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未来は美しい夢を信じる人のためにある。・4


なんだか釈然としないが・・・・・・。









女性提督は食器を洗いながら考える。

彼女の父親はくどいほどうるさい人間だ。パトリック・アッテンボローという人間はとにかく騒がしいしひとの

ペースを乱すのが得意なのである。



だが。

イゼルローン要塞に来て一日目にして夕食を振る舞うと「もう寝る。私のことは気にせんでくれ。」といって

食後の珈琲も飲まず寝室へ早々に入ってしまった。






具合でも悪いのかと聞けばそうでもないようで「ああ、中佐。寝酒だけ持ってきてくれないか。」と娘のダスティ

ではなく娘婿のポプランに頼んで今も二人で寝室で話しをしているらしい。



正直、意外である。









確かに我が家には息子はいない。

確かに夫には父親がいない。

それでも代償行為とは思えない。



よく考えれば確かにアッテンボロー家には息子はいないが姉の婿が三人はいる。酒の相手はいくらでも

いる。娘アッテンボローは思う。自分の夫と父親のどこに友誼が見いだせたのか。そもそも友誼なのか。

あの二人が合うとは思えない。

まあ、オリビエ・ポプランはあれで協調性もない訳じゃない。

父親の世話を今日一日娘の自分に変わって務めてくれた。

だが父は睥睨したりおもねるような男は根っから嫌いなはずだ。



皿をブラシで綺麗にこする。

女性提督は徹底的に食器を洗わないときが住まない性質を持つ。

透明なグラスも曇りなく磨き上げないと気がおさまらない。

そんなことを愉しみながら錯綜する思いを整理する。







満足いくまで食器を綺麗に磨き上げきちんと食器棚に片づけたあたりでポプランが父親の寝室から

出てきた。

「手伝えなくってすまん。ダーリン・ダスティ。お義父さんはねちまったよ。」

「子守ご苦労様。お前、珈琲のむかい。それとも酒にするかい。」

女性提督は彼女のかわいい夫に声をかけた。

「うん。お前の珈琲のみたい。そんであとで髪きって風呂に入ってイイコトしよう。」



・・・・・・余分な要素が付随している気はしたがアッテンボローは豆を丁寧にひき芳香豊かな珈琲を

まずまず気に入っている二人で以前買った白磁のカップに注いだ。



「うちの父親とそんなに話しをして面白いのか。仲がいいな。」

ローテーブルに珈琲を出してアッテンボローはポプランの隣に腰掛けた。

「いやな。ちょっとした義父殿のコネクションを紹介してもらってた。・・・・・・あれ。ねえ。膝にのらない

の。ダーリン・ダスティ。お膝。」

ポプランに何ら変わるところはない。

アッテンボローは少しばかり考えて・・・・・・彼の言うとおり膝の上に座り直した。

「父のコネクションねえ。そんなものどうするのさ。」




内緒。

にっこりとかわいい笑顔で微笑まれてしまった。女性提督の夫は案外秘密主義である。よからぬ

ことを考えているのではと思ったけれど・・・・・・よからぬことなら父がまず赦すまい。自分と似て

正義感はそこそこある父親だから。



彼女の髪の香りを懐かしむかのようにポプランはアッテンボローのうなじに接吻けをした。

「ああ。ダーリン・ダスティが恋しかった・・・・・・。」

もちろん私も恋しかったと素直にアッテンボローは認める。首筋に当てられた唇がほのかな熱を

持って彼の言葉が真実であることを証明している。オリビエ・ポプランがダスティ・アッテンボロー・

ポプランをとろけるほどに溺愛しているのは誰もが知っているし当の女性提督だって疑うことは

ない。



そっと唇をあわせて。

互いの物理的な隙間をコンマ1ミリもあけたくなくて。



心も必死に寄り添い合って。









「髪、いつもの通り切ってくれる?」

四人姉妹の末ともなると自然に甘えるのがうまい。意図してポプランにおねだりしている訳ではない

のだが心を赦しきっているせいで声のトーンも甘い。

あと三回。

「キスしたら髪を切ろう。そして風呂に入って愛し合おう。」

蜜月のままの二人。

舅殿がいようがかまわない。

熱くなる接吻けを交わして女は男の首に腕を回し男は女の腰を抱く。



一流ジャーナリストのパトリック・アッテンボローがいたってかまわない。

彼だって。









蜜月の二人がすることくらいわかっているし、できれば口には出さないけれど娘によく似た孫がほ

しい。

邪魔をする事なかれ。



まだのちのこととなるがアッテンボローが産み落としたのはパトリックが嫌いな娘婿の髪の色をした

娘とよく似た愛らしい男児であった。ちなみに孫はたくさんいるがダスティ・アッテンボロー・ポプラン

夫人の第一子こそ初めての男児である。パトリックがその孫に一切の反論ができないのは言わずも

がな。惑溺して爺馬鹿となるのである。






まだ、少し未来の話しである。



女性提督の父君三日間の滞在は大きな喧噪もないまま無事に幕を終えようとしていた。

惑星ハイネセンへ帰るのである。



ドッグで船長が待っている中、娘アッテンボローは父アッテンボローと握手を交わした。

「婿が浮気をしたらいつでもかえってこいよ。」

「じゃあ一生帰れません。」

なんて冗談を交わして。

見送りに来た一同は苦笑したり、失笑したり、笑った。



お父さん。



みなに見送られて船に乗り込もうとした父に娘は頬にキスした。

「ハイネセンは動乱の時期を迎えます。お母さんをよろしくお願いします。」

この子は・・・・・・真剣になると眸の色が深い蒼い色に変わる。瑠璃色の眸に変わる。パトリッ

クは懐かしい思いで娘を見つめた。

「お前も生き延びるんだぞ。革命戦争程度で死ぬな。皇帝の向こうずねをけってやれ。スター

バック。」

父は娘を抱きしめた。

「・・・・・・大好きよ。エイハブ船長。愛してる。」

彼女がまだ字が読めない幼いころ・・・・・・アーレ・ハイネセンの長征(ロング・マーチ)や「白鯨」を

眸を輝かせて父に話しをしてもらうのが好きだった。ダスティは父親から「スターバック」と呼ばれ

たり「クィークエグ」とからかわれたりした。彼女は一等航海士の「スターバック」と呼ばれることを

好んだ。父とエイハブはよく似ている・・・・・・。



この子は死なない。

死にはしない。

必ずまたお調子者の亭主とともにあの故郷の家に還ってくる・・・・・・。

パトリック・アッテンボローは自分の心を定めて娘の体を離した。






如実に去来する熱い思いをお互い胸に秘めたまま、父と娘は別れる。

もうとうの昔に巣立ったはずの愛しい娘。

それでも。



あの鳥は何と小さな指で天を指すあどけない娘と何ら変わりない。

「カウボーイ、後は頼んだぞ。」

タラップでアッテンボロー父は嫌いな娘婿に敬礼をした。

任されましたとオリビエ・ポプラン中佐は綺麗な敬礼を返した。













船がでると女性提督は一同に向かっていった。

「さて。作戦会議を始めようか。ユリアン・ミンツ司令官代行。」

ええ、そうですねと青年は答えて微笑んだ。「もうそろそろ我々も動かざるを得ない、でしょう。」



先日も幕僚会議でイゼルローン要塞の中でも反帝国の気風が高まっていることを万事に置いて

慎重なはずのアレックス・キャゼルヌ中将が言及している。新帝国領・ハイネセンで物資の流通

と経済に混乱を来し「善政の基本は人民を飢えさせないこと」を皇帝ラインハルトI世の御代、す

でに危ぶまれていた。



いくら民衆に支持を受けている皇帝であってもこれは蟻の一穴に等しい。

これが帝国本国で起ればロ王朝の瓦解を招く懸念がある。

フェザーンの陰謀であるかもしれぬが旧同盟領ではさきの「ロイエンタール謀叛」で新帝国にイゼ

ルローン回廊を解放して通過させている。ハイネセンではイゼルローンだけが民主共和の本拠地

として生きながらえ旧同盟領にいる共和主義者を見殺しにするのではないかという悲鳴にも似た

救助の通信が10本以上はいっている。情報主任幕僚バグダッシュ大佐の報告であった。

ユリアン個人はかつてヤンを暗殺するために紛れ込んできたバグダッシュには思うところはある。

しかしヤン・ウェンリーは使える男だからと彼を幕僚に迎えている。



そうなるとユリアンは何も言うことはない。






ユリアン・ミンツはヤン・ウェンリーから学んできた戦術を用いて旧同盟領ハイネセンに駐留している

ワーレン艦隊をおびき出す作戦をこの数日思索検討し、これからの幕僚会議で発表を決めた。



青年が天翔るときが来た。







さて。



本人は認めたくないようだがオリビエ・ポプランは去年12月26日に30才を迎えていた。

自称15月36日生まれのハートの撃墜王は愛妻の女性提督にだけ本当の誕生日をいっていた。

はずである。

女性提督はそんなことはナンセンスだとあっさり悪友に公表した。

おかげさまでこの男はさらに30代を忌み嫌っている。



「男は30代からだよねえ。フレデリカ。」



ヤンの病室でポプラン夫妻とヤン夫人、女医と不良中年がいまだ眠りについているが一筋の光

を奇跡(ミラクル)のように投げかけたヤンのもとで歓談していた。



「ええ。30代から本来の魅力が出てくると思いますわ。女性もそうだと思ってます。」

アッテンボローに話しをふられたフレデリカの言うことは本心である。






彼女は随分昔・・・・・・といっても四年前、旧自由惑星同盟首都星ハイネセンからイゼルローン

要塞への帰路の途中夫の30歳のバースデーを祝ったあの輝かしい日を思い出した。



あのときの航路ではユリアンとコーネフ、リンツが一緒で当時のポプラン少佐がさて浮気をした

かどうか冷や冷やしながらフレデリカは上官だった夫と会話していた。バースデーケーキには

あまりに30歳になることを厭わしく思うヤンのために30本用意されたろうそくを27本にしてお

いた。



ヤンが気がついたかわからないが・・・・・・ユリアンはそれをとても素敵なことだとフレデリカに伝

えた。



その旅路に女性提督は不参加で要塞ではキャゼルヌやシェーンコップが

「ポプランは絶対女なしで生きてはおれないからハイネセンでお熱い日々を過ごすだろう。」

と一人は後輩を憐れみ一人は美人と恋を愉しむ機会到来と口元をゆるませていたもので

ある。



アッテンボローは表面上クールビューティを装っていたし交際し始めてポプランに貞操を誓わ

せるのは当人の個性を損なうのではないかという思いと男のたった一人の女になり得ない我が

身を呪っていた。

けれど結局オリビエ・ポプランは確かにハイネセンで数多の女性の邸宅を訪れはしたが一人

の女と恋に落ちた、死んだものと思ってくれと別れを告げてきたという顛末。

二人の愛は募るばかり。









「そうだねえ。20代も面白かったけど30歳になるとすっきりしたなあ。私は。」

自称・熟女のダスティ・アッテンボロー・ポプラン夫人はこれまたいとけなさを残した表情で

言う。童顔で・・・・・・年齢がわからない小柄なE式の女医も本来ならば33歳なのだがフレデリ

カは思う。

ミキ先生は自分より幼く見えるかもしれない・・・・・・。



「お前さんはポプランのものになってから落ち着きがなくなった。残念だ。」

ワルター・フォン・シェーンコップ中将はさして残念でもない様子で言う。

失礼なことを言うな。

「私は32歳だ。熟女だぞ。」

さしもの戦闘指揮官も美しい顔をゆがませた。

勝手にいってろという風情である。

35歳の彼は熟女の定義を考え直さねばならんなと尖り気味のあごを撫でた。



「ミキ先生も熟女だよね。」

アッテンボローは仲間内ではすっかり童心に帰る。ポプランさえ一緒にいればシェーンコップ

がいても安心らしい。ポプランが彼女のchevalier(シュバリエ・騎士)でありRitterは必要ない。

「・・・・・・そうねえ。でも私は女を捨ててるらしいから。」

女医自身が入れた珈琲を大きなカップで飲みながら隣に立ちたがる大男を横目で見た。

大男の方は端正な面持ちを崩さず。



「事実は事実だからな。」

と傲岸に言う。

まあ事実そうなんでしょうけどねと女医は否定もしない。

「先生は美人のうちにはいるのに薔薇の騎士連隊第13代連隊長はお気に召さないんですね。」

ポプランも珈琲のお相伴を受けている。

13代目だけじゃないぞとグレイッシュブラウンの双眸の美麗の男は言う。



「14代目もこれを女とは思っていない。」

アッテンボローは唇を尖らせてシェーンコップに抗議した。

「こら。ミキ先生に失礼だぞ。似非(えせ)フェミニスト。」

いいのよ。アッテンボロー提督。



「私もこんなやつ男とは思えないから。お互い様なの。」

女医は微笑むと野菊のように可憐である。

アッテンボローはそんな女医がとっても好きで姉のように慕っている。








女医は女性に絶大な支持を受けている。けれど男性諸氏からは敬遠されているようである。

30歳になったばかりのハートの撃墜王殿も然り。

それにしても。



「いよいよユリアンが指揮を執る日が来たか。陸戦の感性(センス)はなかなかいい。艦隊指

揮官としてはどうなんだ。アッテンボロー。」

シェーンコップは女性提督に尋ねた。



「ユリアンはヤン・ウェンリーの一番弟子だよ。メルカッツ提督に素直に教えを請うている。先輩

もやたら客員提督(ゲスト・アドミラル)の意見を拝聴したもんだ。よく似てるよ。フィッシャー提

督がおいでならばもっと楽ができただろうに。損な役回りをさせてしまうよ。」



故エドウィン・フィッシャー提督の偉大さをヤンの次に実感していたのは同じく艦隊を預かって

いたアッテンボローであろう。新米提督であった自分を軽んずることも揶揄することもなく柔軟

な艦隊運動を見せてくれた・・・・・・。ヤンも彼の死に憔悴したがアッテンボローもうろたえずに

はおられなかった。












ユリアンに損な役回りをさせたのはお前じゃないかと誰もアッテンボローを責めたりしない。

彼女がヤン・ウェンリー深昏睡にはいってからの不眠不休の暗躍によってイゼルローン要塞

に「八月の新政府」が誕生し、「イゼルローン革命軍」が産声を上げるのである。



14歳のあの小さかった亜麻色の髪の少年。

みなが彼に希望を見いだした。

夢を託した。

生命を預けた。






未来は美しい夢を信じる人のためにある。

青年の背中に白く大きな羽があり、はじめは小さいながらもやがて大きな羽ばたきを見せ

ようとしている。ユリアン・ミンツの双肩に大きな責務がのしかかっている。



大人たちはみな心を決めている。

夢を護ろうと。

未来を皇帝から生命をかけて勝ち取ろうと。

青年をあらゆるしがらみから護り盾になって生きようと決めていた。









しかしまあ。

「ユリアン・ミンツがヤン・ウェンリーに似ているのは色事においてもだ。黙っている間に意

気のいい美人が自ら的になって飛び込んでくる。これじゃあフレデリカ姫のときと同じ構図

じゃないか。」

30歳男のポプランは愉快そうに口笛を吹いた。



ユリアンの側にはカリンがいる。

まだ恋と言えない間柄かもしれないが、彼女は彼の側にいるのが好きなようだ。



ふむ。

戦闘指揮官殿は口角だけをあげて笑う。

「娘の結婚を邪魔するのは愉快そうだな。」












アッテンボローをはじめヤン夫妻以外が口をそろえていった。

「悪いやつ!!」

フレデリカは微笑み夫の右手を握った。

ヤンはその手を弱い力ではあったけれど、握りかえした・・・・・・。








エピローグへ物語は進んでゆく。

宇宙歴801年1月末の一日であった。



by りょう





もうここまで来ると管理人の妄想が爆発しております。

個人的な愉楽におつきあいくださり感謝しております。


LadyAdmiral