駆け抜ける、瞬き・1
宇宙歴800年夏。 フレデリカ・G・ヤンは特別に集中治療室に許可を得て大量で多岐にわたる蔵書 や資料を持ち込んで仕事に精励していた。傍らにはやすらかに眠りつづける夫・ .....。 無機質な医療器具さえなければ、日常のヤン家とあまり大差がない情景であった。 女医は日常の生活に戻っている様子でヤン夫妻の様子はみないふりしている。数 値にはとくに異常なところは認められない。 ならばたまっているカルテの整理をと黙々と一日机に向かってしていた。 「お茶でも入れましょうか。ヤン夫人。」 「私が入れますわ。ミキ先生一息入れてはいかがです。ずっと働いておいでです もの。いつもそうなんですか。」 フレデリカは小柄な女医にいった。 「デスクワークは得意じゃないんだけど。やっと患者のめどもついたし右腕の看 護士はいないから、自分でやらなくちゃ、ね。あなたこそ本当は病み上がりなん だからほどほどにしてね。」 などと、麗しく互いをいたわり合う会話がのあとチャイムがなった。 「お茶をお持ちしました。」 ユリアン・ミンツが背筋を伸ばして廊下に立っていた。片手にはトレイにポット とカップをもち、もうかたほうのわきに分厚いファイルをかかえている。 あらあら。 「司令官がわざわざティー・サービスをしているなんて。ありがとう。ユリアン 。」 フレデリカは亜麻色の髪をもつ美しい青年に柔らかい笑みをみせた。 「勤勉な司令官、ちゃんと食事しているの?食べるのは軍人の基本よ。」 一番背が低いけれど威圧感というか有無を言わさないような女医に、青年はほほ えんだ。 「食べています。ぼくはまだ成長期ですから。日常生活レベルについてはご心配 なく。」 確かに「レダIIの悲劇」直後は情緒の著しい不安定も見せたし、怪我も深かった のだが分厚いファイルをフレデリカに手渡して熱い茶を振る舞っているすがたを見 ていると......一応女医は及第点をあたえた。 元気なふりをするのも青年の気概なのだからその努力は十分認めるべきだと思っ た。 「先生も召し上がりませんか。ユリアンのお茶は美味しいですよ。」 ヤン夫人はいったん書き物をやめて女医にも休憩を奨めた。 あなた。今日はシロンの熱い紅茶ですよ。 目を閉じている・・・・・・静かな夫に淡い金褐色の髪をまとめてヘイゼルの瞳 にやさしい微笑みをうかべた。フレデリカ・G・ヤンの落ち着きと愛情が含まれ た声がきっと、眠るヤンに届いている・・・・・・。 そんな二人をユリアンは眩しそうに見つめた。 「こんな声かけがヤンにはいいの。大丈夫よ。ユリアン。」 「・・・・・・先生には敵(かな)わないですね。」 青年の心の傷。浅くはなかった。 そばにいながら五体満足でこのイゼルローン要塞にヤンを還せなかった青年の痛 み・・・・・・。 この痛みがあるから不相応とわかりつつ「革命軍司令官」という役職を引き受け る覚悟をした。負い目を感じつつユリアンはまだ長いこれからの人生を、生きて ゆく。 ミキはそんな青年をも今後見守るつもりでいた。 時間、が解決することもあろう。時間、しか解決できないこともあろう。傷が癒 えるには時に身を預ける必要もある。ヤンが目覚めれば話は早いのだが女医の長 年の医療の経験からいうと、まだ彼は目を醒ます様子はない。男たちはあきらめ るものも多いけれど・・・・・・。 ミキ・M・マクレインはあきらめるような女ではなかった。 彼女は医師である前に「戦士(ファイター)」であった。 「へんなもの集めていたなあ。あの娘・・・・・・。」 亭主の撃墜王が執務室で入れてくれた「薄めの珈琲、ミルク二杯」をまずは香り を愉しみながら。次にゆっくりと熱い一口を堪能しつつ、つぶやくともなくつぶ やいた。ダスティ・アッテンボロー中将のもっとも好きなあじわいと芳香のする 珈琲をすぐさま用意できる男、オリビエ・ポプラン中佐は愛妻のため息にもにた ひとりごとを聞き逃さなかった。 へんなものって、・・・アレだな。 「却下。」 「あ。横暴だな。ダーリン・ダスティ。」 だって朝からお前が発言すると風紀上、このましくないから。 女性提督はルージュのない艶やかな硬質にみえるかたちのよい唇を、またカップ にさっと口つけた。彼女がそんなにあわてるのは、この男に隙を見せたら執務室 でキスされてしまうのは必定だからであった。 別に後ろ指指される関係ではない。 正式な夫なのである。 が・・・・・・それゆえになのかキスするT・P・Oなど頭のなかに微塵もない。愛 情が交際をはじめて四年たつのにいまだ「ちっとも」褪せないことは女冥利に尽 きると言えなくはない。だからアッテンボローとてまんざら嫌ではないに決まっ ている。 冗談はともかく。 ポプランは、さもいとしそうにアッテンボローの翡翠色のさらさらした質感の綺 麗な髪を撫でて話をうながした。こんなとき、ラオ大佐は空気をよく察していて ・・・・・・無視して業務の遂行にいそしんでいる。 朝・・・・・・。 「お前がまだ枕と仲良くしてた頃カリンが部屋に来たんだよね。」 基本ポプランさんは隣に横たわるアッテンボローを腕に抱き寄せて眠るのが一番 好きな眠り方である。四年前彼女と生涯の恋をした。腕枕で眠るアッテンボロー のかわいらしい寝顔を見れば浮世の憂さもなんのその。 今は昔。 夜ごと違う女性と浮名を流していた時代は・・・・・・朝帰りの達人でもあった。 自分の部屋に女性を誘うのではなくポプランさんは女性の部屋に転がり込むの が、それまでの常であった。 けれど今はアッテンボローと朝寝のまどろみの魅力にとりつかれ溺れた。 抗いがたい狂おしい誘惑。 いっぽうでアッテンボローは軍人で規則正しい勤務時間とはいえないけれど、比 較的「文化人らしい生活」というのか眠るのは早くなる日もあれば遅い日もある 。だが起きる時間は大体一定で規律ただしい職業軍人の鑑とも誉とも言われてい た。 ポプランさんが寝ていても先に起きてシャワーを浴びて身繕いをする。もしくは すぐに身支度は整えて台所で朝食を二人分用意。アッテンボローの幻とともにベ ッドから離れないポプランさんを優しく・・・・・・ときには厳しくおこす。そ んな生活が続いていて、双方ともに「幸せ」らしい。 といういつもの朝のひとときにポプラン家に珍客が訪れた。カーテローゼ・フォ ン・クロイツェル伍長であった。親しいものはこの16歳の少女をカリンと よぶ。 こんな朝にごめんなさいと朝の挨拶をしてカリンはアッテンボローに頭を下げた 。それはかまわないけれどカリンの直属の上司は素っ裸でベッドに撃沈している よと女性提督は白い薔薇を思わせる美しいほほえみで迎えた。 「中佐に用があったのではないんです。アッテンボロー中将にお願いがあってこんな 早朝に来てしまったんです・・・・・・。」 おやまあ。 一体どうしたのかとリビングに招き入れて余分に入れた珈琲を少女にふるまった。 カリンは「薬味」があれば分けていただきたいといった。 「そりゃあるけど・・・・・・何がいいのかな。たいしたものはないと思うけれ ど。」アッテンボローはカリンにいった。 シナモンやナツメグ。ターメリック、オレガノ、ペッパー、マスタード・・・・・・。 普通のものしかないだろうとキッチンに少女を入れて戸棚をみせた。 「私は自分で料理をしないものですから、提督のキッチンは魔女の住み処みたい です。」 などいってありとあらゆる香辛料や薬味を持参して来た容器に躊躇なく入れてい った。 ・・・・・・。 こんなもの、どうするんだろうなあとアッテンボローは夢中でスパイスを選び容 器に投入している少女を見守った・・・・・・。自由にさせるがいいかと思いそ のときアッテンボローは口出ししなかった。 カリンは台所を汚さなかったし、分けるスパイスにしてもさほどの量はない。ア ッテンボローにお礼の菓子を持ってきていたが受け取るほど何かに貢献したとは 思えない女性提督。それでも少ない給料(サラリー)で手土産をもってきた女性下 士官の気持ちを無下にも出来ない。 そんな朝の出来事をアッテンボローは思い出していた。 「確かにへんなものを集めていったんだな。カリン。」 ポプランも珈琲を味わいながら少しばかり不思議そうな顔をした。料理に目覚め たんじゃないかとポプランはたいして説得力のない推測をした。それなら何故ス パイスをミックスする必要があるのさと、アッテンボローは頬杖ついて唇をとが らせた。 機会到来。 ポプランさんはカーテローゼより女性提督が好き。 硬質を思わせるがポプランはその唇の柔らかさをしっている。そして、アイシテ ル。 接吻けをたっぷりとかわして。 T・P・Oなんてものはくたばっちまえ。 「まあ心配することはないぜ。ダーリン。カリンはおれより三倍は分別がある。 悪いことには使わんだろう。」ニッコリときらきらした笑顔を見せているポプラ ンさん。 ラオは思う。 0に3をかけようが300かけようが0だよなと。 きっとアッテンボローもわかっているだろうから口出ししないで仕事に努める分 艦隊主席参謀長であった・・・・・・。 by りょう 携帯電話で小説を書いている方も多いし、一度書いてみようかと。キーボードあ るのでちょっと思い付いたときに書けて今のところ、快調とはいえないですが案 外書けないこともないみたいです。言葉をゆっくり紡ぎだすには、丁度よい感じ なのでしょうか。いつアップデートできるかはわかりませんが・・・・・・。携 帯を打つのは遅いですがキー配列なら少しだけましです。 少しですよ。 |