未来は美しい夢を信じる人のためにある。・3


娘の方のアッテンボローは図書室で書き物をしていた。



ポプランと父親がそろってやってきたのを見ると「そか。そろそろ昼食なんだな。」と呟いた。

ユリアンに借りたまんまのピクニック用バスケットを広げてポプランはさっさと娘アッテンボローの食事の

用意をする。



これがこの二人の日常かもしれない。



父親でもありジャーナリズムの畑で生き抜いた男の視点でパトリックは二人の様子を眺めていた。









昔からよく笑う娘だった。

喜怒哀楽が激しく正直義父との約束がなければパトリック・アッテンボローもダスティを軍人になどさせたく

なかった。三人の姉と育って近所の子供と遊んでいる幼いダスティを思い出す。



「パパ、はじめて作ったクッキーだよ。パパにあげる。」

7才のダスティが長姉のパトリシアと母親と三人で作った菓子を得意げに・・・・・・かわいらしく自分に手渡し

てくれた。

あの紅葉のような小さな手。



そして輝く笑顔。




どの娘もみなかわいいに決まっているが自分と同じ髪の色と眸の色を持つダスティは特別愛らしく、いとお

しかった。



この子を軍人にしてしまうことになるのかと幾度も義父との約束を後悔をした。



しかし妻が四人目を懐妊し、義父が危篤に陥り最後まで一人を軍人にしてくれと涙ながらに・・・・・・あの気

丈で傲慢な義父が自分に涙を流して訴えた。






「自由と民衆のための政治を護る闘いだ。我が家は民衆のために闘ってきた誇りがある。お前にはわからぬ

だろうが生命(いのち)をかけて護るべきものがある人生は幸せだ。一人、男子が産まれたらその闘いに参加

させてやってほしい。そして戦争を終結させる軍人にしてやってほしい。悲惨な時代を終わらせて新しい未来

を作る土台になる軍人を一人、私の家系から出してくれ。こんな戦争、終わらせて人類は新たな時代を生きね

ばならない・・・・・・。」






義父の本心を聞いてパトリックは己の稚拙な心を恥じた。

150年間続いた戦争を終結させるための軍人を・・・・・・。

義父の軍人としての矜恃はまさしくそこにあったのだ。

まだ彼女には義父の言葉を伝えてはいない。



義父のあの言葉。




悲惨な戦争を終わらせて新しい未来を作る土台になる軍人を・・・・・・。

15才のダスティにはその話しはしなかった。



何を言っても親の言い訳にしか聞こえないだろうから。

あえて毒舌で彼女を軍人にしてしまった。






もうそろそろ、義父のあの言葉を娘に伝えるときが到来したのかもしれない・・・・・・。

彼女は理解するだろうか。

戯言(たわごと)だと笑うだろうか。












「で、お父さんはオリビエの作ったランチを食べたんですね。」

回想から現実に引き戻されたパトリックはああ、と短く娘に答えた。



あのさ。ダーリン。

ポプランがダスティの髪を掬いながら・・・・・・翡翠色と銀が交わる美しい絹の糸のような髪。

「実のお義父さんにお前っていっつもそんな丁寧な言葉を使っているのか。他人行儀なんだなあ。」

パスタをくるくるとフォークに巻き取って彼女は綺麗に食事をする。

「いい大人で社会的な責任もある人間が人前で親族に使う言葉としては妥当だろう。」

「でもさ。俺たちは夫婦だし、ここには身内しかいないわけじゃん。」

ふむ。



「まあ、そうだな。」

ぱくぱくと見ていても気持ちよいほどダスティの食事の仕方は美しい。








ポプラン君。

「君はたしか孤児だと聞いているが苦労をしたのだろうね。お父上は軍人だったのかね。」

行儀のよくないまだまだ娘婿と認めたくない男にパトリックは質問した。

「いえ。父方は確かに曾祖父からの軍人の家系ですが父親は法曹界の人間でした。法律を大学で教え

ていたらしいです。小生には父親の記憶がないものでして。生まれたときには病気で他界したものです

から。」

「では母上が君を育ててくれたのだね。」

ポプランはまあそうですねといい。

「孤児といっても割合幸せな幼年期を過ごした方です。母親は特上の女でしたし好きでした。」

「失礼だが君はいくつで孤児になったんだね。」

それをいうと娘は父親をたしなめる。



「お父さん、そんなこと聞くものじゃないだろう。興味本位で人の過去を探るなんて下品だよ。」

すっかり女性らしい言葉を使わなくなった娘だ。

それに確かに興味本位の質問だった。訂正しようと口を開きかけると。



「いいじゃん。ダーリン・ダスティ。親子なんだし。母は法律事務所で働いてましてそこでテロ爆弾で

死にました。小生が10歳の時です。」

ポプランは別に隠すこともないだろうとあっさり口にした。



そうか・・・・・・。

「それは気の毒なことを聞いてしまった。随分小さいうちに孤児になったんだね。」

同情したわけではない。

10歳のころの娘を思い出した。



よく母親にくっついて台所(キッチン)にいた。

内向的な子供ではなかったけれど家の手伝いが好きな変わった娘だった。

外で泥まみれで帰ってくることもあったから男の子とも遊んだだろうが母親や姉たちと一緒に家の中で

手芸をしたり掃除をしたり・・・・・・ダスティがいると家の中が明るくなった。






「金持ちの大叔父さまでもいればいいんですけどね。残念ながらおりません。」

ポプランは軽口をたたいた。ダスティは隣で苦笑した。

でも。



「でも欠損家庭で育っているものはこの時代多いですし。ダスティはまれに見る普通の家庭で育っている

から鷹揚だし性格がとても素直で安定している。側にいると安心できます。」

といって女性提督の口の端に付いたソースをポプランがナプキンで綺麗にぬぐう。

「美味しいね。オリビエ。」

「そっか。ダーリン。お前の作るものには及ばんが。・・・・・・髪のびてきたよな。今夜切ってやろうか。」



なぬ。

パトリックは聞き耳を思わず立てた。

「うん。切って。美容室苦手だし・・・・・・オリビエに切ってもらうほうがすき。」









・・・・・・うちの娘は亭主に髪を切ってもらっているのか。

「中将ともあろうものが髪くらい切りに行かないのか。ダスティ。」

「うん。いかないよ。嫌いだもん。男でも女でも髪をさわられるのは嫌い。オリビエならいいんだけどね。」

あっさり娘は言い。



「ついでにずっと髪を洗って乾かしてくれるのもオリビエなんだよ。お父さん。」

あんぐりと食事を平らげ満足げに女性提督は父親に宣言した。



なんと無防備な娘だ。

幼いころのダスティは自分のことは自分でしないときがすまないやや勝ち気なところがあった。しっかりし

ている子だと思ったものである。しっかりしすぎて・・・・・・男にうまく甘えることができないで恋愛が破綻す

るのだとも思っていただけに父親は・・・・・・父親には刺激の強い話しであったかもしれない。






毎日一緒に風呂に入って彼女の体全部洗っているとでも言ってしまうと。



男親はショックだろうなあとポプランは割合パトリックに同情する。

あ。でもね。お義父さん。

ポプランはせっせと愛妻が食べ終えた食器を片づけて言う。



「ワイフはちゃんとおれの脚の爪まで切ってくれますよ。料理もうまいし家事も上手だし。いまはいろい

ろと小難しい事態が続いていたんで小生もお手伝いしてますが基本ワイフは優秀な主婦です。」

など慰められている気がしないでもないアッテンボロー父。



少しだけ。

少しだけ認めよう。

この男はお調子者そうだし軽佻浮薄な人間にも見えるが・・・・・・うちの娘には・・・・・・ダスティにはま

ずまずの伴侶なのかもしれない。



本当は認めたくない。

自分の娘は宇宙一、かわいいから。

しかしパトリックは知っている。






自分の娘が晩生で初心であることも。

男社会の中で生きてきて。

すっかり男に甘えることができない娘に育っていることも知っている。






でも。

娘はこの男には無防備なほど、甘えている。

それをまざまざと見てしまった・・・・・・。












父親の気持ちなどよそにダスティは書き物の続きをはじめている。

「夕飯は私が作ります。長い旅でお母さんの食事の味が恋しいでしょう。まだまだかないませんがせめて

お父さんの好物を作ってあげますからね。」



にっこりと美しい微笑みを見せる娘。

食器はあとでまとめて洗うから水につけておいてくれないかと夫に頼んで彼女は仕事に精を出し始めた。



昔から。

娘は何かをはじめると恐ろしく集中してやるくせがある。

じゃあなとポプランは娘の唇にキス一つ。

女として。

幸福に満ちた娘の顔を見てしまった・・・・・・。






娘は幸せなのだ・・・・・・。



「お義父さん、いきましょか。」

亭主の方はこれが日常茶飯事だというようににこっと笑ってバスケットを担いでパトリックに声をかけた。





パトリックは少し、娘婿と思いたくなかった青年をもう少し知りたいと思い始めていた。





ポプランが働く仕事場をみたいとアッテンボロー父が言うので彼は舅殿を空戦隊のドッグに案内した。



少年少女兵がポプランと同じようにベレーを斜めにかぶりスカーフをジャケットにおさめないで垂らして

上官に元気よく敬礼をして挨拶した。






「ポプラン中佐、空戦隊ではみなあのように制服を着用するのかね。」

パトリックに聞かれてちょっとばかりポプランは頭をかいて笑って答えた。

「いや。どうも小生のまねをしているらしいんです。生意気なことに。」

随分慕われているのだねとパトリックはまだ少し剣呑さの残る口調で言う。



事実、この男は下士官に非常に支持されているようだしなにより娘があれだけ気を赦し、甘えている。

ある程度認めざるを得ないのかもしれないとアッテンボロー父は思う。






恨まれているかもしれないな。



パトリックのつぶやきにポプランは耳を傾けた。










「妻と結婚するなら私が軍人になればいいというのが義父の言い分だった。だが私は戦争が嫌いでね。

兵役で三年間軍人をやったがうんざりしていたしもう軍人稼業なんぞするものかと突っぱねた。でもどう

しても妻と結婚したかった。ダスティの母親だ。いい女だってことはわかるだろう。中佐。」

技師や訓練兵が行き交う中、ポプランに目線をあわさないまま横顔を見せてパトリック・アッテンボローは

話しをはじめた。



「わかりますよ。ダーリン・ダスティのお義母さまは立派な淑女(レディ)です。100回の口論と3回の殴り

合いも致し方ありませんね。」

ポプランの言葉に舅は笑った。

「そんな話しを知っているのか。」



一呼吸置いて。






「私は確かに義父と折り合いがよくなかったし結婚も反対された。結局のところ男子が産まれれば軍人に

すると約束をして結婚したが生まれてくるのはそれはもう見目麗しい女の子ばかりだ。義父は男子の誕生

をそれはもう期待していたよ。妻の実家はそれこそ生粋の軍人の家系だったからね。正直私は義父が大

嫌いだった。女の子三人も授かれば喜んでくれても良さそうなのに顔を合わせれば次は男の子を産めと

妻を叱る。妻は愛しいが・・・・・・反吐がでるほど義父は嫌いだった。」



「今は違うんですか?」

ポプランも視線を合わさず二人ともスパルタニアンを眺めながら会話をした。



馬鹿をいいなさんな。






「今でも義父は嫌いだ。」

パトリックの率直な言葉にポプランは笑った。



娘には。

「娘には因果を含んで士官学校へ入れた。四人目の娘は上の娘と違って私に似た反骨精神というか骨が

あったし・・・・・・もう妻もこれ以上子供を産めなくなった。それに義父も男子の誕生を待たずして四番目の

子を見ることもなく亡くなってね。義父の名前をとってダスティなんて男の名前にしたんだ。」

お義父さんは。

「お義父さんはダスティのじいさまが嫌いだったんでしょう?なぜあれだけ美しい彼女にそんな名前を付け

たんですか。仲違いしたまんまだったのに。」



言っておきますけど。








「小生たちに男子が産まれてもパトリックにするかわかりませんからね。お義父さん。」

ポプランは小癪な笑みを浮かべて隣のパトリックに言った。



かまわんよと舅殿は言う。








「・・・・・・義父をただの軍人馬鹿だと私は嘲弄していた。代々続いた軍人の家系。えらく権威主義で鼻につ

くし本当に嫌いだった。最後の言葉を聞くまでは。義父は言ったんだ。」



こんな戦争を終わらせる軍人を我が家から一人出してくれと。

「悲惨な時代を終わらせて新しい未来を作る土台になる軍人を一人、私の家系から出してくれ。こんな戦争、

終わらせて人類は新たな時代を生きねばならない・・・・・・。今でもあの舅は嫌いだが舅の言葉は忘れもし

ないよ。だから一番愛しい娘にダスティと名付けて軍人にしたんだ。あの子なら戦争を終わらせる軍人になる

だろうと私たち夫婦は思った。・・・・・・いささか感傷的(センチメンタル)な話しだろう。中佐。」



ワイフは知っているんですかとポプランは尋ねた。





パトリックは苦笑して首を横に振る。

「知らないから私を恨んでいるんだよ。中佐。」

ポプランは小さなため息を一つ、ついた。

ざわめくドッグに紛れたそれはあっけなくその場の空気に吸い込まれた。



「お義父さん、ダーリン・ダスティとやっぱりよく似てますね。」

何も私が言わなくとも・・・・・・。



「娘がその望みを叶える軍人になると信じていたし事実私の娘は戦争を終結させるための闘いを日々生きて

いる。今更何を言っても綺麗事にしか聞こえぬなら別に娘に恨まれたままでもいい。結果としてダスティは

義父の望むとおりの生き方をしている。それにだな・・・・・・。」









中佐。さっきも言っただろう。

「私は今でも義父が嫌いだ。義父を美化する言葉なぞもみ消したい。」

娘と同じ翡翠色の眸。

まっすぐポプランに向かってまじめな面持ちでパトリックは言った。



ぶっ。

ポプランはついに吹き出し、腹を抱えて笑い転げた。

「一流のジャーナリストとは思えぬ発言ですね。事実隠蔽じゃないですか。」

ふんとパトリックは鼻を鳴らしてまた顔を背けた。






「なんとでも言い給え。私は義父も嫌いだし君のことも好きじゃないぞ。」

しっかり釘を刺されてもポプランはそれくらいでどうということはない。

「そりゃ小生だって男にすかれようとは思っちゃいません。いとしいワイフのお父上だから給仕をしている

だけでそうじゃなければこうも紳士的に接したりしないですよ。」



ま、そういうことだとパトリックはどこかダスティ・アッテンボロー・ポプラン夫人を思わせる怜悧な横顔を

みせて薄く笑った。

「所詮娘の父親だから娘婿のことは好きにはなれない。本音だから仕方あるまい。」




ただ。



「ただ・・・・・・。ダスティは若いうちに婚約を破棄しているし軍人として出世してしまったから男に頼れない

娘になったと思っていた。だから結婚せずずっと私の娘のままでいると安心していた。だがどうやら君と恋

をして結婚して。市井の主婦とは言えないまでも女としてはかなり幸せな部類に位置していることを感じる。

・・・・・・認めたくはないが君の力が大きい。あれがあんなに無防備に甘える様子などもう二度と見ることは

ないと思っていたよ。」



少女時代。

パトリックに抱きかかえられて空を飛ぶ鳥を見ては「あの鳥はなんて言うの。パパ。」と幾度も繰り返す無邪

気なかわいい娘・・・・・・。そのたび鳥の名前に詳しくなったものだとパトリックは一人で苦笑した。






でも。

「娘婿としては仕方なく認めるが。私の娘を少しでも不幸せにするものはけして赦さないよ。中佐。宇宙のど

こに逃げようとも必ず君を見つけて・・・・・・。」









首を締め上げてやるからな。

「心得ました。努力します。」

ポプランは綺麗なウィンクを見せて・・・・・・不敵に舅殿に約束した。



しようのない男だなとパトリックは笑った。

子ポプランたちがなれない動きでドッグを行き来している。






私の娘は・・・・・・。

昔から空がすきだった・・・・・・。












中佐。

「私はこれでも優秀な部類のジャーナリストだ。今私が読んでいる予想を・・・・・・言い当ててみせようか。」

なんですかとポプランは肩をすくめた。



騒々しいドッグだから二人の会話は二人しか聞こえない。

「ヤン司令官閣下は現時点革命軍を指揮するのは無理だ。となれば司令官代行のユリアン・ミンツ中尉と

ヤン夫人がロ王朝と戦争なり講和をするにしてもキーパーソンになる。私の娘は表だってその舞台に上が

ろうとはしないだろうが・・・・・・あの子の気質を考えれば若すぎるミンツ中尉やヤン元帥の夫人であるだけ

で政治指導者になったヤン夫人・・・・・・フレデリカ・G・ヤンを必ず補佐する。講和であればよいが銀河帝国

の皇帝ラインハルトI世はそう安んじて民主共和制を認めはしないと思われる。誰かが命がけで・・・・・・それ

ほど民主共和が大事ならばそれこそ皇帝ラインハルトは命をかけて奪いに来いと言うだろうな。その戦いで

万が一でもミンツ中尉が死ぬことがあれば私の娘は生涯を民主共和政治の礎になることを望むだろうし重責

を自ら受けるであろう。」



悪くない読みだろうとパトリックは言い、ポプランは黙った。



「あのこを置いていかないでくれよ。私の娘は残念なことだが君なしでは生きてはいけまい。女として。君は

あのこが責任を・・・・・・重すぎる責任を果たさねばならぬことをおそらくもう予測しているだろう。あのこはヤン

君に傾倒していたからね。だけど君がユリアン君を庇って死ぬようなことがあれば・・・・・・。」






ダスティは女として、死んでしまうんだ。

「格好つけて死に急ぐなんてことはするなよ。カウボーイ。私は君は嫌いだが娘を愛しているから君に死なれ

ては、困る。」

パトリックはそこまで言うと何事もなかったかのようにまたドッグの光景を眺めている。






オリビエ・ポプランは返事ができなかった。

パトリック・アッテンボローの端正な横顔を見つめるだけで。



こういうのがやっとだった。

「自分の墓碑銘まで撰したんですけどね・・・・・・。」

へたなジョークしか言えない。



年の功だよ。お若いの。

パトリックはドッグの先の宇宙を見つめて隣のポプランに呟いた。

あのこを遺して逝かないでくれよ。



「君のことは嫌いだがね。」

口が達者なはずの洒脱な伊達男も、黙って口のはしだけをあげて笑った。









オリビエ・ポプランは案外感傷的な男である。

にやりと笑ってみたけれど目の前だけがふとぼんやりかすんでしまう。



眸を閉じて目頭に浮かぶ涙を一人感じていた。



by りょう




LadyAdmiral