にふみとどまった。 以前、ロイエンタールは叛乱軍にも使える男がいると酒の席でミッターマイヤーに告げたことがあった。確か ワルター・フォン・シェーンコップと名乗ったと記憶している。 この男がどうもその男らしい。 ミッターマイヤーは親友に問いかけた。 喪った男の声は聞こえない。 今、ここにオスカー・フォン・ロイエンタールという男がいれば。 ウォルフガング・ミッターマイヤーはこれほどまでに苦しんだであろうか。 皇帝の病は篤い。 今も白皙の尊顔はさらに妖しいほどの透明度を増しそのまま消えゆく不吉な錯覚を覚える。 らちもないとおさまりの悪い蜂蜜色の髪を振り、帝国元帥という矜恃だけで彼はそこにいた。 帝国軍はシェーンコップ一人になぎ払われ戦斧で斬られ殺されてゆく。恐怖で後ずさりをすればその分 「魔王」の本分は姿を現し逃げまどうものを確実に血飛沫を上げて殺戮していった。過去においても男は その手で数えきれぬ敵を葬り去った。汚れきった己の体を厭わしいともはや思わない。ヤン。ウェンリー のように罪悪感はない。そんなものを持ったとして殺されたものの魂が浮かばれるとも思えぬ。 だがいつの日か自らの黒い血で「負債」を負うことを彼は知っていた。 そのときはそう遠くはなかろう。 25歳の時。 素顔のままシェーンコップの前に立ちはだかり敵装甲服兵士を炭素クリスタルの戦斧で首をはねその 返り血をものとせず雄々しく戦った女を見た。 自分と同じ血を持つ女だと思った。 同じ血が流れている運命の女。 そんな懐古の記憶の世界にいながらも屍を踏みしめ男は歩いた。 次の獲物を殺すために。 「ブリュンヒルト」に突入後一時間半がすぎんとしたころにはシェーンコップが部下の名を呼んでも答えは なく血で穢された白亜の艦内はある種の沈黙が流れていた。生きているものはいないのかとシェーンコップ が思ったとき。 背中に激痛を感じた。 そして焼かれるほどの熱さ。 奇異な光景であった。 魔王と呼ばれた男は背中に戦斧をはやしている。 屍だと思っていた中にただ失神をして生きていた帝国軍兵士がおり、恐怖の頂点の中シェーンコップの広い 背中めがけて戦斧を投げた。それが魔王に突き刺さっている。投げた二十歳そこそこの若い帝国軍兵士は 復讐を畏れて身を庇ったがシェーンコップは正確かつ流暢な帝国語で尋ねた。 「お若いの。名前を聞いておこうか。」 その声はあまりに整然としていて若い士官は聞いてどうすると勇気を振り絞って男に叫んだ。 「いや。このワルター・フォン・シェーンコップの体に傷を付けた最初の人間の名前を知りたかっただけだ。」 ク、クルト・・・・・・。 「クルト・ジングフーベル軍曹だ。」 シェーンコップは薄く剛胆な笑みを見せた。 「素直に名乗った褒美にとっておきの妙技を見せてやろう。お若いの。」いうが早いか背中の斧をざくっと 言ういやな音とともに抜き狙撃をもくろんでいた帝国軍兵士めがけてそれを投げた。 急所ははずさなかった。 だが栓の役割をしていた戦斧を抜いたので鮮血が背中から勢いよく吹き出し大量の血がまた艦内を染 めた。 それでもなおシェーンコップに向かってくる兵士の首をはね、次々と男は敵を冥界へ送っていく。 もはや誰もがこの男は死なないのではないかと疑って近寄らなかった。 不死、なのではないかと恐れおののき凍り付いた。 本物の魔王。 それは戦慄に値した。 「さあ。誰がこのワルター・フォン・シェーンコップのとどめを刺す名誉によくするのだ。ワルター・フォン・シェ ーンコップを殺した男の誉れを背負うものはいないのか。いくらでも相手になるぞ。」 あまりに美しく正確な帝国語で語られるその言葉はますます帝国軍兵士をおののかせ足早に逃げ出すも のもいた。 血の負債。 シェーンコップは血飛沫を美しい顔に浴びながらなお果敢に敵を殺戮する女を見た。 小さな体でどこにそんな力があるというのであろうか。 女はおそれを知らない。血で汚れることを厭わなかった。男と同じ地獄に身も心も堕ちることを女は恐怖せず 戦い続けた。 怖いと思ったし、欲しい、とも思った。 この女となら地獄へもともに征こうと若かりし時一人願った・・・・・・。 負債を負う日が来たようだとシェーンコップは思い、口から大量の血を吐いた。 黒い血も混ざっており背中の傷はとうに内臓に到達していると冷静に悟った。 ブルームハルトは。 勇ましく死んだ。男としての責務を果たして死んだ。 体を突き抜けた幾つものビームのあとを見れば、男の斃れた床に流れるおびただしいほどの血を見れば。 一人圧倒的多数の敵と激戦の末力尽きたことがわかった。 ブルームハルト、俺はお前さんほどの勇者にはなれなかった。 敵味方の死体の山を歩き鉄でできた階段を見つけ一歩一歩あがった。 ゆっくりと・・・・・・しかし悠々と男が階段を上がる様を見て敵兵士はただ震えるしかなかった。階段の頂上 までたどり着くとシェーンコップは向きを変えてゆったりと腰を据えた。 そして下界の人間を愉快そうに眺めた。 血だまりが階段を伝って下に流れていく。 よい眺めだな。 動かなくなった人間たちとときが止まったかのような静けさ。 誰かに見下ろされて世を去るなどこの男には耐えられない。 誰かを見下ろしてこの生命を終えたいと思った。 こういうときは修辞を考えておくべきだったとシェーンコップは後悔した。 あの女なら。 ミキ・ムライ・マクレインならなんという辞世の句を考えただろう。 ふと笑う。 あの女には文才はない。 本もろくろく読まない女だ。 残念だが。 決まった修辞が思いつかぬままワルター・フォン・シェーンコップは絶命した。 6月1日0350時のことである。 女を求め続け得ることのできぬ胸の隙間を夜毎の恋で埋め尽した男。 眸は閉じられかすかな微笑みが遺る。 男は最期まで女を求め続け得ることができないと信じていた。 女医を思いわずかに口角だけをあげて笑みを見せるように男はその生命を終えた。 最期に浮かんだのは女医がヤン・ウェンリーを救う手術のあとに見せた疲れてはいたが美しい顔だった。 運命の女の漆黒の眸についに男は映ることはなく、その生命の灯火は消えた。 乱世に生き陸戦の勇者として名をほしいままにし、夜毎の愛に彷徨いながらついに望むたった一人の女には 愛されなかった男は壮絶なる屍の山を満足そうに見下げながら息絶えた・・・・・・。 同じころ。 カスパー・リンツ大佐も前に進むことができず座り込んでいた。 20カ所以上の傷か彼を貫き生きていること自体が不思議な状態であった。 武器になるものはもうすでになく。 長年愛用していた戦闘用ナイフを右の拳に握りしめていた。 刃はすでに折れこれではどうしようもない。真っ赤に染まって・・・・・・この色はクリムゾン・レーキだなと 絵の具を見るような調子で自分のものと他人のものとわからぬ血の色を眺めていた。 「お前さんは最高の相棒だった。」 どんな女より彼を慰めてくれた最後の武器。 刃が折れたナイフに接吻けを落とした。 慈しんで接吻を終えるとリンツは忍び寄ってくる死の影をただ平然と待ちかまえていた・・・・・・。 by りょう 「皇帝を護り参らせよ!」っていってみたかったんです。 エメラルドより貴重云々はなきブルームハルトの台詞です。 親父よりメルカッツ提督を書いていたときに嗚咽した私です。 |