宇宙は一つの、劇場。・1


自分の仕事に責任を持って果たしている男がここにいる。



彼の名はオリビエ・ポプラン。

「女性殺し」(レディ・キラー)と過去称されていた男であるが現在は銀河帝国元帥閣下であり

双璧と謳われるウォルフガング・ミッターマイヤーと争うほどの「愛妻家」と自身を評価している。

むろん、ミッターマイヤー元帥の知ったことではない。

逸脱すればポプランは帝国首都星であったオーディンでミッターマイヤー元帥夫妻を目撃し

ている。二言三言歓談をしたこともある。あちらの奥方はそれは可憐で身も心も清らかな天使の

ような女性であった。元帥がほかの女性に興味を持つ意味はないとポプランも思う。



けれど。

なんと言っても自分の妻、ダスティ・アッテンボロー・ポプラン夫人ほど魅力的で天使にも悪魔に

もなりうる運命の女性はいないとポプランは常日頃から思っていた。

いわば。

煉獄の山で男を導くベアトリーチェ。

「Le Fantôme de l'Opéra」でいえば美しき魅惑の歌姫クリスティーヌ・ダーエ。

嵐が丘で魂となってヒースクリフを求めるキャサリン。

レット・バトラーを翻弄し続ける運命の女・ケイティ・スカーレット・オハラ。



きりがない。

要はオリビエ・ポプランにとって宇宙で女はただ一人、彼の妻だけであった。

この時期イゼルローン要塞では第二飛行隊長のイワン・コーネフ中佐よりも任務に精励していた

のがポプラン中佐であった。コーネフは順調にいけば年末に第一子の父親になる。夫人のテレサ

はウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツから妊娠した時点で退役を勧められて現在は一民間

人となっている。健康で賢明な帝国美人であるコーネフ夫人は夫よりも泰然としている。けれど

冷静かつ沈着であるはずのイワン・コーネフ中佐ともあろう人物は日々父親になることの重みを

真摯に受け止め妻子の身を案じて・・・・・・実はあまり落ち着きがない。

見ちゃいられないので空戦隊は現在ポプランが統括していた。新兵たちの訓練や教育はポプラン

が熱心に効率的、実践的に訓導していた。



「今から夕飯をキャゼルヌ家で作ってくる。」

ポプランのかわいいダスティ・アッテンボロー・ポプラン提督が空戦隊のドッグに現れて夫に告げた。

「なんでだんなの家の飯をおれの女房殿が作るんだ。ダスティ。」

「今夜はキャゼルヌ家でみなで夕飯を食べることになったんだ。私とお前も招待されている。ユリ

アンだろ。フレデリカ。カリン、コーネフ夫妻。マダム・オルタンスだけにおさんどんをさせるのは気の

毒だ。手伝ってくる。だからお前も仕事が終わったらうちに帰るんじゃなくてキャゼルヌ中将の家に

来るんだよ。」



と誰も見ていないことを確認してポプランの頬にキスをした。

誰も見ていないならマウス・トゥ・マウスのキスでもいいのではないかとポプランは思うのだけれど

女性提督は結婚して二年たつけれどまだまだ晩熟で初心なところが大いにある。またその初々しさ

も誰が教えたのか天性のものなのか。

男心をとらえて離さない。

いつでも、はじめて恋に落ちたときのことを思い出せる。








それにしても。

「えらい大騒ぎだな。9月になんの祝いがあったっけ。」

ポプランはアッテンボローの腰を抱き寄せ、伺いを立てる。

「キャゼルヌ家でひとが出入りするのは珍しいことじゃないよ。まずユリアンとカリンがさらに親交を

深めるためでもあるし、フレデリカをねぎらうためでもあるし。コーネフにこんこんとキャゼルヌ先輩

が父親たるもののあり方を説くというのもあるらしい。こうも人数が多いとまかないが足りなくなるし

幸い私は家事は得意だと思うから手伝ってくる。お前は私の亭主だから当然夕飯は私が作ることに

なる。キャゼルヌ家の人たちは人を集めて食事会をするのが好きなんだ。」

アッテンボローはもがくことなくおとなしくポプランのうでの中にいる。

「ふむ。なるほどな。おれはてっきりだんなに説教でもされるのかと思った。」



されると思うよ。

アッテンボローは翡翠の色と宙(そら)の蒼い色が混じる眸でポプランを愛くるしく見上げる。

わずか、3センチ背の高い愛しい男。



「アレックス・キャゼルヌほど説教が好きなひともそうはいないだろう。ムライ参謀長に一任してい

た訓令をたれる機会に恵まれたんだ。お前も私もきっと説教されるよ。なにやかやと因縁つけて。」

3センチだけ背の低いかわいい彼の妻が言う。

そうかもなあとポプランは思って。



「あの歩く小言がいなくなってだんなの独壇場だもんな。やっぱりおれもしかられるのか。まあそれも

なりゆきとかつきあいというものだ。」

先輩が。

「先輩が本当に説教したいのは、ヤン先輩だよ。」

アッテンボローはポプランの耳元で囁いた。






6月に深昏睡に陥ったヤン・ウェンリーは9月にはいって三ヶ月意識を失った状態が続いている。

「遷延性意識障害」の状態にはいった。

自力移動が不可能であり自力摂食が不可能。 糞・尿失禁はあるからその世話は妻であるヤン

夫人やユリアン、女医がしている。瞼を開けば眼球は動いているが認識することはできていない

らしい。



「・・・・・・後輩だって説教したいよ。フレデリカのためにも目覚めてほしい・・・・・・。」

こつんとアッテンボローは額をポプランの額にくっつけた。

ほんのりと熱いからだ。



「おれの奥さんを悲しませるヤン・ウェンリーも罪だよな。」

おれも司令官閣下が目覚めたら説教の一つでもたれてやろうかとポプランがまじめに言うので

アッテンボローは笑った。

「これじゃ起きるに起きれないね。先輩も。」

そっと唇をあわせて。



「というわけで今夜は仕事が終わったら帰るうちを間違えないでくれよ。旦那様。」

女性提督は美しい微笑みで。

穢い浮世の憂さまでも浄化するようなすがしい笑みを見せてポプランから体を離した。

得がたい資質だとなとポプランは妻の気質を思う。

まっすぐで素直で。



汚泥から美しい花を咲かす蓮(はちす)の華のような美しさがある。

穢い世界に生きて血にまみれて生きているのにアッテンボローはそんなものに汚されない。

ポプランは時々彼女を得たのは夢なのではないかと思うことがある。何も彼女を傷つけないし何も

彼女を穢すことはできない。






白い指を惜しい気持ちで離した・・・・・・。

細い愛しい指を名残惜しい気持ちで、離した。



背後から訓練兵たちの騒々しい声がしてポプランは我に返る。

何か、らちもないことを自分は考えていた。

アッテンボローは背中を向けて綺麗なストライドで歩いていった。



ときどき、ポプランに振り向いて朝日のように微笑んだ・・・・・・。

その笑顔に答えるようにポプランは右手を挙げた。

すぐに新兵や部下に囲まれてオリビエ・ポプラン中佐は仕事の顔に戻る。といっても特別勤勉な

顔になるわけでもないし小難しい表情を見せるわけでもない。



「さあ。次はブリーフィングをはじめるぞ。美味い飯はそのあとだ。デートの約束もそのあと。

いくぞ。」

彼は新兵たち、カリンをはじめとする少年少女兵に人気があった。人望があった。陽気で洒脱が

主成分の宙(そら)の男。赤めの金褐色の髪は光の具合で燃え上がる炎のように見えるしけれど

猛々しさは感じられない。むしろ秋の木の葉の朱い色や夏の太陽を思わせる。

自然の故郷の色を併せ持つ不思議な魅力のある男がポプランだった。

この時代の多くの一致した証言の中にオリビエ・ポプランが少年少女兵たちから敬愛されるあまり

彼が軍の規律に反してベレーを斜めにかぶったりスカーフをきちんと結ばなかったりするスタイルが

流行したというものがある。

現にイゼルローン要塞には「子ポプラン」がうろうろしていたのだ。



驚くべきことに親たちもこのハートの撃墜王殿を篤く信頼していた。

異性関係が今までのように派手で華麗なものであれば眉も潜めたであろうけれど、ポプランの「女房

好き」はあまりに有名で男の子の親は息子にもそうあってほしいと願うし、女の子の親はポプランの

ように妻一人を大事にしてくれる男を伴侶に選ぶのだと諭すという。



もちろんイワン・コーネフ中佐を信望する声も多かったのであるが目立つのはポプランである。

だが。

現時点でもなお同盟史上最多撃墜王はおろおろするクラブの撃墜王でありポプランは一機コーネフ

に負けたまま今に至っているのも事実である。








これだから人生は愉快なのだ。





夕餉の時間を迎えて男たちは食前酒を酌み交わしながら酒肴を楽しみ歓談する。






「お前さんが女房の出産でこれほど度を失うとは思わなかった。知ってるだろうがお産は病気じゃない。

いい大人がうろたえるな。周りのものから笑われるぞ。おれは少なくとも娘の出産で仕事に障りは来さ

ない程度の節度はあった。それくらいできないでそうする。同盟史上最多撃墜王殿。」

キャゼルヌの舌鋒は鋭い。



もっともキャゼルヌが毒舌家でなかったらヤン艦隊は違うカラーになっていたであろう。

彼がおとなしい文言を口にしたのはアムリッツァで上官に対してとイゼルローン要塞に政治家たちが

きたときだけ。

自己保身と自分の仲間たちの保身のためには言いたくもない言葉をいうこともできる一応は大人の

男である。それでも堪忍袋の緒を切らして作戦本部統合本部長のロックウェルが「後方勤務本部長」

の椅子をいやらしくちらつかせても鼻でふんと一蹴した男がアレックス・キャゼルヌ。



口は悪いが義理には篤い。



「そうは言いますが小官は仕事ができないわけでも狼狽している訳でもありません。ただ任務に就いて

いるとポプランがうっとおしいから家にいろといって職場追放されている被害者なんです。」

隣に夫人を座らせてクッションを腰にあてがってやりコーネフはささやかなる抗弁をはかった。

「でもお前は普段は仕事熱心なくせに休憩室で本を読んでは・・・・・・なんどもため息をついていたぞ。

そんな辛気くさい男は空戦にはいらん。」

ポプランはシャルロット・フィリス・キャゼルヌが運んできた新しい前菜に手を出して、

「シャルロット・フィリス。また美人になったな。お母さんそっくりだ。」

とリップ・サービスも忘れない。



事実、シャルロットはオルタンスに似た髪の色を持ち眸の色もそうだった。

そして綺麗な少女であるには違いない。カリンと目を見合わせて二人は姉妹のように笑い転げながら

またキッチンへ戻っていった。



「こら。どさくさに紛れてうちの娘を口説くな。お前にはアッテンボローがいるだろう。」

キャゼルヌは日々子供から少女へと変貌を遂げていく娘の父親らしく文句を言った。

「まさか!あれは挨拶です。口説くというのはこんなものではありません。だんな。それにおれの女は

ワイフただ一人ですよ。見境なく女に手を出したと言われちゃ困ります。」

ポプランの口ぶりにユリアンも笑った。



普段ならばユリアンがマダム・キャゼルヌを手伝うのであるが今夜は家事の達人の白い魔女といわ

れるオルタンス・キャゼルヌの妹分とも名高いアッテンボローがいる。それとなくポプラン夫妻に、カー

テローゼ・フォン・クロイツェル伍長の家事能力をきかされているユリアンは男の礼儀としてキッチンに

今日は立たない方がいいと思った。

それでなくてもまだまだ料理の腕は発展途上のフレデリカもいる。アッテンボローとマダム・キャゼル

ヌの二人なら巧く差配するであろうと生活戦士としても優秀なユリアンは男たちの輪の中で会話を愉

しんでいた。








「娘が生まれたら嫁には出さないともういってるんだって?コーネフ。今からそんなことを言ってどうする

んだ。男親というものはどうもそんなばかげたことを口にするんだよな。」

女性提督はディナーを運んできてトレイごとポプランに渡した。

ポプランはせっせと盛りつけてある皿をテーブルに並べた。



「そうはおっしゃいますけれどまだ娘は生まれてもいません。何も嫁にやる日のことを考える必要はない

でしょう。」

コーネフはまたもささやかなる抗議をアッテンボローにした。



「いくら父親が結婚を反対しても娘が男に惚れ込んでしまったら私のようにいつの間にか独身主義と

手を切る羽目になるんだ。いずれは花嫁の父になる。・・・・・・かもしれないぞ。」

レディ・アドミラルは美しい左薬指に光るプラチナのリングを見せ、小粋にウィンクをした。

ポプランはうんうんとアッテンボローが言うことを満足げに聞いている。

この面々で・・・・・・イワン・コーネフであろうが口ではかなわないのである。彼は職務を放棄したわけ

でもなければ怠慢をしたわけでもない。



ポプランに湿っぽいと放擲されたのである。

横暴な職場であるとコーネフは思っている。









でもその実はそうでもしなければ新婚であろうがテレサと蜜月を過ごすこともできない不器用な僚友を

思いやってポプランが仕組んでいることだと言うことくらいはこの仲間は知っている。コーネフですら

わかっている。

銀河帝国を亡命し故国を失ったテレサ・ビッターハウゼン・コーネフにとって家族はもうイワン・コーネフと

その間にもうけた新しい命だけであった。だからこそ二人の時間を大事にさせてやりたいと周りは思って

いた。



それを口には出さないけれど。

仲間たちは二人を祝福していて、生まれてくる子供を待ち受けている。






ユリアンはこんな空気が大好きだ。

この場にいないシェーンコップもこの事情をもちろん知っている。口にしないけれど。

カリンとシェーンコップを今夜あわせないことが青年には最初不思議であったがマダム・キャゼルヌが

言うようにワルター・フォン・シェーンコップという男には家庭の団欒はちょっと似合わない。家庭が似合

わないとまでは言わない。

ただ、今夜この場でカリンと親子のご対面を再現しても彼女も不都合だろうとユリアンは思い直した。



フレデリカも笑っている。

もちろんヤンと一緒にいるときも笑みを絶やさない。でも淋しい色は隠せないものだ。今夜は女医が

眠っているヤンと昔話をするのだと上等のコニャックを右手に持ってにっこりと微笑んでくれた。

・・・・・・そういえばシェーンコップも一緒にいるかもしれないと青年は思った。亡くなったミキの夫、ジョン・

マクレインの話をするといっていた・・・・・・。



それもいいのかなと青年は男たちにすすめられた食前酒を飲み干した。



家庭料理としては最上の夕餉を終えて女性陣は「ホースマニア」というゲームに興じて笑い声が絶え

ない。キャゼルヌ家の二人の令嬢(レディ)にカリン、フレデリカ、テレサがにこやかに過ごしている。

もっと説教をしてやるとキャゼルヌはポプランとコーネフを書斎に誘った。

「当然、ユリアンも来るよね。」

コーネフはしっかりと青年の腕をつかんでいる。この場で味方になってくれそうなのはこの青年くらい

だとクラブの撃墜王はちゃんと知っている。彼は伊達に同盟史上最多撃墜王ではない。



アッテンボローとオルタンスがチーズやハムなどの新しい酒肴と酒を用意して。

「あなたはお客様を招くのはお好きなのにホストとしてはどうかしらねえ。ごゆっくりなさいませ。」

と白い魔女は言う。

「あまりに美女が多すぎておれでは役不足だ。男は男同士、女は女同士時には語り合うのもよか

ろう。」

魔女に負けた魔導師は頭をかきながらいった。

「そうですわね。女性の扱いに関してはポプラン中佐やシェーンコップ中将の方に分があるでしょ

うね。」

オルタンスも毒舌である。

似たもの夫婦と言うべきか。



「おい、アッテンボローはどっちで過ごすんだ。女子供とゲームで遊ぶのか。俺たちと酒を飲むのか。」

キャゼルヌは妻に言いくるめられてつい矛先を後輩に変えた。



「いえ。マダム・オルタンスがあみかけのレースのテーブルクロスを見せていただくつもりです。これ

でも私は手芸が大好きで。」

とアッテンボローはポプランに投げキスだけしていそいそとキャゼルヌ夫人のあとをついて部屋を出た。






・・・・・・。

「それにしてもうちの連中はマイペースなやつが多い。」

男ども一同はそうですねと苦笑したり相づちを打ったりした。



でも。

「泣き顔より笑顔の方がいいものだ。これは間違いないだろう。もと女性殺し(レディ・キラー)?」

キャゼルヌがしみじみというとポプランも同意した。



それはそれで。

「笑顔はいいものですよ。もっとも愛する女の涙は氷砂糖を溶かしたように甘くて綺麗なものでも

あります。うちのワイフの涙なんてもういじらしくていじらしくて抱きしめてキスしたくなる・・・・・・。」

惚気(のろけ)がはじまったよと誰かが言った。



男たちも笑った。












宇宙は一つの劇場だと言ったのは眠れる前のヤン・ウェンリーである。

様々なドラマが宇宙の辺境の地となりはてているイゼルローン要塞で繰り広げられていた。



by りょう



回天篇もいいですね・・・・・・。さまざまなエピソードを拾っていくとなんだか宝箱を

のぞいているような気持ちになります。と描いている人間は嬉しいと思ったりしています。



LadyAdmiral