未来は美しい夢を信じる人のためにある。・1


宇宙歴801年1月。



眠れるヤン・ウェンリーに訪れた大きな変化はごく内密のものにしか教えられはしなかった。女医がはっきり

言う。



「遷延性意識障害の場合、比較的体の一部を動かす状態はそうまれではない。むしろこれからが困難の始ま

りとも言えるわ。どこまで回復するかは今後の治療と介護の問題だから担当医としては司令官職にいつ復帰

させることができるかとは言えない。たとえ声を発することができて目を開けることができてもそれがイコール

緩解ではない。でも今後は投薬の種類を変えることによって改善される場合もあるからあくまでも悲観はしない

でください。」



過去にこんな事例があると小さな女医は付け加えている。






昏睡状態の患者の前で彼はもう目覚めないだろうと言った医師にだけ患者は快復後「彼とだけは話したくない」

と述べたそうである。

つまり生きている患者の前で悲観論は厳禁である、とM・M・マクレイン女史はみなに勧告した。






患者の家族であるフレデリカ・G・ヤンやユリアン・ミンツが今後も介護に全力を挙げると決めているので治療は

続行されるべきであり一同はそれに同意した。














「とにもかくにもヤン元帥はレディ・ヤンの声に反応はするらしい。まさしく愛情のなせる技だねえ。オリビエ、お前

さん、私があのような状態になっても側にいてくれるかい。それともほかの佳人を見つけて・・・・・・。」

などと冗談でもダスティ・アッテンボロー・ポプラン中将が言おうものなら。

「こら。ダスティ。おれの愛をまだわかっていない。」

と唇をふさがれる。

おまけにT・P・O関係なし。



ムライ参謀長はいないし娘の女医も「つきあってられない。」と見て見ぬふりをする。コーネフ家にも女児が生ま

れたのでこの夫婦馬鹿にかまけている間がないのである。アレックス・キャゼルヌ中将たちも今日独立自由商人

であり、帝国の哨戒網をかいくぐる天才「封鎖突破グループ」首謀者ボリス・コーネフがこの時勢、貴重な情報を

イゼルローン要塞に運んできてくれる。

受け入れ態勢に忙しい。



「娘をボリスに会わせてやってもいい。曲がりなりにも親戚にあたる。」

小遣いはくれないだろうがとイワン・コーネフはテレサにさしてうまくないジョークを言う。けれど妻はそんな夫が

愛しいと思える。






自分たちばかりが馬鹿夫婦じゃない。

そういいたいのはオリビエ・ポプランであった。

「あいつらの方がよっぽど馬鹿夫婦でその上親馬鹿じゃないか。」

唇を尖らせる夫のポプランに妻であるアッテンボローは

「馬鹿馬鹿言っているとお前まで馬鹿になるぞ。」と綺麗な人差し指をポプランの唇にたてた。



ワルター・フォン・シェーンコップ中将などは。

「結婚生活をいくらでもほめたたえてよい。しかし自分自身は独身でいたまえ。そう詩人が言っていたことを思い

出す。」

そんなことを女医に言うと。

「結婚するやつは馬鹿だ。しないやつは――もっと馬鹿だ。とバーナード・ショウは言ってるわ。あなたには妻を

めとる才能も娘を愛する能力も欠けている。でもそれが必ずしも悪いこととは思わない。友達でいてあげるから

安心なさい。少しの欠点程度で友達を切り離すような薄情な人間に成り下がりたくないしね。」



遙かに辛口の言葉が機敏に返ってくるので要塞防御指揮官であり戦闘指揮官でもある典雅で不敵なこの男す

らこっそり逃げてしまうのであった。薔薇の騎士連隊14代目をはじめとする連隊員もそろってこの身長160セン

チにも満たない女医に怪我を治してもらったり病気のときに面倒になっている。それだけでなく13代目連隊長で

すらかなわないのだから、自然かなわないと傍観するのである。






くだんのボリス・コーネフがイゼルローン要塞に現れた。



それはいい。



イワン・コーネフ夫妻が新生児を抱きコーネフ船長にお披露目するのもほほえましくユリアンなどは思う。

「これぞまさしく「イワンのばか」でしかないがめでたいな。フラウ、野暮でたいして取り柄のない従弟だがよろしく

頼むよ。」

取り柄がないといわれる「同盟史上最多撃墜王」は口の悪い従兄に慣れている。ボリスに言わせれば平時にお

ける艦載機乗り(パイロット)はなんの金銭も生み出さないと思っているから仕方がない。事実潰しのきかない商

売だから反論するつもりはクラブの撃墜王殿は賢明なので、ない。



「いやあ。めでたいですな。お子さんは女の子でいらっしゃいますか。実にめでたいニュースですよ。コーネフ中

佐。」

キャゼルヌを押しやって一人の壮年らしい愛想のよい男がよく通る明るい声で尋ねた。ボイスレコーダーを手にし

ているのに要塞事務監は・・・・・・何も言わない。

ユリアンはその人物が現れるとあっと小さく声をあげた。



「金を積まれたからにはおれも商人だからな。この時期要塞に来たいというのも酔狂な話しだと思わんでもな

いが・・・・・・。」

コーネフ船長は苦笑した。



その壮年は人好きのする笑みで改めて並み居る面々に丁寧に頭を下げ言った。

「今日は取材できたのではないのでご心配なく・・・・・・。ああ、ボイスレコーダーはつい習い性で。これはキャ

ゼルヌ中将にお渡ししておきましょう。これでも三年は軍務についたものでもありますし軍人の父親ですから

機密は漏らしはしません。赤んぼうですか・・・・・・。いいものですなあ。私も孫は多くいますが・・・・・・そろそろ

新しい孫の顔をおがみたいものです。」



そんなところに女性提督とハートの撃墜王殿の馬鹿夫婦がドッグに現れた。








「・・・・・・お父さん。」

「おお!結婚式にも呼んでくれなかった麗しい娘とかわいい娘を寝取った男じゃないか。元気そうだな。」

パトリック・アッテンボローは娘以上に口が悪いジャーナリストである。

逃げろと娘のアッテンボローはポプランの腕をつかんだが「かわいい娘を寝取った男」は平然とその場にとどま

った。

「できれば小生もかわいい娘婿と呼ばれたいものです。お養父上。」

そう。

こういう場面では逃げると負けを意味するので女性提督の愛しい夫は逃げも隠れもしなかった。結婚すると報告

を超光速通信(FTL)でしただけの義理の父。



舅殿。



「ここは戦場ですよ。お父さんのような民間人が来ていいところではありません。」

娘は抗議した。



「情報によるとこのイゼルローン要塞は現在戦略的価値を封鎖されたも同然。ヤン元帥が深昏睡であられる

以上銀河帝国の敵として見なされるとは私は思わないがね。ダスティ・アッテンボロー中将。・・・・・・いや戦死

したと我が家では広報をうけてお前は元帥閣下に特進したらしい。どうかな。素人判断だがこのイゼルローン

要塞が現時点の最前線と必ずしも言い切れるかな。アッテンボロー元帥。」



残念ながら一流のジャーナリストであるアッテンボローの父の読みは正しい。

この親あって、娘ありき。



「実に読みが深い。しかしながらお父さん。取材で来られたのでしたら即刻お帰りください。最前線でなくともこの

要塞では様々な戦略構想が来る日も練られています。秘密裏に運ぶ問題もあります故にあなたのご職業を考え

れば私としてはお帰りを願いたいものです。」

娘アッテンボローが理路整然ともの申すと。








「馬鹿もの!お前が戦死したと聞いたときお母さんがどれだけ悲しんだかお前はわかっているのか。エル・ファ

シル独立政権人事でお前の名前を発見したときの私の気持ちがわかるか。どんな事情があったか知らんが生

きているなら生きていると知らせの一つでもしろ。ダスティ!!これに関してお前は何か言い開きができる

のか。」



父親にびしりと正論を言われて娘アッテンボローはぐうの音も出なかった。

「・・・・・・ごめんなさい。お父さん。お母さんにも悪かったと思っています。」

「パトリシアもグレースもヴィクトリアも泣いてたぞ。」

「・・・・・・はい。いずれ必ず元気な姿で姉さんたちにも会いに参ります。」

「うむ。よろしい。そこまでは。」



パトリックはある程度、満足した様子である。









お義父上。

「あまりダスティを叱らないでやってください。彼女も言いようのない苦労をしてきたんです。不肖の夫に免じて

ご容赦ください。お義父さん。」

ポプランが思いのほかまじめな面持ちで言うのでパトリック・アッテンボローは咳払いをして言う。



「まあ。ここに来たのはうちの娘が本当に幸せな結婚をしたのかを見届けたいという親心、ってやつだ。私は妻に

免じて君を・・・・・・ポプラン君を婿に不承不承赦したが。」








けっして。

「君を認めているわけではないんだよ。ポプラン中佐。三日間ほどこの要塞で世話になる。」



もとはさぞ美男子だったのであろう。

パトリック・アッテンボローはやや端正さと不遜さと年齢相応の深みを帯びたご面相でドッグに集まったヤン艦隊

の面々に威風堂々と言い切った。

もちろん、主に愛娘と赦せない亭主に言い切った模様。



ムライ参謀長がいなくなると、今度は女性提督のお父上のご登場であった。







お久しぶりですねと若すぎる司令官代行はイゼルローン要塞の「珍客」に挨拶をした。

ほんのささやかなる不穏な空気を感じるからである。



「やあ。ユリアン君。うちに来たときはまだ12歳だったのに。いくつになるのかな。もうじき二十歳くらいかな。」

アッテンボロー父はにこやかな笑みを浮かべて亜麻色の髪の知性あふれる一角獣を思わせる青年に語りか

けた。



「今年の三月で二十歳になります。その節はおいしいご馳走とあたたかいおもてなし、ありがとうございました。

まだミセス・アッテンボローのポークジンジャーソテー、忘れられません。大事な思い出です。ようこそイゼルロ

ーン要塞へ。大歓迎いたします。ヤン・ウェンリーも同じ思いだと思います。」



青年がそういうとパトリックはまじめな顔でユリアンの手を取った。






「これでも私は「自由・自主・自律・自尊」が気に入っていてね。ヤン元帥のことは君が出した声明文で深昏睡で

あられることは承知しているしいかなることもこのイゼルローン要塞で見聞きしたものを売文する気もなければ

情報を漏らすこともしないと誓おう。不心得者の娘だが愛しい娘であるには変わりない。あの子が幸せな様子を

見ることができればそれで十分だと思っている。ヤン元帥のお見舞いはこの時勢だから遠慮しておくよ。是非、

またヤン君と君とヤン夫人とで妻の手料理を食べに来てくれ。一個人の願い、だ。」



ユリアンは・・・・・・さすがアッテンボロー提督のお父上だなと温かい心遣いに感謝した。



手荷物はキャゼルヌと不肖の娘の女性提督が改めている。

「確かにお父上は取材でおこしになったわけではなさそうだ。アッテンボロー。せいぜい親不孝した分、親孝行

をしてやれ。」

ダスティ・アッテンボローは小さなため息をして。



「本当にこんな非常時に申し訳ありません。キャゼルヌ中将。・・・・・・父が滞在する部屋を用意してくださると

ありがたいのですが。」








何を馬鹿なことを言ってる。ダスティ。



見事な二重奏(デュエット)はパトリック・アッテンボローとオリビエ・ポプラン。

不思議な顔して互いに見合わせたけれどポプランが口火を切った。



「お義父さんには我が家に逗留して頂くのが筋というものだろう。うちは幸い寝室もバスルームも二つある

んだからキャゼルヌ中将によけいな手間をかけさせなくてもいいじゃないか。それにお前は軍務や何やらで

忙しいしろくろくお義父さんと一緒にいれなくなる。三日だろうが一ヶ月だろうがうちにいてもらえばいいじゃ

ないか。」



そこまでまじめに言い終えると「ねえ。ダーリン。」とT・P・O関係なしに熱い抱擁と熱い接吻けをした。






自分が父親だったらポプランなんか殺してしまうだろうなあとイワン・コーネフはテレサの腕に抱かれているシモ

ーネを見つめてしみじみ思った。



ポプランの行動はともかく。

パトリックは実は実家でさんざん二人の結婚式のディスクを見ていた。娘はダヤン・ハーンにポプランとともに

旅立つときヤン夫人に・・・・・・当時婚約したばかりのフレデリカ・グリーンヒル少佐に荷物を実家に送ってくれと

メモを残した。だからダスティが着たウェディングドレスも娘の生活道具すべて結婚式のディスクとともにハイネ

センのアッテンボロー家に送られている。

二人のキスシーンは647回ほど見ている。



今更どうしようもない。

娘は誠に遺憾だがこのにんじんのような髪の色を持つ男の妻になっている。



「・・・・・・それでいいのか。オリビエ。父はうるさいぞ。小うるさい訳じゃない。騒々しいんだ。」

娘アッテンボローはかわいい夫に伺いを立てた。

基本的にポプラン家は「亭主関白」なのである。



そうしてうまく亭主を転がすのがダスティ・アッテンボロー・ポプラン夫人の巧みなところである。






「いいに決まっているだろう。仮にもお前のお父上だぞ。粗末に扱ってはいかん。」



オリビエ・ポプランはワルター・フォン・シェーンコップやオスカー・フォン・ロイエンタールと並べれば平凡に近い

容姿をしている。だが魅力あふれる青年であるには違いない。その上こまめで女性の心理に長けているので数

百のラブ・アフェアを過去、繰り広げてきた。

ダスティ・アッテンボローに出会ってからはほかの恋はすべて色あせ、消えた。

彼女一人を愛していると言える。

気が利かぬ男ではないし見ようによってはハンサムでもある。

パイロットスーツを着るとその快男子ぶりが3割は軽くあがる。






そういうところにだまされてはいかんぞ、娘よとパトリックは思わぬでもない。

見目のよい男だからといって娘を大事に、幸せにしてくれる男かどうかはわからない。



ん?



パトリックは奇妙な既視感(デ・ジャヴ)に襲われた。

それはそれで置いておいて。

とにもかくにも。



「そうだよ。私はとてもうるさい男でね。特に君にはね。ポプラン中佐。・・・・・・いや君も戦死扱いになっている

から我が家では准将扱いになっている。ダスティの遺言書もあってすべて君が相続する。まあ相続ねらいで

結婚したとまでげすなことは私も言わない。だがともかく娘というものはそれはもうかわいい。私には四人娘が

いるがダスティは私に一番よく似ていて美しく才もある。だからこそ一番いとおしい。」



ポプランごときの男にふさわしくないと言いたい模様。

キャゼルヌとて自分の娘二人がこんなお調子者にたぶらかされれば・・・・・・まず結婚を赦さないだろうなと思う。

媒酌人でさえこんな調子である。イワン・コーネフも女性提督の父上の気持ちがよくわかる。






「誰もがそうであるように私の娘には幸せになる権利がある。よかろう。君たちの新居にやっかいになることにし

よう。そうすれば娘が本当に幸せかよくよくわかるだろう。これでも仕事柄人を見る目はある。」

パトリックの言葉にポプランはにっこりと微笑んだ。



「もちろんです。お義父さま。ワイフは実に忙しい身の上なので成り代わって小生がたっぷりご給仕いたし

ます。誠意と敬愛の心を持って。」

宇宙で一番愛しい女の家族ならば。

大事にするのが当然だとハートの撃墜王殿はこれまた悠々と断言した。



せいぜい大事にしてもらおうとパトリックは思い。

なんでこんなことになるんだろうと娘である女性提督は頭を痛めるのであった。








ユリアンは思う。

けれど思うことを口にしていいものではないとも青年は知っている。

でもきっと・・・・・・カーテローゼ・フォン・クロイツェル・・・・・・新年のパーティで「ユリアン」と自分を呼んでくれた

友達にならいつか思ったことをいってもいいかなと感じていた。

女の子の友達。

それ以上でもそれ以下でもなかった。



ただ。

とても気になる女の子であるには違いなかった。






三日ですよ。

女性提督は言った。

「お父さんの読みは鋭くはありますが永続的にこのイゼルローン要塞が不同とは思わないで頂きとう存じます。

三日だけ我が家でくつろいでください。私も久々に父親孝行でもしなければ罰も当たるでしょう。」

娘は白旗を潔く揚げた。



いつも父親からはうまく言いくるめられる。

そんなことを思いながら客人となった父親をポプランとの愛の巣に案内した。



by りょう




LadyAdmiral