宇宙は一つの、劇場。・3
やばいと思って逃走したらワイフからあとで鼻をひねられてしまった。 だってやっと小うるさいおっさんがいなくなったと思ったらなんとまあ11月にもなってイゼルローン要塞に また再びやってきたんだ。招かざる来訪者だもんな。 ピクニックの楽しみが半減する。 逃げたくもなる。 女房はさすが女性提督(レディ・アドミラル)。伊達にヤン艦隊の分艦隊司令官を務めてはいない。ムライ のおっさんとにこやかに握手して挨拶を交わしていた。 悠々と。 淑女らしく。 考えてみれば俺たち二人の結婚式の司会を引き受けてくれたのは感謝している。おれだってそこまで薄情 じゃない。多少の恩はある。それにあの歩く小言が出て行ってくれたからこそこのイゼルローン要塞に眠れ るヤン・ウェンリーに用はない連中の掃討が一気にできたと・・・・・・かわいいワイフは言っている。確かにそ れは認める。でも一事が万事秩序だの形式だのおれとはどうもそりが合わない。その点は美人といっても 女医もパス。 「こら。敵前逃亡者。というか軟弱なんだよな。変なところが。」 ワイフが・・・・・・ダスティ・アッテンボロー・ポプランが図書室で書き物をしているのをおれがのんびり眺めて いると不意に顔を上げた。 そばかすが愛くるしい。 すぐに尖らせてみせるヌーディで艶やかな唇も・・・・・・どの女よりも愛おしい。 つい見惚れる。 「ねえ。書き物は進んでるわけ。ダーリン・ダスティ。」 などと矛先を変えてみた。 参謀長のお話を宇宙一仲がいいおれたち夫婦がわざわざ昼ひなか交わす必要もなかろう。こんなに麗 しい女と図書室にいるのも・・・・・・不健康だとは思う。ダスティさえ執筆したいと思っていなければ言わば 「蜜月」の二人なんだから部屋でゆっくり甘い時間を過ごしたいと切に思う。図書室でイイコトってのもわる くはない。 といえど・・・・・・硬派なおれのワイフがこんな軟派なプランを赦してくれるわけはない。 「話をそらしても駄目だ。お前、いつまでも叱られ癖が抜けないなあ。第一飛行隊長だろう。うちのエリー ト・トップガンなんだし今更ムライ参謀長にあれこれ言われるようなことはしていないんだからあんなに大 仰に逃げるな。ユリアンでさえきちんと大人として接していたじゃないか。妻として恥ずかしい。もっと長の 自覚をもって仕事に臨んでおくれ。お前は宇宙一の撃墜王なんだから。私はそう思っている。」 姉さん女房だからたまに年長者ぶって説教のようなことを言うがダスティはおれのことを愛してるんだなと 思う。宇宙一の撃墜王ね。悪くない。 「宇宙一の男でいいぞ。」 「あのな。」 頬を桃色に染めて唇をまたキスしたい形に尖らせる女。 理性を保つのに苦労するぜ。女房が淑女である限りおれも今のところ紳士でないといけないだろうな。 さくらんぼう・・・・・・熟れた果実を思わせる唇。 まあ、おれの前だから無防備でいいけど・・・・・・こんな美味しそうな表情はほかの男に見せられない。 あの御仁が苦手。 これは本能が呼び掛けるもので俺の危機防御本能というもの。死線をくぐり抜けた経験上自分の身を護 る術ともいえる。 「いつまでも少年らしさを無くさないのも俺の魅力だと思わない?ダーリン・ダスティ。」 「それとこれとはまた違う話だよ。いい大人なんだから苦手な人間がいようが礼を失するな。分別なしの 男なんてキュートでもだめだぞ。」 で、いつまで。 「こんなかびくさい図書室で書き物を続けるわけ。」 無理につきあわなくていいんだぞとメモを見ながら赤い手帳に何かを書き付けている。夫婦でもプライバ シーは尊重すべきだから進んでワイフが見せてくれないならばおれはのぞき込むような野暮なまねはし ない。何を書いているかは知ってる。「革命戦争の回想」とかいうものをおれのワイフは記している。彼女 はこの共和政府の主要人物であるし革命軍司令官補佐であるには違いないから実のあるものを書いてい るとは推察できる。ただ文学の素養があったかなと顧みれば。 まあ、ダスティ・アッテンボロー・ポプランは才色兼備であるには違いない。それに回想記録であるから文 学的修飾など不要と思う。 涙ぐましい話だが戦後二人の食い扶持をかせいでくれる元ネタになるものを仕事のあいまに彼女はせっせ とまとめている。 戦後か・・・・・・。 ムライのおっさんはユリアンの返答待ちである。 華麗なる謀反児・オスカー・フォン・ロイエンタール元帥は・・・・・・いや元帥の称号は剥奪されているはず。 覇者たるラインハルト・フォン・ローエングラムがむざむざと己に背いた男に「銀河帝国だけでは栄誉ある」 帝国元帥という地位を与えている感傷的(センチメンタル)な感情の持ち主とは思えない。あのすかした 色男の金銀妖瞳(ヘテロクロミア)の男はこのイゼルローン要塞にいる宇宙の「小石」にすぎぬ俺たちに皇 帝軍がイゼルローン回廊を通行する折りにその行軍を阻止してくれとヤン・ウェンリーの幕僚であったムラ イのおっさんを使者として送り込んできた。 あの顔つきは典型的なサディストだから辛辣な人事であろうが平気だ。 容貌が美しすぎる男ってのはどいつもこいつも気に入らない。 ムライのおっさんはユリアンにそのロイエンタール殿の要請を任された、って訳だ。 やや、ムライ参謀長に同情するな。近寄りたくはないけどさ。 ただ美味しい話もある。 ヘル・ロイエンタールはあのヨブ・トリューニヒトの生命をこちらに引き渡すという条件を差し出してきた。 そのあたりだけでも話に乗ればいいのにユリアンは卑劣とは無縁の欲のないやつだから逡巡して歴史上 まれに見る壮麗な謀反児の要請を退けた。ロイエンタールの揺さぶりは実に巧みだった。なにせ俺たち は反トリューニヒトといってもいい。あいつは殺しても殺したりない。若くして逝った仲間や部下を思えばこ の要塞にいる誰もがそう思っている。権道をもちいてロイエンタールの要請をのんだことにしてトリューニ ヒトを始末して私憤をはらす。そのあと、皇帝の軍の通過を「はいどうぞ」と看過すればいい。こんなことは 戦術として十分用いてもいいたぐいのものだ。 だがおれのかわいいワイフ、女性提督はそのアイディアを是としなかったしユリアンもそうだった。 「トリューニヒトの遺体とご対面したかったなあ。」 などおれが言うと。 「ハイネセンは帝国の新領土(ノイエ・ラント)だぞ。生きて還れると思ってるとしたらお前は馬鹿だよ。」 かりかりとペンを走らせて顔も上げないで女性提督は言う。 「・・・・・・。」 死ぬのが怖くて生きてられるかと言いたかったが・・・・・・ダスティのようなかわいい女を遺してまだ、死ね ないな。まだ、その時期じゃない。 さっき。 「可憐なカーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長がユリアン・ミンツを心配してたから今回は俺たちの出番は なしだといっちまったよ。ユリアンは今回完全にこの謀反に乗じるつもりはないとな。」 イゼルローン要塞の太陽の光が秋の日差しのように柔らかくダスティを照らしだしていた。 翡翠の石というものはなかなかこの時代お目にかかれないけれどその色をした銀にも見えるさらさらとした 髪をちょいとだけ触れてみる。 毎日、毎晩。 おれが洗ってやる彼女の髪・・・・・・。 指の間から静かな音を立てているかのようにこぼれ落ちてゆく・・・・・・。 「恋ってやつかな。」 やっと顔を上げてダスティが笑った。 その笑顔はほかの男に見せるんじゃないぞ。 凍った永久凍土すらも溶かしてしまうような魅惑の笑顔。 「恋ってやつだろ。当人同士は自覚していないが周りが見ればお互い恋をしているのは間違いないよな。」 「ユリアンはシェーンコップとは違う。カリンはいい男を捕まえたな。私だって同じくらいの年なら絶対ユリア ンと恋したかったものな。」 そんなイケナイコトを言うと。 唇で唇をふさぐ。 そんなとき、こほんと咳払い。 あれ。ムライのおっさんは帰ったはずだがと思って振り向くとキャゼルヌのだんなが図書室の入り口できっと 俺たちをにらんでいる・・・・・・。 「仲のよいところ悪いがまた客がきた。銀河帝国上級大将メックリンガーという人物がお出ましだ。ユリア ンとヤン夫人が対応しているがお前たち二人も来い。といっても答えは決まってるんだけれどな。」 ワイフは赤い手帳をぱたんと閉じた。 メックリンガーとやらはロイエンタールとは正反対の要請をしてきたんだろう。 ますます俺たちの出番はこれでなくなった、ということだ。 今回は。 ユリアンの。 「ユリアンの意向は司令部の意向だ。疑義を唱えるものはイゼルローン要塞から出て行けばいい。あの 子の役に立たない人間は誰であろうがいてもらっては困る。」 ダーリン・ダスティ。 おれの女神。 おれの生身の女。 お前の愛するものすべてをおれは護る。 それが今のおれの生きる・・・・・・道とでも言うのかな。 お前がどんな人生を選ぶのか見えるから。 今のお前には見えないだろうけれどおれはお前のことしか見ていないからわかる。 おれはお前が愛するものすべて護る。 「いこう、オリビエ。ユリアンがまってる。」 背筋を伸ばしてすっかり目の前で美しい立ち姿を見せるダスティ・アッテンボロー・ポプラン。おれの女。 今のおれは、イエスとしか言えない。 女の子はわからない。 近寄ってきて励ましてくれていると思えば急に怒ったようにその持ち前の律動感あふれる綺麗なストライド で去っていってしまう。 今回の消極的な選択をムライ参謀長は赦してくれた。 フレデリカさんもメルカッツ提督もそしてアッテンボロー提督も自分の決断に同意してくれた。正しいとはいえ ないが目的達成のために便宜的にとる手段としてトリューニヒトの身命を引き渡してもらいロイエンタールに 油断をさせてそののち、皇帝軍がこの回廊を自由に通行することを認めれば一時的に帝国に恩を売ることも できたかもしれない。けれどどのような卑劣漢だとしても政治や軍事で人間の生命を駆け引きの道具にする ことは・・・・・・僕にもできそうもないし、ヤン司令官も望まなかったのではないだろうかと思いたい。 僕にはやはりヤン・ウェンリーなしでは何一つ決めることはできない。 眠っている提督から何も答えを得ることはできなくとも僕の記憶の中の提督の言葉や考えを紡ぎ出し僕は この司令官代行を務めきらなければならない。 僕の責任はそれを果たしていくこと。 僕の人生をかけてこの民主共和を宇宙に遺すこと。 それが僕の生きる道になった。 「こんどはただの栄養ドリンクよ。ミンツ司令官。」 心地よい・・・・・・いつの間にか心地よい声と認識している。 カーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長の声が背後からした。彼女は小難しい顔をして魔法瓶を僕に差し出 した。 「・・・・・・この前の薬は強烈だったよ。」 「ええ。あれは・・・・・・いわばジョークね。あんた、ふさぎ込んでたから見てられなくて。」 つい先日そっぽを向かれた・・・・・・と思っていたからびっくりした。 「中身はエッグ・ノック。ちゃんとアッテンボロー提督に作り方を習ったんだしフレデリカさんも美味しいとい ってくださったから・・・・・・元気が出ると・・・・・・思っただけよ。」 あんたは苦労性だから。 「ありがとう。」 ありがとう、心配してくれてと以前言うと心配なんかしてないわよと怒られたから素直に受け取ることにし よう。 ・・・・・・シェーンコップ中将もよけいな言葉はお嫌いだったっけ。 「あんたはみんなから認められた。あんたの今回出した答えは私も正しいと思う。だって皇帝(カイザー)ラ インハルトって人間はヤン提督を評価していたんだもの。あんたはヤン提督の思いを受け継いで悩み抜いて 答えを出したんだから正しいわ。自信、持ちなさいよ。大人たちはまだやり足りないと思っているようだけど 無駄な戦いはしなくていいと思うわ。それだけでも私はあんたに賛同する。」 ・・・・・・味方してくれてるんだな。 「・・・・・・ありがとう。」 「いちいち暗いわよ!ミンツ司令官。元気出しなさいよ。応援してるっていってるじゃない。」 口調はきついけれどクロイツェル伍長は僕を支持してくれているんだな。 支持されている以上、その支持をしてくれた人々に応えるために僕はしっかりしないといけない。味方が いるんだ。それが男というものなんだ。 ヤン提督はどんな無理難題に思えることでもけして放棄しなかった。 だから僕もそうありたい。 力不足なのは覚悟の上だ。 ヤン提督だって自分が万能だと思って行動してことは一度とてなかったじゃないか。 提督も人間、僕も人間。 比べることなどおこがましい。そんなことはわかってる。でもいつも自信満々でヤン提督が作戦を立案して きた訳じゃないことは僕もよく知っている。誰も代わりをなしえない頭脳労働を夜中パジャマにカーディガンを 羽織ってベッドで考え込んでいた提督。そのお姿を僕は何度も見てきた。 ヤン提督は逃げなかった。 もちろん戦場では逃げる作戦もとったけれどそれは戦術だ。敵の提督の心理をよく緻密に見抜いた上で 提督はそれらの策を使っただけだ。 提督は民主共和の苗床を遺すための闘いにおいて責任を放棄して逃げたりしなかった。だから。 僕は逃げない。 いつか提督がお目覚めになったとき少しでも僕たちが前進していたら。 前進しなくても後退しなかったなら。 提督はきっと赦してくださる・・・・・・。 「差し入れありがとう。元気を出すよ。できるだけ。」 僕は嘘がつけないな。シェーンコップ中将の1%でもいい。女性を喜ばせる一言を言えればいいのにと 思う。 目の前の紅茶を薄く入れた色の髪をした青紫色(パープルブルー)の眸の持ち主の綺麗な・・・・・・クロイ ツェル伍長は綺麗な女の子に分類できるだろう。でも容貌ももちろんのこと元気の良さ、覇気、活きの良さ が僕は好ましい資質だと思う。 「元気でるわよ。出さないでどうするの。ミンツ中尉。歯がゆいわね。あんたがしっかりしてないなんて私は 思っちゃいないんだから。どんな未来がまっていようがみんなあんたと自由の国を作りたいんだわ。あんた は・・・・・・立派だと思ってる。否定するだろうけれど若いくせに銀河帝国相手にやり合ってる。普通の男 の子ならもうとっくに逃げてるわ。その点はえらいと思ってるんだから。・・・・・・もっと自信を持ちなさい。 堂々となさいよ。見ていて歯がゆいったらありゃしないわ。」 相変わらず、厳しい。 でも口調や言い方が厳しいだけでクロイツェル伍長は僕を励ましてくれているんだ。 「わかった。ありがとう。クロイツェル伍長。」 僕が言うと彼女は視線をそらして綺麗な高い鼻筋が見える横顔を見せた。そして右手を軽く挙げて背を向 けて廊下を逆に歩いていった。 歩くたびに揺れる紅茶を薄く入れたような巻き毛が跳ねる。 歯がゆい・・・・・・か。 なかなか持って生まれた性格は変わらないものだけれどあんなにもまっすぐに彼女は僕を信頼していると ・・・・・・多分思う。このイゼルローン要塞に残った人たちみんながそうではないことは司令部に届く投書を 見ればわかる。僕では司令官として頼りないという声も多い。建設的な意見も多いのは嬉しい。そんな意見 箱を作ってもと言われたけれど不満が長に届かない組織はもはや腐敗をしている組織だと僕は思う。 だから自由に意見を司令部に直通で届くようなシステムを作った。 手の中の魔法瓶。 あたたかさが伝わるはずなどないはずなのに、どうしてあたたかいと思ってしまうんだろう・・・・・・。 宇宙歴800年ももう終わる。 12月。 「アーレ・ハイネセンの長征」を覚悟していたから歴史が動くのは数十年後だとユリアン・ミンツは思って いた。けれどロ王朝がひらかれてわずか二年で蟻の一穴かというような事件が起きた。皇帝の行軍はイ ゼルローン要塞を通過するとき「雷鳴のハンマー」の恐怖にさらされたであろう。ユリアンの元に通信文が 送られてきた。 眠れるヤン・ウェンリーに敬意を表し全軍敬礼をする旨許容されたしとあった。 まだヤンは昏々と眠っている。 ワルター・フォン・シェーンコップ中将は実に自分たちも敵もセンチメンタリストの集まりだと評した。今回はこ れでいいと若すぎる司令官代行は思っていた。茨の道ではあるけれど正々堂々と自分たちの生き方を示す ことができる光明がユリアンには見えていた・・・・・・。 by りょう |